妖怪とりかえっこ

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「ぬ〜べ〜!やったね!」
背後で郷子の声がした。
ぬ〜べ〜が振り向くと、ちょっぴり小生意気だが、可愛らしい顔のいつもの郷子が立っていた。
「郷子、無事だったのか?」
「元に戻ったのね。よかったね、郷子!」
広と美樹が郷子の許に走りよった。
「ありがとう、広、美樹!」
郷子の瞳にじわっと涙がにじんだ。
その涙の瞳で郷子はぬ〜べ〜を見た。
「ありがとう、ぬ〜べ〜!」
「郷子、お前に取り憑いていた『とりかえっこ』は?」
「わからないよ。急にスッと、私の体から抜け出たみたいだけど・・・」
郷子はニッコリ笑ってぬ〜べ〜を見た。
その時、郷子の心に『とりかえっこ』の声が聴こえてきた。
「俺は・・・お前のような・・・女の子と入れ替わったことを・・・嬉しく思う」
それは郷子の胸の中に染み込むような温かい響きとして聴こえてきた。
「郷子、俺はお前の魂を体に入れ、人の心のぬくもりを知ることが出来た・・・確かに赤ん坊のとき、俺とお前の魂は入れ替わった。だが、お前が今まで育んできた魂は俺のものじゃない。今では郷子自身のものだ。返したほうがいいだろう・・・」
郷子の体に白い妖気が流れ込んだ。
「母を失った俺は今・・・ひとりぼっちだ。しかし孤独の寂しさは感じない・・・鬱蒼と茂る森の中で・・・一人っきりで身を浸らせている時、俺はなぜか、寂しさとは反対に楽しさを感じている。空に漂う雲・・・森に流れる風・・・木々のざわめき・・・小鳥のさえずり・・・草木の息吹・・・大自然のシンフォニーを聞きながら佇んでいると、母と過ごした日々の思い出が夢のように広がっていく・・・お前を通して、人間たちと知り合ったことで、俺は永遠に続く大自然の生命のリズムを感じることができるようになった。この自然界の心安らぐ響きや旋律は気持ちのいいものだ・・・生きるものはいつか必ず終わりが来る。大地に散った生命は新しい命を生み、育み、新しい命となって再び息を吹き返す。これからは大自然に抱かれながら母の思い出を心に止めつつ・・・自らの命を育んでいきたいと思っている。俺がそう思えるようになったのは・・・俺にそれを教えてくれたのは・・郷子、お前だ」
郷子はその声をしっかりと刻んで、青く澄み渡った空をいつまでも見上げていた。


エピローグ


放課後のづ森小学校は静まり返っていた。
沈みかけた夕陽で校庭の木々が長い影を落としている。校庭にも生徒の姿は全くなかった。
「明日、学校に来るのが怖いな・・・」
郷子がポツリと言った。
「なに言ってんだよ。郷子の事を変な目で見る奴がいたら、俺がぶん殴ってやるぜ」
「そーよ。そんな子がいたら、私だって口を利いてやんないから。絶交してやるわよ」
広と美樹がなぐさめた。

「下校時間はとっくに過ぎているんだぞ。さあ、早く教室に戻って、カバンを取ってきなさい」
そういいつつも、ぬ〜べ〜は不安だった。
──明日、郷子が登校したとき、郷子に対してクラスの生徒たちはどんな反応をするのだろうか・・・?
そう考えると気が重かった。
──俺は教師だ。もしも、生徒たちが冷たい眼をしたら・・・どんなことがあっても、郷子を仲間外れなんかにしないようにしてみせる。
すでに暗くなった廊下を歩きながら、ぬ〜べ〜はそう決意し、5年3組の教室のドアを開けた。
その途端、ぬ〜べ〜は目を見張った。
教室の中にいた、律子先生と生徒たちが全員立ち上がってドアのほうを見たのだ。
「郷子、無事だったのね」
「心配してたんだぞ!」
「郷子ちゃんが生きてた!」
「バカヤロ〜、郷子が死ぬわけねえだろう」
「よかった。よかったね!」
「うわあああ〜ん!」
生徒たちがいっせいに喜びの声を上げ、中には泣き出す女生徒もいた。
「み、みんな・・・ありがとう・・・」
茫然とたたずむ郷子の瞳に涙が溢れた。
「お前ら残ってたのかよ?」
「下校時間はとっくに過ぎてるのよ。校長先生に怒られるから〜」
広と美樹が震える声で言った。
「それなら大丈夫よ。全て私が責任を取ります」
律子先生がニッコリと微笑んだ。
──みんなが・・・クラス中の皆が、郷子を心配して残っていてくれたのか。
ぬ〜べ〜はこみ上げてくる喜びで、思わず目頭が熱くなった。
そして、涙でぼやけて見えるクラス中の生徒の一人一人を見つめなおした。

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