予  感 −後記−


作・龍月様



 ヒュンッ!

 耳元を敵の剣が突き抜ける。間一髪というヤツだ。
 いつの間にか敵の間合いに入っていた。敵の戦闘スタイルは「突き」を主流とするもの。この間合いでは、分が悪い。
「クッ……」
 仕切り直さねば………負ける。そう判断し、全身のばねを使って、大きくバックステップをとる。
 が、敵はバックステップと同時に大きく前進し、さらに間合いを詰めてくる。もう、敵の優雅な余裕の笑みが腹立つほど間近に見れる。
「……フフッ」
 血液が沸騰し、瞬間に血が登る。こともあろうに、ヤツは自分を笑いやがったのだ。
(……っのやろぉ!)
 衝動的に、体が弾けて飛び出す。構えた刀が猛禽の如く翻り、ヤツの首筋へと吸い込まれていく。必殺の一撃。
 だが、その攻撃が空を薙ぐ。かわされた、と気付いた時、
「………っ!」
 突然衝撃が胸を襲った。強制的に肺から空気が根こそぎ奪われ、意識が黒転(ブラック・アウト)しかける。
 急激に登っていた血流が、体内の残り僅かな酸素も使い尽くされそうになる。そして……。
 再び全身を襲う衝撃。
 感じられるのは、自分の体が心地よい浮遊感に包まれることだけだった。


 吹っ飛ばされたと気付いたのは、どのくらい後だったろう。浮遊感が終わると共に、背中から全身に鈍い痛みが広がるのを感じてから、かなり経ったように感じる。もっとも、それは数秒にも満たない時間だっただろうが。
 そして、今の状況。
 最悪だ。
 自分はこうして無様にも仰向けに寝転がり、ヤツはあのむかつく「優雅な笑み」を崩さずに見下ろしてきやがる。
 そして、決定的な、咽元に突きつけられた剣の切っ先。
「クッ……」
 憎々しげにヤツを睨みつける。そして、九峪は吐き捨てるように言った。
「……さっさと殺せ……」
「何言ってるんですか、貴方は……」
 遠州は心底呆れたように言葉を放った。





 まだまだ寒い空気が、鍛錬後の火照った体に心地よい。新しい年の新しい風が、体の中の熱い何かを鎮めるように撫でていく。
「九峪様、どうぞ」
 ふと顔を向けてみると、遠州が水筒を差し出している。あの後、近くの川にでも汲みに行っていたんだろう。
 こういう所が、巷の女の子にモテる理由なんだと思う。同性である九峪から見ても、とてもいいヤツだから手に負えない。
「ん、さんきゅ」
 遠州は言葉の意味がわからず困惑した表情を浮かべていたが、九峪の表情を見てそれを感謝の意と捉えた。
 気だるい疲労感が身を包む。そこに、咽を通って流し込まれる清涼感が、またたまらない。
「ふぅ………」
 一息で水を飲み干し、水筒を放り投げて大地に寝そべる。
「はぁ……………」
 思わず出てしまった溜息。それを耳ざとく聞きつけた遠州は、思わず笑ってしまう。
「……なんだよ」
 上体を起こして軽く遠州を睨む。それを遠州は慌てて取り繕う。
「あ、いや、すみません………」
「……………」
 再び寝転がって、空を見る。空がどこまでも澄み切っているのが、誰かの皮肉ではないかと思えてくる。
「はぁ……………」
「……どうか、したんですか?」
 また出てしまった溜息に遠州が気遣わしげに尋ねてくる。そんな遠州に九峪は少々苛立ちを覚えた。
「………わかってるくせに聞くなよ………」
「やはりあのことですか………あぁ、だから今日はいつも勝てない九峪様に勝てたのか」
 遠州が苦笑して言う。
 そう、あの「初詣事件」の件だ。(九峪の中では「初詣の惨劇」と呼んでいるが。)
 九峪が起こしてきた数々の事件の中でも、最も周囲に知られてしまった、最悪といえば最悪な事件。その影響は未だに尾を引きずっている。
 今日も、遠州との訓練中だというのに、気を取られて隙を見せるなど、本来の九峪の行動ではない。九峪が率いる部隊は、部隊長である九峪も隊員も復興軍の中では最精鋭なのだ。
「でも、あれからもう1ヶ月近く経ってますよね。九峪様が候補の皆さんに土下座して回ってたって聞きましたよ?」
「あぁ、そうなんだけどね………って何でお前が!? 誰から聞いたんだよ!?」
 跳ね起きて遠州に詰め寄る九峪。だが遠州は笑うのみ。
「あははは、九峪様の行動は、九峪様が思ってらっしゃるよりも皆に注目されてるんですよ」
 まるっきり邪気のない笑い。九峪は毒気を抜かれた気分になる。
 だが、未だ抱えている問題を考えると、気分が陰鬱になってくる。そして沈痛な表情を浮かべて吐き出す。
「………あぁ、皆に謝りまくって謝りまくったんだけどね…………まだ、一人……」
「え、そうなのですか? 一体誰が……?」
 驚いた表情で九峪を見る遠州。その遠州に、昏い顔を見せて九峪は言った。
「……………お前の想い人の乳姉妹だよ………」
「んなぁっ!?」
 瞬時に顔を紅くする遠州。そんな遠州を今度は九峪が見つめた。ただ、冷めた表情をしていたが。
「………言っとくが、バレバレだぞ?」
「な、なな、な……!?」
 このままからかうのも楽しいと言えば楽しいのだが、今はそんな気分にはなれない。そんな九峪を見て、冷静さを取り戻す遠州。
「……伊万里様、まだお怒りになってるんですか……」
「それも烈火の如くな」
 言ってて悲しくなってくるが、気にしてはいけない。泥沼にはまるだけだから。
「なぁ、遠州……? なんかいい案無いか?」
 藁にも縋る思いで遠州に尋ねる。遠州は少し悩んだ後、
「う〜ん…………上乃さんに協力してもらうってのはどうです? 彼女ならきっと助けてくれますよ」
「上乃はダメだ」
 きっぱりと言う九峪。
「え!? 何でですか!?」
 驚く遠州。
「今回はアイツも怒ってるんだよ。『九峪様の八方美人! 伊万里が可哀相!!』ってな。………当たってるから、なんとも言えない」
「そうですか…………」
「そうなんだ…………」
 くら〜い雰囲気である。
 しばらくそのままで時間が流れた。


 すると突然九峪が、
「あ、遠州!! 今、『九峪様の味方するのは上乃さんの反感買うから、このまま見捨てるか……』とか思ってんじゃないか!?」
「な、な、なナニヲを言うのデスカ、ソンナ事、『雀の涙』程も思ってマセンヨ」
 思いっきり動揺して、視線を泳がす遠州。そこを九峪が見逃す筈が無い。
「何どもってやがる! それに言葉が明らかにオカシイぞ、お前!」
「ワタシは大陸のさらに西から来た西域人なのデスヨ。ホラ、金髪デショー?」
「西域人が『雀の涙』なんて言葉知ってるかぁ!!」
 九峪が絶叫する。すると遠州は観念したように首を振って、
「…………むぅ、流石は九峪様。私の正体を見破るとは」
「ふ、まぁな…………ってやってられるかー!!」
 肩で息をする九峪。それにしても、結構仲の良かったりする二人だった。
「まぁ、それは置いておくとして、どうなされるんです、九峪様?」
「さらっと流すな………まぁ、いいけど………敵は強大だからなぁ………」
 九峪はアレ以来、何回目になるか解らない溜息をついて、隣で「あ、九峪様、それって乳姉妹(ちきょうだい)とかけてます?」なんてのたまった馬鹿を北斗の力で沈めながら、ポツリと呟いた。
「はぁ……………やっぱ、直接攻撃を仕掛けるしかないか………」






「次の者、前に出なさいっ!」
 訓練所に、玲瓏たる美声が響いた。そして…………。
「は、はいっ!」
 上擦った声が上がる。前に進んだ男を、緊張が包むのが傍目にも解る。
(……あ〜ぁ、皆も不幸だねぇ。こうなった伊万里は嵐みたいなもんだから、文字通り通り過ぎるのを待つしか無いんだけど………今回の嵐は、特別酷いから……)
 その嵐の原因たる人物を恨みつつ、思わず出てしまいそうになる溜息を上乃は堪えた。
「……始めっ!」
 審判役である上乃が開始の合図をかけると、兵士が飛び出した。だが、その攻撃は無謀と言ってもいいほど、直線的なもの。
 対する伊万里は、飛び込んでくる兵士を見つめるだけ。その伊万里に、兵士は頭上に掲げた模造刀をそのまま唐竹割りに振り下ろす。
 そこに………。
「ハッ!」
 裂帛の気合で発せられる声と共に、滑り込む剣閃。弾き飛ばされる刀と首元を掠っていった刃に、兵士は思わず腰を抜かしてしまった。
「勝負あり!」
 時間差をかけて、兵士の模造刀がザクッ、と音を立てて大地に突き刺さる。
 おぉ………。
 周りにいた兵士達の間に感嘆と畏怖の混じったどよめきが響きわたる。
 ふぅ、と息を吐いて、伊万里は視線を兵士達へと向ける。
「次の者、出なさい!」
 再び響く、伊万里の声。だが、それに応える者はいない。
「どうしたの!? 次、早く出なさい!!」
 伊万里は苛立たしげに見渡した。
 しばらくの沈黙の後、上乃が恐る恐る伊万里に声を掛けた。
「……伊万里、今の分隊長で伊万里隊の主だった実力者は皆、伊万里が倒しきってしまったんだよ?」
 ギンッと言った表現が似合いそうな視線に、上乃は身を竦ませる。
「……では、我こそは、と思う者はいないか!?」
 もう一度、兵士達を問いかける。だが、それに応える者は、やはり居ない。
 そこへ…………。
「じゃあ、俺が相手になってやるよ、伊万里」



 兵士達の背後から、そんな声が聞こえた。
 兵士達が、その者の正体に気付いてゆっくりと道を開ける。
「………九峪様」
 驚きの表情を露にして、伊万里は九峪を見つめた。
「伊万里も物足りないんだろ? いいぜ、俺が付き合ってやる」
 模造刀の峰を肩に当てて言い放つ九峪。その顔には笑みが浮かんでいる。そんな九峪を、伊万里は厳しい視線で射抜いた。
「………では、お願い致します。九峪様………」
 伊万里が、構えを取った。




 静寂が場を支配する。
 そして、灼けつくほどの気迫。
 構えをとる伊万里と、力を抜いて自然体の九峪。
 視線が絡み合う。
 だが、それはかつて二人の間にあったものとは、かけ離れている。
 異常と言えば異常。
 だが、確かに存在する。


 未だに、二人は動かない。
 石になったように、時が止まったように二人は静止している。
 上乃は声を掛けられずにいた。今すぐにでも二人を止めたい。だが、制止の声を掛ければこの均衡を崩すことになってしまう。そうすれば、二人は「始めて」しまうだろう。
 誰もが、動き出せないでいた。


 緊張が急激なベクトルを持って登りつめて行く。
 その時、上乃はこの『時の均衡』に小さな乱れが生じたのを見逃さなかった。
 若い兵士の一人が、初めて経験する極度の緊張のため小さく震えている。喉が渇き、持った刀が微かな音を立てていた。
 嫌な予感が走る。
 そして、その予感の通り、彼が握り締めていた刀が汗で滑って、落ちた。
(ダメッ!!)
 無情にも、落ちた刀は甲高い音を立て、二人が、弾けとんだ。




 重なり合った刀が火花を散らす。自然体で挑んだ九峪と、全力を以て迎え撃った伊万里の刃は、互角。そして同じタイミングで後に飛び退る。
 初撃で痺れた手を叱咤し、伊万里は追撃を掛けた。十分に力の乗った九峪の攻撃を何度もまともに受ければ、伊万里の腕はすぐに役に立たなくなってしまうだろう。力で勝る相手には、技術と速度で勝機を見出すしかない。だが、九峪は技術でも自分を上回るかもしれないのだ。
(初めて会ったときは、全くの素人同然だったのに……)
 心中で改めて九峪の成長速度に驚く。その九峪は自分の追撃を紙一重でかわし、反撃を掛けてくる。逆袈裟から斬りかかってくるその太刀筋に、思わず背筋を凍らせた。
 だが、その恐ろしい攻撃を、経験と驚異的なまでの反応で受け流す。受け流された九峪はたたらを踏んで体勢を崩した。その体勢の崩れたところへ、伊万里は無慈悲の一撃を加える。
(取った!)
 相手の、九峪の無事などまるで考えていない一撃に、観衆と成り果てた上乃と兵士達の間から驚愕の声が漏れた。この一撃は、九峪に重傷を負わせるに十分な威力を持っている。が……
 ガキィッ!!
 明らかに金属と金属の衝撃音が響く。
(……えっ?)
 思いもよらない手応えに戸惑う伊万里。見ると、刀は九峪が身を庇うために出した腕に食い込んで……おらず、服の中に着けた羽根飾りによって食い止められている。
 それは、伊万里が九峪に贈った『羽根飾り』。
(私が贈った………そんな、あんな重い物を………)
 驚愕で、伊万里の思考も、動きも止まってしまった。
(……はッ、九峪様は………!!!!)
 止まった思考が、再び動き出し、九峪の位置を把握しようとして、脳が灼熱した。


 目の前に、九峪の顔。
 もう少し、あとほんの少しどちらかが動けば、唇が触れ合ってしまえそうな距離。
「あ…………」
 思わず、戦場に相応しくない、間の抜けた声を漏らしてしまう伊万里。
 九峪が、目の前にいる。
 ずっと避けていた九峪。
 もう、顔も見たくもなかった九峪。
 謝ってくる姿さえ、腹立たしかった九峪。
 だけど………。
 どうしても会いたかった。
 会いたくて、たまらなかった。
 その九峪が、目の前で笑っている。
「きゃ………」
 九峪の突然の行動に、思わず声を上げる。
 九峪の左腕が伊万里の右腕をとり、右腕が伊万里の腰にまわされたのだ。
「くたに、さま………」
 熱に浮かされたような表情で、惚けたような伊万里の口から彼の名前が零れ落ちた。
 だが……。


 九峪の笑顔が突如、意地悪なソレへと変化する。そしてその顔が回転して見えなくなり、捕らえられた右腕が強く引かれ、九峪が体を捻ったと認識した途端、
「え………?」
 今度は伊万里を取り囲う世界が、回転した。

 トサッ……。

 手加減されたその技、柔道で言う『払い腰』は伊万里に大した衝撃を与えることはなかった。
 だが、掛けられた本人は地面に仰向けになり、何が起こったのかわからない、と言った表情で呆然としている。
「はははっ。俺の勝ちだな、伊万里?」
 そう言って九峪は笑った。
(え、なんで九峪様が空にいるんだろう………?)
 仰向けのままの伊万里は、見下ろす九峪を見てそんなことを思っていた。
「ほら、伊万里、立てるか?」
 まだ掴まれていた右腕を、九峪がそっと引っ張って起こそうとしてくれる。
「あ、はい……………」
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「あ、はい……………」
 伊万里はまだアチラから戻って来ない。
「伊万里! 九峪様!!」
 上乃が戦闘の終了を見て、駆け寄ってくる。
「おぉ、上乃」
「『おぉ、上乃』じゃないよ、九峪様!! 伊万里も!! 見てるコッチがどれだけハラハラしたか、わかってるの!?」
 上乃の声は、絶叫に等しい。
「あ、うん……………」
 伊万里はまだ上の空だ。
 そんな伊万里を知ってか知らずか、九峪は言葉を紡いだ。
「いや、しかし伊万里のあの一撃は、やばかったよなぁ」
「………………」
 ピクリと、伊万里が反応を示す。九峪はまだ気付かない。
「でもその一撃も、伊万里がくれたあの『羽根飾り』が守ってくれたんだよなぁ」
「私があげた『羽根飾り』…………」
 少しずつ、正気に戻ってくる伊万里。
「まぁ、言わば伊万里は俺の、命の恩人ってとこかな?」
「命の、恩人」
 その恩人に狙われて危なかったのは九峪である。
「まぁ、あの『払い腰』には、流石の伊万里も勝てなかったけどな」
「…………!!!!」
 ボンッ、と伊万里の顔が赤面する。
 だが、九峪はまだ気付かない。
「………そうだ、昼飯でも、行かないか?」
 無理矢理、強引に話を進めることで頭がいっぱいだった九峪は、やっと伊万里の方を向いた。
「……………まの……」
「ん? どうした、伊万里? まさか、どっか痛むのか!?」
 伊万里の様子に心配になる九峪。慌てて伊万里の顔を覗きこむ。
「……九峪、様の……」
「あ? 俺がどうした? 大丈夫か、伊万里?」
 そそくさと、兵士達が避難を始める。無論、九峪は気付かない。
「おい、伊万里ってば!」

 息を大きく吸い込む伊万里。本能的に危険を感じた九峪が、その場を離れようとしても、それは既に遅かった。

「九峪様の、馬鹿ーーーーーーーーーーー!!」

 綺麗なボディブローが、九峪の腹部へ吸い込まれる。
「……………っ!!」
 衝撃のあまり、声も出ず、蹲るのみ。伊万里はそのまま走り去って行った。
 追いかけようにも、痛みで追いかけることが出来ない。そこへ、上乃が非情なる言葉の追い討ちをかける。
「もうっ! 九峪様の馬鹿!! 自分で作った好機を自分で潰してどうすんのよ!!」
 そう叫んで、上乃は伊万里の後を追っていった。
「ま、待ってくれ……」
 だが、すでに走り去る影は遥か遠くだ。
「………今日、俺、2連敗………」
 そう言って力尽きた九峪に、周りに残っていた兵士達が慌てて看護兵を呼びに走っていった。






「伊万里、いる?」
 ………………………………………。
 返事は無い。ただ微かに、何かの音が聞こえるが、外からでは何の音か解らない。
「………入るよ?」
 静かに戸を開いて、中を覗いて見る。
 伊万里はいた。床机に向かっている。報告書の類でも読んでいるんだろうか。
 はぁ……。
 上乃は悟られないように、こっそりと溜息を突いた。
 ………ここは、自分が一肌脱いでやらねばなるまい。この愛しい乳姉妹と、あの愛すべき総司令の二人のために。
 背を向けている伊万里の顔は見えない。だが、その表情など簡単に予想できる。
 きっと、あの綺麗な顔に、隠しきれない苛立ちを浮かべているんだろう。
 何に対して苛立っているのかさえ、手に取るようにわかる。あの愚鈍な総大将と、素直になれない自分に対してだ。
 そっと、伊万里に近づいて、伊万里の背中に自分の背を合わせてもたれかかる。
「…………重いぞ、上乃」
「九峪様ったら、本当に馬鹿だよね〜」
 伊万里の文句にはきっぱり無視をくれて、言ってやる。
「…………………」
 ここで反応があれば、また楽なんだが、伊万里は何の反応も示さない。ただ、報告書を読むだけだ。
(報告なんか、全然頭に入ってこないくせに……)
 そう苦笑して、少し声を漏らしてしまう。
「……何がおかしいんだ?」
(おっと、やばいやばい……)
 自分を戒めて、改めて自分のすべき事を考える。自分は伊万里をからかうためにここに来たのではないのだから。
「ん、だって、九峪様ったらおかしいよね」
「………………」
 沈黙。この沈黙は『これ以上その話題には触れないで』と言う合図だ。だけど、今日ばかりはそれに従うわけにはいかない。
「………伊万里も、九峪様が何の用だったか位、わかってるんでしょ?」
「………………」
 この沈黙も、予想してた通りだ。伊万里も九峪の行動の理由なんて、分かっている。だが、ここは敢えて言ってやる。
「九峪様、伊万里と仲直りしに来たんだよ?」
 背中越しに、伊万里の体が震えるのを感じる。 
 そして……。
「………そんなこと、わかってる………」
 声も震えている。
「ま、その誘いにいたるまでの課程は、どうかと思うけどね………」
「………だな」
 ようやく、伊万里が笑った。あと、もう少しだ。
「でも、まさか九峪様があそこに来るとは思わなかった……」
「だね、九峪様、訓練嫌いだから」
 そう言って、背中合わせで笑いあう。よかった。やっぱり伊万里には笑っていて欲しい。だが、ここで一つやり込めてないと、嵐の被害者としては腹立たしい。だから、これも言ってやる。
「あ、九峪様、伊万里の八つ当たりが見てらんなかったのかもよ? 兵士思いだね〜」
「んなっ!? 私は八つ当たりなんて……!!」
 背中合わせに伊万里が首だけこちらに回してくる。それにこちらも首だけで、
「隊の皆、疲れきるまで叩きのめすなんて、八つ当たり以外の何だって言うの?」
「うぅ…………」
 顔を戻し、そのままうつむく伊万里。これで少しは溜飲も下がるというもんだ。
 そして、本題に入る………。
「………九峪様、あの『羽根飾り』持ってたね」
「…………………」
「あんなの戦闘に持ってくる物じゃないよ? 確かにあの時みたく、身の守りにはなるけど、すばやさが奪われちゃうよ。九峪様の攻撃って、相手の反撃を受ける前に殲滅する、ってやり方でしょ?」
 上乃の言うとおり、九峪の戦闘スタイルは、敵に攻撃の隙を与えず、短時間で全力を以て相手の攻撃力、戦意を奪うという物だ。その九峪が敏捷さを失うということは、そのまま攻撃力を失うことに等しい。
「…………伊万里の事、特別に思ってるんだよ、九峪様は」
「…………………ッ!!」
 ちらりと横目で見ると、伊万里は耳まで真っ赤に染めて、俯いている。
 もう勝利したと一緒だ。だが、その勝利をもっと確実なものにする。
「それに、あの『初詣』の時のコト、思い出してよ。」
 伏せていた顔を上げ、怪訝そうにこちらを窺う伊万里。それに、体を向かい合わせ、目を覗き込んで言う。
「伊万里には『本物』の九峪様が来てたんだよ?」
「え?」
「だからね、伊万里には『本人』が会いにきたでしょ? ……他の女王候補の皆には『分身』が来たのに」
 そっと、秘密を教えるように囁く。
「………あ」
 きっと伊万里は頭に血が上って、今の今までこの事実に気付いてなかったんだろう。
「良かったね、伊万里」
「あ、う」
 口をパクパクさせ、顔を真っ赤にさせる伊万里。
(あ、伊万里、魚みたい。う〜ん、「恋する鯉」? ……って遠州さんのがうつってきたかな……)
 若いクセに変なギャグばかり言う人物を思い出して、苦笑する。
「さ、つまらない意地張ってないで、九峪様のところ行ってきたら?」
「う、うん……」
「訓練中に抱きつかれて、ぼぉ〜ってなっちゃう位、会いたかったんでしょ?」
「え、あ、……抱きつかれてなんかない! それに、ぼぉっとしてなんか!!」
「ほらほら、さっさと行きなさいよ。 ついでに『アレ』持ってったら?」
 慌てる伊万里をいさめて、促す。
「う、うん!」
「うむ、素直でよろし」
「じゃ、私、ちょっと……」
「はいはい、頑張って来いよ〜。なんなら今日、九峪様の部屋に泊まって来てもいいからね」
「あ、上乃!」
 赤くなってかわいい伊万里に、追い出すように手をひらひらと振る。
 まだ、何か言いたそうな伊万里だったが、そのまま奥の部屋に行って、なにやらごそごそと探し、目的の物を見つけるとそのまま走って部屋を出て行った。
 主の居なくなった部屋で、上乃が部屋の外を見たまま溜息をついて呟いた。
「遠州さんの頼みだから聞いたけど、今回が最後だからね、九峪様」






 走る。
 長い距離の小走りに息が上がるが、そんなこと気にならない。
 目指すは、九峪の、部屋。
 まもなく、九峪の部屋に着く。そして…………。
「………九峪、様?」
 部屋の外から、微かに声を掛ける。
 だが、部屋の中からは何の反応も還って来ない。
 少し声が小さかったかな。そう思い、気合を入れて、今度はもう少し大きな声で呼びかけてみる。
「九峪様、あの………」
 確かに、先ほどよりも大きな声。だがその語尾が掻き消えてしまう。それでも、中にいる人物には、きっと聞こえたはず。  ………………………………………。
 しかし反応は無い。
 焦らされた伊万里は、意を決して戸をそっと開ける。そこには………………。
 誰も居ない。
(え……………)
 九峪が居るとばかり思っていた伊万里。だが、その予想は見事に裏切られた。
 突如胸を襲った、理由の無い不安。あったとしても、それは理不尽な理由。
 だが、それにかきたてられるように、伊万里は九峪の部屋を離れた。



(九峪様、九峪様、九峪様………………!!)
 先程よりも速度を速めて、九峪を求めて心と体が飛ぶ。
 あてどなく彷徨うその姿は、親鳥を求める小鳥のよう。
 意味も無く叫ぶ心を抑えることが出来ず、伊万里は九峪を求めていた。
 ふと、何かが聞こえた気がして、伊万里の体は自然とその音の方へ向かった。
 流されるまま進んで、廊下の曲がり角に差し掛かった時、突然伊万里の視界が遮られた。
「きゃっ!」
「おわっ!」
 トンッ、と軽い音がして、伊万里が声の人物の胸に埋まる。
「あ、伊万里…………」
「え、あ、九峪様……」
 突然現れた懐かしい声と香りに、お互い動きが固まる。
 そのまま見詰め合う。
 ただ、静かな時が流れてゆく。
 聞こえるのは静寂と互いの吐息。



「「あ………」」
 二つの口が洩らした響きが、凍った空間を融かした。
 そして………。
 お互いが慌てて身を離す。二人とも顔は赤く染まっている。
 言葉が出ない。そのバランスを、九峪が破った。
「あ、伊万里、さっきはその、すまなかった」
「あ、いえ。私の方こそ、いきなり……」
 また、沈黙の帳が落ちる。居心地が悪い。だが、今度口を開いたのは伊万里だった。
「あ、あの、九峪様……あの『羽根飾り』なんですけど……」
「あぁ、これ?」
 そう言って、九峪は右腕を掲げた。その右腕にあの『羽根飾り』が鎖に吊られて巻きついている。
「それと、これも持ってるよ」
 差し出されたのは『弓飾り』。これも伊万里が贈った物だ。
「ちょっと重いんだけど、折角伊万里がくれた物だからね。肌身離さず持ってるよ」
 そう、少々照れて、苦笑する九峪。
 そんな九峪を見て、伊万里の胸に暖かい何かが広がる。
(九峪様は、本当に…………?)
 そして、意を決して、おずおずと後ろ手に隠していた物を差し出す。
「……あの、九峪様、差し上げたい物があるんです……」
「え、俺に?」
 驚いて、渡された物を見る。
 それは伊万里が作った『山歩き用の靴』。こちらの世界に来て、長い間使い続けた九峪の靴は、擦り切れつつあった。
 その様子を見た伊万里が、密かに作っていたのだ。もちろん、製作の途中で上乃にはバレてしまっていたが。
「嬉しいよ! ありがとう、伊万里。早速使わせてもらうよ」
「はい! どうぞ」
 九峪が喜ぶ様子を見て、伊万里は心から嬉しかった。
 その気持ちが、伊万里を後押しする。
「あの、九峪様、今度どこか連れてってくれませんか……?」
 精一杯の想いを込めて、九峪に尋ねる。
 その九峪はちょっと驚いて、それから伊万里を見つめて言った。



「そうだね。この靴を履いて、二人だけで何処か行こうか…………」











 あとがきの前に、参考
 ―ゲーム内における寄贈装備品について―

    『弓飾り』=敏捷値:−1 攻撃力:−2  防御力:+3
   『羽根飾り』=敏捷値:−2 攻撃力:±0  防御力:+10
 『山歩き用の靴』=敏捷値:+1 攻撃力:±0  防御力:±0

 これは攻略ページにもあるので、そちらも参考にしてください。



 あとがき

 どうも、改名しまして、「龍月(たつき)」でございます。
 改名しても、イマリズム(伊万里至上主義)は変わりません(笑)
 今後とも、よろしくおねがいします。

 さて、書いちゃいました、後日談(笑)
 執筆動機は「予感」において「伊万里には『本当の』九峪が会いに行った」ということを書きたかったからです。
 なので、実はこの作品において、重要なのは「上乃の言葉(in伊万里の部屋)」しか無いのです(爆)
 しかし、それだけでは寂しい、せめて5kb位は無いとなぁ、と思っていろいろシーンを加えていった結果……。
 ……「予感」よりサイズでかくなっちゃった(笑)

 今回、(ついでとばかりに)戦闘シーンに挑戦してみました。
 しかしどれも味方同士で戦ってます(爆)
 次書くときは、もっとキレと迫力のある戦闘を魅せられるようにしたいです。

 戦闘シーンに関してですが、『羽根飾り』、果たして腕に装備出来る物なのかどうか……。
 弓道に関しては、門外漢なのでよくわかりません(苦笑)
 装備可能、と思って読んでください。弓道関係者の方で、「『羽根飾り』はこうなんだよ!」と仰られる方、どうか目を瞑ってください、お願いしますm(_ _)m

 作者のお気に入りのシーンとしては、「九峪と遠州の掛け合い」と「秘技・『払い腰』」です(笑)
 気持ちよく、悩まず書けたシーンでもありまして、とても気に入っています。
 しかし、遠州の親父ギャグ、やってよかったのかなぁ……(苦笑)
 あと、プレゼントについても、我ながら上手いアイデアだなぁ、と(笑)
 『山歩きの靴』、敏捷値上がるのポイントですよ〜。


 さて、この「予感〜後記〜」を書くに当たって、これの本編にあたる「予感」を修正して、「予感―改訂版―」に書き直しました。
 消費税と同じくらいは面白くしたつもりですので、よければ読んでみてください。


 それと、感想・ご指摘などあれば、気軽にメールしてやってください。
 次回への参考にさせて頂きたいです。


 では、最後になってしまいましたが、ここまで読んで頂いた火魅子伝ファンと伊万里ファンの皆様、そして管理人・慧様、本当にありがとうございました。


 自他共に認めるイマリストの龍月さんからいただきました♪
 さすがです d(⌒ー⌒) グッ!!伊万里がカワイイ!!後日談で大団円ですね^^さあこの後は王様ゲームで初キッスにゴー!(マテ
 確かにあの羽飾り、本来は矢の先につけていたもの(小さいので腕に付けられますよ〜)ですから、重かったら意味がないものなんですが、なぜか寄贈装備品の中で一番敏捷度を下げるという、摩訶不思議なアイテムなんですよね。弓飾りも付けてると、九峪の敏捷度FですよF(最低値)。攻撃力や防御力は10程度下がっても大したことないですが、敏捷度がFじゃあホント、「軍内で一番使えないキャラNO1」になっちゃいます(^^;
 それでも付けてるこの九峪くんはエライ。不器用でデリカシーなくて八方美人だけど愛はあるようですね(笑)

 龍月さん、色々とオイシイSSを、どうもありがとうございました(^○^)


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