〜約束のために〜



作・葵様


十一話 九峪の分身



「あ〜・・ここはどこだよ!?」
 頭をかきむしりながら悪態をつくのは私の生みの親である九峪雅彦だ。
「おい!当麻の町はどっちの方角なんだよ」
<現在地が分からないことには私にも分からん>
 九峪の問いに答えた私の姿は彼の周囲に存在しない、私には肉体というものが無いのだから当然だが。
 九峪の中に住まうもう一つの意思、九峪が自らを守るために作り出した人格、影から与えられた知識の管理者、それが私だ。
「どうすっかな〜・・・食い物もないし完全に遭難したな」
<ずいぶんと余裕があるな、何か考えがあるのか?>
「・・・・」
<九峪?>
「何か来る・・・」
 それっきり黙りこんでしまう九峪、私は九峪が何を感じているのかを知るために九峪の心に手を伸ばした。
 当然のことだが手といっても実際に私に手があるわけではなく、イメージの中の話だ。
 実は私は九峪と会話していない時、大抵こうして九峪の感覚を共有している。九峪の心に触れることで私は様々なことを学ぶことが出来た。
 人格としての歴史の無い私は九峪の会話や思い、人との触れ合いの中でしか感情を知ることが出来ない。私は赤子と同じなのだ。
 『喜び』も『悲しみ』も『怒り』ですら私は持ち合わせていない。
 ただ知識の詰め込まれた、話すことの出来る辞書でしかない。
 しかし九峪は私を人格として認めてくれた、だからこそ私は『人』に近づけるようにしている。
 自分の名前も考えてみたし、今もこうして人の感覚を知ろうとしている。
「まずいな・・・」
 ただそれだけを呟いた九峪が感じるのは『不安』と『緊張』だ。
 もっと深く知ろうと九峪に近づいた私に違和感があった。
 心の奥底で九峪が感じていたのは強い『歓喜』だ。
<これは・・・?>
 九峪が気付かないくらい小さく私はそう思った。
<おい、九峪・・>
「来た」
 私の言葉をさえぎって九峪が呟いた瞬間、九峪の前に人影が降り立った。
 思わず身構えた九峪、そこに。
「貴様はこんな所で何をしているんだ?」
 低く抑えた声があった、それを聴いた瞬間九峪の中の感情が変わった。
 『不安』と『緊張』が『安堵』にそして
「何だ清瑞か、こんな所で何してんだ?」
 『歓喜』は『不満』と『不服』に・・・
「それはこちらの言葉だ、囮役は上手くいったのか?」
「ああ、一時間じゃなかった、半刻は連中をひっぱったぜ」
 九峪の態度はいたって普通だ、残念がるといった様子は微塵も無い。
 私とて感情がどういったものか理解しているわけではない、先ほどは私が誤認をしたのだろう、そう納得した。
「そうか、ならば良い」
「そう言う清瑞は何してんだ?」
 九峪が尋ねると清瑞は丸まった綿布を見せた。
「私は伊雅様の使いの途中だ、耶麻台国復興を始めることを各地の隠れ里に知らせている」
「ああ、成る程」
 九峪は納得したようだったが私はある疑問を抱いた、それは
「総大将はやっぱ星華さんか?」
 そう、もし星華が総大将をやるとしたら他の火魅子の資質を持つ者が得するとは思えない。もしかしたら後々抗争の種となるやもしれない。
「いや、星華様は辞退なされた。現在は伊雅様、星華様、亜衣様の話し合いで行動を決めている」
「星華さんが辞退した?何で?」
 九峪がそう言った途端に清瑞の目つきが変わった。
「貴様のせいだ」
「俺のせい?」
「そうだ、何でも貴様に言われた事で自分の未熟さを感じた、と言われて総大将を辞退なされた。亜衣殿の怒りは半端なものではなかったがな」
 前半は不満そうに、後半は嬉しそうに言う清瑞。
 九峪よ、相当嫌われているようだな。
「・・・・」
 私には見えないがおそらく九峪の顔は真っ青であろう、心の中も『恐怖』と『畏怖』が渦巻いている。
 思うに九峪は今、深川に対して恨み言を言っていた亜衣の顔を思い出しているのだろう、あれは私も怖かった。
「と・ところで伊万里さんはどうしてた?」
 目に見える動揺をしながら九峪は話をそらした。
「伊万里殿か?なんでもお仲間が見つかったとかでなにやら話し込んでいたが・・・それがどうかしたのか?」
「そうか合流できたんだ」
 嬉しそうに笑う九峪を不思議そうに見つめる清瑞。
「貴様は伊万里殿とどんな関係なんだ?」
「えっ?関係つってもな・・・昨日会ったばっかだし」
 九峪の言葉にさらに不思議そうにする清瑞。
「それじゃあ貴様は伊万里殿に惚れているのか?」
「はぁ?何でそうなんだよ?」
「・・どうして貴様は伊万里殿の事でそんなに嬉しそうなんだ?貴様には関係ないだろう」
 心底不思議そうにする清瑞、対する九峪は目をそらし黙り込んでいる。
「・・・大した理由じゃねえよ、それより聞きたいことがあるんだけど」
 九峪の心に流れた感情は『悲しみ』そして自己に対する『憐憫』
「何だ」
「当麻の町に行きたいんだけど、ここからどっちの方角だ?」
 清瑞は少し考え込むそぶりをした後にある方向を指差した。
「真っ直ぐ向こうに行けば良い、それで何の用で行くんだ?」
「少し野暮用があってな、一ヶ月は居なきゃいけないんだよ」
 九峪の言葉に頷く清瑞。
「では貴様は一月は街に居るんだな?」
「ああ、用事が済むまで手伝えなくて悪いんだけどな」
「気にするな、では私はもう行くぞ」
 そう言った瞬間に清瑞は消えてしまった。
「漫画に出てきそうだな」
 そんな事を呟く九峪だが私は清瑞が言ったことが気になった。
 『気にするな』彼女は九峪にそう言ったのだ。意外と彼女は優しい性格をしているのかもしれない、そう思った私は彼女のことを調べた。
 そして彼女が物心付く時から伊雅によって乱波となるべくして鍛えられていたことを知った。
 彼女も私と一緒なのか。
「ん?どうした」
<いや、何でもない>
 清瑞が行った方向に歩きながら九峪が言ってきた、ふむ考え込むあまり九峪に伝わってしまったらしい。
 幼い頃から乱波として育てられ、感情を殺し育てられなかった清瑞。
 生まれて間も無く感情を知らない私。
 まだ私は救いがある、私は感情を知りつつあるのだから。
 しかし彼女は乱波である限り知ることは出来ないだろう。この時代の人間が彼女に感情を教えるはずがないのだから。
 感情がないおかげで苦しむことはないだろう。しかし同時に喜びもない。彼女にとってそれは幸福なのかそれとも不幸なのか。
 私に諮ることは出来ない、だから私は考えるのを止めた。
 彼女がいずれ幸せを手に出来るように祈りながら。


「おっ!街道だ」
 あれからどれだけの時間が経ったのだろう、気がつくと九峪は森を抜けていた。
「もう少しだな、当麻の街まで」
<そうだな>
 明るい九峪の声と違い私の口調は弱い。
「どうした?」
 案の定九峪が気にしてきた、私は思い切って九峪に聞いてみることにした。
<九峪>
「そいつにとっての幸福なんて本人以外にはわかんない」
 私が尋ねる前に答えてきた。  
<どうして分かったんだ?>
「どうしてって、途中から全部伝わってたっつーの」
 気をつけていたが、どうやら筒抜けだったらしい。まぁ説明するのが省けたと割り切るとしよう。
<しかし感情がないのが幸せとは私には思えない、私は感情を得ることが出来て嬉しいのだから>
「お前は、だろう」
 歩みを止めず九峪は即答してきた。
「誰も彼もがお前と同じように感じるわけじゃないんだよ」
<・・・>
 私は何も言えなかった。
「それに清瑞の場合は仕方ないんじゃないか?乱波だっけか、そう言う仕事に感情は余計だろ」
<しかし、だからといって!>
「それにあいつが幸せかどうかはあいつが決めることだろ?俺達が何か言うことは出来ない、あいつの幸せはあいつが決めるだろ」
 はっきりと断言する九峪、わたしもどこかでその通りだと認めている。
 しかし、それでも私は。
<私たちに出来ることはないのか?>
「・・・お人よしだなお前は、俺から生まれたとは思えないくらいだ、まぁ俺達に出来ることも幾つかあるさ」
<教えてくれ、私は知りたい>
 いつもとは立場が逆になっている。
「一つはお前の言う通りあいつに感情を思いださせること、でもそれはあいつの仕事の邪魔になる」
<・・他には?>
「戦争を終わらせること、そうすればあいつが自分の幸せを見つける余裕が出来るだろ?」
<・・・・難しいな、二つとも>
「ああ、それにどっちにしろ戦争しなきゃいけないしな」 
 九峪は苦笑を浮かべながらそう言った。私も出来るならしたかったが肉体のない私には出来ない芸当だ、そして私は九峪の言葉を考えてみた。
 ・・・確かにその通りだ、どうやら我々の前途は多難が続くらしい。
 ふとあることが気になった。九峪はこの戦争に参加するつもりらしい、何の為に?日魅子の為?
 何か違う気がする。私はついさっき清瑞が現れた時の九峪の感情が気になっていた。
・・・いや、そんなはずが無い、私は自らが出した考えを即座に否定した、『九峪が戦いを望む』なんて事はないはずだ。
 私は自分が理由もなくそう考えたことを自嘲した、そんなはずない。  
「まずは、街に着くことからだな、それじゃあ少し急ぐか」
 そう言うと九峪は走り出した。
 ふむ、街につくと話しかける機会が減るからな、今のうちに言っておこう。
<九峪>
「何だ」
<私の名前を考えたぞ>
「あれ?要らないんじゃないのか?」
 意地の悪い笑みを浮かべて九峪はそう言った、全く自分から言い出したクセに、お前は子供か。
「余計なお世話だ」
 おっといけない、また九峪に伝わってしまったようだ。自重しなければいけないな。
「んで、どんな名前だよ?」
<『焔』というのはどうだろう>
「いや、俺が聞いたんだけどな」
 確かに聞いたほうに聞き返すのはおかしいな。
<では言い直そう、私の名は『焔』だ>
 私がそう言いきると九峪は足を止めずに大笑いした。
「かっこいいじゃないか、よろしくな焔」
<こちらこそ、改めてよろしく九峪>
 私はこのとき九峪の分身から、一つの人格になれたのだと思った。
 当麻の街はもうすぐだ

十一話 完

 実験作その2、九峪の分身の一人称です
 今回はあんまり会話がないのが特徴です(そんな事無いとか言わないで下さい、私はそのつもりでやったんです)前回の九峪の一人称を書いてみてなんか気に入ったのでやってみました。
 今回のメインは題名の通り九峪の分身『焔』です(お分かりの方も多いと思いますが元はあの少年です)、私的には、リアリストで達観してる少し軽い九峪と、理想を求める真面目な焔って感じで行きますのでよろしくお願いします。
 次回はあの一座を出します、少し小説とゲームを混ぜた設定で行きますので楽しみにしていただけると嬉しいです
 それではまた次回のお話で・・・



 ナナシさんに名前がつきましたね^^
 焔、ですか・・・ほむら、っていう読み方でいいのかな。ごめんなさい、元ネタわかりません_| ̄|○でも焔、という字は私も好きです。九峪から生まれた焔でも九峪の考えはわからないんですね。共有していても別個の人格という設定は面白いと思います。
 そして次はあの一座が・・・喜ぶ人が多そう(笑)
 楽しみにしてます^^

質問 〜約束のために〜第11話の感想をお願いします

おもしろかった
ふつう
つまらなかった
その他質問要望など

コメント(最大350字)




結果 過去ログ Petit Poll SE ver3.3 ダウンロード 管理