〜約束のために〜



作・葵様


九話 九峪の言葉


 深い森の中に数名の男女が潜んでいた。
「・・・どうだ清瑞、狗根国の者達がこちらに来る様子はあるか?」
「・・・いえ、連中の気配はありません。なんなら私が物見に行きますが・・・?」
 その中の唯一の男性・伊雅が黒服の女性・清瑞に話しかけた。
 彼らは狗根国兵等から逃げた後、九峪と打ち合わせていた場所に潜んだのだ。
「いや・・そこまでする必要はあるまい、九峪殿が来たらここらから離れるのだからな」
 清瑞の提案に首を振りながら伊雅はそう言った。
 そして、振り向くと長髪の女剣士・伊万里の方を向いた。
「伊万里殿、九峪殿は確かに逃げたのですな?」
 不安げに尋ねる伊雅に向かってはっきりと頷く伊万里。
「はい、あの指揮官が悔しげに叫ぶのが聞こえましたから。捕まえたのならあんな声は出さないと思います」
「ええ、あの声なら私達も聞きました、あの様子なら間違いないと思います」
「ふふ・・・あの声ならわしも聞きました、あれほど悔しげな声もめったに聞けますまい」
 伊雅が笑いながら答えるのは、胸元の大きく開いた巫女服を着る女性・星華だ。
「いいえ・・あの程度では生ぬるいです!今度会ったらあの女・・・生まれたことを後悔させてやるぅ」
 前半は星華に、後半は宣言するかのように鬼気迫るといった様子で話す女性は、宗像三姉妹の長女亜衣だ。
「あれは姉さまが挑発したのが原因だと思いますけど・・・」
「何か言ったか?衣緒ぉ?」
「・・いいえ、何でもありません姉様」
 ため息をつきながら亜衣の殺人視線を受け流すのは次女の衣緒。
「あはは〜、亜衣お姉ちゃん怖い顔〜・・・あんまり怒ってると皺が出来ちゃうよぉ〜」
「誰に言ってるんだぁ・・・羽江ぇ?」
 亜衣の視線に気付いていないのか、なにやら歌い始めた少女は三女の羽江だ。
「しわ・しわ・しわ・しわくちゃだ〜・・・あはは・・・・は?」
「もう一度だけ聞くぞ、だ・れ・に・言っ・て・る・ん・だ?」
 歌が気に入ったのか笑い出した羽江を猫のように持ち上げ、視線を合わせる亜衣。
 そこでようやく事態に気付いたのか、さっと青くなる羽江。
「ごめん・ごめん・ごめんなさい〜。私が悪うございました〜、だから離してよぉ〜」
「私に二度とあんなことは言うんじゃな無いぞ!?良いな?」
「わかった・わかった・わかったよぉ、二度と言いません〜お願いだから許してよぉお姉ちゃん〜」
「亜衣殿・・・その辺りで許してやったらどうですかな、それにこれ以上騒ぐと狗根国の者達に気取られてしまうかもしれませんし」
 羽江の様子に哀れみを感じた伊雅が助け舟を出した。
 その言葉に完全に狗根国兵のことを失念していたらしく、慌てて羽江の口を塞ぎながら下に降ろす亜衣。
「亜衣、今更ですよそんな事しても!全く情けないわ」
 星華がそんな事を言う、隣では衣緒がうんうんと頷いている。
「も・申し訳ありません」
 顔を赤くして俯く亜衣。
「確かに・・・追いかけられてるのに姉妹喧嘩はまずいよなぁ」
「返す言葉も無い」
「亜衣さん、見た目は理知的な美人なのに意外だな」
「えっ!?」
 予想外の言葉に慌てて声の主を探す、周囲を見渡すが自分達以外には誰も居ない。
「ど・どこだ!?」
「こっちこっち・・・よっと」
 軽い声と共に樹の上から降り立った青年、それは九峪であった。
 騒ぎに気付いてこちらを見ていた伊万里たちも驚いている。
「九峪さん!遅かったじゃないですか!?」
「いや〜ちょっと色々あってね」
 駆け寄ってくる伊万里に笑いながら答える。
「・・・あの」
 九峪の姿を見て笑みを浮かべた伊万里だったが、徐々に表情が変わってきた
「ん?」
「・・・あの、本当に九峪さんですよね?」
「はぁ?」
 伊万里の意外な言葉に思わず間抜けな声が出てしまった九峪。
 その様子を見て慌てて手を振る伊万里。
「違うんです、あの、なんだか九峪さんここに居ないみたいに気配がしないんです!」
 それはその場に居るもの全員の気持ちだった。
 確かに九峪はその場に居るのだが、少し目を離してしまえば見えなくなる。
そんな感覚であった。
 特に清瑞にいたっては、自分が九峪の気配に気付かなかった事は信じられなかった。
「えっ?ああ・・・そうか」
 九峪がそう言った瞬間、九峪の気配は常人のそれになった。
 その事に伊万里はなぜか安堵し、そんな自分を不思議がった。
(クセ・・・だな、戦いの所為で昔のクセが出ちまったんだな)
 内心の考えをおくびにも出さないでいる九峪に、清瑞が歩み寄ってきた。
「なんだよ?」
「・・・・ふん」
 清瑞は九峪の顔をじっと見つめたかと思うと、いきなり馬鹿にしたかのように鼻で笑い、来た時と同じ様にいきなり歩み去った。
「意味わかんない奴だな・・・」
 理解できない清瑞の行動に九峪は首を傾げるしかなかった。
「ふん」
 清瑞は清瑞で九峪の顔を思い浮かべながらもう一度鼻で笑った。
(わたしがあんな奴の気配を見逃すはずが無い、亜衣殿たちに気を取られていただけだな)
 九峪の気配を読み損ねたことが気になり、いつから居たのかを聞こうかと思っていた清瑞だったが、なぜか九峪の顔を見た瞬間その気がなくなったのだ。
(まあぁいい・・・しかし今後は気をつけなければ)
 そう考え気を取り直す清瑞、そんな清瑞に首を傾げつつも九峪は伊雅に歩み寄った。
「それで?伊雅さん、この後はどうするんだい?」
「おお・・そうだったな・・・星華様!それと亜衣殿今後のことで話しがあるのでこちらに来てくだされ」 
 今後の話が始まるのであればよそ者の九峪にいえることは何も無い。そう思いその場から少し離れた九峪は今度は自分から伊万里に歩み寄った。
「心配かけたみたいだな、伊万里さん」
「そうですよ九峪さん!心配しました」
 笑いかける九峪に笑みを返す伊万里、しかし九峪はすぐに笑みを消した。
「伊万里さん・・・」
「何です?」
 九峪の様子に気付き、表情を改める伊万里。
「今すぐここから離れて仲間と合流したほうが良い」
「な・何を言ってるんです!?」
「伊万里さん・・・里の人の復讐をするために戦うつもりなら、やめたほうが良いって言ってるんだ」
 今までに無いくらいに真面目な表情になる九峪、伊万里の叫びに皆が何事かとこちらを見ている。
「復讐したい、仇を討ちたいという気持ちは分かる、けどそんな事したって何も変わらない、死んだ人間は生き返ったりしない」
 じっと九峪の言葉を聞く伊万里。
「酷な言い方かもしれないけど、死んだ人間は何もしてくれない、死人のために死ぬなんて無意味だ!」
 九峪の脳裏にはここに来たときの伊万里が思い出されていた。仇を討てるなら死んでも構わない、そう言った時の伊万里の顔。
「もし、死んだ人間のために戦うつもりなら、仲間と合流して山人として生きた方が良い」
 そう言いきる九峪に首を振る伊万里。
「伊万里!」
「あは・・・初めて呼び捨ててくれましたね、なんだか嬉しいです」
 伊万里の態度に思わず叫んだ九峪にそんな事を言う伊万里。
「何を言って・・」「私は戦いますよ・・・狗根国と」
 九峪を遮りはっきりと言いきる伊万里。
「確かに最初はみんなの仇を討つつもりでした、でも今は違います」
「・・・じゃあ何で?」
「さっき九峪さんが言った言葉です」
「えっ?」
 端的な伊万里の言葉に何が言いたいのか分からず、ぽかんとしてしまう九峪。
「国を求める人がいる、その為に戦う人がいる、自分はその人を助けたい」
「ああ・・その事か」
 何かの詩を詠うように言う伊万里、九峪も確かにそう言ったことを覚えている。
「私、そんな風に言える九峪さんは凄いなって思ったんです。そして私が戦う理由をもう一度考えてみました」
 真摯に見つめてくる伊万里の視線に居心地の悪さを感じる九峪。
「・・・狗根国によって虐げられている人達の為に戦う、私は復讐なんかじゃなく、私みたいな人をこれ以上増やさないために戦います」
「・・・死ぬかもしれないんだよ?」
「分かってます、それでも私は戦います九洲の人々の為に!」
 じっと見つめてくる伊万里の瞳にはすでに迷いは無く、まっすぐと前を向いていた。
 そんな伊万里を見て九峪は笑みが浮かんでくるのを抑え切れなかった。しかしその笑みはどこか被虐的な物だった。
「九峪さん?」
「・・・凄くなんか無いよ」
 九峪の様子に心配げな伊万里にそう言った。
「俺なんか凄くない、むしろ伊万里さんのほうが凄いよ・・・いまの伊万里さんは輝いてるよ、俺には直視できないくらいに・・・」
「・・・九峪さん?」
 顔を上げ伊万里を見つめる九峪の表情はまるで別人のようだった。
「・・伊万里殿、少しこの辺りの事で聞きたい事があるのですがよろしいですか?」
 控えめにそう言ったのは先ほどまで話し合っていた亜衣だ、伊万里は寂しげに笑う九対を心配しつつも頷き伊雅達の方に向かった。
「・・・俺にはそんな風に思われる資格なんか無い」
 一人になった九峪はそう呟いた。
「お話中のところ申し訳ない、この辺りの森はあなたのほうが詳しいと思いまして」
 亜衣が伊万里に向かってそう言った、その横では星華が亜衣の態度に少し驚いていた。
 気位が高く自らの血筋に誇りを持っていた亜衣は、他人に対しどこか高圧的であった。助けられた当初も伊万里に対してはどこか冷ややかであった。
 その亜衣が伊万里に対して態度を改めていた。先ほどの会話を聞きき亜衣の中で伊万里に対する評価が変わったのだろう、星華はその事に驚いていた。
「亜衣、ちょっと良い?」
「どうされました星華様」
「あの九峪という方にお礼を言いたいの、話し合いはあなたに任せるから少し行ってきても良いかしら?」
 星華は九峪に興味を持っていた。伊万里との会話を聞き自分も話してみたいと感じて理由をつけて話そうとしたのだ。
「ああ、そうですね・・解りました、こちらはお任せ下さい」
「そう・・ありがとう、それじゃ行ってくるわね」
 そう言って走り出す星華を伊万里は複雑な気持ちで見つめていた。

「うんうん・・・それでそれで?」
 星華がきた時、九峪は羽江と地面に座り込みなにやら話し込んでいた。 
「衣緒?」
「あっ星華様!話し合いはどうなされたんです?」
「亜衣に任せてきたわ、九峪さんにお礼が言いたくて来たんだけど・・あの子は何を話しているの?」
 九峪の方を見てから笑みを浮かべる衣緒。
「暇を持て余していた羽江の相手をご自分から申し出てくださったんです」
「そうなの・・・何を話しているのかしら」
「なんでもあのお方の知っている物語だそうで・・羽江もすっかり気に入ったみたいですね」
 二人が見つめる中で羽江は何度も頷いたり、驚いた顔をしたりしている。
 九峪も伊万里と話していた時と違い普段通りの雰囲気に戻っていた。
「・・・そして二人は結ばれてめでたしめでたしってお話だよ」
「ふぇ〜・・・ねぇねぇ他には?」
「ん〜そうだな・・ってあれ?星華さん!」
 考え込んだ拍子に目に入ったのか九峪が星華に気付いた、つられて羽江が振り返った。
「あ〜星華様だぁ、星華様星華様、星華様も一緒にお兄ちゃんのお話聞こ〜・すっごい面白いよ」
「ええそうね、後で私も聞かせてもらうわ・・でも今は別の用事があるから」
「ええ〜」 
 あからさまに不満そうな羽江。
「羽江ったら星華様に迷惑をかけては駄目でしょ!」
「でもでも〜」
 衣緒がたしなめるが羽江は聞きそうも無い。二人が困っていると九峪が羽江に歩み寄った。
「羽江ちゃん、後で聞かせてあげるから我慢してくれるかな?」
「う〜」
「頼むよ」
 座り込み羽江に視線を合わせながらゆっくりと話す九峪、やがて納得したのかにっこり笑う羽江。
「うん!わかった約束だよ」
「わかった、ありがとう」
 にっこり笑い羽江の頭を撫でる九峪、心地よいのかさらに笑みを深くする羽江、その様子を見て星華と衣緒は目を丸くしていた。
「驚きましたね?星華様」
「ええ、あんなに簡単に羽江に言うこと聞かせられるなんて・・亜衣でも出来ないんじゃない?」
 亜衣いわく、ひらめき型である羽江を大人しくさせるのは長年一緒にいる星華たちでも難しいことだ。それをあっさりとやってのけた九峪に二人は驚いていた。
「それで、何の用かな星華さん?」
 二人が話しこんでいる間に立ち上がった九峪が話しかけた。
「えっ!?あ・あの助けてもらったお礼を言いに・・・」
「それなら伊雅さんや伊万里さんたちに言った方が言いと思うけど」
「伊雅様達にはもう言ってあります、それに言い出されたのは九峪さんという事なので。言わねば王家の恥ですから」
 すまし顔でそう言いきる星華、しかし王家の恥という言葉に九峪は反応した。
「王家の恥?」
「そうです・・助けていただいた方にお礼も言わないのでは王家の誇りに傷が付きます」
 その言葉に九峪の様子が一変した。
「くだらない」
 星華を睨むように見つめて九峪はそう言った。
「な・何がです!?」
「星華さん、あんたは何でそんなに王家にこだわるんだ?」
「私は王家の者として育てられてきたのですから当然の事です!」
 怒気を隠そうともせず答える星華、彼女にとって九峪の発言は許せない言葉であった。しかし九峪は怯みもせず言葉を紡ぐ。
「それはあんたの意思なのか?」
「えっ?」
「周りの連中にそう思えって言われたから、そう思ってるだけじゃないのか?」
「そ・そんな事ありません!」
 星華は動揺していた、今まで考えたことも無いようなことであった。
「私は王家の者として恥ずかしくないよう生きてきたのです!その事に偽りはありません!」
 内心の動揺を隠すかのように強く言う星華、二人の雰囲気に飲まれ衣緒と羽江は何も言えなかった。
「それじゃ聞くが王家の誇りって何だ?」
「それは・・・」
 今まで呪文のように言い続けてきた言葉、しかしそう聞かれた時星華は答える事が出来なかった。
「・・例えば農民は畑を耕し野菜を作ること、山人は山を駈け狩をすること、商人なら商売をすること、海人は漁をしながら生きることが誇りだ」
 星華は九峪が言いたい事がわからず固まっている。
「そしてだからこそ自分らしく生きることが出来る。本当に誇るべきは血筋でも、生まれでも、ましてや職業でもない!自分が出来ること、為すべき事をした時にこそ自分の事を誇りに思えるんだ!」
「っ!?」
 衝撃的な言葉だった、星華にとって自らの考えの全てを否定されたようだった。
 しかしそれと同時に自分の肩が軽くなったように感じた。まるで自分を縛っていた物が取れたかのようだった。
 星華の様子を見て九峪の表情も緩まる。
「きつい言い方して悪かった・・少しいらついてたんだ、それじゃあ」
 言いたい事だけを言うと九峪は歩き出した。
「ど・どこへ行くんですか!?」
「言ったろ?出来ることをやりに行くんだ」
 そう言うと九峪は星華たちから離れていった。
「・・・ねぇ、衣緒?」
「何ですか?」
「私・・・間違っていたのかしら」
「・・・・」
 星華の問いに衣緒は何も言えなかった。

九話 完 


 あとがき1
 今回の九峪どうでした?なんか情緒不安定気味になってしまいましたがそれだけ伊万里に言われた事が衝撃的だったという事でご容赦を。
 それと星華の性格が少し違いますがその辺りはオリジナル設定ということで。
 次は話を展開させるつもりです、あんまり言うとネタバレになってしますのでここでは何もいえません、次回をお楽しみにということで。
 
 あとがき2
 五話のアンケートを見たところ面白いという方が結構いて嬉しかったです
 でもお一人だけツマラナイという方がいました、それ自体は仕方が無いのですがコメントが無いのを見てショックでした。
 コメントが無いということは‘何となく’つまらなかったということですよね?やはりまだまだ未熟ですね。
 別につまらなければそう言ってくださって結構です、しかし出来ればどこがつまらなかったか言って下さると助かります。
 出来るだけ善処いたしますので、‘なんとなく’つまらないということが無いようにしますのでよろしくお願い致します
 それでは長くなってしまいましたがこの辺で、また次回会いましょう。 
  



 この九峪は色々と複雑な事情があるようですが、それが魅力の一端になってる感じですね。物語としては静ですが、人物の心情のほうは大きく動いたようで。自分を見つめなおした星華の今後も気になるところです。

次回は動とのこと、楽しみにしてます^^

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