〜約束のために〜



作・葵様


十六話




 夢から覚めて最初に目に入ったのは徳利だった。
「・・・う〜・・・完っ全に二日酔いだ〜」
 呻く、外がまだ薄暗いのを見ると日の出はまだらしい。
<九峪・・・起きたか>
「ん? ああ・・・おはよ」
 頭に響かないように、それと寝てる連中を起こさないように、そんな事を考えて小声で話す。
 ・・・にしても・・・これは結構辛いものがあるぞ、少し外の空気でも浴びるか。
「よっと」
 立ち上がる・・・それだけで頭に鈍く痛みが走る・・・これは本気でタチが悪い。
 それでも何とか周りの連中を起こさず外に出ることが出来た。
<・・・どこへ行くんだ>
「いんや・・・少し空気を浴びるだけ、目覚ましついでにな」
<そうか・・・なら訊きたい事があるんだが・・・>
 はぁ・・・またか、一体なんだ?
<・・・その・・・だな・・・>
 ・・・? 珍しいな。ここまで言い篭るなんて今まで無かったぞ。
「何だよ? ハッキリしろっての!」
<あ、ああ・・・分かった>
 何なんだ? 何を聞こうってんだ?
<あれは・・・・・・事実なのか?>
「!」
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけ思考が停止してしまった、だがすぐに頭を切り替える。
「あれ? あれって何だ?」
<とぼけるな・・・あの夢のことだ!>
 断言されて軽くため息がこぼれた・・・しっかり見られたらしい。
「・・・・・・どこから見たんだ?」
<お前が女性を抱えて走っているところから・・・最後までだ>
 少しだけ空いた間は多分だけど、俺がした事への嫌悪感だろう。
「事実さ・・・・・・何から・・・何までね」
<・・・・・・そう・・・か>
 正直な話、誰にも言いたくなかったし聞かれたくも無い話。
 だけど・・・事実は、事実だ。
 俺は無抵抗な人間を殺し・・・歓喜した。
 そんな俺を普通の奴が見たらこう言うだろう・・・『化け物』と。
「どうだ・・・・・・幻滅したか?」
 そんな事を言ってしまい自嘲してしまう。
<いや・・・・・・そんな事は無い>
「正直に言っても構わないぜ?」
 俺は何をしてるんだろう? 何を求めて、何て言って貰いたがってんだろう。
<別に無理などしていない、私にとって九峪は九峪だ>
 ・・・俺はこの言葉を求めていたのだろうか?
「・・・・・・ありがとよ」
 俺は・・・本当に感謝してるんだろうか? ・・・分からない・・・分からない・・・
<・・・そういえば九峪、聞きたいんだが・・・>
「ん? なんだ?」
 焔がそんな思考のループを遮った、その事に少しだけ感謝する。
<お前が以前に見ていた黒い布袋は、何か関係あるのか?>
 見られていたのも驚いたが、何よりその事を結び付けてきた事の方に驚いた。
「・・・・・・お前・・・何気に鋭いよな」
<という事は>
「ああ・・・関係大有りさ」
 腰の部分に手を置くと硬い感触がある。 
 酔っ払いどもに踏まれでもしたら大変だからな、昨日の内にベルトに挿しておいたんだ・・・正解だったな。
「俺が‘彼女’から貰った唯一の物さ、要するに形見になるな」
<中身は何なんだ?>
 俺は答えないまま紐を解き中身を取り出した。
<笛? ・・・横笛か?>
「正確にはフルートって言うんだよ、純銀製で結構な値打ち物さ」
 もっとも、俺にとってはこれ自体に価値は無い、‘彼女’がくれた物だから大切なんだ。
<吹けるのか?>
「当たり前だろ? まぁ・・・‘彼女’の方が遥かに上手かったけど」
 『ヒコも上手いよ? 私には劣るけどね』 そう言って笑いかけてきた姿を思い出し、思わず顔が綻んでしまう。
 そんな事をしつつも初めの目的を達成する。
 外に出るとひんやりとした空気が肌を刺す、その感覚が気持ちいい。
 それとは別に身体の中の不快感が一気に無くなっていく。 
 『人』とは違う俺の身体は二日酔い程度はすぐ治る、まぁ症状自体は変わらないが。
 その事を実感し、また自嘲してしまう。
「・・・んで、聞きたいのか?」
 もっとも今度はそれを態度には出さない、焔には通じないだろうが。
<・・・良いのか? あまり触れられたくない事なのだろう?>
「確かにそうだな・・・だけど、何時までも放って置いたら‘彼女’に怒られそうだし・・・別に良いさ」
 俺がそう言うと頭のどこかで安心したかのようなため息が聞こえた。
 ・・・ホントに人間臭くなったなお前。
<で・では・・・聞かせてくれ>
 何を緊張してるんだお前は?
 猛烈に問いただしたい願望が襲ってきたが、強引にねじ伏せ周囲を見渡す。
 別にちゃんとした場所じゃなきゃ嫌、とかじゃなくて単純に腰掛ける場所が欲しかっただけ、ふと大きめの岩が転がってるのが見えた。
「あれで良いか」
 呟き近寄ってみる・・・ふむ、まぁ良いか。別に誰かに見せるわけでも無いし。
 軽く埃を払ってから腰掛け、フルートを取り出し軽く口に当てる。
 曲は・・・あれにするか。
 そう思った途端、体が、指が自然に動き出した。
 〜〜〜♪〜♪〜〜?〜〜?・・・
 本当ならこれは二人で弾くはずの曲、俺一人じゃ完成しない。 
 ・・・違うな、この曲は決して完成しない、完成できない。
 俺と‘彼女’、二人で協力して創るはずだった。
 お互い色んな意見を出し合って、少しだけ喧嘩をしたりしながら楽しく創り上げていたこの世に二つと無い・・・そんな曲。
 だけど‘彼女’が欠けてしまった今・・・この曲は完成しない。
 ♪〜〜?〜〜〜♪〜・・・
 『未完の調べ』・・・‘彼女’亡き後、俺が勝手に付けたこの曲の名前。
 ‘彼女’は気に入ってくれるだろうか?
 ・・・そして旋律は唐突に終わる、この先は‘彼女’のパート。 
 『イメージが湧かないんだよね・・・そうだピクニックにでも行こう! 最近出かけてないからこのままじゃカビが生えちゃうよ!』
 太陽の様な笑みを浮かべそう誘った‘彼女’・・・だけど曲は完成しなかった。
 全てあいつ等に壊された、俺が荷物を取りに行った時には既に‘彼女’の物は周辺住民達の手によって・・・焼かれていた。
 だからこの曲は俺の頭の中にあるだけで全て、‘彼女’が考えた部分は結局、教えてもらえなかった。
 不意に・・・人の気配に気付き、閉じていた瞳を開く。
「・・・いい曲でしたね、九峪さんは楽士さんだったんですか?」 
「・・・志野さん・・・いつの間に?」
 この寒い中で、始めて会った時と同じ薄手の踊り子用の服を着ていることも信じられなかったが、それ以上に何時から聞かれていたのかが気になった。
「目を覚ましたら九峪さんが外に出られるのを見て、少し気になったんで様子を見に来たんです」
 ・・・気配を消しながらですか?
 当然のように言い放たれ、その言葉は口に出せなかった。
 そんな俺の態度を気づいて無いのか無視してるのか――多分後者――志野さんは嬉しそうに手を叩いた。
「でもまさかこんな良い曲が聴けるなんて思ってませんでした、早起きって得するんですね?」
「はぁ・・・どうも」
 俺だって「良い曲」なんて言ってもらえたら嬉しい、この曲には思い入れもあるんだから。
「そうだ!」
 いきなり志野さんがそう言って笑みを深めた。
「? どうしたんです?」
「九峪さん、私たちの一座に入りませんか?」
 ・・・・・・は?
「うん、いい考えね。そうとなったら皆に伝えないと」
 は? は? ちょっと待て、あんたそんなキャラだったか?
「あ・あの、志野さん?」
「それじゃあ私は皆を起こしてくるんで後から来てくださいね?」
 俺のささやかな抵抗を完全に無視して、そう宣言し去っていく志野さん。
 後には俺が一人でぽつんと残されるだけ。
「・・・結構・・・せつないかも・・・」
 この時には・・・さっきまでの激情はどこかに消えていた。
 狙ったわけじゃないだろうけど、その事に少しだけ感謝しよう。
<そんな事をする必要性は無いと思うぞ>
(・・・なんでだよ)
 突然の言葉、だけどこいつの不意打ちにはもう慣れたから驚かない。
それでも誰かに聞かれるのは避けたいので腰掛けたまま目を瞑り頭の中で答える。
<お前が寝た後の会話を教えようか?>
(・・・何かあったのか?)
<ふむ、まぁ・・・九峪風に言うと「面白いことがあった」と言うところか>
(なんだよ・・・それ)
<聞けば分かる>
 言い終わると同時に頭の中に誰かの話し声がし始めた。
「・・・・・・」
「・・・・」
「・・・?・・」
 一人じゃない・・・多分、三人だ。
 ゆっくりと言葉が鮮明になってきた。
「・・・・・・まぁ、志野がそう決めたんならあたしは構わないよ」
 これは・・・織部?
「ホント? ありがとう織部姉さん」
 こっちは志野さんだな。 
「私は反対、あんな奴さっさと追い出すべき」
 ・・・この愛想の無いのは珠洲に違いない。
 俺が眠った後・・・だよな? 何を話してるんだ?
「一応確認しておきますけど、彼の腕は確かなの?」
「ああ、間違いないよ。細かいことは分からないけど本気でやったらあたしでもキツイと思う」
「・・・それは私も感じたわ、だけど私の場合ハッキリとは分からないの、つかみ所が無くて・・・」
 姿は見えないけど志野さんの口調は悔しげだ。
 ・・・つーか俺の話か? いったいなんなんだ?
「まぁ確かにそうだね。ただ最初にあたしが声をかけた時に一瞬だけ、ほんの一瞬だけどもの凄い殺気をぶつけて来たんだよ・・・ありゃ素人が出せるもんじゃない」
 ああ、いきなり背後から声をかけられたんで思わずやっちゃった時の事か、失敗だな。
「それ・・・ほんと?」
「あたしは冗談は好きだけど下らない嘘は嫌いだって知ってるだろ? 珠洲」
「知ってるけど・・・信じられない」
「正直な話、私も彼がそこまで出来るなんて信じられないわ」
 ケッと不貞腐れた様に舌打ちする織部。
「なんだい二人とも、あたしの話が信じられないって言うのかい?」
「ううん・・・そうじゃなくて、彼が私たちと同じ様に人殺しをしてる様には見えないのよ、私には」
「私も、こんな奴が誰かを殺せるとは思わない、せいぜい殴るのが限界」
 凄みを利かせながら言う織部に二人は口々にそう言ってくれる。
 それが・・・嬉しかった。
 でもそれは違う、俺は必要になればこの手を血に染めることも厭わない。
 あの時から俺はそうしてきたんだから。
「・・・まぁ良いさ、でもこいつなら条件は十分だろ?」
 ? 条件? 何の?
「ええ、素性不明、目的も分からない、なによりこの格好・・・この辺りの人じゃないみたいだし・・・十分ね」
「それじゃあ、何かあったらこいつを使うの?」
 え? え? 一体なんの話?
「ええ、もし狗根国の連中に気づかれたら九峪さんに囮になってもらうわ」
 ・・・は?
「あいよ、それじゃあ他の連中にはあたしから伝えとくよ」
 ち・ちょっと待て、囮って何だ!? 囮って!
「お願いね、私は明日にでも九峪さんに話しておくわ」
「・・・あいつが断ったらどうするの?」
「・・・・・・う〜ん、その時は無理やりにでも入れちゃえば良いのよ」
「それもそっか」
 「それもそっか」ってなんか間違ってるだろあんた等!?
「ふわぁ〜あ・・・そろそろ休みましょうか?」
「うん」
「そうだね」
 志野さんが言うと衣擦れの音がして足音が遠ざかっていった。
 あんた等・・・人を囮にするって言っておいてそんな軽いのは無いだろ!
 そう叫びたかったが・・・あいにく此処は記憶の中、叫んだところで意味は無い。
 不意に音が消え、少ししてから太陽の熱が肌に感じられた。どうやら終わりらしい。
<ふむ・・・どうだった?>
 ・・・どうだった、って。お前も答えづらい事聞くんじゃねえよ!
 焔のことは無視して目を開く、すると予想以上の光が差し込んできた。
 空を見上げればすっかりと青空になっている、どうやら思っていたより時間がかかっていたらしい。
 周りを見ると遠くの方にこちらを見詰めている人がいた。
 とりあえず笑いながら手を振り挨拶をした、向こうも少しぎこちないながらも返してくれる。
「さて・・・どうするか」
 言ってから荷物を置いてきてしまった事を思い出す・・・大失敗。
 あんな事を聞いてしまったら帰るのがかなり気まずい、マジでどうしよう。
「・・・つっても・・・戻るしかないんだよな・・・」
 本気で戻りたくない。
 だって俺がどう思っても向こうから見たら単なる人身御供・・・どうやって話せっちゅうねん。
 ・・・なぜに大阪弁? ・・・俺はかなりきてるらしい。
「・・・ハァ・・・・・・戻ろ・・・」
 こんな事を一人でやっててもしょうがない、とは言え足の動きはかなり重い。
<私からは何も言えないが、これはある意味チャンスだぞ?>
(・・・何の?) 
 鉛のように重い足を何とか引き釣りながら聞き返す。
<考えてみろ、一座にいる限り生活に必要な衣食住は心配ないんだぞ!
 それに囮になると決まったわけでも無い、その上我々には目的があることを伝えてある。
 それを口実に一座から離れることだって出来るじゃないか!>
 ピタッと足が止まった。
「それも・・・そうだな」
 なんで気づかなかったんだ? 俺は。
<それに・・・>
 浮かれかかっていた俺に焔が続ける。
<お前は志野に・・・いや火魅子の資質を持つ女子、そのそばに居た方が良いのだろう?>
「・・・・・気づいてたか」
<当たり前だ、お前が彼女達のそばに居るだけでなんらかの安らぎに似た感覚を感じているのは知っている。
 それならば私は九峪が望むことをして欲しい>
 ・・・全くこいつは・・・・・・そこまでするか?
 軽く呆れるけど、そこまで言われるとやっぱり嬉しい。
 俺は両足の鉛が取れたような気がした。
「そこまで言われたら頑張らなきゃな!」
 なんか気分まで良くなってきた気がする、足取りも軽くなったし・・・焔に大感謝だな。
 そんな風に重いながら歩いていると、志野さんが立っているのが見えた、どうやら待っていてくれたみたいだ。
「すみません、考え事してたら遅くなって」 
「いいえ、大丈夫ですよ! 気にしてませんから」 
駆け寄って言うと、志野さんは笑いながらそう返してきた・・・寒気がするのは気のせい?
「それより、どうします? 一座に入られますか?」 
「えっ?」
 表情を変えないでそう言われ、驚いてしまう。
「何です? まさか私が無理にでも入れると思ってたんですか? いくらなんでもそんな事しませんよ」
 ・・・昨夜のセリフを聞いてからでは説得力が無い。
 それに志野さんの笑顔を見てると冷や汗が噴出してくるのはなぜだろう?
「それでどうするんです? 入られますか? 入られませんか?」
 ・・・・・・・・怖い、マジで怖い。 背中を嫌な汗が大量に流れてる。
「お世話になります!!」
 俺にはこれしか言えない、断ったら何をされるか・・・。
「そうですか! 九峪さんがそう言ってくれて嬉しいです!」
 普通の状況で志野さんに言われたら大喜びしてしまいそうな言葉だが、素直に喜べません、この状況では。
「あっ、でも俺約束があるんで、そっちを優先したいんですけど・・・良いですか?」
「ええ、構いませんよ。私たちもあまりこの町に長居するつもりはありませんから」
「あ・そうですか」
 あまりにあっさりと許されたんで少し肩透かしをされた気分だ。
 まぁ良いならそれはそれで越したことは無いんですけど、後が恐いな。
 その後、幾つか打ち合わせをしていると中から朝食の用意を手伝うように呼び出された・・・無論珠洲に。
 とにかく、こうして俺の今までに無い生活が始まった。
 でもお願いだから人身御供は勘弁して。
 ・・・俺は日魅子に再会できるんだろうか、メチャクチャ不安だ。
 
 十六話 終わり


 
 約一ヶ月ぶりにこんにちは、葵です。
 前回の話ですが結構強引だと自分でも思ってます。
 九峪の過去を書くにあたってこの先書けるとは思えなったんで前回強引に書いちゃいました。
 その後五月、六月と試験が続きこれを書く時間が無かったんです。
 が、先週ようやく試験が終わり今回の話を書くことが出来ました。
 待たせてしまった皆さんには深くお詫びします。
  それではもう少しで――後二、三話――でこのシリーズのラストバトルです(少しかっこつけてみました)それが終わったらエピローグを書いてこの『約束の為に』も終わりになります。
 それでは皆さん次のお話で・・・



 志野ってしとやかで謙虚で気配りがきく女性ですが、同時にしたたかで怒らせると怖い女性でもありますからねえ。九峪じゃ敵わないのもむべなるかな。
 そしてフルートですか〜。九峪のイメージからは想像できなかったんでびっくりしました。
 志野の一座でも一騒動起きそうですね。続き楽しみにしてます^^

質問 〜約束のために〜第16話の感想をお願いします

おもしろかった
ふつう
つまらなかった
その他質問要望

コメント(最大350字)




結果 過去ログ Petit Poll SE ver3.3 ダウンロード 管理