わずかに欠けた月が街道を照らしていた。
 歩くだけなら十分な明るさだとはいえ、人の姿はない。夜は獣の時間。街道であっても、狼や熊だけでなく、魔獣までもがうろつく。。日が完全に隠れてから、まだそれほど経っているわけではないのだが、すでに人が安穏と移動できる空間ではなくなっていた。
 林の奥から聞こえてくる不気味な唸り声。
 月の光さえも禍々しいものに変えてしまいそうな雰囲気がそこにはあった。
 ゆらり。
 林から男が出てきた。
 頭に手をあて、首を横に振りながら、街道の真ん中まで歩く。ごつい鎧に身を包み、腰に吊るすは刀。兵士であることは一目瞭然だった。
男はふらつく足を叩き、道の両端を見やった。何かを探すようにして、周囲を見回していたが、やがてため息をついてうつむき、そして空を見上げる。
 北には一際大きく輝く星。
 その瞬きをしっかりと眼に収め、男は西に走り出した。
 地を蹴る音が街道に響き、男の背はあっという間に小さくなっていった。
 また人の気配のない空間へと戻る。
 風が地面を撫で、木々は葉の音で存在をしめやかに示す。人などは世界に必要ではないというように、人によって作られた道が自然の気配に侵食されていく。
 獣の声が止んだ。
 街道の上には人影。
 人の気配などなくなったはずの、その場所に影はいた。
 影は男が去った方向をじっと見つめていた。
 その先にあるのは国府城。



〜戦  雲〜


作・ゴーアル様


第七話 戦運(その1)



「どういうことだ!」
 国府城主、相馬は叫ばずにはいられなかった。
 目の前にかしこまった部下達が、怒りをやり過ごすように頭を垂れている。
 彼は焦っていた。
 昨夜は命を狙われ、何度見ても不気味な左道士には居丈高に命令された。弱みを見せた以上、素直に従うほかはない。左道士が取り逃した男女を探し出し、捕らえるように部下に指示した。
 しかし、辺境とはいえ、人が隠れるには十分な広さがある。村や里に出ずに、山奥にでも潜まれれば発見は難しい。朝から命令を受けた兵士が領内の方々を探索しているが、有力な情報が得られないのも無理はないといえた。
 相馬もそのことは分かっていたが、いらつく感情を抑えることはできない。
 そこに新たな問題が起こった。
「九洲の男どもが逃亡しただと! それは確かなのか!」
「はっ、昼に通過予定だった砦から、予定時刻になっても到着しないという伝令が先ほど着きました」
「先ほどというのは、どういうことだ! 予定では午後過ぎには到着だったはずだろう。到着が遅れているのに気づくのにそれほど時間がかかったというのか!」
 予定では砦への到着は未の刻(午後二時)だった。それから半刻も経てば異常に気づくはず。早馬を使えば、夕刻前には伝令は国府城に着くはずだった。
 今は戌の刻(午後九時)、明らかに時間が経ちすぎている。
「それが、半刻ほど経ったあとに、これはおかしいと、道中を確認することも兼ねて、早馬を走らせたそうなのですが、途中で落馬してしまい、気を失っていたようなのです」
「くっ、弛んどる!」
 険しい形相を隠すことなく、歯軋りの音が部下の耳にもはっきりと届いた。
「気づいた時にはすでに馬もどこかに逃げてしまっていたようで、走り続けて来たのですが……」
「言い訳など聞きたくないわ!」
「申し訳ありません」
 一方的な怒鳴り声が部屋に響く。大声を出し続けたせいか、相馬の息が切れ、しばらく息継ぎの音だけとなった。
「……で、逃げた男どもの行方については分かっているのか」
「いえ、なにぶん、報告が届いたのがつい先ほどですので、まだ何も分かっておりません」
「何を悠長なことをしておるか! 男二百人を送ると、紫香楽様にはすでに言上しておるのだぞ! これで期日までに届かなければ、機嫌を損なわれること間違いないわ! ただでさえ、蛇渇めに下手にでなければならないというのに、これ以上、状況を悪くしてどうする!」
 整えたはずの呼吸がすぐに乱れ、顔は真っ赤に高潮し、目は血走っている。
 興奮が極限まで高まっていることは明らかだった。
 このような場合、かなりの確率で相馬は暴力に訴える。二年間、難儀な上司の下で働いてきた部下にはその予兆を見て取ることは簡単だった。
 相馬の右手が振り上げられようとした瞬間、部下の一人が膝を前に進めた。
「ご安心ください。相手は二百人、人目につかずに移動することは不可能です。さらには、運がいいと申せるかは分かりませんが、現在逃亡者探索のために、兵士が領内に散っております。明日にでも捕らえることは十分に可能です」
 男たちが散り散りになって逃げた場合を考えれば、決して楽観はできないのだが、そのようなことは口に出さない。今は楽観論で相馬を落ち着けることこそが第一であった。
「それに、どうせやつらは自分の生まれた村に戻るに決まっております。そこで、かくまったことを理由にして、また何人かを徴用すれば、少しの遅れくらいは十分に弁解が立ちましょう」
「……ふむ、そうかもしれんな」
 相馬が頷いたのを契機に他の部下も言葉を重ねる。
「やつらには逃げたことへの報いを与えなければなりませんし、ちょうどよろしいのではないかと考えます」
「急ぎ伝令を走らせ、各村で休んでいる兵士に男どものことも探すように命令しましょう」
「状況を有利に考えることが大事でしょう」
 未来への展望と手段を織り交ぜて、相馬の気をそらす。
「……今、城にいる兵の数は?」
「三百ほどです」
「そうか、明日は一部隊をすぐに動けるようにしておくように」
「はっ、発見の報告があればすぐに動けるように準備しておきます」
「うむ、任せたぞ。それから、左道士総監から頼まれた件もどうにかしろ」
「分かっております」
 下手な口答えはせずに、とりあえず肯定しておく。これもまた、部下としての処世術であった。
 相馬は満足そうに頷き、立ち上がる。そして、巨体を揺らしつつ、部屋の外へ出て行った。
 残された部下はそれぞれに顔を見合わせる。
「で、どうするのだ?」
「どうするといって、相馬様に申し上げたことをやればよかろう。領内に散っている兵士に探索を命じればよい。どうせ探索には違いないのだしな」
「それも、そうか……、だが、事が起きすぎる」
 ぼやきは場の全員に共通するものだった。
 彼らのほとんどが狗根本国を離れ、早十年になろうとしている。それなりの地位には着いたとはいえ、まだまだ上を目指したい。
 武人が出世をしようとするならば、戦場で手柄を立てるのが一番だ。現在、狗根国の最前線といえば、泗国と伊勢だ。そこに部隊長以上で転任することができれば、手柄も立てやすい。
 しかし、このような辺境にいては、飛躍する機会はほとんどない。
 九洲駐留の狗根軍に求められているのは統治である。
 治安を保ち、本国へと富を送る。そこに派手さはない。確実さが求められ、問題が起こること事態が忌避される。ゆえに、厄介ごとが起きるのを嫌がるのだ。
「まあ、仕方ない。さっさと解決することにしよう」
「ああ、相馬様にまた機嫌を損なわれては困るからな」
「違いない」
 頷きあい、彼らはそれぞれの役目を果たすために動き始めた。
 このとき、彼らを煩わせている二つの問題が関わっていると考えるものは一人もいなかった。



 そして、夜が明ける。



 三月も終わりとなる今日、国府城はどこか騒がしかった。
 いつもと同じように城門は開かれており、村や里から肉や野菜を売りに人がやってくる。今日が月終わりということもあり、市場はいつもよりも盛況なものだった。
 人が集まるところには活気が生まれ、売り買いのやり取りは独特の雰囲気をうむ。
「この鎌は切れ味抜群だよ!」
「新鮮な野菜を買っていかんね」
「もっと負けてもらいたいが」
 呼び込みの声が市場に響く。
 たとえ狗根国に支配されていようとも、活気が完全に失われることはない。
 それが人の力ということなのかもしれない。
 ただ、いつもと違っているところが一つあった。
 市場を見張っている兵士の数だ。
「今日は、茶色の連中は少ないねえ」
 籠を背負った中年の女性が、野菜を売っている男へと声をかけた。茶色の連中とは狗根兵のことである。末端の兵士は茶色の鎧を着ているため、城の住民からはそう呼ばれている。
「そういやあ、少ねえなあ。いつもの半分くらいか。でもまあ、風通しが良くていいじゃねえの。てことで、こいつを買っていってくれないか」
「あいにく、懐の風通しはいつも通りでねえ」
 顔にしわを寄せて笑う。似たような会話はあちこちで行われていた。狗根兵が普段の生活でどれだけ意識されているかの証明でもある。
 国府城に駐留している狗根兵は千余り。とは言っても半分ほどは九洲で徴用した兵士であり、その士気は低い。本当の意味での狗根兵は五百といったところだった。
 狗根兵は支配者である。
 直接的な暴力を振るうことは少ないが、手には槍を持ち、武力を体現している。それが住民を威圧し、実際に問題が起きたときにはためらわれることなく振るわれる。
 兵士の動向に注意が向けられるのは当然のことだった。

 住民の注目を集めている兵士──彼らをまとめている部隊長たちは兵舎にある仕官室でじりじりとした時間を過ごしていた。
 三人が車座に腰を下ろし、顔を見合わせたかと思えば、音に反応して戸を見る。何もなかったと分かれば、気だるそうにうつむく。どうにも落ち着きがない。
 待ち人が来るまでの時間は長い。
 朝一で伝令を出し、探索部隊は対象の情報を集めるために駆けずり回っているはず。しかし、もう日は高く上っているにも関わらず、報告が入ってこない。
 先に命じられた男女ふたりの捜索よりは、数が多いこともあり、容易に情報が入ってくるはずであったが、現実は可能性の高いほうばかりに動くというわけでもない。往々にして、物事は面倒なほうへと動く。
「まだ、見つからんのか」
 ひとりの男がぼやいた。右手は頭を掻き、左手は指でトントンと床を叩いている。
「逃亡したのは二百人。だれにも見つからないはずがなかろうに」
「まあ、それはそうだな」
 ひげをいじっている男がとりあえずといった感じで頷く。
「だが、考えて見れば、良いことなのかもしれん」
「どういうことだ?」
「二百人もの人間が移動していて見つからない。もし、二百人がばらばらに逃げていたならば、必ず誰かの目に留まるであろうし、情報も多いはずだ。しかし、現実には発見に手間取っておる。つまり、やつらはまとまって行動していると考えるのが自然ということよ。捕まえる手間を考えれば、そちらであったほうがありがたい」
「なるほど、たしかにな。まとまりがあると考えれば、やつらを連行していた兵士が見つからないのも頷ける」
「……街道には、争ったような痕跡は残っていなかったようだ。おそらく、どこかに連れ去られて、殺されたのだろうがな」
「ふんっ! 武器も持っておらんやつらにやられるとは!」
 ひとり黙っていた男が吐き捨てるように言った。
「そういえば、連行していた兵士はおまえの部下だったな」
「気にする必要はない。油断すれば死ぬ。それだけのことだ」
 油断──完全武装した狗根兵が正面から戦って負けるはずがない。彼らにとっては常識ですらある。そして、事実、そうだった。
 冷徹な言葉が場に落ち着きを取り戻す。
 緊迫した空気が流れ、次の瞬間、かき乱された。
 戸が叩かれ、了承の言葉と共に開かれる。入ってきたのは息を切らした兵士だった。息継ぎの音をもらしながら、土間に膝をつく。
「逃亡した男どもを発見しました!」
「なに! それは真か?」
 報告を受けた部隊長は前のめりになり、先を促す。
「はっ、命令どおり、街道沿いを重点的に探していたところ、旧国府城跡に伸びる脇道で怪しい人影を発見しました。目を凝らして見ると、薄汚れた服を着た男。後をつけていくと城壁の中へと消えて行きました」
「うむ、それで」
「城壁の前では、草が踏み散らされたようになっており、大勢が潜んでいるものと見受けられます」
「なるほど、予想通りだな。──おい、ご苦労だった。水を一口飲んで、わしの副官にここに来るように伝えてくれ」
「了解しました」
 兵士は深く頭を下げ、機敏な動作で士官室を出て行った。
 受け答えをしていた部隊長が同僚の顔を交互に見る。
「捕縛はわしの部隊が行う。良いな」
「ああ、これで貸し借りはなしだからな」
「給金が増えたら、一杯、おごってもらおう」
「美味い酒を期待していてくれ。──しかし、旧国府城にいたとはな」
 同僚の了解を得、安心したところで、部隊長の口から疑問の響きが漏れた。
「あのようなところにこもっても意味がなかろうに。寝ずに山野を駆けたほうが、まだましだ」
「うむ、たしかにな。捕まえてくれと言っておるようなものだ」
 腕を組んで考え込む。
「まあ、考え込んでも仕方ないのかもしれん。あそこは人気もなく、隠れるのにはもってこいだからな。おそらく、逃げ出すことしか頭になかったのだろうよ。事を起こしたのはいいが、その後、どうしたら良いか分からなくなった。そういうことではないか?」
 人の行動全てに理由があるわけでもない。また、意味づけをする必要もない。
「そう考えるのが妥当であろうな。まあ、詳しいことはひっとらえてから聞き出せば良い」
「であるな」
 話が一段落ついたところに、副官が仕官室へと入ってきた。上官と目を合わせる。
「では、一仕事済ませてくる。あとはよろしく頼む」
 とくに緊張感を表に出すこともなく、部隊長は副官を引きつれ、自部隊の元に向かった。そこに先ほどの焦れた様子はない。ただ、自信があるのみ。
 精強無比の狗根兵にとって、ろくに剣も握ったことのない逃亡者を捕らえることなど簡単なことのはずだった。



 宮殿の地下、決して日の届くことのない部屋に彼女はいた。
 風通しはまるでなく、空気は湿り気を帯びている。そこにいるだけで病気になりそうな空気に慣れることはない。
 牢に入れられてから一日半。変わらず、後ろ手に縛られ、水も口にしていない。頬はややこけ、鈴蘭の花のような美しさは影を潜めている。背を壁に預け、目をつぶり、じっと動かない。その姿は死や病といった、負の要素を連想させる。
 ピクッと耳が動いた。
 地上の喧騒も届かないはずの地下牢。華やかな舞台の下にある地獄。
 しかし、彼女の耳は雰囲気の変化をつかんでいた。
 何かが聞こえたというわけではない。
 感じただけ。
 観客の空気をつかむことに長けた舞姫としての本能か、それとも別の何かか、それは分からない。
 ただ、変化が訪れようとしている。
 そのことだけは間違いない。
 彼女は目をつぶり、よどんだ空気に身を浸していた。






 狗根国は強い。
 常識と言っても良い事実。
 大陸から倭と呼ばれる列島の西方をほぼ制圧し、なお拡大を続けようとしている。王家の家系をたどれば、二百年近い歴史を持っているにも関わらず、国として未だに成長期にある。
 もともと狗根は畿内の盆地に割拠する一豪族に過ぎなかった。有力な豪族ではあったが、盆地を制覇するほどの力はない。同程度の規模の豪族もいくつか存在し、縄張り争いを続けていた。合従連衡、どこかが頭一つ抜け出そうとすると、他が連合を組み、強者の力を弱める。東西の陸路が交わる要地では虚々実々の駆け引きが繰り広げられていた。
 そんな攻防の構図に転換をもたらしたのは、越の国であった。勢力争いに遅れを取った豪族が湖を越えて、援軍を求めたのである。
 越の国は枇杷湖の北東に位置し(越前、加賀、能登、越中、越後にまたがる)、大規模な金山を領内に持つ。冬は豪雪に覆われ、街道すらも封鎖されてしまうことも多いが、それ以外の季節では豊富な雪解け水を利用した農業も盛んである。民は忍耐強く、逆境に屈することはない。それは兵士に必要な資質でもあった。疑うまでもない強国である。湖を挟んでいるとはいえ、この強国の存在は畿内の情勢に影響を与えてきた。
 その強国が満を持して、畿内に軍勢を派遣してきたのである。各豪族の背筋に冷たいものが走った。
 もともと、越の国は畿内への進出を狙っていた。東西を貫く街道と、南北を繋ぐ街道が交わる要所。国を富ませることを考えるならば、欠かすことのできない土地である。
 当然、軍事的にも外交的にも、畿内へと手を伸ばしていたが、上手く行くことはなかった。兵は強く、率いる将軍も決して戦下手ではない。にもかかわらず、なぜ侵攻が失敗したのか?
 外圧に対しては一致団結する豪族たちの抵抗に手を焼いたことも理由の一つに上げられるが、最も大きな理由は雪であった。
 雪が降れば、越の国の多くは雪に埋もれてしまう。軍と後方が切り離されてしまうのである。冬が来れば兵を引かなければならない。
 経戦能力の乏しさが畿内を救っていたのである。
 しかし、畿内に橋頭堡ができてしまえばどうなるだろう。その橋頭堡を確保できるだけの兵力を貼り付けることができれば、確実な侵攻が可能となる。
 畿内はこれまでにない危機を迎えていた。

 ここで畿内の豪族をまとめたのが、狗根氏であった。
 狗根氏は畿内同盟を提唱し、反越国の体制を作り上げた。越の国の兵士も強いが、畿内の兵も何十年も続くいさかいで武力を養っている。一致団結すれば、地の利もあり、簡単に負けることはない。
 攻防の焦点は同盟の実質に絞られた。
 指揮系統を統一しなければ、組織的な対応はできないが、指揮系統の統一とは、すなわち、だれかの指揮に従うということになる。同盟を結んだとはいえ、昨日までは敵対関係にあったのである。下につくような真似ができるはずがない。同盟には最初から亀裂が入っていた。
 越は当然のごとく、同盟のほころびをついてくる。各個撃破は戦術の基本。敵対関係を鮮明にしている狗根氏以外には、徹底的な外交攻勢が仕掛けられた。
 いくつかの城を落とし、住民も含めて、皆殺しにする。降伏した城には統治者の処罰のみで済ませる。越軍の強さと、その対応に込められた意思は豪族に迷いをもたらした。
 すなわち、早期に降伏したほうが得策なのではないかという疑念である。統治者が処罰されるといっても殺されるわけではない。勝ち目のない戦いに身を投じるよりは、身の安全を図ったほうが良いと考えても無理はない。
 同盟は成立直後から崩壊の序曲を奏でようとしていた。
 刻一刻と状況が悪化していくなかで、狗根氏は単独で越軍に立ち向かった。兵を総動員し、領内を警護するための兵士も動かした。周りの豪族が越国に寝返り、侵攻してくれば、まるでなす術がない。しかし、狗根軍はわき目も振らずに越軍の侵攻路に立ちふさがったのである。
 兵を総動員したといっても、兵数は越軍の五分の一にすぎない。まさに多勢に無勢である。狗根氏の敗亡は決定的と思われた。しかし、ここで、各豪族が狗根氏の勇敢な行動に奮い立った。
 次々と狗根氏の下に豪族が兵を率いてはせ参じ、同盟の遵守を誓ったのである。この時点で、畿内同盟と越軍の兵力はほぼ互角。ただし、士気に関しては完全に同盟側が上回っていた。
 決戦は勢多で行われた。
 越軍一万五千の攻勢は厳しく、吹雪のごとく、同盟の戦列を圧倒しようとした。しかし、同盟側は耐え抜いた。越軍の攻勢が弱まったところに、逆襲をかけ、見事に打ち破ったのである。越軍は枇杷湖に追い落とされ、無残な結末を迎えた。
 同盟軍はその後、越軍の物資の集積地点となっていた、枇杷湖の北端に位置する塩津を強襲し、物資を焼き払ってしまった。この結果、越国の計画は完全に頓挫してしまった。
 畿内は救われたのである。
 各豪族は自分の武勇を誇り、仲間の強さを称えた。だれもが共に戦うことの喜びに浸っていた。

 数日後、同盟の提唱者である狗根氏の城で祝宴が催された。
 ほとんどの豪族が一族総出で出席したこともあり、宴席は稀に見る華やかさとなった。有名な白拍子が舞台で舞い、楽器の音が鳴り止むことはない。
 宴席の始まりには、越国に対する勝利宣言が行われ、同盟の維持が謳われた。良き時代が来ると、だれもが感じていた。宴席は夜遅くまで続けられた。
 そして、宴席が終わった夜更け、豪族たちの泊まった屋敷に火がかけられた。
 すっかり酒に飲まれていた彼らに逃げ出す術はなかった。なかにはいち早く、屋敷を抜け出そうとした者もいたが、屋敷を囲んでいた兵士に殺された。
 その夜、城を白々しく照らした炎は、狗根氏発展の烽火となった。
 狗根氏は間髪いれず、兵を動かした。頭領、さらにはその跡継ぎまでをも失ってしまえば、まともな反抗ができるはずもない。畿内はあっという間に狗根氏の旗に覆い尽くされた。
 まさに電光石火。わずか、半月の間に畿内は統一された。畿内統一という目標を決して忘れることのなかった狗根氏の勝利だった。
 狗根氏は国号を狗根と称し、首都は山都に置いた。
 国の整備に時間をかけていたのはわずか数年、大坂を支配下に収め、さらに国力を増すことになった。この勢いのまま狗根国は拡大を続けるかと思われたが、領土の拡大は一時、休止となった。偉大なる初代狗根王が四十という若さで逝去したのである。
 あまりにも偉大すぎた王の死は国内に動揺をもたらした。
 王の五人の息子は後継者の座を巡る権力闘争を始めた。建国王の唯一の失策は日嗣の皇子を明確に定めていなかったことだろう。長男が病弱であったことも混乱に拍車をかけた。
 争いが決着したのは五年後であった。
 長男が真っ先に暗殺され、続いて四男、五男が死んだ。暗殺の手は娘達にも及び、三人の姫が毒殺され、その夫も殺された。最後は次男と三男が兵を用いて争い、次男の勝利で闘争は終焉を迎えた。
 王座は血で塗り固められているとはいえ、骨肉の争いは国に閉塞感をもたらした。狗根国は畿内でくすぶり、再び発展の階段を上り始めるのは五十年後、ある左道士により、魔界の泉が作り出されてからのことだった。
 閉塞感から抜け出した狗根国の発展は目覚しい。紀州の豪族連合を服属させ、伊賀の国衆を味方につけ、東方の大国、陶海王国とも肩を並べるほどの存在となった。
 東への拡大は難しいと感じた狗根国は、西へとその矛先を向けた。二百年の歴史を誇った吉備国を属国とし、出面国を滅ぼした。さらには海峡を渡り、暁の国、耶麻台国をも歴史の彼方へと追いやった。
 狗根国の歴史は戦いの歴史。
 牙をとぎ、圧倒的な力を振るう。
 精強な軍隊と強力無比な左道の二つの柱が、国の拡大を支え、安定感をもたらしている。勝利が国を勢いづかせているという事実は、民に武を尊ぶ気風を根付かせた。
 そして、狗根国は倭で初めて、常備軍という制度を作り出した。その背景には、商業と貿易の要所である大坂を手に入れたことにより、経済力に余裕ができたことが大きい。
 一年中、常に武具の手入れをし、訓練をする。命令に服従することを叩き込まれた本当の兵士だ。
 さらに、狗根国では、武人は何よりも尊敬される存在である。
 当然、民の期待も高いとなれば、兵士の士気も上昇する。
 士気の高い常備軍、さらには強力な左道士部隊、狗根国は間違いなく強い。

 しかし、である。
 強い、ということは必ずしも勝利に結びつくとは限らない。




 春の太陽が暖かい日差しを注いでいる中、国府城と久指間城を結ぶ街道の途上に、百人ほどの狗根兵の姿があった。
「この奥か」
 つぶやく部隊長の視線の先には街道から枝分かれした道があった。この道を進めば、かつて狗根軍によって焼き討ちされた旧国府城がある。そこに逃げ出した男達がいるはずだった。
 部隊長は整列した部下へと振り返り、命令を下した。
「第一小隊が前衛、続いて第二、第三と続け、私は第四小隊の前で指揮を執る。残りの部隊も後に続け。第一小隊に限らず、音を立てないように気をつけろ。良いな」
 ぐるっと全員を見回す。戸惑いの表情は見当たらない。
「相手は根性なしの九洲人だが、今回の作戦目的はやつらの捕縛だ。逃がしてしまうわけにはいかん。そのことを肝に銘じておけ。では、出発しろ」
 部隊長の言葉に頷き、第一小隊から動き始めた。無駄な動きを見せることなく、残りの小隊も後に続いていく。部隊長の言葉からも察せられるように、この部隊には九洲人はいない。いざというときに、逃亡者を見逃すのではないかという懸念が働いたためだ。つまり、純粋な狗根兵の部隊ということになる。
 食料の確保もままならないであろう相手とは比べるべくもない精鋭であった。
 ──さて、どうすべきか。
 部隊長は足を進めながらも、これからの動きに思考をめぐらせていた。
 こちらは全員が完全武装をしている。もし、相手が向かって来たとしても、戦闘にはならない。簡単に組み伏せることができるだろう。しかし、それは相手が向かって来たらの話である。
 わき目も振らずに逃げ出された場合、全員を捕獲するのは難しい。ここでは完全武装が裏目に出る。軽装の相手のほうが動きやすいのは自明の理であった。
 ──相手に見つからないようにすることが第一だな。城の中にこもっているならば、むしろ好都合だ。逃げ場が限られるからな。うまくすれば、完全に包囲することもできるやもしれん。
 部隊長の思考に勝利という言葉はなかった。完全武装した狗根兵に歯向かってくるはずがない。連行していた兵士が無力化されたことを忘れてしまったわけではない。だが、そのときとは兵士の数が違う。油断もしていない。問題は、どれだけ生かして捕らえることができるか、ということだけだった。
 どれだけ足音を消そうと思っても、百余りの兵士が行進しているのである。物音が消えるはずもない。
 道の両脇に茂る林の中では、地を走る振動に気づいた小動物が林の奥へと移動を始めている。梢で羽を休めていた鳥は甲高い鳴き声を上げ、空へと飛び立った。
 部隊長は顔をしかめた。
 旧国府城への道を進む狗根兵の列。
 下策である。
 道なりに進めば、迷うことなく目的地である旧国府城にたどり着くことはできる。だが、それは相手に気づかれやすいということでもあった。
 城にこもっているとしても、街道から分かれた道に見張りを置くくらいのことはしているかもしれない。相手の見張りを捕らえるために、前衛を務める第一小隊には、軽装で、足の速い兵士を配置しているが、確実に確保できるとは限らない。本来ならば、部隊を分け、林の中を抜け、包囲を完成するのが上策ではあるのだが、そのために必要な土地勘が欠けていた。
 狗根国がこの地を征服してから、十余年が立った。土地を知るには十分な時間である。しかし、実際のところ、兵の配置転換や、本国への帰還などにより、旧国府城焼き討ちのころから、留まっている者は少ない。部隊長以上に関しては一人もいなかった。
 天の時は地の利に如かず、という言葉もあるように土地の把握は指揮官にとっては重要事項である。部隊長も、そのことは理解しており、実践していたのだが、まだまだ不十分であったことを痛感していた。
 部隊を分け、迷子になってしまったでは笑い話にしかならない。
 対象の近くまで来ているということだけで、発見される危険性は高まっている。ここは確実さ、そして迅速さが求められる場面だ。
 速やかに城まで兵を進め、相手の場所を特定し、包囲を完成させた後に、捕縛する。
 これを理想の形とするならば、今はまだ第一段階を進めているにすぎない。
 ──相手は軍事訓練を受けたことのない烏合の衆、まともな警戒などできるはずが……、相手の失策頼りとは情けない。
 ぎりっと、奥歯をかみ締める。
 ともかくも今は、前に進むしかない。
 それから四半刻、部隊は旧国府城の目前に到着した。

 結局、懸念されていた見張りには遭遇しなかった。
 旧国府城は静かだった。
 城壁は崩れ、その用を成してはいない。ぼろぼろになった城壁の向こうには焼け焦げた市街が見える。もっともまともな建物は立ってはいない。正確には市街跡といったところだろう。
「やつらは、あの中か」
 部隊を林の中に潜ませ、部隊長は目を凝らしていた。
 ──まずは小隊を一つ先行させ、城内を探らせるか。
 わざわざ旧国府城に足を運ぶような物好きは少ないが、それでも部隊長は城の情報を、数少ない十年来、この地で任務についてきた兵士から仕入れていた。
 ──旧国府城は焼き討ちと、十年以上野ざらしにされてきたことで、すでに城としての機能は失われております。あそこで、二百人もの人間が隠れるとするならば、いまだに形を保ち続けている宮殿しかありません。
 一見したところ、兵士の言葉は正しいようだった。
 わざわざ城まで来て、吹きさらしに隠れるようなことをするはずがない。疲労のため、そして逃げているという意識から、少しでも身を守ってくれそうなところに篭ると考えるのが自然だ。
 しかし、必ず宮殿にいるとも限らない。百人もの兵士が城壁の中に入れば、相手に発見されることは避けられない。やはり、ここは偵察を出すべきだろう。
 部隊長はそう判断し、第一小隊の軽装兵に指示を出そうと、後ろを振り返ろうとした。
 視界の端で何かが動いた。慌てて城壁へと視線を戻す。
 今にも崩れそうな城門の下に男がいた。
 部隊長はさっと手を上げ、木陰に姿を隠すように指示を送った。
 みすぼらしい服、おどおどとした態度。背を丸め、颯爽と呼ぶには程遠い。城壁に手をつき、臆病そうに、辺りをうかがっている。
 ──間違いない。逃亡者の一人だ。
 男はしばらく顔を左右に動かしていたが、やがて安心したのか、城内へと戻り始めた。
 部隊長は軽装兵を手で招いた。皮服を着込んだ兵士が三人、機敏な動きで近寄る。
「今の男の後を付けろ。捕獲するかどうかの判断は任せるが、別の仲間が近くにいるやもしれん。基本的に男の行き先を確かめることを優先しろ。そこに、他の者たちも潜んでいるはずだ。それから、宮殿に潜んでいた場合は宮殿の外壁を調べてくれ。良いな」
 三人ともしっかりと頷いた。
「では、いけ」
 指揮官の掛け声と共に、駆け出す。そこにためらいというものはない。思い切り良く林を飛び出し、体をかがめたまますばやく足を進める。見る間に城壁へとたどりつき、城門の中を探ると同時に、城内への侵入を果たす。
 兵士の錬度に満足しながら、部隊長はその場にじっくりと腰を下ろした。部下にも休むように合図を送る。
 ──さて、宮殿にいるとしてどのように包囲すべきか。
 古参兵の話では、宮殿にはいくつか出入り口があるらしい。正門にあたる南門だけでなく、東門、西門、北門があり、さらには城壁が崩れた部分が出入り口と化しているところもあるという。
 とりあえず、東西南北の門を押さえるとすると、二十五名ずつ、四つの部隊に分けることになる。
 ──限定された空間であれば問題ない。
 たとえ、八倍の数であっても、狭い通路で向き合うならば十分に対処することは可能だ。こちらは鍵をかけるようして、他の部隊が到着するまで、じっと耐えていれば良い。しかも、相手は武器も持っていないはず。連行していた兵士の武器を奪われているかもしれないが、まともに扱うことはできないだろう。
 問題は門以外の場所から、相手が逃げ出した場合だ。
 ──それは偵察が戻ってきてから考えるしかないな。
 部隊長は目を閉じ、背中を木に預け、思考を中断した。
 戦闘になるはずもないという事実は安堵をもたらす一方で、やりにくさも生じさせていた。
 向かってくる相手に対処することはたやすい。だが、相手が逃げる場合は、追いつくだけでも一苦労だ。ただ駆けるだけならば、一般人と訓練をつんだ兵士の差はほとんどない。であるからこそ、最初の段階でどこまで追い詰めることができるかが鍵だった。
 百人の兵士が林の中でじっとしている──姿は隠れても、その緊迫感は隠しようがない。
 じりじりとした空気の流れがしばらく続いた。
 大地を蹴る音。
 偵察兵が戻ってきた。部隊長の前に膝をつく。
「いかがであった」
「はっ、男はまっすぐに宮殿へと向かい、南門より中に入りました。また、焼けた壁の影に隠れながら、宮殿の外壁を見てまいりましたが、壁が崩れ、人ひとりが通ることはできそうな箇所はありましたが、多勢が利用できるものではありませんでした」
「ふむ、壁が崩れた部分から、誰かが抜け出た場合、門から察知することは可能か?」
「注視しておけば問題ありません」
「そうか」
「現在、私以外のふたりは城門のところで城内を見張っております。異常があれば、すぐに報告に来るはずです」
「うむ、了解した」
 偵察兵の言葉に迷いはない。
 部隊長の腹は決まった。
 兵を途中で分け、東西南北の城門を封鎖する。いずれ相手はどこかの城門を突破しようとするだろうから、その門の担当は防御を優先し、他部隊の到着を待つ。もし、外壁のほころびから逃げようとするならば、そこに兵を派遣し抑える。一人ひとり抜け出すには相当の時間がかかる。五、六人は逃がすかもしれないが、それは仕方ない。
 小隊長を呼び寄せ、作戦を伝える。また、小隊は十人編成なので、第九小隊と第十小隊の編成を解き、二十五人ずつに部隊を再編した。このあたりの柔軟性はさすがである。
 城門のところにいる偵察兵に合図を送ると、手招きが返ってきた。
 部隊長は右手を掲げ、さっと前に倒すと同時に白天の下へ駆け出す。兵士も動き出し、城壁の側まで一気に移動した。
「異常はないな」
「はっ、異常ありませぬ」
 城門で控えていた偵察兵が小声で答える。
「では、南門の近くまで、物陰を利用して先導せよ」
 偵察兵は頷き、手分けをして動き始めた。ひとりが城内へと先行し、周囲を確認した後、後続に合図を送る。確実に、そして、すばやく狗根兵が城内へと侵入していく。
 手順として確立された行動を確実にこなす。それは紛れもない強さ。
 国府城は、広大な領域を支配する狗根国にとっては、辺境の一城に過ぎない。当然、兵の質も高くはない。だが、それは狗根軍の中で比較した場合の話であり、辺境の駐留部隊であろうと、倭の西方に覇を唱える狗根軍には違いないのだ。
 次々と影から影へと移動を続け、宮殿までの距離を半分ほどまでに詰めた。
 ──そろそろ部隊を分けるべきか。
 ここまでのところ、敵に発見された様子はない。極めて順調と言うべき状況だ。
 ──とはいえ、得てしてこういうときに、問題は起こる。
 部隊長となるまでに得てきた経験が、頭の中で鈴を鳴らす。今回の作戦の肝は、どれだけ相手に見つからないようにできるかということ。ほんの少しの油断が失敗へと繋がる。その辺りのことも話しておこうと、各部隊の隊長を呼び寄せようとしたときだった。

「うわっ」
 上ずった悲鳴が響き渡った。
 パッとそちらを振り返る。
 そこにいたのはみすぼらしい服を来た男だった。兵士の姿に怯えたように後ずさり、駆け出した。宮殿のほうへと──
「馬鹿者! なにをしておる! あやつを取り押さえんか!」
 順調に進んでいた作戦が、あまりにもあっけなくつまずいてしまったことに、兵士の行動が一瞬、止まっていた。そして、それは取り返しのつかない失敗だった。
 男は狗根兵の襲来を大声で叫びながら走っている。宮殿の中にいる者たちにも聞こえているだろう。
 判断は一瞬だった。
「全員、わしに続け!」
 気合のこもった声を発し、部隊長は走り出す。
 男の声で、他の逃亡者にも狗根兵が南門に迫っていることは分かるはず。当然、それ以外の門から逃げ出そうとする。今さら部隊を分けている余裕はない。それよりも、まっすぐに宮殿に突入すれば、多くを捕らえることができるかもしれない。当初の予定よりも、取り逃がす人数が増えるが、いま考えても仕方がない。
 廃墟となった街に砂埃が上がった。鎧に身を固めた兵士が百人、槍を構え走る。地面は震え、積み重なっていた瓦礫から小石がこぼれる。
 兵士に追いかけられる男は早くも南門へとたどり着いていた。
 大声を上げながら、手足をバタバタとさせながら走る姿は無様なものだったが、笑う余裕はない。結局、男に追いつくことはできずに、その姿は南門の中へと消えていったのである。
 ここからは時間との勝負。
 南門までの道をまっすぐに駆けていく。
 部隊長は作戦が崩れたことに舌打ちをつきながらも、どこか吹っ切れた自分を感じていた。
 こそこそと隠れながら、相手を追い詰める。
 戦争の本質が華々しい活躍よりも、忍耐にあることは分かっていたが、だからと言って、華々しさを忘れられるほどに歳をとっているわけでもない。
 重量感のある突撃──これこそが、最強を自認する狗根軍の真骨頂であるはずだった。
 胸の奥から、猛々しい興奮が噴出し、全身を高潮させていく。
 時に狂気に溢れる戦場で冷静でいられることを指揮官の資質とするならば、この部隊長には指揮官の資質が欠けていたのかもしれない。しかし、暴虐な力の奔流が理性で作られた堤を破ることなどめずらしくもない。
 相手が身につけているのはみすぼらしい服のみ。これは戦闘ではない。
 狩りだ。
 心地よい興奮に身を浸しながら、部隊長は駆けた。
 南門に遮る扉はない。
 続々と兵士が、獲物の穴倉へと突入していく。絶対的な強者という立場に誰もが酔っていた。
 そして、最後の兵士が南門に侵入しようとしたそのとき、激しい物音と共に、世界が覆った。



>>NEXT