〜戦  雲〜


作・ゴーアル様


第六話 決意(その4)



「──九峪様から紹介されました伊万里です。九峪様とキョウ様がおっしゃられたように、今、九洲は狗根国に支配され、人々は塗炭の苦しみを味わっています。火魅子となる資質を持っている──私は御二方からそう言われました。戸惑いもありましたが、今はこう思っています。使命を果たさなければならない。そのために剣を取らなければならない、と。わたしは戦います。神々のご助力を無駄にするわけには行きません。わたしは戦います」
 茶色がかった瞳をしっかりと開き、伊万里は宣言を終えた。
 若さはときに未熟さを露わにする。経験不足、知識不足、覚悟のなさ、考えの浅さ。気持ちばかりが先走り、理想を現実にする力に欠ける。軽挙妄動によって、他者に迷惑をかけ、被害を広げる。
 その一方で、若さは可能性でもある。一つの事件から多くを学び、血肉に変えていく。変わろうとする、成長しようとする意思は若者を大きく育てる。勢い、という言葉に置き換えても良い。
 今回の場合、後者の意味での若さが伊万里からは溢れていた。
 失敗を恐れず、可能性を信じる。高い理想を掲げ、前に進む。
 過酷な現実に絶望していた男たちにはあまりにもまばゆい光。暗闇こそが光がもっとも尊く思える場所。だからこそ、男たちは伊万里に魅了された。
 伊万里は一言も、男たちに戦うことを強制してはいない。ただ、自分の決意を語っている。しかし、うら若き美女に自ら剣を持つと言われて、奮い立たない男はいない。
 整った容貌に、すらりとした肢体。凛とした雰囲気は清冽な空気を生み出している。
 もともと長い間、女王が国を統治していたこともあり、九洲の民には女性が上に立つことへの抵抗感は薄い。男たちの目は女神を見るかのように敬意に満ちていた。
 男たちから発せられる熱気をしっかりと受け止めつつ、伊万里は九峪に視線を送った。
「伊万里の言葉通り、俺たちは戦う。まずは国府城を狗根国の手から取り戻す。そして、九洲全土へと耶麻台はまだ滅んでいないことを宣言する。しかし、国府城を解放するにはまだ力が足りない。ぜひ、力を貸してほしい」
 すぐには反応は返ってこない。
 狗根兵に逆らう恐ろしさ。彼らはそれを身をもって知っていた。狗根兵は単純に強い。戦を糧として生きている者だからこその力。農道具を扱う手ではかなうはずもない存在。だからこそ、ずっと泣き寝入りを続けていたのだ。戦えと言われて、簡単に戦えるわけがない。
 気まずい沈黙が流れた。
 無理か、そう九峪たちが思ったとき、
「……俺はやるぞ」
 ひとりの男がつぶやくように、しかし、はっきりと言葉を発した。注目が集まる。
「どうせ、あのままじゃ、二度とこの土地には帰ってこられなかったんだ。家族にも会えない。そんなんじゃ、生きていたって仕方ない。それなら、戦ったほうがいい」
 男の言葉は仲間の考えをそのまま代弁していた。
 ──どうせ死ぬかもしれないのなら、望みがあるほうを選ぶ。
 このまま狗根国と戦うことを断ったとしても、いずれ狗根兵に追い立てられ、死ぬか強制労働か、選択肢にもなっていない状況に追い込まれるのは明白だ。
 ならば、どうどうと生きることができる場を手に入れるしかない。
 戦うしかないのだ。
「俺もやるぞ」
「わしもだ」
「もう一度、子供に会いたい」
「国を取り戻すんだ」
 口々に決意を外に出していく。いったん沈みかけていた熱気がまた膨れ上がる。
 やる気だけで、できることなど限られている。しかし、やる気がなければできないことも多い。意思とは前提としてあるものなのだ。
 ──なんとか協力を得ることはできたみたいだな。
 この城に入ってきたときとはまるで違う、張りのある顔つきになった男たちを見ながら、九峪は胸をなで下ろしていた。彼らの協力がなければ、国府城を落とすことはできない。ホッとするのも無理はない。
 とはいえ、まだ策の第二段階をこなしただけ。本当の戦いや駆け引きはこれから。綱渡りは続いていく。
 九峪がこれからのことに思いをはせていると、外から乱波の男が入ってきた。両手で下から抱え込むようにして、細長い棒を運んでいる。
「清瑞、あれは薪(まき)か?」
「違う、ちょっとした小細工の道具だ」
「小細工?」
 九峪の疑問の声には答えず、清瑞は伊万里に小声で話しかけた。
「伊万里様、戦いに協力してくれるとはいえ、彼らは素人です。いきなり、実戦に放り込んでは満足に戦うことはできません。そこで、ぜひ、木刀を使って稽古をつけていただきたいのです」
「稽古? それはかまいませんが」
「伊万里様ならば、二十人が一度にかかってきても大丈夫だと思いますが、どうでしょうか?」
「二十人?」
 伊万里が眉をひそめる。
「おい、清瑞、それは無理だろう」
 数は力──そんな言葉が九峪の頭をよぎる。
「いえ、九峪様、二十人程度ならたしかに問題はないのですが──どういうことです?」
「自分たちが従う相手の強さを知ってもらっておこうと思うのです。まだ指揮系統もはっきりしていない現状では、強さを示すことが大事なので」
 清瑞が気にしているのは、実戦において彼らが恐慌に陥ることだ。いや、心が乱れてしまうのは仕方ない。初陣から落ち着いて戦えるものなどいない。しかし、彼らを戦力として考える以上、戦いへの心構えを持たせることが必要だった。そして、戦場で頼るべき存在を与える。この人についていけば大丈夫──そう思える指揮官がいなければならない。
「なるほど、分かりました。稽古をつけさせてもらいます」
「お願いします」
 伊万里はこくっとうなずき、清瑞は頭を下げた。
 ──本当に大丈夫なのか?
 九峪は思わず自問する。少なくとも自分にはできない。
 目の前では、伊万里が乱波の男から棒を受け取り、握り心地を確かめている。まるで力んでいる様子はない。先ほどの演説よりもよほど気持ちを楽にしているようにも見える。となりにいる上乃も止めようとはしない。
 昨夜の強さを思い出せば、心配することではないのかもしれない──九峪は自嘲するように頭をかいた。
「九峪様、清瑞、お話があります」
 振り返れば、いつの間にか桔梗がすぐ側まで近寄っていた。
「ん? 桔梗さん、どうしたの?」
「少し問題が起こりまして」
 そう言いながらも、耳打ちする桔梗の顔には緊迫感は見えない。聞き返そうとする九峪をさえぎって、清瑞が質問する。
「相手は?」
「老師が見張っておられます」
「そうか、これからやる稽古のことは?」
「聞いてたわ。こちらは私が見ておきます」
「頼む。──行くぞ」
 ふたりの会話は打てば響くようなやり取りだったが、それだけに他者にはまるで内容が分からない。いきなり、視線を送られてもわけが分からない。
「行くって、どこに?」
「いいから、ついて来い。──伊万里様、上乃殿、少し場をはずしますが、稽古のほう、よろしくお願いします」
「それはかまいませんが、どうかしたのですか?」
「後で報告させていただきますので、今はこちらに」
「……分かりました」
 清瑞の言葉に、伊万里はわずかに目を細めたが、結局、うなずいた。清瑞は頭を下げ、瓦礫が山のようになっている部屋の隅へと歩き始めた。
 九峪もついて行かなければならない。苦笑を桔梗へと向け、宙に浮いているキョウへと声をかけた。
「じゃあ、俺はちょっと行って来るから、おまえは伊万里を見ておいてくれ」
「うん、分かった。そんなに遠くに行くわけでもなさそうだし、こっちは任せといて」
 キョウがしっかりとうなずいたのを確認して、九峪は清瑞の後を追った。
「それでは、始めましょうか、伊万里様」
 桔梗は、九峪へと向けていた視線を伊万里へと向けた。
「ええ、そうですね」
 伊万里は栗色の髪をなびかせ、男たちの方へ向き直った。手にはしっかりと即席の木刀が握られている。
 桔梗もそちらに目を向けようとしたところで、上乃の顔が見えた。
 ──上乃さん?
 上乃とは知り合ってまだ一日も立っていない。深く話し込んだわけでもない。だから彼女がどのような性格なのかは分からない。それでも、彼女が良くない状況に陥っているのは一目瞭然だった。
 笑顔の素敵な乙女から笑顔が消えていた。



 瓦礫の向こうからは、どたどたと騒がしい足音や気合のこもった掛け声が聞こえてくる。隙間の部分から顔を動かしてしまったので、詳しいことは分からないが、殺伐とした雰囲気がないということは、戦闘ではない──背後を取られ、動きを封じられながらも男は状況の把握に努めていた。
 女が去っていた後も、老人からの圧力は変わらず、動きは取れなかった。そして、ふたり──声からすると神の遣いを名乗っていた若者と先ほどとは違う女が来た。
 若者のほうは驚いていたようだが、女のほうは淡々と老人と話していた。どうやら、誰かが隠れていることは分かっていたようだ。
 ──いったい、こいつらは何者なんだ?
 男は己の技量への自信が崩れ始めていた。
 一方、男が自信を失いつつあることなど気にすることなく、老人と女は話を続けていた。
「──武器は取り上げたのですね」
「ああ、ほれ」
 老人は女──清瑞に向かって手にした短刀を見せた。
「男の体など触ってもうれしくないんじゃがな。他に武器になりそうなものは持っておらんようじゃ」
「そうですか、──では、こちらにゆっくりと振り向け。分かっていると思うが、下手な真似はするな」
 男はゆっくりと体を動かし、瓦礫を背にした。
 その様子を見ていた九峪は、ふと一週間前の自分を思い出した。男の置かれている状況、それは音谷の里を初めて訪ねたときの九峪のそれと同じだった。相手の正体は分からないが、妙な親近感を感じてしまう。
 歳は三十前後、筋骨隆々というわけではないが、服の上からでも分かるほどに鍛えられた体。清瑞と霧遊老の視線を浴びてもむやみに怖がることはない。伊万里に稽古をつけてもらっている男たちとは明らかに違った雰囲気。
 ただ者でないことは九峪にも分かる。
「ここで何をしていた?」
「……一つ聞かせてもらってもかまわないか」
「質問をしているのはこちらだ」
 清瑞は抜く手も見せず、刀を抜き放ち、切っ先を男の鼻先に突きつけた。
「べつに質問に答えないと言ってはいない。一つ確認させてもらえば、話しやすくなると言っているんだ」
 男の額にはうっすらと汗が浮かんでいるが、声は震えていない。
「聞きたいことって、なんだ?」
「相手に乗せられるな!」
 男の態度に興味を覚えた九峪が意図を尋ねると、清瑞が男からは視線を動かすことなく、鋭く叱咤した。
「こちらが質問に答えれば、自分も答えると言ってるんだ。これぐらいの譲歩はかまわないだろ。──で、何を聞きたいんだ?」
 清瑞は黙って、男をにらみつけている。言いたいことがあるなら、さっさと言え、ということだろう。男はのどを鳴らし、口の中を湿らし、視線を青服の若者へと向けた。
「あんたがさっき言ってたことは本当か?」
「おれが言ったこと?」
「神の遣い、火魅子となる資質を持つ女性、そして狗根国と戦うということ」
「ああ、本当だ」
 九峪は間髪入れず、うなずいた。視線をそらすことなく、しっかりと男の目を見返す。若者と男がにらむように目を合わせ、女は刀を突きつけ、老人はそれを見守っている。
 異様な緊張感が頂点に達しようとしたとき、男が肺に溜め込んだ空気を吐き出した。
「──なら、あんた達と争う意味はないということだな」
「なんだと?」
「俺は狗根国に反抗するために戦っている組織に属している。あんた達が本当に狗根国と戦うつもりなら、目標を同じくする同志ということになる。争う必要はない」
「でまかせを言うな」
「嘘ではない」
 男の言葉を聞いても、清瑞の警戒心はまるで緩まない。むしろ、刀に殺気を漂わせ、威圧感を強める。
 じっと話を聞いていた老人が口を開いた。
「おぬしの組織の長の名はなんと言う?」
「……花火様だ」
「ふむ、聞いたことはあるな」
「なっ! 花火様を知っている……?」
 刀を顔の前に突きつけられていても、平静を装っていた男の顔が驚愕で彩られる。
「さっきからの威圧感といい、もしや、おまえ達、音谷の者か?」
 老人の眉がピクリと動いた。
「なるほど、清瑞、刀を引け。どうやら、敵ではないようじゃ」
 清瑞は一瞬、ためらいを見せたが、老人の言葉に従い、刀を鞘に収めた。男が大きく息をつく。当然のことながら、刃を突きつけられていたのには神経をすり減らしていたらしい。
「じいさん、なんで敵じゃないと分かるんだ?」
 老人の言葉を疑っているわけではなく、九峪はただ疑問を口にした。
「そうですな、まず、花火という者が長を務める反抗組織ですが、たしか、数ある反抗組織の中でも規模の大きい集団だったはず。そこの長の名を知っていたことが一つ。それから音谷の名を知っていたこと。隠れ里でしたからな、音谷の名は世間にはほとんど知られておりません。ただ、音谷は各地の反抗組織と連絡を取っていたので、そこに所属する者には知られていてもおかしくはないのです」
「ふ〜ん、その二つを知っているってことは反抗組織に属するっていうのは本当ってことか。……でも、その組織に潜入した凄腕のスパ、じゃなくて、密偵って可能性もあるんじゃないか」
「ふむ、たしかにそれはそうですな」
 ふたりの会話を聞いていた清瑞が再び、刀の柄に手をかけようと手を動かした。
「ちょっと待ってくれ! ……ったく、なんて疑い深いやつらだ。分かった、ついてきてくれ」
「どこにだ?」
「証拠を見せてやる。いいからついて来い」
 有無を言わせず、歩き出す。
 清瑞は老人へと視線を走らせたが、老人は何も言わず、男の後を歩き始めた。
「俺たちも行くか」
「仕方ない」
 相手が動き出した以上、後を追わなければならない。若者と女乱波も足を動かす。
 男は広間の奥に向かっていた。
 途中、瓦礫の影から出ることになったが、伊万里たちは稽古のほうに集中していて、こちらを見ることはなかった。
 ──強すぎるな。
 およそ三十歩あまり離れていることで、九峪は伊万里の動きをしっかりと目に収めることができた。
 男たちは伊万里を取り囲み、木刀を上段に構えて、斬り込んで行く。その勢いはなかなかのものであったが、伊万里には通じない。後ろからの攻撃さえ、分かっていたかのようにかわし、剣を持つ手を打ち付ける。髪がなびくたびに、一人また一人と木刀を落としていく。まるで危なげがない。
「清瑞、おまえもあれ、できるのか?」
「素人相手だ。できなくて、どうする」
「そういうもんか……正直なところ、おまえと伊万里とならどちらが強いんだ?」
 何気ない質問。しかし、清瑞から向けられた視線は厳しかった。
「強さの比較など意味はない。目的を達することができるかどうか。ただ、それだけだ」
 厳しく現実を見た言葉。九峪は自嘲気味にうつむいた。まだ力の意味が分かっていない。
「……真正面から戦えば、苦戦は間違いない。そんなところか」
 ぼそりとつむがれた一言に、九峪が顔を上げたとき、四人は暗い部屋の中へと入った。
 部屋にはカビとほこりの臭いが充満していて、息をするのも苦しい。光源は広間からの薄明かりだけで、何が置いてあるのかもわからない。
「ここは?」
「昔の城のことは分からないが、どうやら物置に使っていたようだな」
 男は説明しながら、部屋の隅に置いてあった、たいまつを手に取り、火をつけた。
 部屋の壁が照らし出される。ここも例外ではなく、黒いすすで汚れている。黒く焦げた装飾品。壁際には焼け焦げた布で覆われている台。人が五人は楽に座れるほどに大きい。
 たいまつを壁に掛け、男は台に近寄り、布を取り払った。台の姿が明らかになる。布を床に打ち捨て、台の縁に両手をかけた。
「これが証拠だ」
 手に力が入り、縁の部分から台が二つに分かれる。台に見えたそれは、箱だった。ふたが完全に開くと、中には槍や弓が入っていた。
「これは……」
「狗根国に反抗するためには武器がいる。この城は幽霊が出るとかで人が近寄らないからな。隠すのにはもってこいなんだ」
「なるほど、な」
 全員が箱を覗き込んでいる。
「槍が百本、弓が五十張り、防具はないが、なかなかのものだろう?」
 いつの間にか、場の主導権を男が握っている。
 それも当然だった。
 狗根国に反抗するには武器がいる──国府城攻略を目指す九峪たちにもそっくりそのまま当てはまる。いや、むしろ九峪たちのほうが切実だった。
 もちろん、武器がないならば、ないなりの戦い方は考えていた。しかし、武器が用意できるのならば、かなりの余裕ができ、戦術に幅を持たせることができる。これらの武器はのどから手が出るほどほしい。
「どうだ、これで信用したか? 少なくとも狗根国の連中じゃないことは分かっただろ」
「ああ、そうだな。信用するしかない」
 九峪の声に、清瑞もうなずく。
「ふう、ようやく納得してくれたか。肩がこった、こった」
 ポンポンと自分の肩を叩く男には明らかに余裕が見える。現状が己に有利だということが分かっているのだろう。ことさら余裕を見せ付けて、自分の優位を確立しようとしている。
 相手の次の動きは容易に想像できる。広間に集められていた男たちが戦の素人であることは間違いない。そして、武器もまったくそろえられていない。この武器を譲ってくれないか、と下手に出てくるだろう。
 ──そうなれば、いろいろと都合がいい。
 顔には出してはいないが、胸のうちは笑みでいっぱいだった。
 一方、清瑞と霧遊老は相手の出方を伺っていた。これらの武器は必ず手に入れなければならない。それは決定事項だ。
 問題はその過程。最終的には力づくで奪うこともできる。しかし、強硬手段に出てはしこりが残る。交渉によって譲ってもらうのが一番良い。だが、足元を見られるわけにも行かない。
 ──まだ、清瑞には荷が重いか。
 ここは年の功を重ねた老人の出番かと、霧遊老が口を開こうとして、
「ちょっといいかな?」
 それよりも一瞬早く、九峪が声を発した。
「まだなにか?」
 そら来た、と男は舌なめずりしていたことを隠し、とぼけたような対応をする。
 内心を悟られないように、相手から口火を切らせる。そうすれば、話の流れはこちらのもの。男の頭の中では計算が成り立っていた──はずだった。
「あんた達の組織って、どの程度の覚悟ができているんだ?」
「はっ?」
 予想していなかった言葉に、男の眉が動いた。
「狗根国と真っ向切って戦うつもりがあるのかってこと」
「あるに決まっているだろう! だから、こうやって武器を集めたりしているんだ!」
「でも、今はこれだけの武器を必要とする戦いはしてないんだよな」
「我々は力を蓄えている。まだ、立つ『時』ではない」
「『時』はもう来ている」
 九峪ははっきりと断言した。
「天魔鏡の力によって、火魅子の資質を持つ女性が見つかった。そして、男たちも戦おうとしている。もう、時は来ているんだ」
 老人や黒装束の女に比べて、注意をしていなかった若者。どちらかと言えば、くみし易いと見ていた相手が力のこもった言葉を放っている。
 神の遣い。
 この若者はそう名乗っていた。
「俺たちは立ち上がり、まず国府城を解放する。そのためには武器が要る。ぜひ、この武器を使わせてほしい」
 太い眉はたくましさと凛々しさを示している。神の遣いというにはあまりにも人間臭い若者。男は十歳は若いであろう相手をじっと見つめ、やがて口を開いた。
「……もちろん、この武器は狗根国と戦うためのものだ。あなた方が本当に狗根国と戦うならば、渡すつもりだ」
「本当か、ありがとう!」
 九峪は男の手をがしっと握り、感謝の言葉を述べる。九峪のほうが長身なため見下ろすような形になるが、そこに威圧感はない。ただただ感謝の気持ちを表している。
 男は思わず自分の口元が緩むのを感じた。
「いや、そこまで感謝されることじゃ……あるか。と、それはともかく、武器は使ってくれてもかまわないんだが、わけの分からん相手に渡したとなれば、上のほうからなんと言われるか分からない。もしかしたら、裏切ったと思われるかもしれない。だから、上に説明するためにも、これから具体的にどうするかを教えてほしいんだが」
 男の言い分は妥当なものだった。箱の中に隠されていた武器は男個人のものではない。組織のものだ。それを勝手に譲ってしまえば、横流しと受け取られても文句は言えない。しかし、狗根国と戦うため、という目的で譲ったのならば、一応の弁解は立つ。そして、九峪たちの行動に目算が立てば、より積極的に説明することができる。
 その意味において、男の言葉は正当なものだったが、九峪は口ごもった。
 謀は密なるをもって良しとす。
 現時点で、男が知っているであろう情報はそれほど多いものではない。国府城を目標としていることだけでも、十分に重要なことを知られているわけだが、だからといって残りの情報まで明らかにしてしまうのは危うい。
 だが、男の言いたいことも分かる。どうするべきか、九峪が決めかねていると、
「わしがおぬしについていこう」
 何も問題はないと言うように、老人は気軽な口調で切り出した。
「これからわしらがどう動くかについては、そう簡単に話すわけにはいかん。おぬしを信用してないというわけではない。だが、謀は知る者が少ないほうが良い。それは分かるじゃろう?」
「それは、たしかに」
「じゃが、おぬしの言うことも分かる。よって、わしが直接、そちらに出向いて話そうというわけじゃ。それならば、状況を見極めることもできるからの。どうじゃ、良い考えではないか?」
「だが、見知らぬものを連れて行くわけには」
「おぬしは音谷の名を知っておった。つまり、おぬしの組織には音谷と接触があったわけじゃ。音谷の長老であるわしを連れて行っても問題はあるまいて……それに、繋ぎを取っておくのは大事じゃからな」
「なるほど」
 男はとうとう頷いた。
「九峪様もこれでよろしいですかな?」
「ああ、俺はかまわないけど」
 九峪は頷きながらも、視線を清瑞に送った。老人も、なにやら考え込んでいる清瑞に顔を向けた。
「わしもさすがに戦働きは疲れるのでな、こちらを任せてもらおう。なに、おぬしと桔梗がいれば、たいていのことは何とかなろう」
 年老いた自分がいなくとも、必ず難関を乗り越えてくれるはず──清瑞に向けられるのは信頼。
 しわの多い顔に深みのある笑みを浮かべ、老人は静かに頷いた。
 清瑞はしばらく老人を見つめ、男に向かって話しかけた。
「そちらには美人は多いのか?」
「……は?」
 思いもよらない言葉に、男はぽかんと口を開けた。
「もし、いるのなら気をつけることだ。老師は美人が相手だと、場をわきまえないのでな」
 場の空気が一瞬、静まり、九峪たちは声を上げて笑い始めた。
 笑いは心を繋げる。九峪たちと男の間に残っていたわずかな緊張感がなくなった。九峪と男が目を合わせる。
「この嬢ちゃんは、なかなか面白い」
「清瑞も冗談が言えるんだな」
 目じりに涙を浮かべながら、九峪が清瑞に顔を向けると、女乱波は無表情なままだった。
「冗談? 事実だ」
 今度こそ、場が凍りついた。




「──それで、老師はその方と行かれたのですか」
「ええ、憮然とした顔のまま出発しましたよ」
 九峪はかゆの入った椀(わん)に口をつけながら、桔梗の問いに答えた。
「ふ〜ん、あのおじいちゃん、出て行ったんだ。一発、殴っておきたかったんだけど」
「こら、上乃、そんなこと言わないの」
 隠れ家でのことをまだ根に持っている上乃と、彼女をなだめる伊万里。
 廃墟となった旧国府城はすでに夜を迎えている。
 日のあるうちは、戦いの準備で忙しかった。
 反抗組織の男から譲ってもらった武器を、協力を約束してくれた男たちに持たせ、基本的な扱いを教える。木刀を使った訓練で、男たちはすでに伊万里の強さに敬服していたので、槍の訓練にも素直に従った。清瑞の思惑通りということだろう。
 ここで活躍したのは伊万里よりも上乃だった。幼いころから競い合って成長して来たこともあり、ふたりの実力にはそれほど差はない。ただ、槍の扱いに関しては上乃に一日の長があった。
 愛くるしい笑顔と、それを裏切る槍の鋭さ。伊万里とはまた違った魅力は男たちをすぐに引き付けた。
 槍術は一朝一夕で身につけられるものではないが、手になじませることくらいはできる。槍の訓練は日が暮れるまで続いた。
 一方、九峪は城の形を調べていた。やらなければならないことは多い。遅くとも明日には、男たちが逃げ出したことが国府城に伝わる。武器を手に入れたとはいえ、わずかに余裕が生まれたに過ぎない。清瑞たちと相談しながら、策をつめていく作業では、現実の厳しさを痛感した。
 そして、日が沈みそうになったところで、食事となった。
 食料は隠れ家から持ってきたものと、狗根兵から奪ったものだけ。普通なら一食分にしかならないところを、城内から探し出してきた鍋に水を加え、かゆにした。栄養を考えれば明らかに足りないが、腹を膨らませ、体を温めることはできる。贅沢を言う余裕などはありはしなかった。
 男たちはすでに広間で寝ている。春の寒さは、壁の隙間や出入り口をふさぎ、中央で熱生石を置くことで何とか防ぐ。肌寒さは眠気を邪魔するが、昼間しっかりと動いたこともあり、すぐにいびきの合唱が始まっていた。
 彼らが休んだことを確認し、九峪たちは、偵察に出ている清瑞をのぞいて、広間の隣の小部屋で、熱生石で熱せられている鍋の周りを囲み、遅い夕食を取っていた。
「あの、九峪様」
 伊万里がおずおずといった感じで話しかける。
「どうした?」
「その、洞窟では申し訳ありませんでした」
「洞窟? なんかあったっけ」
 頭をひねって思い出そうとしている九峪。
「わたしと上乃が間違って、平手打ちをしてしまったことです。ちょっと驚いてしまって、まるで考えなしに手が動いたというか、本当に申し訳ありません」
 伊万里は深々と頭を下げる。ようやく合点のいった九峪は手で両頬を掻いた。
「まあ、ちょっと痛かったけど、気にしなくていいよ。あれで気合が入ったって気もしたし」
「ですが……」
 伊万里は顔を上げるが、表情は申し分けそうなままだった。生真面目な分、引きずってしまうのだろう。
「それに、いい勉強になったから」
 九峪の口元に笑みが浮かんだ。
「伊万里にああいうことをすると、仕返しが怖いってこと」
 いたずら小僧のような笑顔を向けられた伊万里は、言葉の意味を理解すると顔を赤くした。
「まあ! 九峪様も老師の同類なのですか?」
 場の空気に、桔梗も乗る。
「やっぱ、叩いておいたのは間違いじゃなかったね」
 伊万里のとなりでウンウンと上乃はうなずいている。
「いや、さすがにあの歳で、あれっていうのはどうかと思うけど」
「でも、男って、みんなスケベだよね」
「否定はできないけど、極論過ぎないか」
「そんなことないって、うちの里でも仁清っていうのがいてね。普段は無口なんだけど、ちょっと胸元を見せただけで、すぐに顔を赤くしちゃってさ」
「それは純情っていうんだ」
 勢いだけの会話。あっという間に変わった雰囲気。自分の性格を知っている伊万里は、ふたりを少しうらやましく思った。
「──さて、俺たちもそろそろ休もうか」
 食事をしながらの会話は楽しいが、明日はさらに忙しくなる。少しでも疲れを取っておかなければならない。
「そうですね。横になりましょうか」
 桔梗はそう言って、鍋にふたをして火から下ろした。
 下は固い地面。毛布もない。
 ──二日続けてか、まあ、慣れだよな。
 冷え込むとはいえ、冬の寒さとは次元が違う。熱生石という熱源もある。あとは野宿に慣れるだけだった。
 おやすみ、と挨拶を交わして、ベルトを緩め、横になる。
 急にしんと静まり返った部屋。
 ちょっとした衣擦れだけでもうるさく感じる。
 ──って、女と同じ部屋で寝てる……昨日もそうだったよな。
 状況がめまぐるしく変わる中で、頭が働かなくなっていたのかもしれない。昨日、清瑞とふたりっきりだったのよりはましか──そう結論付けて、九峪は気にするのを止めた。
 なかなか眠気が来ない。
 疲れているはずだった。今日も昨日と変わらないほどに歩き、かかとや膝が熱を持っているような感じがする。それでも、頭は冴えたままだった。
 寝返りを打つと、ベルトのバックルが地面と辺り音を立てた。
「う〜ん」
 悩ましい寝息が漏れる。もう、眠りについているようだ。
 ──少し、外に出てみるか。
 寝るのを邪魔したくはないし、眠気が来るまで夜風に当たるのも悪くはない。九峪は音を立てないように、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出た。
 広間を抜け、大きな廊下を歩き、門を潜り抜ける。そこは一見すると庭のようになっており、四方を城壁に囲まれている。宮殿の外に出るにはもう一つ門を抜けなければならない。
 ──宮殿から出るのはまずいよな。
 乱波が辺りを見張っているとはいえ、何があるかは分からない。何気なく上を向くと、城壁が目に入った。
 九峪は一度、広間に戻り、熱生石のわずかな光の中、隅にある階段を上った。そのまま歩を進め、扉をくぐる。
 頬に風を感じた。
「ふう、少し寒いけど、気持ちいいな」
 昨夜よりは気温が上がっているようだ。一日一日春らしくなっていく。
 横に目を向けると、さっき突っ立っていた場所が見えた。
 九峪はいま、城壁の上に登っていた。
 大きく息を吐き、空を見上げる。
 今日もまた、月が輝き、幾万の星が瞬いている。思えば、九洲に来てから夜空をしっかりと見上げるのは二度目のことだった。
 現代では決して見ることのできない、どんな宝物にも優る光景は、時間に追われ、周りを見ることを怠ったことを悔しくさせる。
 前に夜空を見上げたのは音谷の里を訪れたときのことだった。清瑞と会い、伊雅と話し、空を見上げた。
 あの時と同じはずの夜空。
 一週間で星の運行が変わるはずもない。
 それでもどこか違うように感じた。
 もちろん、月の満ち欠けの変化があるのは当然だが、九峪の感じている違和感はそういうことではない。
 あのとき、夜空を見て感じたのは驚きと悲しみだった。
 本当に違う世界に来たのだという孤独。だれも知っている人がいないという現実。
 でも、今は違う。
 現代への郷愁はたしかに掻きたてられる。帰りたい。そう思う。しかし、一方で安らぎのようなものを感じていた。
 星が走った。
 一瞬の光が空に線を描き、儚く消えた。
「惜しいことしたな」
 有名な呪いが頭をよぎり、小さくつぶやいた。
「何がです?」
 優しい響きをもった柔らかい声。返ってくるはずのない答えに驚き、九峪は振り返った。
「桔梗さん──」
「ひとりで外に出ないでくださいね。清瑞がいないときは、わたしが護衛をしているんですから」
「あ、ごめん。ちょっと眠れなかったもんだから、夜風に当たろうかと」
 弁解する九峪の姿に、桔梗は口元を緩めた。
「べつに怒ってはいませんよ。ただ、一声、掛けてくださいね」
 そう言って、九峪の側に並び、空を見上げる。月の明かりが桔梗の顔を照らし、風に良い香りが混ざった。
「それで、何が惜しかったんですか?」
「あ、ああ、流れ星に願い事ができなかったな、と思ってさ」
 急に気恥ずかしくなり、九峪も顔を空に向ける。
「流れ星に、ですか?」
「あ、そっか、知らないよな。俺のいた世界には、流れ星が流れ終わるまでに、願い事を三回唱えることができたら、願いが叶うっていう話があるんだ」
「おもしろい話ですね。……でも、星が流れ終わるまでに三回というのは無理ではありませんか」
「無理なことだからこそさ。簡単にできることなら、願いがかなうなんてことにはならないから」
「なるほど」
 絶妙な間での相づち。ついついもっと話しそうになってしまう。
 ──大人なんだな。
 若くありながらも雰囲気が成熟している。五歳の歳の差以上の違いを感じる。
 ──そういえば、結婚していたんだっけ……
 わけの分からない悔しさがこみ上げる。男の身勝手な感情。その正体を確かめる間もなく、桔梗が口を開いた。
「九峪様、一つお聞きしたいことがあったんです」
「なに?」
「勇太に何を言われたのですか?」
 言葉が胸に突き刺さる。まだかさぶたができたばかりの新しい心の傷。
 勇太──乱波で唯一の子供の名前だった。
「正直、隠れ家での話し合いのときには、九峪様は戸惑っているように見えました。何をすればよいのか分からないといった感じで。──それが、連行されている人たちをどうするかを話し合ったときには、雰囲気に流されずに意見を言われた。別人のように思えましたよ」
 桔梗は空から神の遣いへと視線をずらした。
「思えば、隠れ家を出た時点で、九峪様の顔つきが変わられていました。その前に何かあったとしたら、あの子と話していたことくらいしか心当たりがありません。勇太に聞いても、話してくれませんでしたが、できれば教えていただけないでしょうか」
 桔梗の口が止まり、聞こえるのは風の音だけになった。
 九峪はまだ夜空を見上げ、かみ締めるように勇太との会話を思い出していた。
 
 

「──九峪様、あのね、小次郎がどうなったか、知ってる?」
 子供はおずおずと口を開いた。滝の淵で遊んだときは、弾けるようだった明るさが今はまるでない。
「小次郎?」
「滝の淵で遊んでいたとき、九峪様にイワナをあげようとしていたんだけど、覚えていませんか?」
 悪意を持たない言葉は、しかし、九峪の心をえぐった。
 脳裏に走るのは、血まみれになって事切れていた子供の姿。
 思い出すのもつらい記憶を心に留めつつ、目の前の子供を見る。
 分かっていたはずだった。洞窟に入り、この子が目に入った瞬間、自分の見たことを言わなければならないと。それが責任だと──
 肺に詰まっていた空気を全て吐き出し、うつむき加減になっていた視線を子供に向けた。
「ああ、覚えてる。……死んだよ」
 もっと、他に言いようがあったかもしれない。しかし、九峪の口からこぼれたのは端的な事実だけだった。
 子供の顔がゆがむ。
 乱波になるべく鍛えられているとはいえ、まだ心も体も幼い。友達の死に動揺するのが当然だった。
「そっか、分かってたんだけど……」
「仲良かったのか」
「うん、みんな仲良かったけど、小次郎は親友だったんだ」
「……そっか」
 言わなければならない──何を言うつもりだったんだろう。まるでかける言葉が見つからない。
「ねえ、九峪様、悔しいよ」
 涙は流していないが、体は小刻みに震えている。言葉だけでは決して心情を全て明らかにすることはできない。周りは全て大人。その中で、九峪の前で痛みに耐える。
 一番、自分に近い存在であることを感じ取っているのかもしれない。死への覚悟の未熟さ。そして、自分の立場を作りきれない弱さ。
「……九峪様は、神の御遣いなんだよね」
「ああ……」
 語尾をごまかす自分が情けない。
「桔梗様から聞いたときは驚いたよ。あのとき、遊んだ兄ちゃんが、神の遣い様だったなんて。──俺たちは神の遣い様についていけばいいんだよね」
 ドンッと心臓が跳ねた。
 神の御遣い──その言葉の意味。
「……なあ、名前、教えてくれないか」
 子供は小さくはっきりと頷いた。



 九峪雅比古は嘘をついている。
 耶麻台国八柱神が一柱、天の火矛によって遣われし者──神の御遣いなんて嘘っぱちだ。
 正体はただの高校生。自慢できることと言えば、人よりも早く泳ぐことができることだけ。そんな日本の高校生。
 神の御遣いと名乗るのは、そんな普通の高校生でいられる世界に戻るため。耶麻台国の復興を目指すのも同じ目的。
 伊雅たちから託された思いはたしかに受け取った。けれど、根本的な理由は現代に帰りたいと思う郷愁。これがなければ、あまりの重さに託された遺志を投げ出していたかもしれない。
 山人の里で、里人から襲われたとき、相手に見えたのは、この上ないやりきれなさだった。願いを持ちながらも、それを自らの手で汚してしまう。
 娘を売ろうとした里長は弱かった。
 耶麻台国復興には多くの人の思いが込められている。それは悲しみであり、悔しさであり、そして希望。
 戦おうと思った。
 自分が目指しているものにはそれだけの価値があるのだと感じた。
 でも、戦い方が分からなかった。
 結局、自分は自分でしかない。剣術を習おうにも、一週間ではたいして上達もしない。役に立っていないわけではない。鍛錬はたしかに身を守る役に立っている。しかし、それでは戦えない。
 周りにいるのは達人ばかり。どれだけ鍛えても足手まといから抜け出ることは不可能に思える。
 そして、逃げた。
 視線が集まるのが怖くて、天魔鏡の精に押し付けた。
 神の遣いという肩書きがどうしても嫌だった。
 九峪はそれほど信仰が厚いわけではない。仏壇に手を合わせたり、神社にお参りしたりすることはあっても、仏や神の名前は知らない。
 もし、現代でこんなことを言っている人に会ったらどう思うだろう。
 神に遣わされた──はっきり言って、うさんくさい。すぐさまお引取りを願うか、無視して立ち去るだろう。
 しかも、今回の場合、自分で名乗っているのである。神の遣いではない。ただの高校生だということははっきりとしている。
 嘘。
 人の心に付け込み、だましている。
 神の遣いと呼ばれるたびに、そう見られるたびに心のどこかでため息をついていた。
 嘘の意味を分かっていなかった。
 神の遣いという肩書きは力だった。
 ──俺たちは神の遣い様についていけばいいんだよね。
 人々が耶麻台国の復興へと、自分たちの国を取り戻すためのともし火だった。
 戦い方が分からない? 神の遣いと名乗ることが戦いなのだ。
 神の遣いにならなければならないのだ。
 それが決意だった。
「どうされました、九峪様」
 突然、黙り込んでしまった九峪を気遣うように、桔梗は声をかけた。九峪は星の瞬きから目をそらし、年上の女性へ顔を向けた。
「勇太との話は男同士の秘密ってやつかな」
「教えてくださらないのですか?」
「秘密は守らないとな、これでも神の遣いだし」
 太い眉が上がり、いたずらな笑みが浮かぶ。それに答えるかのように、桔梗も笑顔を浮かべ、こぼれそうになる笑い声を口で押さえた。
 空では変わらず、月と星が彩を競っている。
 そこに雲が割り込んできた。星の瞬きを援護するかのように月を隠していく。月は雲の縁を照らし、抵抗を見せるが雲はそのまま押し切った。
 地上は闇を濃くした。
「九峪様──」
 呼びかける声は硬かった。桔梗はすでに口元から手をはずしている。
「里のことは気になさらないでくださいね」
「え?」
「活きるために生き、活かすために死ぬ、それがわたし達です」
 そこにいるのは清瑞と同じ冷たい覚悟を持った女乱波だった。
「わたし達が里をどのように脱出したか、お話していませんでしたね」
「あ、ああ」
「魔獣が襲撃したとき、わたし達は里長の屋敷にいました。見張り台から、危険を知らせる鐘の音がなり響き、父上から脱出するように言われました。そして、わたし達が屋敷の抜け道から外へ逃げ出したあと、父は屋敷に火を放ちました」
 空気が重い。
「父が火を放つまでに抜け道に入れなかったものは避難所に向かい、そこで防戦に徹します」
「えっと、それって……」
「安全に逃がすための囮ということです。もちろん、最悪の事態を想定してのことですが、……その最悪が起こってしまいました」
 桔梗の目が細まる。
「ですから、里のことはわたし達が背負うべきことです。九峪様は気になさらないでください」
「……それは無理かな」
 九峪は音谷の里の方角を見つめた。
「忘れられるわけないし」
「そう、ですね」
 桔梗も九峪の視線を追い、頷いた。
 山のほうでは雲がかかってないのか、月明かりにうっすらと浮かび上がっている。音谷の里と呼ばれた場所には、もはや何もないことを二人は知らない。九峪は一週間分の、桔梗は何年分もの思い出をそこに見る。
「──わたしはそろそろ戻りますね」
「あ、うん、俺はもう少し風に当たってるから」
「分かりました。その間の護衛は、そちらの覗き虫さんにお願いします」
「えっ?」
 九峪の声には答えず、桔梗は微笑を残し、きびすを返した。そのまま建物の中へと消えていく。
「覗き虫って何だ?」
 わけが分からず、桔梗が消えていった先を見ていると、暗闇の中から人影が見えた。口からかわいらしく舌を出し、おずおずと足を進めてきたのは青髪の女だった。
「気づかれているとは思ってなかったなあ」
「上乃、……いたんだ」
「ごめんね、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、九峪が部屋から出て行ったのに気づいて、着いて行こうと思ったの。それで、そこまで来て、何か話しづらくなって、どうしようか迷っているうちに桔梗さんが来て、さらに話しかけにくくなって──」
「べつに言い訳しなくっていいって、たいしたことを話してたわけじゃないし」
 頭を下げ、早口に話す上乃に向かって、九峪は苦笑した。もし怒っているとしたら、桔梗に対してだろう。彼女は上乃の存在に気づいていたのだから。
「ほんとごめん」
 上乃はもう一度、頭を下げ、九峪の顔を伺いながら近づいていった。
「上乃も眠れないのか?」
「うん、まあそんな感じ。──ねえ、座ろうよ」
 九峪が答えるよりも早く、上乃は彼のとなりに腰を下ろした。
「いい星空だね〜」
 そのまま体をそらして、顔を上に向ける。見下ろす形となった九峪は、突き出された形の良い胸についつい目が行って、慌てて顔をそらした。あからさまな態度を恥じつつ、腰を下ろす。服越しに伝わってくる石畳の冷たさ。背筋に震えが走った。
 横に目をやる。
 月明かりに照らされた上乃の横顔にさきほどの桔梗が重なる。同じように女性特有の美しさを持っていながらも、やはり違う姿。当然だ。個性が生み出す雰囲気はまさに人それぞれ。
「しっかし、今日はいろいろあったよな」
「うん、いろんな人にあったし、おもしろい日だった。あのおじいちゃんはまだ、許せないけどね──って、ちゃんと謝ってなかったね。いきなりひっぱたいてごめんなさい」
「伊万里に言ったとおり、あれはもう気にしなくていいって。ひっぱたかれたことに関しては、ほんと笑い話なわけだし。それよりも、疲れてないか」
 今日一日で、九峪たちの立場は大きく変わった。朝、出発したときには四人だったのが、音谷の生き残りと合流し、さらに二百人の仲間を得た。そして、彼らを助けるために、狗根兵を討った。すでに、狗根国との戦いは始まっている。
 状況の展開が速すぎる──昨日のこと、今日のことを思い出すと、九峪はそう思わざるを得ない。
 刻一刻と状況が変わり、決断を求められる。しかも、決断するための情報は十分ではない。乱波はこの辺りの状況を調べ上げてはいるが、この世に完全はない。どこかに見落としがある。限られた情報の中で正しい決断を下さなければならない。
 覚悟したとはいえ、厳しい立場に置かれたことに戸惑いのようなものを感じる。そして、それは上乃も同じはずだった。
「うん、ちょっとね、疲れてはいるよ。何だか生きている場所が変わっちゃったような気がして。変だよね、この辺りなら、何度も来ているのに」
 返ってきた声は思っていたよりもはるかに弱々しいものだった。
「どうかしたか?」
 九峪の声に、上乃はうつむいた。
「……やっぱり、伊万里って違う人になっちゃったのかなあ」
 つぶやきは唐突だった。
「違う人って、伊万里は伊万里だろ」
「うん、そう思ってた。でも、王族として振舞う伊万里を見ていたら、遠くに行っちゃったっていうか、寂しいっていうか、そんな感じになっちゃって。伊万里を守っていこうって思ったんだけど、あたしなんかじゃどうしようもない世界にいるんだよね」
「上乃……」
「槍の稽古をつけているときは、やることができてうれしかったんだけど、その後はまた寂しくなっちゃった」
 微笑にも力がない。
 伊万里を守る──それは上乃の誓いだった。
 父と姉のどちらかを取らなければならない決断の瞬間、上乃は迷うことなく姉を取った。直感的に、父親の考えを嫌ったということもある。しかし、何よりも彼女は分かつことのできない存在だった。
 それが、今は遠く感じる。
「キョウ様が言ってたじゃない。伊万里の本当のお父さんは立派な人だったって。恥じるような人じゃなかったって。あたしの親父なんてあんなんだから」
 伊万里と上乃の間には血のつながりはない。それでも、共に育ち、同じものを食べてきたのだ。血のつながりがあるだけの姉妹よりもよほど強い絆がある。そう、思っていた。
「隠れ家でも、ここでも、伊万里はみんなの前でしっかり話しているでしょ。あたしから見ても気品があるし、やっぱり違うよ」
 ここは三世紀の九洲。
 現代とは比べ物にならないほど、血筋が重視される社会である。
 ある血筋に生まれたというだけで、責務を負わされ、ふさわしい振る舞いを求められる。また、自らも振舞おうとする。血は鉄よりも重い。
「……それは違うんじゃないか」
 九峪は独り言をいうようにつぶやいた。上乃が顔を上げ、情けないところも多い神の遣いを見た。
「伊万里は上乃がいるから、あんなにがんばれているんだと思う」
 隠れ家で、宮殿の広間で、伊万里が演説をしていたとき、彼女の背後には上乃がいた。
 九峪が神の遣いと名乗ることから逃げ、キョウに役目を押し付けたのに対し、伊万里は真正面から自分の考えを伝えた。
 ふたりの違いは性格的なものだけではない。彼女には上乃がいたのだ。飾ることのない本当の自分を知っていてくれる存在がいたからこそ、伊万里は堂々とできていたのではないか。 
 九峪にはそのような存在はいない。
「上乃はしっかりと伊万里を支えている。こういうことは当事者以外のほうが、かえってよく分かるものなんだ。だから、俺が保障するよ。伊万里が伊万里でいられる場所、それは上乃しかないだろ」
「九峪様……」
「実際、上乃と話しているときの伊万里が一番いい笑顔をしているよ」
 上乃の目をしっかりと見つめる。すると、上乃はくすっと笑った。
「九峪様、そんなに伊万里のことを見ているの?」
「いっ!」
「たしかに伊万里は美人だけど、男には厳しいんだから。それにスケベな男は嫌いだし」
 目をむいている九峪に向かって、上乃は胸を寄せる。形の良い胸が強調され、目が引き付けられそうになったところで耐える。
 ──さっきも同じようなことしてた気が……
 自己嫌悪に陥る九峪と悪戯っぽい笑顔を浮かべる上乃。
「うん、ちょっと考えすぎていたのかも。伊万里は伊万里なんだし。ちゃんと話してみるね」
「ああ、そのほうがいいよ。ひとりで悩んでたって仕方ない」
「だねっ」
 上乃の笑顔に明るさが戻っている。どうやら調子を取り戻したらしい。安堵の気持ちとともに、ようやく眠気が襲ってきた。九峪は手を口にあてあくびをかみ殺す。
「あっ、女の子と話しているときにあくびするなんて、だめだめよ。──でも、明日も早いんだもんね。そろそろ戻ろっか」
「そうだな」
 冷たい石畳に手をついて立ち上がる。上乃も機敏に腰を上げた。
 九峪はふと夜空を見上げる。
 星が流れた。
「やっぱり、三回は無理だね」
 となりを見れば、上乃も同じように顔を上向けていた。
「願い事、か」
「あたしはお願い事はいっぱいあるけど、九峪様の願い事ってなに?」
「それは──」
 現代に帰ること。
 星が少なくなった夜空を見ること。
 それは流れ星には叶えられないこと。
 自分の手でやらなければならない。
 だから──
「まずは明日の勝利かな」
 九峪のつぶやきは星空へと消えていった。






 戦いはもう始まっている。




>>NEXT


あとがき

 ようやく、『神の遣い、九峪』の登場といった感じでしょうか。
「仏の嘘を方便と言い、武士の嘘を武略と言う」とは、明智光秀の言葉だったと思いますが、何かをなそうと思えば嘘が必要な場面もあります。神の遣いという嘘にどれだけ意味を持たせることができるかが、九峪の戦いだと思います。
 じつは九峪と対極的な存在が、伊万里だったりします。いずれふたりの価値観の対立とかを描くことができたらと考えています。

 それと、いただいたコメントで、「九峪をもっと活躍させてほしい」というものがありましたが、ご安心ください。これはゲーム版準拠ですので。
 ただ、個人的に、悩みながらも前に進むというキャラが好きなので、しばらくはこんな感じでいこうと思っています。

 とりあえず、次回で一区切りなので、年内というのは厳しくなりましたが、がんばって書きたいと思います。



 いよいよ本格的に動き始めた九峪達。桔梗達と再会し、二百人の男達を仲間にし、多少なりと武器を手に入れ、目指すは国府城。
 やはりゴーアルさんの話はオリキャラが本当にいい働きをしていますね。桔梗しかり、今回でてきた某亀な仙人を思い起こさせるじ〜ちゃんしかり、勇太しかり。何度も言ってる気もしますが、メインキャラを食うことなく、しかしきっちり存在感を示すこれらのキャラの扱い方には敬意を表すしかありません。なにげに黒さを発揮してるキョウもいい感じ(笑)

 少しずつ前に進んでいく九峪。神の遣いを演じ、人々のともし火になりつづける、それが決意。う〜ん、かっこいいですねえ。しかしその決意を貫くには、どうしても乗り越えなければならない大きな問題がある・・・次の話では志野サイドの動きや、そこらのことも出てくるとのこと。伊万里達はもちろん、まだまだ九峪の悩みもつづく、と・・・九峪たちもゴーアルさんもがんばれ〜!ですね!!

質問 「〜戦雲〜」第6話の感想をお願いします

おもしろかった
ふつう
つまらなかった
その他質問要望など

コメント(最大350字)




結果 過去ログ Petit Poll SE ver3.3 ダウンロード 管理