火魅子伝サスペンス劇場

<決して愛される事の無かった私達>


作・BARD様



第七話:舞姫と騎士



九月三日、転校三日目、その放課後。
私が忌瀬さんに連れられてやって来たのは、三年二組、隣の教室だった。

「こんちゃ〜っす。 志野殿、居ます?」

三年のクラスだと言うのに躊躇無く入って行ける忌瀬さんを見ていると、何だか、とても心強い。

「はいはい。 ………あら、珍しいですね。 貴方から訪ねて来るなんて。」

呼ばれて、姿を現したのは、絶世の美女だった。

長く綺麗な髪を頭上で束ねており、肌は驚く程に白い。
二つの瞳は澄み切っており、かわいらしさの中に、意志の強さを感じさせる。

物腰は優雅にして穏やか、まさに、姫と言う呼称が相応しい美女。

「やあ、やあ。 志野殿。 ご機嫌麗しゅう。」

「もう。 前から言ってる筈ですけど? その変な言葉遣いは止めて下さいって。」

口元に手を当てて、微かに微笑む。
その何でも無い仕草ですら、物凄く美しく見えてしまう辺り、やっぱり美人は得だね。

はっきり言って、目の前に居る人は、超が幾つも付く程の美人だ。

それこそ、今朝に見た伊万里さんと並んでも見劣りしない。
いや、むしろ、一部では勝っているとさえ思う。

(世の中、絶対に不公平だ。)

今、私ははっきりと認識した。

「そちらの………。 何故か、壁に『の』の字を書いていじけてらっしゃる方は?」

不意に、志野さんが私の方を見た。

(やばっ! これじゃ、変な人と思われちゃうっ!!!)

既に手遅れだと思うけど、私は慌てていじけるのを止めた。

いや、だって、仕方が無いじゃん。
こうも世の中の不条理を見せ付けられたら、壁に『の』の字だって書きたくなるさ。

「あ、えっと、初めまして。 私は慧って言います。」

ちょっと緊張しながら、私は挨拶をする。

「初めまして。 志野です、よろしく。」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします。」

志野さんの優雅な振る舞いに圧倒されてしまう私。
何か、物凄いオーラみたいなのを感じちゃうのは、気のせいだろうか。

「慧ちゃんは、こないだ、転校して来たばかりで、ね。今、学園内を案内して回ってるところなんだ。」

タイミング良く、忌瀬さんが助け舟を出してくれる。

「それで、耶麻台(やまと)学園でも名高い、舞姫様を紹介しとこうと思って。」

楽しそうに言う忌瀬さん。

「舞姫?」

「もうっ! 忌瀬さんっ!!!」

私が不思議そうに聞き返すのと、志野さんが抗議の声を上げるのは、同時だった。

「あ〜。 慧ちゃん、舞姫ってのは、志野殿の異名なんだ。」

「突如として新体操界に現れた超新星! その演技は、華麗にして緻密!!!」

「まるで踊っているみたいな演技をするから、自然と周囲から、舞姫って呼ばれる様になったって訳。」

忌瀬さんの説明を聞いて、ようやく、納得がいった。
ふと、志野さんの方を見ると、顔を真っ赤にして照れていたけど。

「もう………。 あまり、いじめないで下さい。」

か細い声で抗議する志野さん。

「あっはっは。 ごめん、ごめん。」

「周囲で騒がれちゃ居るけど、この通り、本人は控えめな性格なんだよね。」

「面白いでしょう?」

そんな志野さんを綺麗に無視して、忌瀬さんが私に尋ねて来た。

「え〜と、ノーコメント、かな?」

どう答えて良いのやら、私は、冷や汗混じりに言葉を濁しておいた。

「あっ! 上手く逃げたなあ〜っ!?」

拗ねた風に言って、忌瀬さんは志野さんの方を向く。

「ところで、志野殿は、これから練習?」

「はい。 もう少ししたら、行こうかと。」

「相変わらず、練習熱心だねぇ〜?」

忌瀬さんが感心した風に呟く。

「ふふっ。 そういう忌瀬さんこそ、問題児っぷりは相変わらずですね。」

「はい?」

「見ましたよ。 夏休み中、また、理事長先生に呼び出されていたでしょう。」

「ん〜? あ、ああ。 見られちゃってたんだ?」

「ええ、偶然でしたけど。 夏休み中も練習をやっていたんですよ、新体操部は。
それで、その後に教室に寄ろうとしたら、たまたま………。」

悪戯っぽい微笑を浮かべて言う志野さん。
これって、さっきの仕返しなんだろうな、やっぱり。

「う〜ん。 やっぱり、敵わないな〜、志野殿には。」

忌瀬さんが降参と言った感じで両手を挙げてみせる。

「もう、思わず、いじめたくなっちゃう!!!」

いきなり、忌瀬さんが志野さんに飛び掛かった。
おそらくは、ふざけ半分に、抱き付いて誤魔化そうって魂胆なのだろう。

ドスッ!

突然、鈍い音が辺りに響く。

「ぐへ………っ!?」

続いて、忌瀬さんの身体がゆっくりと崩れ落ちた。

「あわわわっ!?」

私は慌ててしがみ付いた。
そして気付く、いつの間にか、忌瀬さんと志野さんの間に誰かが入り込んでいた事に。

(………小学生?)

本当に申し訳無いけど、私は、正直にそう思ってしまった。
だって、本当に、それくらいの背丈しか無かったから。

「………気安く、私の志野に近付かないで。」

忌瀬さんの肩越しに覗き込んでいた私に、まるで、親の敵でも見るみたいな視線を向ける、小学生みたいな誰かさん。

「こら、珠洲。 忌瀬さんはふざけていただけなのよ。」

「駄目。 それでも、許さない。」

「もう………。 だからって、手を出す事は無いでしょう?」

小学生、珠洲ちゃんを叱る志野さん。

(珠洲ちゃんって言うんだ………。)

私はそんな事を思いながら、志野さんに声を掛けた。

「まあまあ。 志野さん、そのくらいで良いんじゃないですか?」

「慧さん………。」

「今のは、誰がどう見ても、忌瀬さんがふざけ過ぎてましたし。」

苦笑混じりに、珠洲ちゃんを援護する。

「慧ちゃん………、覚えてなさい。」

耳元で地の底から響く様な声がしたけど、気のせいだと思いたい、うん。

「珠洲ちゃんって言うの? 私、慧って言います、よろしくね。」

「………珠洲。」

「えっ?」

「私、珠洲。 ちゃんは要らない。」

「あ。 うん。 よろしく、珠洲。」

「よろしく。」

何だ、ちょっと無表情だけど、ちゃんと話せるじゃない。

「ところで、妹さん?」

ふと、私は思い付いた事を口にする。

「えっ? 違いますよ。 私と珠洲は、幼馴染なんです。」

「そう、とても仲良し。」

志野さんの言葉に頷いて、珠洲が志野さんの足に抱き付く。

「きゃっ!? ちょ、ちょっと、珠洲っ!!!」

「………。」

あ、志野さん、もの凄く困った顔をしてる。

「ぷっ♪」

思わず、私は苦笑してしまった。

「そうなんだ? 良いな。 さしずめ、お姫様を守る騎士って感じだね。」

「その通り。」

私の冗談にも、珠洲は胸を張って答える。

「あははっ! 可愛い〜♪」

思わず、このまま家に持って帰りたいとか、危険思考になっちゃう私。

そんな微笑ましい光景に頬を緩めていたんだけれども、次の瞬間、珠洲ちゃんの言葉に凍り付いてしまう。

「だから、志野に手を出す奴は許さない。 例え、それが、九峪先生でも。」

急激に、身体の内側が凍り付くのが分かった。

(また………、九峪先生………。)

(どうしてだろう。)

(調べれば調べる程に、全てが、一箇所へと繋がって行く。)

僅かに、肩が震え出した。

「………く、九峪先生?」

無理やり、肩の震えを押さえ込みながら、私はそれだけを言った。
幸い、私の変化は気付かれなかったみたいだ。

「そう。 九峪先生。 志野に近付く、最悪な教師。」

珠洲は変わらぬ口調で言葉を続ける。

「そ、そうなの?」

平静を装って、私は志野さんに尋ねた。

「………。」

志野さんは、かわいそうなくらい、顔を真っ赤にして俯いていた。

(好きなんだ、九峪先生の事。)

今、初めて会ったばかりの私にも分かるくらい、志野さんの反応は分かり易かった。

「告白するの?」

ふと、悪戯心が顔を出して、そんな事を聞いてみる。

「………。」

すると、物凄い、志野さんは首を横に振った。

「しませんよ、告白なんて。」

「どうして? やっぱり、九峪先生には恋人が居るから?」

「それもありますよ。」

そう言って、志野さんは辛そうな顔をして俯く。

「でも、それ以上に………。」

「今は………、今だけは………。 告白なんて、到底、出来ません。」

「だって、あの子に悪いと思うから。」

絞り出す様な声音。

「あの子?」

私は首を傾げた。

(やっぱり、同じ、九峪先生を好きな人の事だよね。)

今日の朝に知り合ったばかりの、九峪先生が好きな女生徒の事が、私の脳裏を過ぎる。

(女子剣道部の伊万里さんだったりして?)

私はそんな事を考えたけど、それは、大きな間違いだった。

この時に、私は、嫌と言う程に思い知らされる。
目の前に居る志野さんが、清瑞の友達だったのだと言う事を。

「自殺した………、清瑞さんの事です。」

「清瑞さんも好きだったみたい。 九峪先生の事。」

「だから、今は、告白はしません。 清瑞さんも、気持ちを伝えたかっただろうから。」

その瞬間、私の全身は、完全に凍り付いてしまった………。



>>NEXT




<あとがき>

お久しぶりです、Jで御座います。

お待たせ致しました。

<火魅子伝サスペンス劇場 〜決して愛される事の無かった私達〜>、

無事に第七話を投稿する事が出来ました。

志野様、登場〜〜〜っ!!!

彼女のファンを心待ちにしていた読者様、お待たせ致しました。

しかし、制服を来た志野、見てみたいですね。そして、レオタード姿も。

そんな事を考えているのは、私だけでしょうか?

うう………、慧さんの鋭いツッコミが聞こえて来そうで怖い。(笑)

では、次回、『第八話:見え隠れする誰か、夕暮れ時の追走劇』をお楽しみに!!!