火魅子伝サスペンス劇場

<決して愛される事の無かった私達>


作・BARD様



第四話:相談する人と、相談される人



九月二日、転校二日目の放課後。


それは、私にとっては、非常に好都合な展開だった。
下校時刻が近い夕方の職員室、そこには、九峪先生しか居なかったのだ。

「九峪先生。」

慎重に、私は声を掛ける。

「ん? ああ、慧か。 どうした?」

机に向かって作業をしていたけれども、
私に気付くと、九峪先生は手を止めて微笑んでくれた。

人懐っこい笑顔だ。

(こんな顔をする人が、清瑞を死に追い遣る様な酷い事をするとは思えないけど。)

九峪先生の笑顔から目を離す事無く、私は用意していた言葉を口にした。

「ちょっと、相談したい事があるんですけど………。」

「相談? 分かった。 ちょっとだけ、待ってろよ。」

そう言って、九峪先生は机の上を片付け始める。

まだ、おそらくは仕事の途中だっただろうに。
私の為だけに、全く躊躇する事無く、作業を中断してくれた。

(ごめんなさい。)

こっそりと、私は内心で頭を下げた。

「よし、オッケー。」

机の上に空間を作ると、九峪先生は、そこに袋菓子を置いた。

「そこから椅子を持って来て座ると良い。 俺は、お茶を淹れて来る。」

「えっ? わざわざ、そんな事をして貰わなくても………。」

「良いの、良いの。」

強引に話を進めると、九峪先生は職員室の奥へと引っ込んだ。

(全く。 何て、人の良い先生なんだろう。)

軽く溜息を吐くと、私は後方の机から椅子を拝借した。
椅子に腰掛けて、何とは無しに、九峪先生の机を眺める。

(あ、写真立てだ。 一緒に写っているのは、恋人さん、だよね。)

(あれは、専門書………? 考古学に興味があるのかな。)

(後は、何だか分からない、書類の束。)

ふと、私は思った。

(九峪先生に相談する時、清瑞も、こんな風に座っていたのかな。)

九峪先生と向かい合って座る、そんな清瑞の姿を、思い浮かべてみる。

(………駄目だわ。)

全く、想像出来なかった。

当然と言えば、当然だろう。
私が耶麻台(やまと)学園で過ごした時間は、今日だけ、それも半日しか無いのだから。

「お待たせ。」

そうこうしている内に、九峪先生が戻って来た。
両手に持つのは、おそらくは淹れ立てだろう、お茶。

「ちょっと熱めだから、気を付けてな。」

そう言って、九峪先生は机の上に置いてくれた。

「あ、これも食って良いぞ。」

袋菓子も一緒に出す。

「あ、ありがとうございます。」

私が戸惑っていると、九峪先生は苦笑を浮かべた。

「そんなに気にする事は無いよ。 こいつらは、言わば、教師の特権だからな。」

「相談に来た奴には、特別に食べさせる事にしてるんだ。」

「そういう奴らは、何かしら、大変な目に遭ってる訳だし。少しくらい、多めに見てやっても良いだろ?」

茶目っ気たっぷりに言ってのける。

「一応、内緒だけど、な。」

そう、最後に付け加えるのを忘れない辺り、かなり手馴れてる感じだ。

「分かりました。 いただきますね。」

何だか、肩の力が抜けてしまった。
遠慮無く、私は九峪先生が勧めてくれたお菓子の袋に手を伸ばす。

「おう。 食え、食え。」

お茶を飲みながら、九峪先生は楽しそうに言った。



それから小一時間程、私は九峪先生と、相談とは名ばかりの雑談をした。



驚いた事に、九峪先生は気さくで話し易い人だった。

私の話には熱心に耳を傾け、一切、自分は口を出さない。
時には冗談も交える事で、会話に飽きが来ない様に配慮をする。
その上で、最後には、真剣にアドバイスをしてくれた。

話が終わる頃には、すっかり、下校時刻を過ぎてしまっていた。

「おっと。 そろそろ、今日はお開きにするか。」

残りのお茶を一気に飲み込むと、九峪先生はお菓子の袋を片付け始めた。

「あ、手伝います。」

私も立ち上がって手を伸ばす。

「良いって。 それより、もう遅いだろ。 急いで帰った方が良いぞ。」

「あ、はい。」

「悪かったな、転校早々から長居させちゃって。」

「いえ。 私も楽しかったですから。」

そう言うと、九峪先生は嬉しそうに笑った。

「俺もだよ。 こんなに長い間、話してたのは、清瑞以来だな。」

刹那。



ドクンッ!



私の心臓は大きく脈打った。

「清瑞………さん?」

必死に動揺を押し隠して、私は問い掛ける。

「ああ。 前に、学園に居た子。 その子とも、良く、こうして話をしたんだ。」

幸い、九峪先生は、片付けに集中していたみたい。
私の変化に気付いた様子も無く、言葉を続ける。

「本当に心の強い子だったよ。
 周囲からいじめられていたみたいだったけど、全然、気にした様子は無かった。」

「少なくとも、俺にはそう見えたんだ。」

「まさか、自殺する程に追い詰められていたとは、な。」

九峪先生は自嘲気味に微笑を洩らした。

そう、清瑞が強い子だったのは、私も知っている。
だって、入学してすぐから無視され続けていたってのに、
清瑞は学校を辞めたいとは言わなかった。
メールでも、一言だって、いじめの事で弱音は吐かなかったんだ。

(そんな清瑞が、いじめなんかで自殺する筈無い。)

そう考えて、私はここに来た目的を思い出した。

(嘘を吐いている様には見えない。 本気で・・・、悲しんでいる。)

じっと、私は九峪先生を観察する。

今、この瞬間は、千載一遇のチャンスなのだ。
この機を逃してしまえば、二度と、九峪先生の心中を確かめる事は出来ないと思う。

そう考えて、私は、九峪先生の一挙一動を見つめ続けた。

「折角、友達も出来たってのに、な。」

その言葉を聞いた瞬間、私は驚きに目を見開いた。

「………えっ?」

思わず、声を洩らしてしまう。

「ん? どうした?」

その呟きが聞こえたのだろう、怪訝な顔をして、九峪先生がこちらを振り向いた。

「あ、いえ。」

慌てて言葉を濁す。

「ふぅん………?」

僅かに首を傾げたが、九峪先生は、それ以上は追及しては来なかった。
その事に、私は内心で安堵する。

続いて、九峪先生が言った言葉を思い浮かべる。

(清瑞に友達が居た。)

(そんな事、メールには一言も書いてなかった。)

(あまり仲は良くなかったのだろうか。)

とにかく、私には情報が足りなかった。
今、現在の確かな手掛かりは、清瑞からのメールと九峪先生と言う存在だけだから。

「あの………。 その、自殺した子の友達って、誰ですか?」

「うん? 何で、そんな事を聞くの?」

「いえ。 唯、何となく、気になっただけです。」

「そう? まあ、良いけど。」

さして気にした様子も無く、九峪先生は、二人の女生徒の名前を口にした。

「その子達の事は、俺も良く知ってるからね、しっかりと覚えてるよ。
 女子剣道部の伊万里と、女子新体操部の志野。」

その名前を、私は脳裏に刻み込む。

(伊万里さんと、志野さん。)

新しい手掛かりを手に入れて、私は、ようやく耶麻台(やまと)学園を後にした。


決して、重要とは言えない手掛かり。


けれども、今の私には、それくらいしか頼るものは無い。


私が知らなかった清瑞の友達と言う存在。


彼女達は、事件の真相について、何かを知っているのだろうか。


未だ、見知らぬ二人の女生徒の顔を思い浮かべ、私はゆっくりと歩き始めた。


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