火魅子伝 外記 忌瀬伝


作・高野浩平様


 

 耶麻台国が復興して、一ヶ月の月日が九洲の地に経っていた。
 復興の戦火は九洲の大地に大きな傷跡を残していたが、女王火魅子に火魅子候補の一人藤那が即位し、ようやっと国そのものの復興が前に前に足を踏み出そうとしていた。そんな頃の話である。

 耶牟原城の一角、他から離れた場所にその建物は建っていた。建物自体は大陸風の立派なものだが、外見はこれといって特徴と呼べるものはなく、大勢の人間の出入りもない。一体何の目的で建てられているのか、耶牟原城に勤めている人間ですらその中身を知っている人はあまりいない、そんな建物だった。
 だが、その建物の存在を耶牟原城内で知らない人はいない。
 曰く、一日中異臭が立ち込める。
 曰く、人の断末魔のごとき悲鳴が聞こえる。
 曰く、人の笑い声が一日中聞こえる。
 等々、この建物にまつわる逸話には事欠かない。
その建物の一室。長机が並べられ、白衣を着た七人の青年が皆真剣な表情で何やら数種類の薬草をすりつぶし、混ぜ合わせている。
 その長机から少し離れて、一つ机が置かれている。さすがに、七人づかいの長机とは比較にならないが、個人で使うにはかなり大きな机だった。もっとも、今その机の上には、所狭しと物が散乱していて傍目にはその大きさはわからない。
 その机では、やはり白衣を着た女性が何やら薬草を調合している。もっとも、その表情は男達とは違い今にも鼻歌の一つでも口ずさみそうなほど気楽で、心から愉しそうだった。
「ほらそこ、調合の量間違ってる」
「は、はい」
たいして厳しい言葉ではない。ごく普通の、ちょっとした盛り付けを間違ったのを注意したような何でもないその一言に、男の木匙で薬草を混ぜようとしていた手が急停止した。
「こいつは。匙加減一つで毒にも薬にでもなるからね、・・・・・・ぽっくりいくわよ」
「・・・・・・」
 男は、顔面蒼白で立ち尽くした。
「わかったら気をつける」
「は、はい」
 女の一言にようやっと、男の手はまた動き出すが、傍目にもぎこちない事この上ない。
「こんにちわ〜、忌瀬さんいます?」
ひょっこりと、扉から女が顔を出した。
「あいよ〜って。おや、珍しい。真姉胡じゃないか」
「お久しぶりです。ちょっと、いいですか〜」
「ああ、いいよ。じゃあ、今日はこれぐらいにしようか」
 忌瀬は手を止めると立ち上がり出口に向かう。それを見た、その場にいた全員が安心のため息をもらす。ここ数日の間、調合やら薬草の採取やらで寝る暇もほとんどなかった彼らの目には黒々としたくまが出来ていた。
(ようやっと休める)
 その場にいた誰もががそう思ったであろうその瞬間だった。忌瀬は部屋から体を半分出したところで不意に足を止めた。
「そうそう、じゃあ明日までに各自今日の調合をすませておくこと。いいわね〜」
 だが、ほとんど間髪いれずに発せられた忌瀬の一言にその場にいた全員が再び固まってしまった。だが、当の忌瀬はそれ以上は一瞥もくれずそのまま部屋を出て行ってしまった。
「相変わらず、厳しいですね〜。で、もうそんなに危ないのあつかってるんですか?」
 二部屋ほど離れたこじんまりとした部屋に移り、腰を落ち着けてから真姉胡はそう言った。
「まさか、あんなの飲ませても腹痛さえ起こさないよ、はいよ」
 そう言いながら、忌瀬は手際よく二人分のお茶を用意すると真姉胡に差し出した。
「ああ、どうも。って」
「調合中に気を抜く奴が悪いのさ。で、今までどうしてたんだ?」
 悪びれもせず言いながら、忌瀬は自分のお茶をすすっている。真姉胡はそんな忌瀬の様子を呆れたように見たが、結局何は言わず忌瀬に習ってお茶をすすって話を続けた。
「一応、国家機密なんですけどね〜。狗根国の方まで足を伸ばしてました」
 真姉胡は、自分で言った筈の大げさな前置きを無視するように、実にあっさりと口をわった。
「ほ〜、そいつはご苦労だったねぇ。で、あっちはどうだった?」
 忌瀬も忌瀬で、平然と聞き返す。
「いや〜、表面では平静を装ってましたけどね。奥の方ではこれがなかなか・・・・・・」
「ここを追い出されたのが、やっぱり大きいのかねぇ?」
「そうですね〜、九洲が奪還されたのを見て各地でけっこう反旗が翻ってるみたいですね。それの鎮圧に軍は休む暇もないみたいですよ」
「そりゃあ、今や、四天王もいないんだ、大変だろうよ」
 九洲で失った狗根国の人的損失は計り知れない。かつて四天王と称された有能な将軍を全て失ったばかりか、左道士監を務めていた蛇渇をも同時に失っていた。
 そればかりではない、今まで常勝不敗と恐れられてきた狗根国が破れ、支配地から追い出されたという事実は他の狗根国の支配地域にも多大なる影響を与えていた。
「四天王と言えば、天目様はどうされてます?」
「あの人も何考えてんのかね〜? すっかり猫かぶってるよ」
「そうですか〜」
 天目は、狗根国を撃退した後、周囲が驚くほどあっさりと九洲の支配地を新生耶麻台国に明渡していた。
 狗根国という脅威が去った今、実際問題として九洲の民を率いて耶麻台国と戦うというのには無理があった事は言うまでも無いが、忌瀬にしても真姉胡にしてもそれだけの理由であの天目があっさりと支配地域を耶麻台国に引き渡したとは思えなかった。
 時折、今でも天目の側近として仕えている案埜津や虎桃にかまをかけてみたりするのだが、どうやら彼女達すら天目の真意は知らされていないようだった。
「そういや〜、今や、あんた天目様直轄っていうわけじゃないんだっけ」
「そうですよ、今は一応志野様が直属の上司です」
 とはいっても、実は今でも手に入れた情報はまず天目に全て報告している。
 これはれっきとした越権行為なのだが、報告する真姉胡もそれを聞く天目もまったく悪びれる事もなく。まるで、ごく当然の事をようにそれをこなしていた。
 真姉胡にとって、国が変わろうが上司が代わろうがあまり関係はない。真姉胡の主が彼女を奴隷の立場から引き上げ、教育と地位を与えてくれた天目その人である事には何の代わりもない事だった。
 真姉胡が、今耶麻台国に仕えているのは天目が仕えているからであって、それ以上でもそれ以下でもない。誰かに文句を言われる筋合いなど、真姉胡は何一つ感じなかった。
「ふ〜ん。・・・・・・志野さんねぇ」
 ニヤニヤと、忌瀬は意味ありげに真姉胡を見て笑う。
「な、なんですか、気持ち悪いですよ」
「顔に似合わず厳しいだろ、あの人」
 忌瀬と志野の付き合いは、耶麻台国の中では藤那との付き合いについで長い。その中で、忌瀬は志野の並々ならぬ力量を知り、惚れ込んでいたのだ。
 今でこそこういった地位にいるが、志野が座を率いて耶麻台国を去っていたら、本気で忌瀬はそれについてこの国を一緒に出て行くつもりだった。
「そうなんですよ〜、もう、人使いに荒い事とか天目様といい勝負ですよ」
 ぎくっと、真姉胡は顔を引きつらせて、一息つくと真姉胡は大きくため息をついた。
 世の中に本音と建前があるように、天目のように突き抜けてもいなければ忌瀬のように自由人でもありえない真姉胡にも当然のようにあった。
 復興戦当時からいくら天目の命令だとはいえ、自分が所属してた狗根国と戦う事には抵抗があったし、今の状況を見ると複雑な気分にもなった。
 正直、狗根国の征西軍との戦いが終わった後、天目がすぐに投降したことに一番に安心を覚えたのは真姉胡だったのかもしれない。果たして、あの後耶麻台国と自分が戦を交えることができたか、と問われたら正直真姉胡には答える事ができなかった。
「せっかく、天目様から逃げられたと思ったのにね〜、災難だこりゃあ」
 忌瀬は、ケラケラと笑う。
「な、なに言ってんですか、そんな事ないですよ」
「まあまあ、落ち着きなよ。ほら、お茶でも飲みな、さめるよ」
「は、はぁ」
「そ、そういう、忌瀬さんはどうなんですか? 最初、あんなに渋ってたわりに師父ぶりが板についているじゃないですか」
「そうだね、うん。いらいらさせられる所も多いけどね。正直、おもしろいよ」
 忌瀬にしては、珍しく忌々しいとでも云わんばかりに顔を顰めた。
 師父が確かに面白かった、黙っていても国中の珍しい症例が忌瀬の元に報告されるし、誰かに医術を教えるという行為は思った以上に自分にとっても新しい発見に満ち溢れたものだった。だが、忌瀬は今の状況を素直に楽しめていない自分がいる事も自覚していたのだった。

 忌瀬が、この話を最初に切り出されたのは、耶麻台国が復興して二三週間が経とうとしていた頃だった。
 正直、忌瀬はそろそろ耶麻台国からまた外に出ようかと思っていた時期だったので、突然九峪に直々に呼び出されたときはそれなりに驚いた。
「失礼しま〜す」
 一応、形だけでも丁寧に執務室を扉を開けると、実に見事なぐらい荒れ果てた部屋の真中で無精ひげを伸ばした九峪が、竹簡と格闘している最中だった。
「九峪様〜、あの〜、九峪様〜〜」
「ああ、忌瀬か悪い」
 再三の呼びかけにようやっと忌瀬の姿を認識したのか、いつもながらの神の御遣いとは思えない腰の軽さで、九峪はにかっと笑うと気さくに挨拶を返してきた。
「ええっと、その辺に座って〜ああ、床机は床机は、どこいったかな〜?」
 自ら立ち上がり、荒れ果てた部屋の中から床机を探し出そうとする姿に、さすがにこんな九峪の姿は見慣れた忌瀬も呆れたような苦笑をもらした。
「いいですよ。このぐらいの部屋なら慣れてますから。・・・・・・ここ座りますよ」
 忌瀬は、九峪を制すと適当にその場の竹簡やら木簡をかたずける(とはいっても、すぐ横に積み上げただけだが)その場にどっかりと腰を下ろした。断りも無く足をくだして、胡座をかくあたり恐ろしく礼儀知らずだが、九峪も忌瀬もそんな事を気にするような人間ではない。
「ああ、座ってくれ」
「で、ご用ってのはなんですか?」
「うん、話っていうのはさ。・・・・・忌瀬、先生にならないか?」
 九峪は、一つ咳払いをすると、おもむろに忌瀬の眼を見据えてそう言った。
「はぁ? どういう事ですか?」
だが、九峪の唐突な申し出に、忌瀬はぽかんとした気の抜けたような返事を返しただけだった。
 受ける、受けない、驚く、驚かない以前に忌瀬には九峪が言わんとしようとしてる事が単純にわからなかった。
「ああ、そうだよな。それだけじゃわからないよな」
 そんな忌瀬の姿に、九峪は難しそうに腕を組んだ。
「はあ、それはまあ」
「う〜ん、何と言えばいいのか・・・・・・」
 九峪は、ばりばりと頭を掻く。
(さぁ〜、今回はどんなおもしろい事を思いついたのかねぇ〜、この人は?)
 忌瀬は、そんな九峪の姿をおもしろそうに眺めていた。復興戦の時も、目の前の一見頼りなさそうなこの青年が実に驚くべき戦術を披露し、戦を勝利に導いてきたのだ。
 忌瀬にとって、この神の御遣い様ぐらい見ていて飽きない人間はあまりいない。だからこそ、今でもこの国に残っているのだった。
「つまり、忌瀬に医術を教えて欲しいんだよ」
「はぁ? 九峪様にですか?」
「いやいや、俺にじゃなくて。皆に、あ、え〜と、つまり耶麻台国にかなぁ」
「・・・・それはつまり、この国に医術を広めるという事ですか?」
「そうそう、それだ。俺の世界ではさ、町や村単位で病院があるんだ」
 忌瀬の言葉に、九峪は我が意を得た言わんばかりにぽんと手を叩いた。
「びょういん?」
「ああ、え〜とだな。そこにいけば、治療を受けられる所なんだ。さすがに、村や里単位では無理だろうけど、大きな都市には一つずつぐらい作れれば充分に意味があると思うんだ。そうすれば、病気で死んだり怪我で死んだりする人が減るだろ」
「・・・・・・・」
忌瀬は、目の前で熱弁を振るう九峪を呆れて見ていた。
 忌瀬が、医療行為を行っているのは、格別患者を治したいという思いからではない。単純に、国を持たず、寄る辺を持たない身としては他に生きるためのすべがないからにすぎない。医術とは、忌瀬にとって生きる術にほかならない。
 それを、目の前の神の御使いは、実に気楽にこちらに差し出せと言っているのだ。それは、あの天目ですら踏み込んではこなかった領域なのにだ。
 怒って当然の要求だった。さっさとこの国を飛び出すのが当たり前だった。だが、忌瀬が感じたのは、怒りも通り越し、呆れを突き抜けてただ一つ。
(おもしろいじゃない)
 そう感じてしまったのだ。

 そして今、忌瀬は九峪の申し出を実にさまざまな条件をつけた上でだが受けていた。その条件の中には、好きなときに好きな期間国を空ける事や、耶麻台国のありとあらゆる場所へ足を踏みいれる事が出来る等かなり無茶なものもあったが、九峪はそれも顔を引きつらせながらも受け入れてくれた。
(失敗したかなぁ〜)
 それでも、忌瀬はあの時の事を思い出すたびに、自分の中に忸怩たる思いが湧きあがるのだった。
 国に縛られず、役目に囚われず。それが忌瀬の生き方だったはずなのに今ときたら、耶麻台国のお付医師である。流浪の者としての誇りなど考えた事もない忌瀬だったが、やはり今の状況を鑑みるとなんとなく感慨深いものがあるのだった。
「・・・・・・でも、不思議だと思いませんか?」
「あ、うん。・・・・・・何が?」
 不意に真剣な表情で真姉胡が、ぽつりとそう呟いた。
「だって、ちょっと前までは狗根国の為に働いてたんですよ」
「そうかい? 風の向きが変われば旗がはためく方向が変わるのは当然だろ」
 忌瀬はこともなげにそう答えた。
 忌瀬が手を貸していたのは狗根国にではなく、天目に貸していたのである。それも、天目には恩があるという事もあるが、もっと単純に忌瀬は天目という人間がすごいと思ったからだった。それは、「おもしろい」という言葉に置き換えてもあまり意味は変わらない。
 国に仕えることはないが、おもしろいと思える人には付き従う。これが、忌瀬の大きな行動理念だった。
 だからこそ、耶麻台国に手を貸す事にも何の躊躇も感じなければ、天目が半ば独立した後もおもしろく、興味深い人間が集まった耶麻台国に付き従い、今にいたるのだった。
「そんなもんですかね〜」
「そんなもんさ。わたしなんて、生まれてから何度国を渡り歩いたかしれないよ」
 忌瀬は自分が生まれた国の事のみならず、里の事も覚えてはいない。
 物心ついたときには、忌瀬に医術を仕込んでくれた女性と共に各地の国を渡り歩く生活をしていた。
「う〜〜ん、そうですかね〜」
 だが、真姉胡は首をしきりに傾げていた。
「何だ、真姉胡ちゃんはそんな事で悩んでるのかい?」
 忌瀬がにやりと面白そうに、真姉胡を覗きこんだ。
「いや、別に悩んでるわけじゃないですけどね。ただ、ちょっと、その忌瀬さんが言うこともわかるんですけど・・・・・・」
 そんな忌瀬の視線から逃れるように、真姉胡は目をそらせてそう言った。
「うん?」
「そのですね。何と言うか、自分の国を大切に思うとか大事に思うって気持ちも必要なんじゃあないですかね?」
「大切に?」
 忌瀬は、ちょっと驚いたようにそう言った。
「その、あの、私だってよくわかりませんけどね。九峪様が常日頃民のために戦うって言ってるのはそういうことじゃないですか? 国を思う、国の民のためになる事をする、そういうのって、その結局のところ自分が住んでいることを大切にする事につながるというか、なんというか、その」
 真姉胡は後半しどろもどろになりながらもそう言葉を続けた。
「・・・・う〜〜〜〜ん。なるほどね〜、こりゃあ一本取られたかね」
 真姉胡の言葉に今度は忌瀬が感心したように頷いていた。
 今までだれも医術を国に広めようなどとは考えなかった。それは結局、医術というのが個人の術、商売道具にすぎなかったからだった。その術を個人のものではなく、国のものにしてしまうという考えは、良くも悪くも国と人を同質化しなければ出てこない発想だと思う。
 もっとも、忌瀬は感心してもその考えを全般的に受け入れたわけではなかった。国から患者がいなくなるのは国にしてみればいい事づくしだろうが、忌瀬のような流浪の医術者にしてみれば飯の種がなくなることを意味していた。正直、忌瀬はそれでは困るのだ。
(その辺の匙加減を間違えると大変なことになるかもね〜)
 忌瀬は、以前の自分のありようが気にっていたし、捨てるつもりもなかった。だからこそ、伝える事と伝えない事を慎重に区別する必要に迫られるだろうと忌瀬は思った。
「そんな事ないですよ、私だって良くわかりませんよ」
「・・・・なるほどね〜、何となくあの人が皆に慕われてるのがわかった気がするよ」
 恥ずかしそうに顔を俯ける真姉胡を見て、忌瀬は医術の問題は別にして単純に感心していた。それは、もちろん真姉胡に感心したのもそうだが、真姉胡にそれを言わせた九峪という人間に感心していたのだった。
(あの真姉胡がね〜。天目にしか興味がなかったような奴にこんな事言わせるなんて、さすがは神の御使い様という事なのかな?)
 藤那にしても、志野にしても、あの天目ですらあの人に会ってから少なからず変わっている。あれほどの人物にそれだけの影響を与えるという事は並大抵のことではない。
「そっそうですか? そういえば、私がいない間に何か進展がありましたか?」
 忌瀬が出した「あの人」という言葉に反応して真姉胡が興味深々といった具合にそう切り出した。
 この進展とは、今までのような政治や国の話とは大分趣が違っていた。
「あ〜、ないない。これっぽっちもないよ〜」
 忌瀬は忌瀬でその意図を正確に読みきったのか、今まで以上ににやにやと下品に顔をほころばせると、実に嬉しそうに顔の前でぱたぱたと手をふった。
「へ〜、そうなんですか。よりどりみどり、てんこもりなのに。・・・・もしかして、あの人その事に気がついてません?」
「いや〜、さすがにあのにぶちんの神の御遣い様でも自分に向けられてる好意には気がついているさ」
「そうですか〜」
 真姉胡は疑わしそうな視線を、忌瀬に向けた。
「そうさ、むしろ、気がついているからこそ、誰にも手を出せないと私は見てるけどね」
「そんなもんですか?」
 疑わしそうな真姉胡に、忌瀬は笑う。
「そんなもんさ。あの人の八方美人ぷりは天下一品だね。あっちをたてればこっちが立たないって悩んでいるんだろうさ」
「ああ、それはわかります。あの人ってば、下心ありありなくせにみょ〜な所で硬いというか純情というか」
「それに一応、復興の英雄にして神の御遣い様としてはなかなかね〜難しいところさね」
 何といっても九峪は復興の英雄にして神の御遣い様なのだ。その九峪と血縁関係になるという事は、その妻本人のみならずその周りの人間にも多大な影響を与える事は想像に難くない。ある程度の地位と野心がある人間なら、中央に巨大な力を持てる絶好の機会だった。
 事実、忌瀬が聞くだけでも九峪の元には九州各地の豪族から娘のみならず自分の妻を差し出そうとする輩が後を絶たないらしい。
「普段が普段ですから、ついつい忘れがちだけど、そういや〜そうですね〜」
「まあ、あの人が全員面倒みれればそれに越した事はないんだろうけどね〜、相手が相手だから」
 そう言って、忌瀬は実に嬉しそうにけらけらと笑う。
「まあ、無理でしょうね」
 真姉胡も、そうそうたる顔ぶれを思い浮かべて苦笑をもらした。
 この時代、一夫一妻制などといったものはない。身分が高い、もしくは富を有しているものなら第二夫人、第三夫人を持つのは寧ろ常識だった。
 天目にしろ、志野にしろ、一夫一婦制などに拘りはしないだろうと、真姉胡は思う。だが、それはあくまで自分が正妻であれば、という条件がつくであろうことは想像に難くない。あれほど、誇りと自尊心の塊のような女性達が他の女性の風上に立つのを甘受出来る訳がない。
 また、九峪の純情さや硬さが現代社会の厳格な一夫一婦制から生じたものである事には、さすがの忌瀬も気がつきようもない話だった。
「という訳で、真姉胡。まだまだ、あんたにもまだ目があるかもよ〜」
「な、何を言ってるんですか」
忌瀬の一言に真姉胡の顔が真っ赤に染まった。
「はははは、かわいいねぇ〜、真姉胡ちゃんはぁ〜」
「そ、そういう、忌瀬さんはどうなんですか?」
 真姉胡が口を尖らせて反撃する。
 だが、決してそれは思いつきでの一言ではなかった。
 真姉胡が知る限り、忌瀬がこれほど長く一つの国に留まっているなどという事は今までにはないことだった。狗根国にいた頃も、一応籍だけは国に残していたが一年の大半をあっちにふらふらこっちにふらふらと国内外を出歩いているのが常だった。
「私は、そうね〜。もし、あの人が迫ってきたら多分断らないよ。ただ、正妻とかは面倒そうだから、側女ぐらいなら、いいかな〜」
 実に飄々と、今までと何一つ変わらない口調で忌瀬は言ってのけた。何と言っても、それは忌瀬の偽らざる本音だった。正妻の座を、あの連中と争うのは勘弁したかったが、九峪に興味がない訳ではなかった。
「・・・・そ、そうですか」
 真姉胡は、絶句したようにそう呟く。
「それに、そうなったら研究費ももちろん上がるだろうし、施設だって・・・・・・」
 忌瀬は、にた〜と邪な笑みを浮かべた。
「・・・・・・結局、それですか」
 真姉胡は、盛大にため息をついてみせる。
「あら、悪い〜? それぐらいの報酬は当然だと思うけど」
 忌瀬は、まったく悪びれることもなく、さも当然だ言わんばかりに、またけらけらと笑い出した。
「はぁ〜、・・・・・・さて、そろそろ行きます」
 真姉胡は、すっかり冷め切ったお茶を一息に飲み干して立ち上がった。
「そう?」
「ええ、仕事は山ほどありますから」
「お仕事頑張ってね〜」
「はいはい、忌瀬さんも間違った調合を教えて、国中に腹痛を巻き起こさないでくださいよ」
「あ〜それいいねぇ〜、いい資料がとれるよ」
 パンパンと、嬉しそうに忌瀬は手を叩く。
「忌瀬さん」
「冗談だよ、冗談」
 真姉胡には前歴を嫌というほど知っているだけにかけらも冗談には聞こえない。
「は〜、じゃあこれで」
「あいよ〜」
 部屋から出ていく真姉胡の後ろ姿を見送ると、背伸びを一つして忌瀬も自分の仕事に戻るために立ち上がった。
(まあ、いいよね〜。今はたのしいんだからさ〜)
 とにかく今は今の状況に流されてみようと、忌瀬は思う。そして、目の前に広がる楽しみがいのある仕事を思い浮かべて忌瀬は一人、にやりと笑うのだった。

                                                  〜終〜



後書き座談会

「ども〜、お久しぶりの高野です」
「はいは〜い、毎度おなじみの日魅子で〜す。・・・・って、何でこんなお笑いコンビの登場の仕方のしなきゃいけないのよ」
「いや、日魅子さんが勝手にのっただけじゃないですか」
「何か言ったかしら?」
「いえ、何も・・・・・」
「で、ほんと〜〜〜〜に久しぶりよね。何ヶ月ぶり?」
「うっ、それを言われると」
「っていうか、みなさんも忘れてるんじゃないの。高野、誰それ? 『火魅子伝』にそんなキャラいないだろ?ってノリで」
「いや、それはさすがに。HPもまだやってますし」
「ふん、まあ、今回はこれくらいで恒例の高野いじりはやめとくわ。そろそろ、マンネリ化してるしね」
「・・・・恒例なんですか? って、いえ何でもないです。何も言ってないです。気にしないでださい」
「なるほど、ちょっとは学習はしてるみたいね」
「はい、もちろんですとも。それでですね、恒例行事もすんだことですので。そろそろ、本編の話に移行しませんでしょうか?」
「まあ、いいわよ。あんたも、そんな揉み手しないで楽にしなさい、楽に」
「は、はぁ」
「九峪〜、お茶〜〜」
「・・・・へいへい」
「あら〜、九峪ちゃんたら、反抗的ね〜」
「いえっさー。もうしわけありません、サー」
「誰が、サーよ。もう、仕方ないわね〜、ほら九峪小指立てて」
「はっ?」
「ほら、いいから」
「ああ」
「よし。えいっと」

「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ、ゆ、ゆびがとれる〜〜〜〜〜」

「もう、おおげさね〜。ちょっと、小指を本来の可動域とは逆方向にひねり上げただけじゃない」
「あぅぅぅぅぅぅ」
「いい、今度よけいなちゃちゃいれたら、人中に鉄拳いれちゃうぞ〜。下手したら死んじゃうぞ〜。・・・・・・気をつけるのよ」
「はいっぃぃぃぃぃ」
「がくがくぶるぶる」
「あらあら、高野ってば別に歯の根が合わないほど震えなくてもいいのよ〜。私の話をちゃんと聞いてさえいればね」
「は、はい」
「ふっ、そんな事どうでもいいから。本編の話でもさっさとしましょ」
「は、はい。え〜と、ですね。今回一番憂慮したのは、天目さんのその後ですね」
「十巻で独立しちゃったからね」
「そうなんですよ〜、まさか今更天目さんを切り離すわけにもいきませんから。あんな感じになっちゃいましたね」
「天目の性格と、独立した事考えると、ちょっとあっさりとあんな風に収まるとは思えないわよね〜」
「うう、そうなんですよね〜」
「まあ、誰もあんたのへっぽこSSに期待なんてしてないしいいんじゃない」
「・・・・それもそれで凹むんですが」
「知らないわよ、そんなの。で、今回はけいさんの所にお邪魔してるわけね」
「はい、大分遅れてしまいましたが。ようやっとですよ〜」
「これで、迷惑かけ三昧の行脚も終りな訳ね」
「そうですね〜、よほど奇特な方がいない限り打ち止めです。あ〜、長かった」
「いれば続くわけ?」
「・・・・さあ、知りませんよ。ありえない可能性について話しても仕方ないですし、正直もう『火魅子伝』でネタがないですし」
「そっちが本音かい」
「いや、まあね、ごにょごにょ」
「でも、一応次は決まってるんでしょ。ええ、一応、SINさんのリクエストを頂いてますので多分次はそれになると思います。で、今回のサンクスです」

 丁寧な校正および場所提供のけいさんありがとうございました。で、今回の話の肝の部分を導き出してくれた友人Nズありがとう。また、よろしくです。

「はい、これで終りね」
「ええっと、そうですね」
「じゃあ、私はこれで」
「えっ、め、珍しいですね、どうしんたんですか?」
「いや、ねえ、気にしないでよ。毎回毎回、あんたをぶん殴って終りじゃあ芸がないじゃない」
「まあ、そうですよね」
「さっ、行くわよ。九峪」
「へっ、お、おれ?」
「そうよ〜〜〜、久しぶりに出てきたんですもんね〜、た〜〜〜〜っぷり楽しませてあ・げ・る」
「いあややややややややややや」
「こ、これも、まあ愛情表現の一種なんでしょうかね?」
「ちがうううううううううううううう」
「ほほほほ〜〜〜」
                                              〜終〜


高野さん、お疲れ様でした♪

 忌瀬と真姉胡のペアの話というのは、珍しいですね。実際この2人って、こういう、どこかほのぼのな会話を交わしていそうです。真面目な真姉胡と、能天気なところのある忌瀬って、結構いいコンビですよね。忌瀬の下にいる人達は、ひどい目にあっているようですが(^^;

 高野さん、あとがきの日魅子は置いておいて(爆)。ネタがないから書けないとのことですが・・・では、ネタがあれば書けるんですね?( ̄▽ ̄) ニヤ
 高野さんのSSに期待しているのが、ここにいるんですが♪
 ってことでまた書いてくださいねえ?(^_^)ニコニコ

 高野さん、どうもありがとうございました!!


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