慰 霊 祀


作・マサ様

〔前編〕 〔中編〕 〔後編〕

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 二人が御影の両親を探し始めて、すでに一時間以上が経過していた。しかし、子供を探している夫婦の姿を見かける事は出来ずにいた。
「おっとうと、おっかぁ……居ない……」
御影の方も一生懸命両親を探しているが、見つかる気配はない。
「ん〜、今日は人の出が多いからなぁ……」
九峪は頭を掻きながら呟く。
「私と九峪様とでは、両親はわかりませんし……」
音羽は疲れの見える御影を心配しながら言った。
「―――っ、そうだ!!」
「ど、どうされました?」
いきなり大声を出した九峪に驚く音羽。
「御影、俺の肩にまたがれ。肩車してやる。そうすれば、上からおっとうとおっかぁを見つけやすくなるだろ」
「う、うん。わかった」
御影は、おっかなびっくりしながら、片膝をついた九峪の後ろに回り込み、後ろから九峪の肩に脚を前に出して跨る。御影が跨ったのを確認した九峪は、「よっこいしょっと」と若いのにジジくさい声を出して立ち上がる。
「どうだ? 少しは見晴らしが良くなったか?」
「うん」
御影は何処となく嬉しそうに言った。
「おお、さすがは九峪様」
音羽が感嘆の声をあげる。しかし、ちょっとわざとらしさに、九峪は白い目を向けて言った。
「音羽……調子良すぎ」
「あう」
九峪の指摘に、音羽はバツの悪そうな顔をする。実際、御影の両親を探しだそうと言い出した音羽だったが、店の店主に対しても知恵を出したのは九峪であったし、肩車の知恵を出したのも九峪であった。実際自分があまりに役に立てていない現実に、音羽は落ち込んでしまう。
「どうしたの、お姉ちゃん?」
落ち込んだ音羽に気がついた子供が、心配そうに音羽に声をかける。
「うん? いや、なんでもないよ」
音羽は、御影を心配して逆に心配されている自分に情けなくなってきた。
「(私……役立たずだな)」
気持ちだけではどうにもならない現状に、音羽はますます落ち込むのだった。

 三人は御影の両親探しを再開した。しかし、現代人である九峪の体力は、御影を肩車した状態で長時間歩くほどなく、すぐに九峪は息を切らせてしまった。
「はぁはぁ、音羽、ちょっと休もう」
「は、はぁ……(先ほど探し始めたばかりなのに……)」
音羽は、九峪の体力のなさに心の中で呆れる。しかし、音羽の中で閃くものがあった。
「私が変わりに肩車いたしましょう」
「おお、そうしてくれるか、助かる」
音羽の申し出に、九峪は嬉々として受け入れるのだった。普段の音羽なら呆れたかもしれないが、ようやく自分が役に立てると言う事実が、彼女は今回だけは九峪の体力の低さに感謝するのだった。
しかし、子供はよく見ているものである。九峪が嬉々として音羽の提案に飛び乗ったのを見て、御影はあきれながら言うのだった。
「兄ちゃん……かっこ悪すぎ」
「ぐはぁ」
御影のこの言葉に、九峪は自尊心が傷ついた瞬間だった。

 再び探し始めて一時間が過ぎる頃、御影は、疲れて音羽の肩の上で眠ってしまう。
「んん……おっとう……おっかぁ……」
 九峪が、音羽に肩車されたまま寝ている子供に気がついて言った。
「あん? 寝てるのか?」
「しー」
九峪の声が思ったほか大きかった為、音羽が注意を促す。どうやら彼女は、御影が寝てしまっていたのを知っていた感じである。
「わ、わりぃ」
九峪は素直に謝る。
「泣き疲れていたんだと思います。ずっと一人ぼっちで寂しかったのかもしれません」
音羽は、子供が泣いてはいないのは知っていたが、音羽はこの子供に初めて会った時から、泣いていると感じていた。
「(たとえ体が泣いていなくても、心で泣いていれば同じ事なのかもしれない)」
音羽はその時そう思っていた。
「それが、俺たちと一緒に両親を探しているうちに、安心して寝ちまったってわけか」
九峪は、寝てしまった御影の顔を見ながら言った。
「たぶん、そうだと思います」
「はぁ、子供だねぇ」
「ええ、だって御影はまだ子供ですから」
音羽はニッコリと笑顔を九峪に向ける。その表情に、ドキッとする九峪。気恥ずかしさの為か、九峪は顔を音羽から背けながら言った。
「あ、え〜と、これからどうする?」
「どうするって、御影の両親を探さないんですか?」
九峪の言葉に、音羽はびっくりする。そして、御影が寝たから探すのを止めようと言い出すのではないかと思った。
「探すも何も、こいつが寝ちまったら探しようがないじゃねーか。俺達はこいつの両親の顔を知らないんだからさ」
「ああ、そう言われてみれば」
九峪が指摘するように、音羽と九峪は御影の両親を知らない。面影があるはずだからという理由で探すには、あまりにも心もとないし無謀である。
「起こすか?」
九峪の言葉に、音羽は御影をそっとして置いてあげたいと思って言った。
「いえ、このまま寝かせておいてあげましょうよ」
「それはいいけど、そのままだと肩が凝らないか? その子をとりあえずどこかに下ろしたらどうだ?」
九峪は、御影の両親の事もあるが、音羽自身もかなり無理をしているのではないだろうかと心配していた。
「えっ? いえ、大丈夫です」
音羽は慌ててこのままでいいという旨を伝える。
「あん? なに慌ててるんだ?」
「あ、いえ……その」
音羽は言葉を濁す。音羽の曖昧な態度は、九峪には何を意味するのかわからなかったが、このままこうしている訳にもいかないと思って言った。
「でも、このままって言うわけにも行かないだろ。その体勢だと、子供の方にも負担がかかるぞ」
「そ、そうですか?」
「ああ、たぶんな」
九峪に指摘され、音羽は渋々承諾する。音羽は、寝ている子供が起きないように、ゆっくりと子供を肩から下ろした。
その様子を、九峪はなにも言わずにじっと見ていた。音羽は一旦子供を下ろ、今度は背中に背負い直す。周囲に子供を横に出来るような適度な場所もないし、人の通りがなくなったわけでは無いため、地面に下ろすことが適わないからである。
「ふ〜ん」
「なにか?」
音羽は、九峪の呟きに反応して尋ねる。
「音羽、もしかして子供が好きなのか?」
普段鈍感な九峪でも、音羽の御影に対する対応や仕草を見て、彼女が子供好きなのではないのかと思った。
「あ、え、それはその……」
音羽は赤くなって俯く。
「?」
何故音羽が赤くなって俯いたのか、九峪には分からない。別に子供が好きだからといって、それを口に出す事が恥かしい事ではないと思っているからである。
「一体どうしたんだ? 子供嫌いなのか?」
「いえ、そんなことはありません」
音羽は力一杯否定する。
「それで、好きなのか?」
九峪の再度の質問に、音羽は消え去りそうな声で呟く。
「え、あ、ええと……その……好きです」
「え、なんだって?」
九峪は聞き返す。何度も言うが、人通りがなくなっている場所では無い。雑踏の中にいるため、人の話し声によって音湾の呟きが雑踏にかき消されて、九峪には聞こえなかったのである。
「ですから、その……好きです」
「悪い音羽。もうちょっと大きな声で言ってくれ」
今度は九峪は何とか聞き取れたが、少し意地悪をしてみたくなり、再度聞き返す。
「ですから……好きです!!」
「うわぁ」
音羽は大声で叫ぶ。その叫び声に、周りで歩いていた人たちも、九峪達のほうを驚いた顔をして振り向き、そして次の瞬間には皆がにやけ顔になった。
「うわ、音羽声がでかすぎるって」
九峪がすかさず音羽を注意する。
「す、すいません」
音羽は肩を小さくして再び俯く。二人とも周囲の注意を引いてしまい、動揺する。
そんな中、周りを歩いていた人達の一人が九峪に声をかけていった。
「いやぁ、兄ちゃんよかったね」
「はぁ?」
九峪は、にやけ顔のおっさんが何を言いたいのかよく分からない。そんな九峪にお構いなく、おっさんは続けて言った。
「その子、大事にしなよ」
「えぇ!?」
九峪はようやくおっさんの言いたい事がわかった。つまり、九峪が音羽から告白されたと思ったのだ。
「こんな御時世だ。その子に、子供をばんばん生んでもらいなよ」
「なにがぁ!?」
「その女子さん。しっかりした体をもってるんだ。きっとたくさん産んでくれるよ」
「うわ、何か勘違いされてる!? ていうか音羽、ここは危険だ」
このまま此処に留まる事が危険だと判断した九峪は、音羽の方を振り向く。
「えっ? えっ?」
音羽は、なにがなにやら解らない様子だった。
「逃げるぞ」
そう言って、九峪は音羽の手を取り、その場から逃げるように走り去る。いや、実際逃げ出したのである。
「く、九峪様!?」
音羽は戸惑いながら、九峪に引っ張られるがままになる。その二人の様子を、通行人の一人が眺めながら言った。
「いやぁ、若いっていいねぇ」
その言葉に、他の周りの人たちも、うんうんと頷くのだった。

**************

 先ほどの集団から抜け出し、人通りの少ない所まで逃げてきた。
「はぁはぁ、九峪様、どうされたんですか?」
ようやく立ち止まった九峪に、音羽はなぜ逃げ出したのか尋ねた。
「どうされたも、どうされないもあるか。完全に勘違いされたぞ」
「えっ? なにがですか?」
音羽には、未だに先ほどのおっさんの言葉の意味を理解していない様子である。その様子に、多少のいらつきを覚えながら九峪は音羽に言った。
「だからぁ、お前が『好きです!!』って叫んだろ。あれで、周りの人がお前が俺に告白したと思ったか、もしくは俺が『俺の事をどう思っているんだよ』って問い詰めた結果だと思われたんだよ」
「え――――!?」
この言葉に、ようやく音羽は自分のしでかしたことを理解した。
「『エー!?』じゃないって」
九峪は苦笑する。
「ああ、だから子供を生むなどと言っていたんですね。私と九峪様の…………………子供?」

 音羽は、自分と九峪に出来た子供を想像する。想像の中の子供は、男の子で九峪にそっくりだ。
「母様ー」
「(うんうん。かわいいわね)なぁに?」
パタパタと自分に駆け寄ってくる自分の子供に、音羽は顔がにやけそうになる。現実の九峪は、その表情を見てびくっとする。なにしろ、現実の九峪には、いきなり音羽がにやけたようにしか見えず、かなり不気味だったからだ。しかし、音羽の想像は止まらない。
「母様。友達を紹介するよ」
「あら? どんな子なの?」
素直でかわいらしい息子に、音羽は笑顔を隠せない。
「ちょっと待っててください。おーい、こっちにおいでよー」
そう言って、現れたのは、どこかでみたような女の子達だった。
「って、伊万里様!? 星華様に、志野様…香蘭様に……それに藤那様……只深様まで……」
よく見た顔は、火魅子候補達にそっくりだった。あまりによく似ているので、音羽はあっけにとられる。現実世界の九峪は、驚いた後に、あっけにとられた表情をした音羽に、畏怖を覚えそうになる。
「お友達です」
音羽の息子は笑顔で彼女たちを紹介した。
「え、ああ、お友達ね」
音羽は何とか自分を保ちながら答える。
「はい、結婚を前提におちゅきあいさせていただいております」
「えー。結婚しゅるのは私でちゅ」
「あらあら、伊万里ちゃんと星華しゃんも?」
志野の子供バージョンが、伊万里と星華の子供バージョンも自分と同じ約束をしているのに驚く。
その様子に、音羽は目の前が真っ暗になりそうになる
「け、、、結婚……」
自分はいくつで結婚しただろう?と言う疑問が、音羽の頭の中をよぎるが、その答えは出てこない。彼女はまだ結婚していないし、その予定もない。
「ふん、結婚などと、子供が気安く言ってよいものでは無い」
子供バージョンの藤那が、酒と思われる水を飲みながら、三人に偉そうな態度で言う。
「うわ、そこまでそっくり!?」
子供バージョンの藤那の態度に、音羽は別の意味で驚く。現実の世界の九峪は、再び驚いた音羽から距離を取る。
「おお、あたち、御酒、大丈夫ね。だから、おちゅきあい、するね」
香蘭の子供バージョンが、藤那の子供バージョンに元気よく言う。
「なにゆうてんねん。金勘定できなくて、誰が家庭の台所を管理するねん。せめてそのくらいできなきゃ、結婚なんてでけへん」
そう言ってきたのは、只深の子供バージョンである。その手には、帳簿が握られている。
「し、しっかりしたお子様で……」
只深の子供バージョンが、やけにしっかりしているので感心してしまう音羽。
「それで、誰が本命なの?」
音羽は息子に尋ねる。
「え、皆お友達ですよ。あ、でも、これからどうなるかわからないし、いざとなったらみんなとお付き合いしてもいいかな」
「(ああ、こんな所は、お父さんそっくりだわ)」
息子の将来が不安になる音羽であった。

「おーい、音羽ー。帰ってこーい」
遠くから聞こえる、九峪の声に、音羽は我に帰る。
「――――っ、息子は父親似!?」
「はぁ?」
音羽の言葉に、九峪はわけがわからないといった表情を浮かべる。
「いえ、なんでもありません」
現実に戻ってきた音羽は、慌てて弁解する。
「もういいけどさ。それで、どうするんだ?」
九峪は音羽が背中に背負っている子供をさして言う。
「え、ああ、そうですね………九峪様? なぜそんな所に?」
少し離れた木の陰から頭を出している九峪に、音羽は疑問に思う。まさか、自分の行動が恐ろしくて木の影まで退避したとは思ってもいない。
「あ、いや、いつもの音羽だな。うん。なんでもない」
九峪は、音羽が正常に戻った事を確認すると、ゆっくりと音羽の方に戻る。
「それで、これからなんだけど……」
九峪が御影を見ながら言う。音羽も、九峪に指摘されて考える。そんな時、眠っていた子供が寝言を呟いた。
「おっかぁ……」
「……」
音羽は、先ほどの自分の息子と、子供の姿を重ねて複雑な気分になる。
「(どうか、女性にだらしない所は似ないように)」
音羽は心の中で祈った。九峪の子供ではないので、九峪に似る事は考えにくいが、先ほどの妄想があまりに現実味を帯びていた為、祈らずにいられなかった。
「とりあえず、例の場所で待ってるか。あそこなら座る所もあったし、店主に御座(ござ)なり借りて、その子を横にしよう」
「え、ええ、そうですね」
音羽は話素直に了承する。
「はぁ。御影の両親が待ってればいいんだけどなぁ……」
九峪はそう呟いて、歩き出す。その後を、音羽が何も言わずについていくのだった。

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 待ち合わせの場所に戻った九峪と音羽に気がついた店の店主が声をかけてきた。
「お? それらしい夫婦ば現れなんかったばい」
「ああ、そう……か」
少し期待していただけに、九峪は落胆する。すでに三刻(3時間)以上は散策している。
「いったい、この子の両親はなにをしているんだ?」
九峪がいらだったように言う。
「もしかして、間引き……かも」
音羽が自信なさそうに言った。
「間引き?」
九峪が眉をひそめながら聞き返す。
「はい。口べらしの為に、この子を間引きしたのかも……」
「あ〜悪い。口べらしと間引きって、なんだ?」
「え?」
思わず音羽が聞きかえす。まさか、知らないとは夢にも思わなかったからだ。
「ああ。俺の世界では、そう言った言葉がないからな」
実際にはあるのだが、九峪が知らないだけである。現在の日本では、そういった表現は使われなくなっているので、知らないのが普通かもしれない。音羽はわからないといった九峪を不思議そうな目で見ていた。
「そうなんですか……(それは、そういったことをしなくてもよいくらい、平和なんでしょうね……言葉が必要ないくらい)」
音羽は、九峪の世界に対して、そのような感想を持しながら、簡潔に説明する。
「口べらしというのは、食事する人の数を減らすという感じの意味です。間引きというのは、口べらしの為に子供を殺したり、山の中に捨てる行為です。この世界では珍しい事ではありません」
貧しい農村では、子供を養っていく事が出来ずに、自分の子供を殺したり捨てたりする事は、珍しい事では無い。特に冬の厳しい農村では、そうしないと一家共に年を越える事が出来ずに死んでしまう事もめずらしくはない。
「はぁ? 他の人たちは助けてくれないのか?」
「他の家も、自分達の家族を養うだけで精一杯なんです。とても他所様の子供を養っていけるほどの、余裕は無いのだと思います。そういった事情の村では、そうしないと生きていけないんです」
音羽の語った3世紀の九洲の現状に、九峪は絶句する。現実にそんな事があるとは思ってみなかった。程度の差はあれ、狗根国の重税の中にあり、そんな貧困の中、九洲の人々は耶麻台国復興軍に物資を援助してくれているのだ。つまりそれは、自分達の生活を困窮に追いやってさえ、耶麻台国の復興を……新しい耶麻台国の誕生を望んでいるという事を意味する。
「(俺は、そんな事も知らなかったのか。わかっていると思っていて、実は何も知らないし、わかっていなかったんだな)」
自分が何も知らずに、『九洲の民を大切に』なんて言っていた事が恥ずかしく、そして悔しい気持ちになる。
「九峪様?」
急に難しい顔をして考え込んでいる九峪に、音羽が心配そうに声をかける。
「え、ああ、いや、なんでもないよ。それより、この子の事なんだけど……」
現実に引き戻された九峪は、御影の両親の事を思い出す。
「ええ、それなんですが、どうしましょうか?」
音羽も困ったような表情を浮かべる。ここまで関わった以上、このままにしては置けないという雰囲気が、音羽から漂ってくるのを九峪は感じて苦笑する。
「俺に期待されても困るぞ」
音羽からの雰囲気に、九峪は苦笑するしかない。その言葉に、音羽はがっくりと肩を落とす。きっといい知恵を授けてくれる物だと思っていたのだ。いつの間にか、音羽は九峪に頼り切ってしまっているということに、まだ気がついてはいない。
「とりあえず、このまま両親が見つからなかったら、孤児院にこの子を連れて行くしかないだろ」
 孤児院とは、戦争で両親を失った子供達を集めて、国で保護して養うといった施設の事である。元々そんな施設はなかったのだが、火魅子候補達や他の女の子達の『戦争で両親を失った子供達をなんとかしたやりたい』と言う強い意思を受けて、九峪が財政を預っている只深と相談の上で作らせた施設である。
孤児達の面倒を見ているのは、戦争で夫を失った働く術を持たない女性達や、同じく戦争で体の一部を失い、戦う事が出来なくなった男達である。彼・彼女達の仕事は、孤児達の面倒を見る事だけではなく、里親を探すという仕事もある。
「それしかありませんかね……」
音羽は少し寂しそうに呟く。その視線の先は、御影の寝顔である。その表情を見た九峪は、音羽が子供が好きだという言葉を再認識し、何もいえなくなる。音羽は寂しいと思っているのだろう。両親が見つかるにしろ、孤児院に連れて行くにしろ、御影とは分かれることとなる。その時の事を想像すると、九峪はその時、自分がどうすればいいのか、自分がどう思うのか分からなかった。

****************

「ああ、ここにいたのか」
「うん?」
九峪が、声の方を振り向くと、脚を引きずりながら一人の男が向かってくる様子が九峪の目に映る。
「あんたは?」
九峪が、男に声をかける。
「私ですか? わたしは、この街の孤児院で保父をやっている者で花崗と言います。貴方たちは?」
「「孤児院!?」」
九峪と音羽が声を揃えて言う。
「ええ、そうですが……それがなにか?」
「ああ、いや、なんでもない。俺の名前は雅比古。こっちは音羽」
九峪に紹介されて、音羽は軽く頭を下げる。お互いの自己紹介が終わったのを確認し、九峪は話を続ける。
「それで、その子とはどういう関係なんだ? まぁ、なんとなく予想はつくけど」
別に予想外のことを期待しているわけじゃないけどなと、九峪は思いながら男に話を聞く。
「ええ。その子は、この街の養護施設で預かっている子供の一人なんです」
その答えは、九峪の予想していたとおりだった。しかし、それでは御影が言っていた言葉と辻褄が合わない。その事を九峪が言った。
「ふ〜ん。でも、この子は父親と母親とここで待ち合わせしているって言ってたぞ」
「ああ、それには事情がありまして……」
そこで、男は語りだした。

 御影の両親は、母親に関してはすでに亡くなっており、父親は狗根国に逆らって斬首された。その後、運良くとある一家に拾われて、そこで生活をしていた。その時、その家族と一緒に祀りに行き、迷子になったという。その時、泣いていた御影をその新しい両親は見つける事が出来、その時にまたはぐれた時は、此処で待ち合わせようと約束したらしい。

「それで、その新しい両親はどうなったんだ?」
「それが……」
そこで、孤児院男は言葉を濁した。
「なにか……あったのですか?」
音羽が不安そうに尋ねた。
「いえ、その父親の事に関してはわかるのです。私とは、同期でしたから」
「同期……とは?」
「ああ、復興軍に志願した時期です」

 そして、花崗は少しずつ語り始めた。今から6年程前に、西火向で同じように旗揚げをした一団が居たらしい。
そこで花崗と、新しい御影の父親の方がその一団に参加した。しかし、火魅子候補も居なければ王家の人間もおらず、その反乱は瞬く間に鎮圧されたという。その時、花崗と御影の新しい父親とはちりぢりに逃げ、そしてそれっきりあってないという。
 御影の新しい父親から、御影の新しい母親の事と実の子供がいること、それとは別に御影を引き取った事を聞かされていた花崗は、御影の新しい父親との再会を期待して、御影の新しい母親の居る村を尋ねたという。
しかし、そこに居たのは御影だけで、御影の新しい母親の姿もなければ、その実の子供の姿もなかったという。それだけではなく、その村には人一人いない廃村だった。御影に話を聞くも、どうも要領を得ず、花崗も何があったのかはわからないという。しかし、子供をそのままにしておくのも不憫だと想い、引き取った。
 その後、神の遣い率いる耶麻台国復興軍が起ち、花崗はそれに参戦した。しかし、当麻の街での攻防の時に負った怪我が原因で、戦う事の出来ない体になった。今は、復興軍の作った施設で、同じような花崗達と一緒に暮らしているということだった。


「この子が、もしかしたらここに居るかもしれないと思ってやってきたのですが、そこには誰も居なくて……それであちこち探したのですが、それでも見つからなかったので、もう最後にもう一度ここに来てみたのです」
「え!? ここに来てたの!?」
音羽が驚いて声をあげる。
「ええ、二度ほど……」
「ってマジか!? おいおっさん、何でこの人を引きとめてくれなかったんだよ」
九峪が、露天の店主に抗議する。
「あ〜、そげんこつ言われたかて(そんな事いわれても)『それらしい夫婦』やろ? どげんみ−しゃっても、そん人は一人じゃけん、あんたらのい−しゃってた人とてゃちがうばい(どこをどうみても、そこの旦那は一人で、あんたらの言ってた人とは違うと思ったんだよ) ばってん、わいはこん人は違う−おも−しゃったわけよ(だから、この人は違うと思ったわけだよ)」
「ああ、だけどよ。何度もこの場所に来たみたいだし、何かあると思わなかったのか?」
「おもわんかった(思わなかった)」
「……あっそ」
九峪は精神的に疲れた為にとても肩が重く感じた。
「と、ともかく、保護者が見つかったのでよいではありませんか」
音羽にとっては心境複雑だったが、九峪を励ますつもりで明るい声で話し掛ける。
「ま、それもそうか……」
九峪は、御影の両親を探す為に祀りの中を歩き回っていて、すでに疲れ果てていた為、かなり投げやりな感じで言った。
「いや〜、皆様にはご迷惑をかけたみたいで、ほんにすんませんでした」
花崗は頭を下げる。
「あ、いえいえ。おきになさらずに」
音羽もつられて頭を下げる。
「それでは、私はこの子を連れて帰ります。時間があったら、この子に会いに来てください」
花崗はそう言うと、寝ている御影を背に背負う。音羽はそれを手伝いながら、花崗の言葉に答える。
「ええ、今度是非に。ね、雅比古さん」
「えっ? おお、あ〜暇があったらな」
いきなり名前で呼ばれた九峪は、一瞬どきりとしながら言った。幼なじみの日魅子や学校の友達からは、普段は九峪と呼ばれているだけに、名前で呼ばれることになれていない。その為、名前で直接呼ばれるとドキリとしてしまう。
「それじゃ、これで」
そう言って、花崗は足を引きずりながら、人込みの雑踏へと消えていく。花崗に背負われた御影の小さな背中を、音羽と九峪は見えなくなるまでただ黙って見送るのだった。

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