慰 霊 祀


作・マサ様

※これは「慰霊祀」4部作のうちの第3部にあたるお話で、今回第1部、第2部のうち、この第3部「祀り当日」の話を書くために、必要だった設定のみ、あらすじとして載せておられるとのことです。詳しいことは「あとがき」をお読みください。

〔前編〕 〔中編〕 〔後編〕


******** あらすじ ********

 戦死者を伴う慰霊祀を、耶麻台国復興軍は執り行う事になった。
発案者は九峪である。きっかけは、街はずれの丘で出会った山師・小倉(おぐら)と、土岐との問答の中で思いついた。

 祀りの準備期間は一ヶ月。事前に街の住人や周辺の住人達、そして耶麻台国復興軍が解放した町など全てに告知し、同時に執り行う手はずになっている。
この祀りは九峪自身が重要視していると共に、死者を弔う行事は宗教的にも重要視される。その為、時期尚早という意見は出たものの、祀りを執り行う事を反対する者は居なかった。

 この時の会議で、一悶着があった。九峪が祀りの様子を遠くからではなく、間近で見たいと言い出したからだ。
もちろんこれにはみんな反対した。九峪に何かあっては困ると言うのと、監視や護衛の目を盗んで街はずれに言ったという前科があったためである。その時に、山師である小倉に出会い、慰霊祀を思いついたのだが………
 この時、九峪が居なくなった事で護衛役の清瑞は大いに焦った。いくら復興軍の勢いが強くなり、仕事の量が増えたからといって、本来の仕事を疎かにしてしまったと、強く自分を責めたて後悔したのだ。この時の清瑞は、全てにおいて九峪の捜索を優先した。休みもとらず、黙々と九峪を探しつづける様子は不気味であったが、清瑞自身、自分の心の中から溢れてくる自分でもわからない恐怖に突き動かされていたのだ。それは、九峪を失う事への喪失感と恐怖感であったのだが、彼女自身、その感情が何を自分にとって何を意味するのかわからなかった。
しかし、清瑞の懸命な捜索にもかかわらず、九峪を見つけることが出来なかったのだ。

 そして九峪が土岐と一緒に戻ってきた時、清瑞は泣き出してしまった。清瑞の泣き顔を見た九峪は、自分のしたことに罪悪感を覚えた。しかし、罪悪感を覚えたからといって、九峪が黙って宮殿に引きこもっているわけもなく、準備期間の間、ちょくちょく火魅子候補達を含む女の子達と遊びに出かけたりしていたのだが……

 そんな様々な出来事を踏まえ、ついに祀りの日を迎えた。祀りの期間は三日間である。

******** プロロ−グ ********

 時は祀りの前日に遡る。場所は、九峪の個室である。物語は、九峪が清瑞を自分の部屋に呼んで、祀りに行きたい事を告げたところから始まる。

「というわけで、祀りに行きたいんだ」
「なにが、『というわけ』なのだ? 駄目に決まっているだろう。 貴様は、まだ分かっていないのか!? いい加減に総大将としての自覚をもて!!」
九峪の説得(?)空しく、あっさりと清瑞に九峪の要望は却下された。
「なぁ、いいじゃないか。俺はこの日を楽しみにしてきたんだし」
「今まで私の目を盗んでは十分に楽しんでいたようだが」
「ギクゥ!!」
清瑞の冷たい視線に、九峪は冷や汗を背中に感じながら弁解する。
「た、楽しんでいたわけじゃないぞ。人心掌握の為に、祀りの準備をしている九洲の民の反応を知る必要があったんだ」
「そんなものは、私や嵩虎殿からの報告で十分だったはずだ」
「いやいや、こういうのは自分の目で確かめなければ」
九峪のこの言葉に、清瑞の目が細くなる。
「ほう、そこまで言うならそれなりの理由があるのだろう。私や嵩虎殿の報告では、不十分であると申す神の遣い様の深遠なる思慮をお聞かせ願いたい」
清瑞のあまりに皮肉の篭った言葉に、九峪は苦笑する。
(なんでこんなに過保護にされなきゃならないんだ!? はっきり言って、狗根国の連中から俺個人を狙った刺客なんて…………あ〜二・三回くらいあったきがするけど……ここ最近はないから大丈夫だろ)
九峪は、物事を自分の都合の良い風に解釈して言った。
「それはだな。政と言うのは、常に民の視点で民の事を考えると同時に、施政者としての視点でも考えなければならないわけだ」
「ほう。貴様にしてはまともな事を言うな。しかし、それでも我々の報告で十分なはずだが」
「いやいや、そういう考えが危険なんだ。報告を受けて『知った』というのと、自分の目で見て『感じた』というのは、全然違うんだ。つまり、俺は民の心を感じる為に、祀りに出かける必要性を実感しているわけだな、うん」
あまりの九峪の言葉に、清瑞は呆れてしまう。すでに九峪との付き合いが長い清瑞には、九峪が単に祀りに行きたい口実を作っているだけと言う事を見抜いているのである。清瑞は、目を伏せて苦笑しながら言った。
「ご大層な理由を作っても、駄目な物は駄目だ。我々の報告で民の心を感じ取れ」
「んな事できるか!!」
清瑞の無茶な要求に、九峪が突っ込む。仕方なく、清瑞は九峪の考えている事を言い当てる事にした。
「貴様がただ単に祀りに行きたいのは見え見えなのだ!! 大人しく、宮殿にいろ。この祀りで宮殿の警備がどうしても手薄になってしまうんだ」
これは、祀りを行う為に、近くの村から祀りに参加する者達が集まってくる為、街の門は開かれている。その為、多くの人間が容易に出入りできるのである。人流を円滑にする為に、どうしても交通整理に、人員を割かねばならないからである。
「手薄になるなら、かえって宮殿に居ない方が安全だな。うん、そういうわけで祀りの日は、俺は宮殿に居ない事にするよ」
「なっ!? 馬鹿な事を言うな!!」
「だって、宮殿は手薄で危険みたいなこと言ったじゃん。宮殿に居るのがわかっている俺を狙うより、何処に居るか分からないところに居た方が、かえって安全だって」
九峪はどうだと言わんばかりに自身を込めて言う。しかし、清瑞も護衛役として譲るわけにも行かない。
「……いや、貴様は何処に居ても目立つから、そんな理屈は通用せん!!」
この言葉に、九峪はさすがに呆れてつぶやく。
「その理屈の方がわけわかんねぇ……」
乱破である清瑞には、その呟きを聞き逃さない。キッと眉を吊り上げて言った。
「ともかく、駄目な物は駄目だ!!」
さすがに堕ちそうもないと思った九峪は、別の手段を考える。
(う〜ん、ともかく俺の安全が保証できればいいわけだろ……そうだ!!)
「だったら、お前も一緒に来ればいいじゃねーか。だったらお前も安心だろ」
この申し出に、清瑞の頬がさっと赤くなる。
「この馬鹿者が!!」
そう言って、清瑞は九峪の前から一瞬にして消える。
(って、なんで怒鳴られなきゃなんねーんだ? しかも、顔を真っ赤にするほど怒るような事、俺言ったか?)
九峪は、清瑞が顔を赤くなった理由が、彼女を怒らせたからと勘違いするのだった。


 結局、清瑞の説得を諦めた九峪は、他の手段に出ることにした。
(つまり、護衛と称して、誰か女の子を誘えばいいわけじゃん。俺って冴えてるな)
などと妄想しながら、女の子たちに祀りの日の予定を聞いて回っている所である。しかし、残念ながら火魅子候補の多くは他の街に行っており、今この街に居る火魅子候補は志野だけである。
他の火魅子候補が街に居ないのは、この各方面の慰霊祀を執り行うのが彼女達だからである。死者を弔うこの行事は、彼女たちにとっては遊びではなく、王家の人間として大切な仕事なのだ。その為、彼女達は九峪と一緒に祀りを楽しむ余裕などなく、他の女の子達も、彼女たちの手伝いで忙しくて、なかなか捕まらなかった。


******** 慰霊祀:当日 ********


「だぁぁぁぁ、なんでなんだよ!!」
九峪は、この数日間女の子を誘おうと奔走したが、捕まらないまま祀り当日になった。
「あ〜ら、九峪様。なんなら、私がお付き合いしましょうか? いい夢見させてあげますよ」
「ああ、そうだな。この際、男といい感じに祀りを楽しんで……」
「そうそう。そして祀りの終わりには、二人っきりの甘い時間を一緒に過ごしましょう」
「そうだな。開き直って、そう言う生き方をしてみるのも人生勉強なわけあるかー!!」
そう言って、九峪は声の主である寝太郎に、どつきをかまして逃げ出す。
「痛いし酷いし、ナイスボケだわ九峪様!!でも女性はやさしく扱うものよー」
そんな寝太郎の声を背中から感じながら、九峪は叫ぶ。
「お前は男だろー!! わーん」
律儀に突っ込みを入れながら、九峪は走る。

ドカァ

九峪は曲がり角を曲がってきた人物とぶつかった。
「あいたたたた……」
「痛たた……あれ? 九峪様、大丈夫ですか?」
「あれ、音羽? どうしてここに?」
ぶつかった相手は音羽であった。
「そんなことより、そんなに慌てていかがなされました?」
「あ、ああ。ちょっと寝太郎に誘われて……」
「はぁ……夢狐殿と?」
「あ、いや、なんでもない」
九峪はばつが悪くなって言葉を濁す。男色の趣味があると思われてはたまらないからだった。
「そ、そんな事より音羽。戻ってきてたのか?」
「あ、はい。先ほど戻ってきたばかりです。その報告にお伺いする所でした」
「え、ああ。新兵の訓練だっけ?」
そう言って、九峪は音羽の最近の仕事を思い出す。耶麻台国復興軍総大将である以上、武将達の仕事内容は一応把握する事を要求される。
「はい。まだ訓練途中ですが、人員不足の為に、各方面に整備の為に配属し終えました」
「訓練途中で?」
音羽の言葉に、九峪は言葉を濁す。
「はい。 今回の祀りで、街の警備に割く人員が不足していると報告がありましたので、それで訓練を途中で切り上げて、各方面に新兵を配属し終えて戻ってきた所です」
「ああ、なんかそんな事言っていたような……」
最近の九峪の行動は、女の子を誘う事に忙しく、本来の仕事をすっかりと忘れていたのだった。
「っていうことは、音羽はこれから何か予定ある?」
「予定……ですか? ええ、九峪様の身辺護衛の仕事がございますが…」
「よし!! んじゃ、さっそく祀りに行こう!!」
「は、はぁ?」
あまりに突飛過ぎて、音羽は情けない声をあげる。
「だからぁ、祀りだよ祀り」
「駄目でございます」
音羽はキッパリといった。
「なんでだよ。いいじゃん、行こうぜ」
「駄目です。何処に九峪様を狙う狗根国の刺客が潜んでいるのか、わからないのですよ」
「大丈夫だって。ほら、それに居場所がわかった相手を狙うよりは、居場所のわからない相手を狙う方が難しいだろ。こっちだって移動しているわけだしさ。音羽が護衛についてくれれば安心さ」
「そ、しかし……そう申されても……」
九峪の理屈に、音羽は口篭もる。もし、この場に嵩虎が居れば、こう言っただろう
「そうは申されましても、もし相手に居場所を突き止められた時は御終いですな。何しろ味方にすら居所がわからないのではこちらからでは対処できませんゆえ」
しかし、それを指摘できるほど音羽は知略的でもなければ、知性的でもない。
「そういうわけで、早速いこうぜ」
九峪は無理やり音羽をつれて、宮殿の外へと向かう。
「え、あ、ええ!?」
結局の所、音羽はなすすべなく九峪の後についていくのだった。

 こうして二人は、慰霊祀の執り行われている街中へと繰り出すのだった。

「なぁ音羽、あれなんだ」
九峪が指差したのは、亀の甲羅である。
「あれは、亀の甲羅でございます」
「なんで、あんな物が露天に並べられているんだ?」
現代人の九峪には、どうしてそんな物が露店に並べられているのか不思議でならない。
「甲羅によって様々ですが、基本的にはお守りです」
「へぇ、変なの」

 この世界の祀りが珍しい九峪は、音羽にいろいろ聞いて回って楽しんでいた。しかし、倭人には珍しい大女である音羽と異世界人である九峪の服装は、歩く者の目を引き、何でも珍しがっている九峪の言動は、周りの注意を引いてしまうのだった。
それを感じている音羽には、素直に九峪と一緒に祀りを楽しむよりも、気恥ずかしさと、いつ刺客に九峪が狙われるかもしれないという緊張感で、胃が痛くなる思いをしていた。
 しかし音羽は、九峪に自分たちが注目の的になっていることを言う事が出来なかった。あまりに子供っぽく、神の遣いとしての自覚のない九峪の態度に、何も言えず(その勇気もなく)苦笑してしまう反面、九峪の無邪気な笑顔に顔をほころばせてしまっていたのだった。
ある意味、音羽も祀りを楽しんでいるのかもしれない。

「うぉぉぉ、なんだあれ? 変なの〜。なぁ音羽。あれってなんだ? って、音羽?」
九峪は音羽からの返事がないので、不審に思って音羽のいると思われる方を向く。そこには音羽が居たが、彼女は明後日の方を見ていた。
「お〜い、音羽さん〜。聞こえてますか?もしも〜し」
九峪は何度か呼んで見るも、音羽は明後日の方を向いたままだ。九峪も音羽が何を見ているのか気になり、彼女の向いている方向に目線を向ける。そこには祀りを楽しんでいる恋人が居た。
「………」
「……生きていくのはそう難しくないのかもしれない。だけど、幸せになるのは難しい。そして一人では幸せにはなれない。音羽はこの戦いの先に何を見ているんだ? あの二人のように、誰かと共に生きることを望むのか?(ふ、きまった)」
「………」
九峪の会心のセリフに対しても、音羽は何も答えずにずっと恋人達を見ている。
「返事がない、ただの屍のようだ………って、んなわけないない。ということでおーい、音羽さん〜。そろそろ戻ってきてくれないと、ちょっと寂しいんですけど。精神的に……」
「あ、はい。なんでしょう?」
音羽はようやく九峪のほうを振り向く。
「さっきからなに見てたんだ? そこにいるカップルを見ていたようだが……」
「か、ガップル? ああ、がっつくん。がっつ君とは誰のことですか?」
「………俺が悪いのか……取り合えずナイスボケ」
「はぁ?」
音羽は何がなんだかわからないと言った表情をする。
「そこにいる恋人達を見ていただろ? 何か思うことでもあったんじゃないのか?」
「恋人達?」
そう言って音羽は自分の見ていた方向を見る。そして小さくあっと声をだし、今度は顔を真っ赤にして俯いた。
音羽の、普段からあまり考えにくい表情と仕草に、九峪は一瞬ドキリと胸を高鳴らせた。
「一体どうしたんだ?」
「あ、いえ、なんでもありません。それと………」
ここで音羽は俯いていた顔を上げる。
「私が見ていたのは、あの恋人たちではなくて……その……その向こう側にいる子供です」
「子供?」
そういわれて、九峪は音羽が先ほどまで見ていた方向をもう一度見る。
「ああ、あれか」
例の恋人たちの更に向こう側に、一人ポツンと立ちすくんでいる子供が目に入った。子供と言うよりは、幼子と言った方がしっくりくる位の外見と容姿を持ったその子供は、まるで誰かを待っているのか、周りを歩いている人達に顔をキョロキョロと動かしながらしきりに気にているようだった。
「音羽、あの子供がどうかしたのか?」
「あ、いえ、その……なんとなく気になりまして」
音羽も再びその子供を見る。
「……ああゆう子が好みなのか? さすがに年が離れすぎていると思うんだが……」
「え、ええ!?」
九峪の勘違いした言葉に、音羽は驚く。
「いや、恋愛に年齢は関係ないというのが俺の世界での通説なんだが……、さすがにあれはやばいだろ。藤那と閑谷の年の差でさえ、いっぱいいっぱいだと思うぞ」
「………(ジトー)……」
「や、ごめん。俺が悪かった。―――――それで、一体あの子がどうしたんだ?」
九峪はすばやく謝りすぐさま話題を変える。音羽は多少納得できない様子だったが、すぐに真顔に戻って言った。
「あの子……ずっとあそこにいるんですよ」
一人ポツンと佇んで、誰かを待っているような、それでいて誰かを探すように通り過ぎる人を眺めている子供に、音羽は興味が出たようだった。別に目立つような行動をしていたわけではないが、子供が好きな音羽の目には留まったのだ。
「それでですね。その……あの………気になりませんか?」
気になりませんかと聞かれた九峪は苦笑した。つまり、音羽はあの子が気になってしょうがないと言う事であり、同意を求めている言葉の裏には、気になるのでどうにかしたい、して欲しいと言う意思の現われでもある。
「気になるんだったら、話を聞いてみればいいじゃないか」
「あ、いえ、その……しかし……」
自分は護衛の仕事がある為、私情を優先する事は生真面目な音羽には出来ない。だからこそ、九峪に同意を求めたともいえる。
「いいよ。俺に気にせずに話し聞いてこいよ」
「あ、その……よろしいのですか?」
なかなか煮え切らない音羽に、九峪は多少芝居がかった言い回しをした。
「あ〜、もう!! 俺も気になるなー。とっても気になるなー。だから音羽、聞いてきてくれ」
その言葉を聞いた音羽は、顔を輝かせて九峪に一礼をし、その子供の元に歩み寄っていく。その後姿を見ながら九峪は、頭をぽりぽりと掻きながらゆっくりと後を追った。

***********

「どうしたの?」
音羽がその子供に声をかける。女性とはいえ、いきなり大柄な音羽に声をかけられ、その子供はびくっと肩を震わす。その子供に威圧感を与えてしまったと感じた音羽は、慌ててしまう。
「あ、う、ええっと。そんなに怖がらなくてもいいのよ」
音羽はできるだけ優しく、できるだけ子供をおびえさせないように、顔の位置をその子に目線より下にくるように、腰をかがめる。子供は、音羽を見下ろすような形になる。そうすれば、子供を落ち着くと思ったからだった。
「(ここは、音羽に任せよう)」
九峪はそう思い、何も言わずにその様子を眺めている。九峪は子供が好きという訳でもなく、また嫌いと言うわけでもない。しかし、面倒な事を極端に嫌う為、音羽の様子と子供の様子を見るだけに留まっているのである。
「それよりも、さっきからずっと此処にいるわね。どうしたの?」
その言葉に、子供は恐る恐る答える。
「おっとぅと、おっかぁを探してるんだ」
「待ち合わせでもしたの?」
此処でずっと待っているということは、両親と待ち合わせをしているのだろうと思いながら、音羽はその子供に尋ねてみた。
「前も、一緒に祀りに行った時もはぐれたんだ。その時、おっとぅとおっかぁは、もしはぐれたらここにいなさいって。そしたら迎えに来るって言ったんだ」
子供は泣かずに涙を堪えながら言った。
「(一人でずっと待ってたんですもの。寂しかったんでしょうね)」
子供の涙を堪える仕草を見て、音羽はそんな風に思った。そんな子供の健気な態度に、音羽は何とかしてあげたいと言う気持ちが沸き起こる。
「だからおいら、ずっと待ってるんだ。此処にいれば、きっとおっとうとおっかあがやってくるって」
子供は、歯を食いしばり拳を握りしめている。両親に会えない不安さからなのか、時折肩が小刻みに震えている。その様子に、音羽の心は、『何とかしてあげたい』と言う気持ちで大きく揺れ動いてしまう。
しかし、音羽には九峪の護衛と言う仕事がある為、この子の両親を探してあげる事が出来ない。
「九峪様、あの……その、」
音羽は言いにくそうに、九峪の方を見て言う。九峪は、音羽の『護衛そっちのけで、子供の両親を探したいオ−ラ』に苦笑しながら言った。
「ああ、わかったよ。その子の両親を探したいんだろ」
音羽の表情から、音羽がこの子供を何とかしてやりたいと言う気持ちは良く分かるし、ずっと一人で寂しさに涙を流すことなく、悲しさに絶えながら両親を待ちつづけている子供を、そのままにして置けるほど九峪は非情ではなかった。
「あ、いえ、そういうわけでは」
九峪の言葉を音羽は否定しそうになる。実際九峪の言う通りなのだが、音羽はまるで自分が催促したような気がして、言いよどんでしまう。
「ないって言うのか?」
意地悪をしたいわけではないが、音羽の表情を見ていたら九峪は無意識に意地悪がしたくなり、九峪の言動は自然と意地悪なものになってしまった。
「いえ、探したいです」
「はぁ……俺の護衛は?」
「!! ……そ、そうですよね。私には九峪様の護衛と言う仕事がありますし」
音羽はがっくりと肩を落とし、縮こまってしまった。そのあまりの落胆振りに、九峪は罪悪感を覚えながら言った。
「別にいいよ」
「は?」
音羽は顔を上げて、思わず聞き返す。
「いや、だからその子の両親を探してもいいよって、言ったんだよ」
「本当ですか!?」
音羽は顔をほころばせて言った。
「ああ、っていうか、ダメだといっても探すって、顔にそう書いてあるし、探さないなら探さないで、気になって仕方ないだろ? 音羽の場合さ」
「えっ? えっ?」
あまりに音羽の心情を見透かしたかのような言葉に、音羽は混乱してしまう。その様子に、幸先の不安を感じながら九峪は言った。
「それで、何処を探すんだ? あの子の両親と行き違いになったら馬鹿だぜ」
「えっと……何処を探しましょう?」
音羽は探し出す気満々だったが、やる気だけだったようだ。
「おいおい、気持ちだけでどうにかなるほど、簡単じゃないぞ」
九峪は、祀りの為に集まった人だかりを眺めながら言った。
「ここは一つ、九峪様の深謀遠慮な知恵で一つ」
いきなり神頼みに走った音羽に、九峪は苦笑しながら言う。
「はぁ? そんなこと言われてもなぁ……人探しと計略は違うぜ」
「ああ、やっぱり……」
音羽の言動から、ダメ元で聞いたみたいである。それでも、言動に落胆の色を感じるのは、やはり九峪の知恵をあてにしていたのかもしれない。
その光景を見た子供は不安そうになる。
「おねえちゃん、おっとぅとおっかぁは見つからないの?」
音羽は慌てて、子供に言った。
「そんな事はない。みつかるわよ」
何とか励まそうとするが、結果が現れない事には意味がない。
「どうしましょう?」
音羽も困った様子で九峪に再び尋ねる。九峪は少し考えてから言った。
「なぁ、あのおっさんはここで露店を開いているんだろ。だったら、今日一日はずっとあそこにいあるわけだし、おっさんにこいつの両親らしき人物がいたら、ここで待ってもらってたらどうだ?」
「おお、それは良い考えですね。さすがは九峪様」
「まぁ、このくらい朝飯前だって」
別に、起死回生の案というほどのものでもないのだが、やはり誉められると嬉しいのか、九峪の言動には何処となく嬉しそうな感じがある。

 そうと決まれば、音羽と九峪は、子供をつれて露店の主人に頼みに行く。
「へいらっしゃい。ご両人、親子で祀りかいね?」
九峪たちを見た店主は、見た印象を口に出して言った。もちろん誤解なのだが……
「え、いや、私達はそうじゃなくて……この子は迷子の子供で、この方は私の上司に」
「上司?」
店の店主が聞き返す。
「ああ−!!違う違う。ただの友達同士だよ」
すかさず、九峪が口をはさむ。
「ええ、友達同士です」
九峪がそういうならと思い、音羽も友達同士であることを肯定する。
「へぇ、とてもそぎゃん感じはせんかったけどなぁ………(そんな風にはみえなかったけどなぁ)まぁ、そぎゃんこつ言うちゅ−事は、なんかわけありね?、その年のわっかいもんが二人っきりで祀りば楽しんで、ただの友達なわけなか思うばってん。ま、なにかこうしゃって(買って)くれれば、わいはそれでええわけやけど」
店の店主は、とても分かりやすい交渉をする。つまり、何か買うなら何も言わないし追求もしないと言う事である。
「ああ、わかったわかった。買うよ」
九峪は三人分の芋飴の代金を、内ポケットの中に入れてある巾着袋から銅版を数枚取り出して渡す。この銅版は、この時代の通貨の一つとして利用されている物である。購入した芋飴の一つを子供に渡し、一つを音羽にわたす。渡し終わった九峪は、再び店の主人の方を向いて言った。
「それで、ちょっと頼みたい事があるんだけど、この子が両親とはぐれた時は、そこで待ち合わせをするって言う話らしいのだけど、ぜんぜん両親が現れないみたいなんだ。だから、俺たちはこの子と両親を探しにいこうと思ってる。だから、この子の両親らしい人が万一来たら、待ってもらうように言ってくれ。俺達は、一刻(一時間)ごとに様子を見に戻るからさ」
九峪は、用件をまとめてざっと店の店主に言う。
「そのくらい、お安い御用ばい」
店の店主は、快く九峪の頼みを聞き入れた。
「それじゃよろしく頼むよ。んじゃ、探しにいくか」
「はい」
九峪の言葉に、音羽は返事をして答え、子供は頷く。
「あ、そういえば……まだこの子の名前を聞いてなかったな」
「そういわれてみれば……」
音羽は、九峪に指摘されて初めて気がつく。
「おい。俺の名前は雅比古。こっちが音羽だ。お前の名前は?」
九峪はまず自分が名乗ってから、子供に尋ねる。
「おいらの名前は、御影」
「御影(みかげ)か……よろしくな」
「うん」
こうしては、二人は子供の両親を探しに出かけるのだった。

中編へ