少年が膝を抱えてうずくまっている。
 顔を腕にくっつけ表情はうかがえない。
 夕日で赤く染まった中学校の屋上。
 太陽に背を向け、手すりにすがっている。
「やっぱり、ここにいたんだ」
 茶色みがかった長い髪の少女が少年に近づいてくる。
 かけられた声に少年の身体がピクッと反応する。
「……日魅子か」
 少年の声は震えていた。
 少女は首をかしげる。
「どうしたの、……もしかして泣いてるの?」
 少年の手が震える。
「うるさい」
「中学生にもなって、一度負けたくらいでなにいじけてんのよ」
「うるさい、うるさい」
 声が荒くなる。
「九峪の弱虫ー」
 少女が階段のほうへと走っていった。
 だれもいなくなった屋上に少年のぐずる声だけが響く。
 少年は右手で左肩をきつくつかむ。
「くそ、くそー」
 

 左肩に鋭い痛みが走り、目が覚める。
 上半身を起こし、左肩を軽くもむ。
 痛みはなかった。
「寝ぼけたかな」
 立ち上がり部屋の外に出る。
 早朝の清涼な空気が満ちている。
 二回深呼吸して肺の中の空気を入れ替える。
「いまさらホームシックもないだろうにな」
 東の空は白くなっていた。




  火奈久城攻略戦


                                     作・ゴーアル様





 ここは海老乃城。
 三ヶ月前に、復興軍により解放された街である。
 狗根国の圧政に抑圧されていた反動で、街中が沸き立っていた。二週間前に復興軍が凱旋してきて、街の人口が増えたため、特需目当てで近隣から人が集まっていた。
 市には人が多く集まり、付近の村や里からやってきた人たちが野菜や肉を売っている。
 道の端にござを引いてその上に品物を置き、客を引き止める。
 売る人がいれば買う人もいる。
 この時代、売買は物々交換が主流であった。
 市場の中は荷物の入った籠を背負った人であふれている。
 買い物をするだけで一苦労である。
「みんな充実してるって感じだな」
 周りの人たちとは明らかに異なった服を着た青年がつぶやく。
 麻でも毛皮でもない、青色の服だ。
 青年は肉を売っている中年の男の前で立ち止まる。
 中年の男は青年の奇妙な服に一瞬、戸惑うが、とりあえず声をかける。
「いい鹿肉があるよ、買って行かんかね」
「お、うまそうだね」
 青年は膝を曲げて、並べてある肉を見比べる。
「兄ちゃん、見る目があるね。今ならこのいのししの肉もつけるよ」
「そりゃお買い得だな。それにしてもけっこうな量の肉だけど、これ全部おっちゃんがとったの?」
「おうよ、これでもうちの里じゃあ一番の狩人よ」
「へえ、最近は獲物の数とかはどうなの?」
「まあまあかな。獲物の数はここ数年変わっちゃいねえ。けど、狗根国のやつらがこの街から逃げていったからな。商売がやりやすくなって少しは暮らしもよくなるかもなあ」
「そっか、そうなったらいいよな」
 青年は満足げな笑みを浮かべる。
「こら」
 青年の肩がつかまれる。
 ふりかえるとそこにいたのはまず美女といってよい女性だった。
 つややかな髪に、服の上からでも見て取れるプロポーション。
「なんだ、清瑞か」
「ちょっとこっちに来い」
 青年は路地裏の方に引っ張られていく。
 あとに残された中年の男は呆然とその光景を見ていた。
 路地裏に引き込まれたところで青年は手を振り解いた。
「いったいどうしたんだよ」
 楽しんでたところだったのにと残念に思う青年を、清瑞はにらみつける。
「九峪、わたしはたしかに言ったよな」
「ん?」
「勝手にうろちょろするなと」
 いつもの二割り増しの冷たい視線が九峪を貫く。
「うろちょろなんかしてないだろ。ただ店で品物を見ていただけだ。実際に話してみないと住民が何を考えているのかなんてわからないだろ」
「別に話してはならないとは言っていない。わたしの側から離れるなと言っているんだ。おまえには総大将としての自覚がないのか。さっきも少し目を離したすきに消えていたし」
「一応、総大将としての責任ってことで街を見て回ってるんだが。それに、さっきのはおまえが装飾品店で気をとられているからじゃないか」
 九峪の背筋に悪寒が走る。
 清瑞の迫力が二割り増しが五割り増しにアップしていた。
「いや、なんでもない」
 九峪があとずさる。
 清瑞は顔をそらしつぶやく。
「ふん、気づいているのなら指輪を買ってくれるとかそういう気遣いはないのか」
「なんか言ったか」
「うるさい。で、どこに行く気だ」
 清瑞が視線を元に戻したとき、九峪はすでに歩き出そうとしていた。
「このまま市にいたらまた文句を言われそうだし、……そうだ、川にでもいってみるか」
「何っ、城壁からでることはならんぞ」
 清瑞が声を荒げるが、九峪は取り合わない。
「川なら子供たちもいるだろうし」
「こらっ、話を聞け」
「街の人たちの声を聞くためには、より身近なところに行くべきだよな」
 九峪は城門の方へと歩いていく。
 清瑞は護衛として離れるわけにもいかず、文句を言いながら後を追った。




「風が涼しくて気持ちいいなあ」
「確かにな」
 九峪と清瑞の目の前には川が流れている。
 日の光を反射してキラキラと輝く。
 川の中では子供たちが泳いでおり、川辺では子供たちの母親たちが洗濯をしている。
 干してある洗濯物が風で揺れている。
「さて、混ぜてもらおうか」
「本気なのか」
「当然」
「今日は午後から軍議があるのだぞ」
「気分転換、気分転換」
 九峪は上着を脱ぎ、上半身裸になる。
「こ、こら」
「川遊びはできるだけ身軽じゃないとな。んじゃこれ頼むな」
 清瑞に服を渡す。
「なんでおまえの荷物もちをしなければならないのだ」
「じゃ、いっしょに遊ぶか? でも、その服だとたぶん透けるぞ」
 今日はいつもの乱波装束ではなく、目立たないような白い薄手の服を着ていた。
 清瑞の頬が赤くなる。
「バ、バカ、とっとと行け」
 こいつもかわいらしいところがあるよなと感心しながら、九峪は子供たちの方に走っていく。
「お〜い」
 九峪が声をかけると頭を丸刈りにした男の子が振り向く。
「なあにお兄ちゃん」
「ちょっと仲間に入れてくれるか」
「ぼくらと遊びたいの?」
「ああ」
「ふ〜ん、みんなー」
 子供たちが集まってくる。
 どうやら丸刈りの子がリーダー格なのだと、九峪は見当をつけた。
 輪になって話し始める。
「このお兄ちゃんがぼくらといっしょに遊びたいんだって」
「別にいいんじゃない」
「でも、危ない人かもよ。変態かも」
「こんな堂々とした変態いないんじゃない」
「いやいや堂々としているやつが危ないんだって」
「ほら、あの目を見てみろよ。なんかいやらしそうだぜ」
 子供というのは無邪気なだけに手加減なしに急所をつく。
 ひそひそと話しているつもりのようだが、九峪の耳には全部聞こえていた。
「ほら、二週間前の祭りでの人形劇でどうどうと変態行為を働く鬼畜の話をしてたじゃない」
「ああ、権力をかさに来て部下にいやらしい行為をするってやつだろ」
「最低よねー」
 二週間前の祭りと言えば、復興軍が海老乃城に凱旋したときに催されたものだ。その祭りで人形劇をしたものなどひとりしかいない。
 絶対に泣かすと、九峪は誓いを立てる。
「あの劇の男は最低なのは同感だけど、このお兄ちゃんはどうなのかな」
 みんなでうなり始める。
「あの、みんな、仲間に入れてくれるのかな」
 九峪がおずおずと声をかける。
 子供たちは輪をといて九峪をじっと見つめる。
「お兄ちゃん、変態?」
「変態なんかじゃない」
「本当に?」
「うんうん」
 なんでこんなに苦労しなくちゃならないんだろうと悩みながら、必死に身の潔白を主張する。
 丸刈りの少年が一歩前に出る。
「ぼくはお兄ちゃんを仲間に入れてあげてもいいと思う」
「そうか、ありがとう」
 九峪は信じてもらえたと思って、心の底から喜ぶ。
「でも変態かもしれないよ」
 子供たちの一人が警戒を緩めずに言う。
「大丈夫だよ。だって、あのお姉さんが見張ってるみたいだから」
 丸刈りの少年が指をさす。
 その先には九峪の服を抱えている清瑞がいた。
 九峪が問題を起こさないようじっとにらみつけている。
「そっか、女の尻に敷かれている変態なんていないもんね」
 子供の容赦ない発言に九峪は肩を落とす。
「じゃあ、お兄ちゃん、仲間に入れてあげるよ」
「……ああ、ありがと」



 清瑞は子供たちが遊んでいるところから少し離れた川辺に座っていた。
 九峪の上着を頭にかけ日よけにしている。
 自分はいったいなにをしているのだろうと、清瑞は考えてみる。
 答えは決まっている護衛だ。
 しかし、当の護衛対象は川の中で子供たちと水を掛け合って遊んでいる。
 九峪に気分転換が必要だと言うことはわかる。
 総大将の仕事はまさに激務だ。
 護衛として、副官として側にいることが多い清瑞は、九峪がどれだけ苦労しているか熟知している。
 たまにはこうして復興軍とはかかわりのないところですごしたいという気持ちも分からないではない。
 だが、もう少し威厳とか風格を求めてはいけないのだろうか。
 悩みの種は大人げもなく、本気で水をかけて子供たちを追い回している。
 あれではただのガキではないか。
 九峪は声を上げて楽しげに笑っている。
 復興軍にいるときの笑顔とは少し違っているように感じた。
「ふん、精神年齢がちょうど合うのだろうな」
 後ろから誰かが近づいてくる。
 足音から女性だと判断する。
「こんにちわ、いい天気ね」
 清瑞は後ろを振り向いて、軽く頭を下げる。
 女性は洗濯物を入れた籠を抱えていた。
「何してるの?」
 清瑞の無愛想な態度にも物怖じする様子はない。
「洗濯物を干しているわけじゃないわよねえ」
 女性は清瑞がかぶっている九峪の上着を見る。
「あら、この服、もしかしてうちの子たちと遊んでいる人の」
 子供たちの方に目を移す。
 九峪は子供たちの逆襲にあって逃げ出していた。
「そうだ」
「そうなの」
 女性は籠を地面に置いて清瑞の隣に腰を下ろす。
 清瑞は急に居心地が悪くなった。
 人が近くにいるのはあまりすきではない。
「子供たちも楽しんでいるみたいだし、いい人みたいね」
 清瑞は答えない。
 はやくどこかに行って欲しかった。
「新婚さんなの?」
 思考がとまった。
「子供好きみたいだし、いいお父さんになってくれそうね」
「ち、ちがう」
 なんでいきなりそんな話になるのか理解できなかった。
 女性が不思議そうに答える。
「だって、ずっと彼を見つめてるじゃない」
「何か問題を起こさないか見張っているだけだ」
「でも、つきあってはいるんでしょ」
「それもない」
「ふ〜ん」
 女性が納得していないのは明らかだった。
 別にこの女が納得しようがしまいが問題ない。しかし、誤解をはらさずにはおれなかった。
「つ、つまりだ……」
「あら」
 女性が急に立ち上がる。
「どうした?」
「わたしの子がいない」
「何っ」
 子供たちのほうに目をやる。
 川の中央を指差して騒いでいる。
「ゆうちゃんっ」
 少女が川下へと流されていた。
 ここ最近、雨は降っておらず増水もしていない。
 流れもそれほど速くはないが、子供が流されるのには十分だったらしい。
「まずい」
 少女を助けようと立ち上がると同時に走り出す。
 川の中に入り泳ぎだそうとしたとき、ものすごい速さで少女に近づいていく男を発見した。
 両手を交互に前に突き出すという見たことがない泳ぎ方をしている。
 あっという間に少女に追いつく。
 少女を後ろから抱きかかえる。
 無理に流れに逆らわずゆっくりと確実に岸へと近づいてく。
 男の顔が見えた。
 清瑞はすぐに岸に上がり、下流の方へと駆け出した。
 少女を抱えた男はかなり流されて岸に上がった。
 男は少女の頬を軽く叩く。
「九峪」
 清瑞が追いつく。
「その子は大丈夫か」
「少し水を飲んだみたいだけど、息もしてるし大丈夫だろう」
「そうか」
 清瑞はほっと一息つくと、九峪の身体を観察する。
 怪我はなかったが、気にかかるものが目に留まった。
「九峪、その左肩の傷跡はなんだ?」
「傷跡?」
 九峪は右手で左肩をさする。
「ああ、何か鋭利な刃物で切られたような傷跡だ。うっすらとだが間違いない」
 普通の人間には見えないだろうがなと、清瑞は心の中で付け加える。
「……もう消えていると思ってたんだがな」
「何、どういうことだ」
 清瑞が問い詰めようとしたとき、少女の母親が走ってきた。
「ゆうちゃん、ゆうちゃん」
 娘の横にひざを着いて、手を娘の顔に当てる。
 母親の声が聞こえたのか、少女がゆっくりと目を開けた。
「お母さん」
 母親はしっかりと娘の身体を抱きしめた。
 二人とも泣いている。
 九峪は少女の意識がはっきりしていることを確かめ、立ち上がる。
「よかったな」
「ああ、……ところで、九峪、さっきの話だが」
 九峪が清瑞の方に目をやり、驚いたような顔をする。
「どうした?」
「清瑞、おまえ川に入ったのか」
「そうだが?」
「透けてるぞ」
 清瑞がハッとして、自分の服を見る。
 薄手の白い布地は水を吸って肌に張り付いている。
 ぴったりとくっついた服は清瑞の身体のラインをはっきりとさせ、肌を隠すと言う役目を半ば放棄していた。
 清瑞の身体がわなわなと震える。
 九峪の腕をつかむ。
「このドスケベがー」
 気合をこめて、背負い投げの要領で放り投げる。
 九峪の身体が大きな放物線を描く。


 川の中央に大きな水柱がたった。



 
「本当にありがとうございました」
「当然のことをしただけです」
 母親の礼に九峪が答える。
 九峪が川の中へ瞬間移動したあと、清瑞は母親から服を借り着替えていた。
 少女も元気を取り戻し、母親の隣に立っている。
 九峪は膝を曲げ、少女と目の高さを合わせる。
「ゆうちゃん、川で遊ぶときには気をつけるんだよ」
「うん」
「よし、いい返事だ」
 少女の頭をクシャクシャッとなで、膝を伸ばす。
「それじゃあ、おれたちは用事があるので」
「そうですか」
 母親がすっと九峪との距離を詰める。
「神の遣い様もお気をつけください」
「えっ、どうして分かったんだ」
 九峪が母親の顔をまじまじと見つめる。
「その服を着ていらっしゃればだれでもわかります」
「あ、そりゃそうか」
 当然といえば当然の指摘に思わず納得してしまう。
「ってことはみんなわかってて知らないふりをしてたのか」
「なかなか神の遣い様だとわかって、声をかけれる人はいませんよ。わたしもこの子を救ってもらうと言う縁がなければ、とても恐れ多くて話すことなどできません」
「そんなたいしたものじゃないんだけどな」
 神の遣いなんて嘘なんだからと、心の中でつぶやく。
「九峪、そろそろ時間だ」
「あ、ああ、……それじゃあお元気で」
「お怪我にはお気をつけください」
「じゃあねー」
 少女は無邪気に手を振っている。
 九峪は軽く手を振って街の方へと歩き出した。
 しばらく歩いていると
「にいちゃーん」
 という声が聞こえた。
 声のする方を見ると子供たちが手を振っていた。
「また遊ぼうなー」
 丸刈りの少年が叫ぶ。
 九峪は手を振り返す。
「今度はもっと楽しい遊びを教えてやるからなー」
 子供たちはさらに激しく手を振って川のほうに戻っていった。
「おれたちはあの子たちの役に立てているのかな」
 九峪がつぶやく。
「だから、あの子たちが笑顔なんじゃないか」
「そうかな」
 清瑞には九峪がまだ迷っているように思えた。
「それにしても、もう機嫌は直ったみたいだな」
 清瑞の顔がパッと真っ赤になる。
「ふ、ふざけるな。おまえのような破廉恥なやつ、だれがゆるすものか」
「でもな、男としてはあんないい身体が目の前にあれば目をそらすことはできない」
「いい身体?」
「ああ、あんなきれいな身体を見逃すなんてって……ご、ごめん」
 九峪は清瑞の手が震えているのに気づき、深く頭を下げる。
「反省する。もうしない」
 清瑞は九峪の後頭部をじっと見る。
「本当だな」
「もちろん」
「よ、よし、今回だけは許してやる。次はないからな」
「わかった」
 九峪は許しを得て、ほっとして頭を上げ、街の方へ歩き出す。
「きれいな身体か」
 清瑞はぼそっとつぶやき、自分の身体を見下ろす。
「おい、どうした?」
「なんでもない、……体力訓練だ、走っていくぞ」
 清瑞が走り出す。
「ま、待てよ」
 あわてて九峪は追いかける。
 結局、城門まで全力疾走をすることとなった。



「やっと帰ってきたか」
 九峪が力のない声でぼやく。
「何を言っている。おまえが自分で出かけたんだぞ」
 清瑞はまったく疲れた様子がない。
 二人は海老乃城内の宮殿の入り口にたどり着いた。
 清瑞が入り口の番兵と話し、門をくぐる。
 九峪はとりあえず自室に戻ることにした。
「今日はこれから軍議か」
「ああ、そろそろ次の攻略目標を決めなければならない」
「火奈久城と邦見城のどちらを攻めるべきかが問題だ」
 九峪はここ数日この問題で頭を悩ませていた。
 狗根国軍もそろそろ本腰を入れてくるに違いない。ここまで連戦連勝で来ているとはいえ、状況は決して楽なものではない。
 ため息の一つくらい文句を言われるものではないだろう。
 そんなことを考えながら、歩き続ける。
「おい、九峪」
「どうした?」
「どこにいくつもりだ」
「えっ」
 九峪は辺りを見回す。自室に戻る経路にこんな風景はない。
「道をまちがえたな」
 清瑞はこれ見よがしにため息をつく。
 九峪はそんな清瑞を無視して、ここがどこなのか確かめようと目立つものがないか探す。
 まわりには特に目印になるようなものはなかったが、声が聞こえてくるのに気づいた。
「ん、この声、訓練してるのか」
「ああ、錬兵場の近くだからな」
「そうか、せっかくだから少し見てくるか。時間はまだ大丈夫だよな」
 清瑞は太陽を見上げて時間を確認する。
「そんなに余裕はないがまあいいだろう」
 清瑞が先頭に立ち、九峪がついていく。
 耶麻台国の兵士たちの間では九峪の評判は高い。気さくに声をかけ、ともに笑う。こういう人が自分たちを率いているんだと確認することで、ともすれば溝のできやすい幹部と兵士たちの間を取り持っていた。
 九峪が出向けば、訓練中の兵士たちの励みになるだろうと、清瑞なりに気を利かせたのだった。
 二人は錬兵場が見渡せる一角についた。
 訓練中の部隊は星華の第三軍団だった。
 部隊長の旗の動きに合わせて行進している。
「お、やってるなあ」
 九峪は星華が指揮をとっているのかと指揮台を見るが、そこにいたのは星華ではなかった。
「あれっ、亜衣が指揮してるのか」
「星華様はたしか孤児院へ参られているはずだ」
「なるほど、それで亜衣がかわりにってことか」
 目の前では訓練が続いている。
 亜衣が指示を出し、旗が横に振られると部隊が二つに別れ、縦に振られると前進する。
 反応がおくれるものがあれば、すかさず亜衣の厳しい叱責が飛ぶ。指摘されたものは隊列からはずれ、腕立てを二十回してから隊列に戻る。兵士たちだれもが緊張感にあふれている。
「なあ、清瑞」
「なんだ」
「この訓練、厳しすぎなんじゃないか」
「そうか?戦場での厳しさに比べればこの程度などたいしたことはないと思うが」
 こいつにしたらこの程度じゃ物足りないんだろうなと、九峪は思う。
「でも、あと数日したら城攻めだ。これじゃあ疲れて、城攻めなんてできないだろ」
「ふむ、……心配ない。もう終わりのようだ」
 清瑞の言葉どおり、全ての部隊が亜衣の前に集合する。兵士たちは厳しい訓練の終わりにほっとした表情を浮かべていた。
 訓練の終わりに兵士たちに声をかけようと、九峪は錬兵場に降りようとする。
 亜衣の威厳がこもった声が響く。
「よし、次は打ち込み百回です」
 兵士たちから悲鳴をかみ殺したような声が上がった。
 打ち込みとはわら人形に実際に切り込む訓練である。
 九峪はまだやるのかと驚く。清瑞も今度はさすがにいぶかしげに首をかしげている。
「どうしました! さっさと動きなさい!」
 兵士たちはゆっくりと動き始める。
「待て、亜衣」
 九峪が錬兵場に駆け下りた。
 兵士たちがいっせいに九峪の方を振り向く。その顔には期待があふれていた。
 亜衣は九峪が来たため指揮台を降りる。
「これは九峪様、何のご用でしょうか」
「偶然近くまで来たので兵士のみんなを激励しようかと思ったんだけどな」
「それはありがとうございます。兵士たちもこれからの訓練の励みになると思いますわ」
 亜衣の目は真剣で冗談のかけらも見えない。
「そうか、でも、みんなかなり疲れているみたいだぞ」
「疲れない訓練に意味はありませんわ」
「疲れすぎてしまってもだめだ。疲れが数日後に残るようではみんなにとってもよくない」
 九峪は『数日後』というところを強めて言った。
 亜衣は九峪の伝えたいことを正確に理解した。次の作戦のことでは亜衣も頭を悩ませているのだから。
 あらためて兵士たちを見る。
 ほとんどの兵士は息が荒く、槍を杖代わりに使っている。痙攣寸前の者もいるかもしれない。
「今日の訓練はここまででいいよな」
 九峪が亜衣に同意を求める。
「はい、わかりました。……今日の訓練はこれで終了です。解散」
 亜衣の言葉でみなほっとした表情を浮かべ、錬兵場を出て行く。
「九峪様、軍議の準備がございますので失礼いたします」
 亜衣は九峪に一礼し、きびすを返そうとする。
「どうしたんだ、亜衣。何か悩んでるのか」
「いえ、何も」
 九峪の言葉にも振り返らず去っていった。
 変わりに清瑞がやってくる。
「亜衣殿らしくないな」
「ああ」
 九峪の知っている亜衣は何事にも冷静沈着な女性だった。たまに感情を乱したように見えるのは宗像姉妹の代名詞でもある姉妹喧嘩のときくらいだ。さっきのような節度を失ったことをするようなことはなかったはずだ。
「何か、いやな予感がするな」
 清瑞が九峪の思いを口にする。
 この憂いはすぐに現実のものになった。
 



「藤那様、それはあまりに慎重にすぎませんか」
 亜衣の冷徹ともいえる声が大広間に響き渡った。
 海老乃城の大広間、ここには女王候補の志野と伊万里率いる第二軍団、第三軍団に所属する武将を除く耶麻台国復興軍の主な面々が集まっていた。第二軍団と第三軍団は国府城の付近で大量発生した魔獣の群れを撃滅するために出撃していた。
 よって、大広間に集まっている女王候補は星華、藤那、只深、香蘭の四人であった。
 会議は神の遣いである九峪を上座に、復興軍の総参謀長ともいうべき亜衣が九峪の右手側の、内政の要である嵩虎が左手側の最上位に座していた。さらに、亜衣の次に星華、香蘭が座り、嵩虎の次に只深、藤那が座っていた。
 各軍団の副官たちはそれぞれの軍団長の後ろに控えている。それ以外の武将は軍団ごとに左右にわかれて座っている。
 三週間前に雨草城を落とし、残党狩りや街の仕置きに一段落がついたと判断した九峪は次の攻略目標を決めるために軍議を開いた。
 現在、海老乃城に主力が集中していることからも分かるように、次の攻略目標に挙げられているのは火奈久城と邦見城であった。とくに火奈久城は九洲中部最大の都市であり、九洲全土においても有数の規模を誇っていた。それだけに、この城を落とすことの意義は大きかった。物流の拠点を押さえ、補給路を確実にすることができ、何よりも九洲の民に復興軍の存在を大きく示すことができる。復興軍の何よりの武器は九洲の民の支持であると考える九峪にとって、火奈久城はなんとしても早急に落としたい城であった。
「藤那様、火奈久城は九洲でも有数の街です。この城を落とすことの軍事的意味は大きい。それに九峪様が常日頃おっしゃられる九洲の民の支持を得ることにもつながります。火奈久城攻めは早急に行うべきなのです」
 亜衣は右手で床をたたく。
「また、藤那様は無理だとおっしゃりますが、決してそんなことはありません。草の情報によれば、火奈久城からは各城に糧食を送ったために、まだ籠城に必要な食料も十分に集まってはいません。藤那様に説明は不要でしょうが、援軍が期待される籠城はあきらかに相手の有利です。しかも、勢力が大きくなったとはいえ、われらと狗根国との戦力の差は大きい。火奈久城を落とすのは籠城の準備が整っていない今しかありません」
 亜衣の説明に何人かの武将が首を縦に振る。
 連戦連勝で兵士たち以上に武将たちのほうが士気が上がっているようだ。
 藤那が手を上げ、自分に注目を集まるのを待って話し始める。
「亜衣が言うことも分かる。九峪様の民の支持こそが復興軍の最大の武器であるとのお言葉も理解しているつもりだ。しかし、であるからこそ、火奈久城には慎重になるべきなのではないか。現在の復興軍が民の支持を受けているのはなぜか。それは復興軍が彼らの希望であるからだ。今よりもいい暮らしができるかもしれないというな。そして、その希望、期待を裏付けているのは我が軍が連戦連勝であるというこの一点のみだ。たとえ一度でも負けてしまえば、そこで終わり。まず邦見城を攻略し、火奈久城への援軍の道を閉ざし、その上で火奈久城を攻めるべきだ」
 要するに急がば回れっていうことかと、九峪は一言にまとめて、みんなに気づかれないようにため息をつく。
 錬兵場での憂いが目の前で現実となっている。
 亜衣と藤那が議論を引っ張るのはいつものことだったので、二人が言い合っているのはおかしいことではない。
 おかしいのは亜衣の態度だった。
 亜衣が強攻策と思われるような主張をすることはよくある。しかし、実際には理論的な裏づけがあり、合理的な作戦なのである。それは今までの実績が語っている。いつもならば藤那も大筋では亜衣の意見と同じで細部をめぐっての議論がほとんどだった。
 九峪は亜衣から何か焦りのようなものを感じていた。
 そんな九峪の心配をよそに、亜衣は反論する。
「藤那様、今の発言は負けを前提とした敗北主義者の意見です。実際の戦場において最も重要なのは訪れた勝機を逃さずに攻めること。負けることをおそれて勝機を逃すのは臆病者のすることです」
 会議場が静まった。
 亜衣の意見はもはや暴言に等しかった。
 藤那の白い顔が赤くなり腕が小刻みに震え、副官の閑谷がうしろからすそを押さえる。
 亜衣は蛇を思わせるような目でにらみつける。
 会議場の緊張が限界まで高まった瞬間、
「そこまでだ」
 九峪が一喝した。
「このままではまともな議論にはなりそうにないな。明日の朝、あらためて軍議を開くことにする。いいな」
 全員がいっせいに平伏する。
 九峪が立ち上がり会議場を出た。
 藤那は亜衣をじっとにらんでいたが、閑谷にうながされ退出する。
 亜衣は右手を握り締め、うつむいている。
 そんな亜衣を心配げに見つめる女性がいた。
「姉さん……」






 大広間を出た九峪は、執務室に戻り仕事を片付けた後、庭の石の上に座り、ぼんやりと空を流れる雲を見ていた。
「九峪様」
「ん、夷緒か」
「はい、……ちょっとお時間ありますか」
「ああ、いいよ。ここ座れば」
 九峪は左にずれて夷緒の座るスペースを作る。
「失礼します」
 夷緒が九峪の横に座る。
「この間は羽江がお世話になりました」
「あの発明のことか。ちょっと苦労したけど、楽しかったよ。ほんと羽江は天才だよな」
「ええ」
「しかし、なんで絶対に爆発しちゃうんだろうな。それもひとつの才能なのかな」
「まあ、ひどい」
 九峪と夷緒は顔を見合わせて笑う。
 そんな笑い声も長くは続かず、夷緒はうかない表情を見せた。
「楽しそうだな、九峪」
 二人がパッと振り返る。
「清瑞か、何があった」
 清瑞が呼ばれもしないのに姿を見せるのは用事があるときに限られている。もしくは用事にかこつけるときだが、本人はそのような場合はないと否定している。
「報告が上がってきているのだが、あとでいい」
「いいのか」
「ああ、亜衣殿のことを解決しなければどうしようもないからな。夷緒殿の話はそのことなのだろう?」
「ええ、そうです」
 清瑞の指摘に夷緒も覚悟を決めたように話し始める。
「今日の軍議で気づかれたと思いますが、このごろの姉さんは少しおかしいんです」
「ああ、その前に亜衣が兵士の訓練をしているところを見たんだけど、そのときも少し気になっていたんだ」
「そうですか、……たぶん姉さんはあせっているんだと思うんです」
「何か心当たりが?」
 ややためらいがちに夷緒が頷く。
「三日前、珍しく姉さんと二人でお酒を飲んだんですけど、姉さんがすっかり泥酔してしまったんです」
「亜衣がねえ」
 九峪には泥酔した亜衣なんて想像しにくかった。
「それで酔いつぶれてしまって、寝言を言うんです」
「寝言?」
「ええ、『怖い』って」
「怖い、何が?」
「星華様が負けるのがと」
「ふ〜ん、まあ、亜衣は星華の保護者みたいなものだもんな。これから戦闘も激しくなるだろうし、星華の身の安全をだれよりも心配してるんだろう」
 ときには厳しく、ときにはやさしく星華に接する亜衣の姿を思い出しながら、九峪は心情を察する。
「違うんです」
「えっ」
「姉さんが心配しているのは他の女王候補の方々に負けることなんです」
 夷緒の告白は清瑞にとっては意外なものだった。
 現在、女王にふさわしいのは誰かと質問されたら星華と答えるものが多いだろう。小さいころから王族としての教育を受け、振る舞いの一つ一つに気品がある。軍を率いてもなかなかの活躍を見せている。
 一方、九峪は思い当たることがあったようだ。
「最近、香蘭や只深も復興軍に慣れてきて活躍してるから、それで焦っているのかな?」
 復興軍の中で、だんだんと存在感を表してきた二人を、九峪は思い浮かべた。
 香蘭はまだまだ失敗は多いが、積極的に会話することで日本語も上達し、兵士や住民とのコミュニケーションもよくなってきていた。只深は補給業務や物資管理に働き場を見つけ、彼女なしには復興軍は機能しないとまで言われている。
 伊万里、志野、藤那は戦場での活躍が多く、それぞれ熱烈な信奉者を作り出していた。
「たしかに戦場での働きでは一歩ひけをとっているかもしれません。でも、十分活躍されています。戦場以外でもです。今日だって孤児院を訪問して、子供たちと遊んで。むしろ以前より魅力的になられています。姉さんだってそのことは知っているはずです」
 夷緒は目を潤ませ、うつむく。
 九峪は夷緒から目をそらし、空を見上げる。
「知っているからこその苦しみって事かな」
 夷緒は顔を上げる。
「知っているから?」
「そう」
 九峪は左肩に鈍い痛みを感じ、右手でさする。
「清瑞」
「何だ?」
「この肩の傷跡は何だって聞いたよな?」
「ああ、切り傷だったからな」
「えっ、九峪様、大丈夫ですか」
「心配ない、別に襲われたわけじゃないし、事故でもない」
 九峪は立ち上がって、左腕を大きく回す。
「これは手術の傷なんだよ」
「手術……、治療のことですよね?治療でなぜ切り傷が」
 夷緒の不思議そうな顔に、ここは古代だったと言うことを、九峪は思い出す。
「切開手術っていって、身体の中の悪い部分を治療するために身体を切り開くんだ」
「そんなことできるんですか」
 夷緒は信じられないようだ。
「たぶん、大陸のほうでは行われていると思うよ」
 三国志の中で出てくる名医、華佗を思い出す。
「で、それは分かったが、なぜ今、そんなことを言うのだ?」
 清瑞は疑問に思っていたことが判明して満足するが、また新たな疑問が出てくる。
「こっちに来る前の話になるんだけど、俺、けっこう水泳には自信があって、大会とかでもいい成績だったんだ」
「まあ、たしかになかなか早かったな」
 少女を助けようとして泳いでいる九峪の姿を思い出す。見慣れない泳ぎ方だが、動きに無駄がなかった。
「でもまあ、一度、肩を壊してしまって手術を受けたんだ」
 九峪はまた左腕を回す。
「手術は成功して完治した。それで、また泳ぎ始めたんだけど、やっぱどうにも左肩に違和感があって、それまで一度も負けたことがなかった後輩に負けたんだ」
 夷緒と清瑞は自分たちの知らない話をする九峪の背中をじっとみつめている。
「悔しかった。後輩もかなり記録を伸ばしていたけど、怪我をする前の記録なら十分に勝ってるんだ。この肩の故障がなければ、全力が出せれば負けないのにって。自分が全力を出せないのに後輩が記録を伸ばしているのが不安だった」
 九峪が昔を思い出し、なつかしい気分に浸った。
「それでどうされたんですか」
 それまでじっと九峪の話を聞いていた夷緒が先を促す。
「幼馴染にさ、『それでも男か』って怒鳴られた」
 九峪は指で鼻をかいた。
「たぶん、もっと自信を持てって言われたんだと思う。自分の力を信じて努力しろって」
 今朝見た夢を思い出す。あの後、屋上を出ようと階段に向かうとそこには二つのカバンを持った日魅子が待っていた。一つは日魅子自身のカバンで、もう一つは九峪が部室に置き忘れていたカバンだった。
「男としてはそんなことを言われてがんばらないわけにはいかない。一生懸命練習して元のように泳げるようになったよ」
 夷緒の方に振り返る。
「亜衣もそうなんじゃないかな。星華の力や魅力をある意味だれよりも知っているのは亜衣だと思う。だからもどかしいんじゃないかな。もっと星華の魅力を知って欲しいって。だからほかの女王候補が気になるんじゃないか」
 九峪はいつになく真剣なまなざしをしている。
「そうかもしれませんね。でも、どうしたらいいんでしょう?」
「夷緒の思ってることをそのまま伝えればいいんじゃないか。それでうまくいくと思う」
 九峪がずっと自分を見ていることに気づいて、夷緒は恥ずかしげに頷く。
「わかりました」
 これでもう大丈夫だと、九峪は笑顔を浮かべる。
「あの……ところで、先ほどのお話の幼馴染って女性ですか」
「えっ、そうだけど、なんでわかったんだ?」
「いえ、なんとなくです」
 夷緒は何か言いたげな、あいまいな表情を浮かべる。
 清瑞の視線が心なしかきつい。
「それじゃあ、わたし行きます」
 二人の表情に戸惑う九峪に、夷緒が言った。
「ああ、亜衣のこと頼むよ」
「ええ、九峪様の昔の話が聞けてうれしかったです。それでは失礼します」
 夷緒は思わずときめいてしまいそうな笑みを浮かべ、庭を出て行った。
「亜衣殿のことはこれで解決するだろうな」
「おれの考えが見当違いでも、夷緒なら亜衣の悩みを解決するだろうしな」
 なんだかんだ言って仲がいい姉妹だものなと、九峪は頷く。
「で、報告があるんだよな。それって良い報告か、それとも悪い報告か?」
「両方だ」
 九峪は大きくため息をつく。
「ま、どっちも悪いよりかはましか」
 とりあえず前向きに考えることにして、詳しいことを聞くために執務室に戻る。
 この報告がまた九峪の頭を悩ませることとなった。





 日が沈み、九峪の執務室に明かりが灯っている。
 執務室には木簡が積み上げられている。復興軍の規模が膨らみ、支配領域が増えるにしたがって処理しなければならない事案も増える。九州全土を解放したら、いったいどれだけの量になるのかと、九峪は冗談でなく不安に思っていた。
 九峪は机の上の木簡だけでも片付けようと、目を通していた。
 廊下を歩く音が聞こえ、部屋の外から声がかけられる。
「九峪様、亜衣です。入ってもよろしいでしょうか?」
「かまわないよ」
 九峪の許可を得て、亜衣が部屋の中に入ってくる。
「まあ、座ってよ」
「ありがとうございます」
 亜衣は九峪の差し出した座布団の上に座る。
「昼の訓練では情けないところをお見せしてしまいました。申し訳ありません」
「おれは別にかまわないけど、兵士たちがな」
「今、夷緒たちが兵士たちに酒をふるまっています。ほんといたらない姉のせいで迷惑をかけます」
 亜衣のいつになくしおらしい態度に、九峪は姉妹の間で話し合いがあったのはまちがいないなと感じた。
「それで、なんて言われた?」
「はっきりと、星華様に失礼だといわれました。星華様自身はあせりなどまるで見せず、器量の大きいところを見せているのに、腹心であるわたしがあせりを見せてどうするのかと」
「それは本当にはっきりといったな」
「ええ、……そのあと、器量は小さいのにお腹は大きいなどと言ってくれまして、大喧嘩しました」
 この姉妹らしいやりとりに、九峪は思わず笑ってしまう。
 亜衣もつられて笑みを浮かべる。
「星華様は女王にふさわしい方だと信じています。気品や、やさしさにあふれています。でも、どうしても他の方々のことが気になっていたんです。戦場での功績は他の方々に一歩遅れをとっているのは事実ですから」
「それで兵士たちに過剰な訓練をしたり、軍議で強引な主張をしたのか」
「今思えば、そうだったのかもしれません。いえ、そうなのでしょう」
 亜衣は最近の自分を振り返る。余計なところに力を入れすぎたと思う。
「だれが女王になるのかは耶牟原城を解放したあとに決まる。まだまだ先のことなんだ。星華はさ、最近、やわらかい感じが出てきたっていうことで、兵士たちの間でも人気が高まってるんだぜ。そういう事実の方が大事なんじゃないか?」
 今のまま女王になるわけではない。候補同士が競い合って成長して女王となる。だから、星華が魅力を増していっているということが大事なんだと、九峪は考える。
「ええ、そうですね」
 亜衣も分かっているようで、力強く頷いた。
 九峪は安心して、いつのまにか伸びていた背筋を丸めようとする。
 亜衣が後ろを振り返る。足音が聞こえてきた。
「九峪、用とはなんだ……亜衣か」
 藤那がとっくりをぶら下げて入ってくる。
「藤那様、軍議では大変失礼なことを申し上げました。お許しください」
 亜衣は座布団から降りて、藤那に対し深々と頭を下げた。
 藤那は壁の方においてあった座布団を持ってきて、亜衣の前に座ると、いつも携帯している杯を取り出し、酒を注いだ。
「亜衣、飲め」
 杯を亜衣の前に置く。
 亜衣が顔を上げる。
「人間、たまには感情をもてあますこともある。そんなときには酒が一番だ」
「藤那様……ありがとうございます」
 亜衣は杯を持ち上げ飲み干した。その杯を藤那に返し、酒を注ぐ。藤那もいっきに飲み干した。
 九峪はそんな二人をじっと見ていた。
「おっ、九峪も飲むか」
「いや、その前に話がある」
「用というのは亜衣のことではなかったのか?」
「それも用事の一つだったんだが、次の攻略目標のことだ」
 藤那と亜衣が居住まいを正す。
「清瑞、報告を頼む」
 九峪の声とともに清瑞がさっと現れ、報告を始めた。
「先日の国府城付近での魔獣の大量発生についてです。国府城近辺はこれまでさほど魔獣の被害もなく、また目撃例も他の地域にくらべ少なめでした。にもかかわらず、大量発生したことに疑問が沸き、部下に命じて探っておりました。そして、調査の結果、旧国府城で魔獣の召喚が行われた形跡が見つかったのです。つまり、今回の大量発生は人為的なもの、それも狗根国の左道士と考えて間違いないでしょう」
「魔獣を呼び出して得をするものなど、やつらぐらいのものだろうからな」
 藤那と亜衣がうなずいた。
「問題は魔獣を発生させた理由だ。魔獣でおれたちを倒すつもりなら、直接ここをねらうか、それか、もっと人口の多いところを襲うべきだ。それなのに、敵は国府城をねらった。つまり敵の目的はこちらの戦力を分散させ時間を稼ぐことに違いない」
「時間を稼ぐのは援軍を待つためですか」
「ああ、北火向方面から援軍が向かっているようだ」
 九峪は地図を取り出し、位置を示す。火向とは九峪の世界では宮崎県の辺りをさす。
「それでもう一つ報告なんだが、今日、邦見城の中の住民から内応を約束するとの申し出があったんだ」
「それは朗報だが、この位置だと援軍の方が先に着いてしまうな」
「援軍が城に入ってしまえば、内応はしにくくなるでしょう」
 進軍に必要な日数を計算しながら、検討する。
「伊万里と志野なら間に合うんじゃないか」
 藤那が現在、伊万里と志野の軍団がいるであろう地点を指す。
「ええ、城内からの手助けがあればすみやかに攻略できるのでは」
「それはおれも考えた。でも、それだと俺たちが遊兵になってしまうな」
「後詰に向かえばよろしいのでは?」
 城を落とせても援軍に対処できない可能性があると、亜衣は判断する。
「実はこの援軍はどうやら火奈久城へのものらしいんだ」
 狗根国にとっても火奈久城を落とされるわけにはいかないだろうからなと、藤那は納得する。
「しかし、邦見城が攻められればそちらへの対処が優先されるだろう」
 九峪のもったいつけるような話し方に、藤那がかみつく。
「また妙な作戦を考えているな」
「妙な作戦ってわけじゃない。ただ、ついでに火奈久城も落とそうと思うんだ」
 藤那と亜衣は一瞬、九峪の正気を疑った。
 火奈久城は九洲有数の規模の街である。当然、城壁も頑丈で攻めづらい。伊万里と志野の軍団を欠いての攻略は難しいというのが藤那と亜衣の冷静な判断だった。
「九峪様、どうなさるおつもりですか」
「またアクロバットな作戦をしなけりゃならないな」
「あ、あくろばっと?」
「えっと、つまり、また綱渡りみたいな作戦になるってことだ」
「はあ、まあ、いつものことですね」
 九峪の作戦が突拍子のないことには、復興軍の幹部はみんななれてしまっていた。
「いいか、まずな……」
 九峪は自分の策を語っていった。




 翌日の朝、軍議が再開された。
 藤那と亜衣の対立が軟化しているかどうかが注目されていたが、事態はさらに悪化した。
 当初から藤那が亜衣に対して謝罪を要求し、亜衣が拒否したことから会議は紛糾する。藤那は会議場から退出した。
 九峪は火奈久城方面への出兵を決め、勝手に退出した藤那には海老乃城の守りを命じ、参戦を認めなかった。また、亜衣にも謹慎が命じられた。
 出席した幹部は九峪をとりなそうとしたが、決定は覆らなかった。
 以上が海老乃城の住民の間に広まった噂だった。





火奈久城では復興軍の来襲に備え、城壁のさらなる強化などが行われていた。
街中では、外出禁止令が発せられたために、厳重な監視下にある市場以外に人の姿はなかった。街の人間が復興軍に内応するのを防ぐためである。住民たちは部屋の中にこもり、事態の変化を見守っている。
一方、街の中央にある城主の宮殿では、復興軍出陣の報告が届き、城主以下、狗根国軍幹部が大広間に集合していた。
 城主は、非常に機嫌がいい様子で、笑いをこらえるのに必死であった。
 部下たちはそんな城主をいぶかしげに見つめる。
 つい半刻ほど前に呼び出されたときには城主は不機嫌の極みにあった。
 きっかけは耶麻台国軍が火奈久城を素通りし、邦見城に進撃する動きありとの報告が届いてからであった。
 普段から次に将軍に任じられるのは自分だと公言してはばからない男である。また実際にそれだけの勇猛さを数々の戦場で示していた。
 それだけに自分を無視するかのような耶麻台国軍の動きは許しがたいのだろうと幹部たちはひそひそと話し合った。
 そのうちに興奮がさらに高まったのか、城主が城から打って出ると叫んだ。
 嵐が去るまで黙ってやり過ごそうとしていた幹部たちだったが、あわてて城主をなだめ始めた。
 質はともかく、数では耶麻台国軍に劣っている。なによりも火奈久城での篭城で耶麻台国軍をひきつけ、援軍によってたたくという作戦が崩壊してしまうことになる。出撃を認めるわけにはいかなかった。
 数人が殴られ、鼻血を出すという犠牲がはらわれ、城主はなんとか平静を取り戻したのだった。
 城主は幹部たちの意見を受け入れ、歯軋りをしながら出撃を思いとどまった。
 だれが見ても機嫌が悪いのは丸分かりだった。
 その城主が今にも踊りだしそうにしているのである。
「殿、何か良いことがございましたか」
 話しかけた幹部の鼻には布が詰め込まれている。
「くくく、この報告を見よ」
 報告には、復興軍に内部分裂の兆しがあり、さらに戦力を分散したとあった。
「敵は戦力分散の愚をおかし、さらにまた、内部分裂の不安もかかえこんでおる。天はわれらに味方した。この上は、野において決戦し、復興軍の総大将の首をとってやろう」
「そ、それはおまちください。われらは数で負けております。野戦は不利にございます」
「今、敵はこちらに横っ腹をみせておるのだ。たいした抵抗もできるはずがない」
「しかし、あと二日もすれば援軍が到着します。そうすれば勝利は間違いないのです」
「援軍か……、ふん、あんな臆病者が率いてくる援軍などあてにはできんわ。それに、勝利する機会が目の前に転がっておるのだぞ。勝機を逸するものに戦の神が栄光を与えるはずがない」
 城主はこぶしを天井に向かって突き上げた。
 幹部たちはみな押し黙ってしまった。
 援軍の指揮官は城主の同期であり、出世を争っている。
 城主の本音が見えてしまったのだった。
 この城主は、武に偏ってはいるが、決して馬鹿ではない。今回の反乱がこれまでのものとは質が異なることも理解していた。そして、その原因が復興軍総大将である神の遣いであることも。神の遣いを捕らえ、処刑しなければ反乱に終わりはないという確信を持っていた。無論、神の遣いを捕らえることが大手柄になることも計算に入っていた。
 結局、部下たちは城主に押し切られ、狗根国軍は野戦を決意した。
 神の遣いを捕らえたもの、もしくは首を取ったものには特別に恩賞を出すという布告が兵士たちに告げられた。
 兵士たちの士気は膨れ上がった。





 戦場を見下ろす岩壁に人影があった。
 外地は純白、内地は真紅の外套に身を包み、手には杯を持ち、戦場を眺めていた。
「やはりあいつは神の遣いなのだな」
 藤那はつぶやき、昨日のことを思い出した。


 九峪は考えた策を語りだした。
「火奈久城にこもられてしまっては攻め落とすのは困難だ。だから、敵を城からおびき出す。そのためのえさとして、藤那と亜衣の対立を利用するつもりだ」
「わたしたちの対立を?」
「ああ、明日の軍議で、おれは藤那を叱責し、第五軍には海老乃城の守りを命じる」
「なるほど、こちらの軍勢を少なくし、敵を釣り上げるのですね。ということは、藤那様の軍団は伏兵としてお使いになるつもりですか」
「ちぇ、さすがは亜衣だな。おれが必死になって考えた策なんだけどな」
「九峪の策はわかった。しかし、疑問がある。敵が誘いに乗ってこなかった場合はどうするんだ?この可能性は低くないと思うのだが」
「その場合も考えてある。もし敵が出てこなければ邦見城に向かうつもりだ。伊万里、志野と合流して敵の援軍を打ち破る」
 九峪の覚悟がこめられた強い語気に、藤那と亜衣は一瞬のまれてしまった。


(まったく、いつもはただのスケベな男にすぎんのにな)
 昨日の九峪を思い出しつつ、思わず苦笑していた。
 藤那があらためて九峪のすごさを知ったのは、九峪の最後の一言だった。
 九峪は次善の策を説明したあと、十中八九、狗根国軍は火奈久城から出てくるだろうと言った。藤那が理由を聞くと、答えは城主の性格だった。
 そして、実際、目の前では九峪の言ったとおりの状況が広がっていた。
(つまり、九峪は城主の性格を確信がもてるまで調べ上げているというわけだ。情報を制するものが勝つというのがわたしの信念だが、そこまで徹底することができるかはわからんな)
 戦場では、狗根国軍が次第に復興軍を押し込んでいた。
 そろそろ、機が来たかと思ったところに、閑谷がやってきた。
「藤那、そろそろじゃないかな」
「ああ、そうだな、今まで休ませてもらった分、しっかり働かせてもらおうか」
 藤那は身を翻し、馬の元へ向かった。
 第五軍団には、小規模だが、騎馬隊が存在した。藤那の育った里で育成された馬である。
 藤那は黒馬に乗り、全軍の前に位置した。
 杯を掲げ、そして、大地にたたきつけた。
「全軍、突撃」





 黒い鎧に身を包んだ城主はひどい焦りを感じていた。
 先ほどまでは、復興軍の防御が予想以上に堅かったが、順調に攻め続けていた。
 それが一転、狗根国軍の劣勢となったのだ。
 軍勢の後方に位置する山の中から耶麻台国軍と思われる部隊が突撃してきたのである。
 それと同時に守勢に徹していた耶麻台国軍の主力が攻勢に転じてきた。
「ちぃ、敵の伏兵か……しょせん伏兵など、少数に決まっておるわ。伏兵に気を取られず、ただ、前方の敵を打ち破ることだけを考えろ」
「報告いたします。敵の伏兵はおおよそ一千。後陣もちませぬ」
「前方の敵が攻勢を強めてきました。前線ももちません」
「馬鹿な。ついさっきまで我が方が有利だったのだぞ。それが、それが……」
「殿、ここはいったんお引きを」
 部下たちは、混乱する城主をなんとか誘導し、火奈久城へ引こうとした。しかし、陣中深く侵入してきた復興軍の兵士ともみ合っているうちに、城主は護衛と離れ離れになった。
 手柄を挙げようと、挑みかかってくる復興軍の兵士たちをなんとかしりぞけていたが、呼吸も乱れ、そろそろ限界だった。それでもなんとか敵軍のいない方に逃れ、脱出路を見つけたと思ったそのとき、目の前に戦場には不釣合いな格好をした女が立っていることに気づいた。
 軽甲もつけずに、胸もあらわな白い巫女風の着物を着ている。
 普段ならばよだれをこぼすほどの美女だが城で見たことはない。つまり、敵だ。
 城主はすさまじい形相でにらみつける。
 女は城主の憎々しげな視線を意に介さず、胸元から符を取り出す。
「火奈久城城主ですね。わが名は星華。その首、もらい受けます」
「貴様、復興軍の幹部か……ふざけるな。わしの首を取るだと、返り討ちにしてくれるわ」
 城主は雄たけびを上げ、復興軍の兵士の血にまみれた剣をかざし、星華めがけて突撃していった。
 その突撃は狗根国軍の将軍らしく威圧に満ちたものだったが、疲労がたまっていたせいもあり動きにキレがなかった。
 城主が剣を振り下ろす。
 星華は身をかがめつつ右前方に踏み出してかわす。
 剣が風を切る音を耳に残しつつ、城主の背後を取る。
 背中に符をはりつけ短い呪言を発する。
 符に書かれた文字が赤く光り、一瞬、電光が黒い鎧の上に走った。
 城主の手から剣が滑り落ちる。
 何かをつかもうとするかのように手を伸ばし、そのまま倒れた。





「星華様おみごとです」
「おみごとです」
「ほんと、星華様、さっすがー」
 亜衣、夷緒、羽江の三姉妹は星華が危なくなったときに助けに入れるよう控えていたが、まったくの無駄に終わったことに安心していた。
 九峪の第一軍団と香蘭の第六軍団が防御に徹して、城から出撃してきた狗根国軍をひきつける。狗根国軍が総攻撃をかけようとした瞬間に藤那の第五軍団が後背をつく。そして、星華の第四軍団が遊軍として逃げ出そうとする敵の本営を強襲する。これが今回の作戦の全容であった。
 亜衣は自分のあせりが本当に意味のないものだったということをあらためて確認していた。
「ええ、これで勝利は決定でしょう。それもこれもあなたたちのおかげです。本当にありがとう」
 星華の言葉に亜衣は思わず涙ぐんでしまった。
「あー、亜衣姉ちゃんが泣いてるー。鬼の目にも涙だー」
「こ、こら、羽江」
 亜衣の気持ちを知っている夷緒は羽江を止めようとしたが、時すでに遅かった。
「な、なんですってー、羽江。こら、逃げるな」
 亜衣は逃げる羽江を追いかけていった。
「もう、まだ戦は終わっていないのに」
 夷緒はそう言ったが、戦は復興軍の圧倒的優勢で終わりかけていた。
「はあ、姉さん、照れくさいのかしら」
「まったく、亜衣らしいな」
「藤那様」
 夷緒がつぶやいていると、いつのまにか馬に乗った藤那が来ていた。
 藤那は馬から下りると、星華の前に歩いていった。
「星華殿、見事、城主を捕らえられましたな」
「いえ、わたしは疲れきっているところを取り押さえたにすぎません。今回の勝利は九峪様の作戦と、復興軍のみんなのおかげです。もちろん、藤那殿の伏兵もですが」
「ふ、それこそたいしたことではないよ……そうだ、勝鬨ををあげたらどうだ」
「わたしがですか」
「ああ、敵の大将を生け捕ったのだ。功を立てた者はそれなりの振る舞いをすべきだ」
 九峪も文句は言うまいと、藤那は星華をせかす。
 星華は最初は断ろうとしたが、藤那の強い勧めにとうとう受け入れた。
 亜衣は星華に分からないように藤那に頭を下げる。
 星華が勝鬨をあげ、兵士たちがそれに応える。
 戦場の中央から歓声があがり、復興軍全体へと広がっていった。





 主戦場となっている場所から少し離れた小高い丘に復興軍の本陣はあった。
 九峪は丘の上から戦場全体を見渡していた。
 もうだいぶくたびれてしまっている制服の上に皮製の鎧をつけている。
 前線から兵士たちの歓声が響いてくる。内容は耶麻台国の勝利をたたえるものしかない。
 そんな歓声を聞きながら九峪は満足げに腕を組んでいた。
「おい」
 だれもいないはずの背後から声をかけられた。
 わざわざ総大将の背後をとって声をかけてくるものなど、心当たりはひとりしかいない。
「なんだ、清瑞」
「歓声がすごいな」
「ああ、各軍団からの報告を見ても、もう勝利は確定だ。あと気になるのは伊万里と志野のほうだが、なんか報告は届いてるか」
「邦見城自体の攻略は成功したとの報告が届いている。だが……」
「だが?」
「火奈久城への援軍が邦見城に近づいているらしい」
「早いな。もう少し時間がかかるかと思ったんだけど。これで、邦見城の食料庫が焼かれでもしてたら、かなりやばいことになるな」
「内応のおかげで城壁などはそれほど傷ついてはいないので、篭城は可能。しかし、兵の疲労、食料などに不安あり。至急、援軍を請うと、伊万里様と志野様からの要請だ」
 清瑞の報告を聞き、九峪は空を見上げた。
「敵は攻城戦を想定してなかったはずだ。だから攻城戦に必要な装備も足りていない。それに敵は当初の予定としては補給の拠点として邦見城を考えていたはず。となれば、補給にも不安を抱えていることになる。なら、篭城にも目はあるな。清瑞はどう思う」
「あ、ああ、そうだな。九峪の言うとおりだと思う」
 清瑞は、いきなり今後の対策を話し出した九峪をまじまじとみつめる。
 目の前の男が誰なのかわからなくなっていた。
「おまえ、本当に九峪か」
「どうしたんだ、いきなり」
「九峪という男は、スケベで馬鹿で頼りなくて、どうしようもない男のはずだろう。そんなおまえが、冷静な判断をするなんて信じられない」
「って、おまえひどいこというなあ」
 九峪は、せっかくまじめモードに入っているところを口撃され、へこんでしまった。
「おれはいつものおれだ。それをおまえ、なんてことを言うんだよ……おれはただ、自分のやらなければならないことをやっているだけだよ」
 九峪は見るからに不機嫌そうな表情を浮かべて言った。
「それに、おれのことをそんな風に言うけど、おまえはどうなんだよ。こんな感じにおれのことを気にかけるなんて、出会った頃のおまえからは考えられないぞ」
「な、何を、わたしは自分の役割を果たしているだけだ」
「言い訳なんておまえらしくないぞ……いや、むしろ最近のおまえらしいのかもな」
「言い訳なんかしていない」
 必死になって反乱する清瑞の姿に、笑いがこみ上げてきた。
「何がおかしい」
 清瑞は目じりを吊り上げ、すごんだ。
「たとえばだ、おまえと初めてあったころのおれなら、今みたいにすごまれたら震え上がってたはずだ。でも、今はそんなことはない。もちろん、おまえが本気で怒っていないこともあるが、おれが慣れてきたのが大きいと思うんだ。つまり、日常になってしまったわけだ」
 清瑞は、九峪の言いたいことが理解できないらしく、首をかしげた。
「けどな、日常だといっても変化は絶えず起きている。日常の中に紛れてしまっているだけなんだ。そんな変化にちょっとしたことで気づいてしまうことがある。そうすると、目の前の人間がまったく別の人間に見えてしまうんだな。たぶん、今のおまえがそうなんだろ」
「たぶんというわりには、いやに自信ありげだな」
「おれ自身も身近の人間で実感してるからな」
 まだ、よくわからないといった清瑞の様子を見て、九峪は今度こそ声を出して笑った。
「ま、本人にはわからないんだろうな」
 清瑞は、笑い続ける九峪を見て、馬鹿にされていると思い、一瞬、頭に血が上ったが、その笑いにこめられているあたたかさのようなものを感じた。
 目の前で、にやけてる男がスケベでどうしようもないやつなのはまちがいない。しかし、一方で復興軍の総大将として役割を果たしているのもまちがいない。
 思わず笑みがこぼれた。
「ん、どうしたんだ」
「いや、なんでもない。九峪は九峪だってことがわかっただけだ」
「わかったような、わからんような」
「もういいだろ。それよりも伊万里様や志野様が待っているぞ」
「ああ、そうだな」
 夷緒と閑谷が九峪たちのほうに向かってきていた。
「よし、火奈久城の仕置きの手はずを整えて、邦見城に進軍だ……いくぞ」
 今、復興軍の前途には光しかないように思えた。







あとがき

はじめまして、ゴーアルと申します。
今回、初投稿となります。
つたない文章ですが、読んでいただけたら幸いです。
ゲーム版をメインにいくつか小説のほうの設定を加えました。
ちなみに最後の部分があんな感じになっているのは、ゲームだと邦見城を攻略すると次はアレが出てくるためです。
今回、九峪が立てた作戦は武田信玄と徳川家康が戦った三方原の合戦をヒントにしました。
かなり作戦に穴があるのはお見逃しください。


 ゴーアルさんから長編をいただきました^−^
 文才、すごくおありですねえ!引き込まれました。ゲームはある意味単調作業で、攻める前、攻めてる間の描写なんかはほとんどないわけですが、実際はこういうやりとりがあって当然なわけで。敵方までしっかり描写があって緊迫かつ分かりやすかったです。
 亜衣の性格はかなり小説より・・・かな。ゲーム版の亜衣はゲテモノ系ばっかりで、知的イメージが薄かったですからねえ^^;こっちの亜衣のほうが私も好きです。
 亜衣だって人間、軍師であってもいろいろ葛藤があるだろうことは想像に難くなく、そこをテーマの一つにしたのにも感心いたしました。子供を助け、夷緒や亜衣を励まし作戦指揮する九峪他、みんなかっこいいし、生き生きと動いてて、ほんとすごいです。

 またネタを考え付かれたら、ぜひ書いてほしいです♪
 ゴーアルさん、どうもありがとうございました!!

質問 火奈久城攻略戦についての感想をお願いします

おもしろかった
ふつう
つまらなかった
その他質問など

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