安倍晴明



 中国、日本系の占い・・代表的なもので言えば、風水や易、九星気学などをちょっと調べてみれば、どこかで「陰陽五行思想」、という言葉が出てくるのではないかと思います。

 他に陰陽、といえば、陰陽師、陰陽道という単語もオカルトチック、ファンタジーチックなものがお好きなら、なじみ深いかもしれませんね。
陰陽道とは、この陰陽五行を基本に、森羅万象の動きと意味を解読し、九星や風水といった占術、呪術、天文、暦、医学など、様々な技法、思想を用いて総合的に吉凶を判断し、指針を出すことを目的にしたもの、のようです。
 で、この陰陽道のスペシャリストとして一番有名なのが、安倍清明、と言っても、異論はないでしょう。

 ちょこっとだけ、この安倍清明の略歴を書いてみましょうか。
 昔の人ですから、不確定要素も多いようですが、一般的に921年生、1005年没だといわれています。・・・85歳だなんて、当時の人の平均寿命を考えたら、もんのすごい長寿ですねー。
 賀茂忠行という人に陰陽道を学び、とても優れた才能を発揮したそうです。で、賀茂家の賀茂保憲や、芦屋道満らと共に、貴族の依頼を受けて、色んな相談やら占いやら祈祷やらをして、業績を残した人だと言われています。
 
 でも実際はその業績がどういうものだったのか、ってのは、そう具体的には分かってないみたいですね。個人的相談、とかが多かったのだから、当然かもしれませんが。貴族達に多大な信頼を寄せられたようなので、その腕は間違いなくすごかったでしょう。
 そして陰陽道を、完成された形に作り上げた人物であるのは確かなようです。中でも天文道に通じていました。暦道は賀茂家です。よって陰陽道には、2つの流派ができた、のだそうですが、まあそれは置いておいて。
 
 具体的な事柄がそんなに分からないため、その結果、「すんごい陰陽師だった」という名声が一人歩きして、晴明には様々な伝説、伝承が生まれました。ちょっと挙げてみるだけでも、「母親は狐だった」「式神(妖怪みたいなもんです)を使役した」「鬼が見えた」「闇を透視した」「呪いを看破し、懐紙を白鷺に変化させて、呪いをかけた相手の元に飛ばせ、見破った」「父親を蘇生させた」などなど。・・・はっきりいってスーパーマンです、はい(^^;)それだけ色々な伝承が生まれるほど、晴明は優れた陰陽師だった、ということでしょう。
 京都にある晴明神社には、私も行った事があります。思ったよりも小さい神社でしたが、いたるところに五芒星があって、「おお、安倍清明だ!」って感じがしました(どういう感じだ!?)

 納音占いは、この安倍清明が生み出したものだといわれています。十の干(え)と十二の支(と)、つまり干支の組み合わせを「音律」に見立て、さらに五行に分類して見ていくのが「納音」なのだそうです。その生まれたときの干支が奏でる「音律」で、人の本質的な部分を解き明かしていくのが「納音占い」だとか。・・・なんだか書いてる私もよく分かっておりませんが(^^;)

陰陽五行思想については、また次の機会に書きたいと思ってます。・・・ちゃんと分かりやすく書く自信ないですが(汗)