+ 中東編【2式】 +
| 第1話 【旅を再開!】 お便り受信:2003.10.17 | |
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凸です。 みなさんお元気ですか? 私は帰国後、日本をぶらぶらしてましたが、ようやく、旅を再開です。(帰国は未定) ただ今、上海。秋晴れのいい天気です。 昨日、大阪から航路で入ったのですが、新鑑真号は、揺れに揺れまくり!乗客のほとんどが起きれず寝込む始末。 厳しい旅のスタートとなりました。 これから、アジアを西へ西へと向かいます。まずは、中国からパキスタンへと抜ける予定です。 上海は2度目やし、昨夜、また上海雑技団も見れたので、さっそく今晩の列車で、砂漠の街“敦煌”へ出発します。 3000km超の2泊3日の大移動!漢民族に負けないよう、カップ麺をたっぷり買い込んで、挑みます。 ではまた、私のくだらないメールにお付き合いくださいませ。 凸 公開:2004.04.20
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| 第2話 【from Westen China】 お便り受信:2003.10.27 | |
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【西原リーダーより、おことわり】 凸さんからのメール。先方のパソコン事情により『ローマ字』で頂いております。 こちらで日本文字になおして掲載してもよかったのですが、原文の面白さを損なわないようにオリジナルのままで掲載します。 Hallo! This is Deco. NIHON-GO FONT GA NAITAME ROMA-ZI DESU. Sorry. I am in Kashgal,China. KOKO HA CHUGOKU NO NISHI NO HATE. SABAKU-TITAI WO KOETEKITA. CHUUGOKU NANONI ISURAMU-BUNNKA. IGOKOTI NO II MATI. ASU International Bus DE Pakistan KOKKYOU NI MUKAIMASU. CHUUKA-RYOURI GA KUENAKUNARU NOGA SAMISI-! DEHADEHA, See you! 公開:2004.04.20
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| 第3話 【断食の国より】 お便り受信:2003.11.18 | |
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凸です。 みなさんお元気ですか? 私は、中国からフンジュラブ峠(4700m)を超え、パキスタンはラワ−ルピンディーという街に来ております。ビザ待ちです。 中国は、上海から、敦煌、ピチャン、トルファン、ウルムチ、カシュガルと、あんまのんびりせず、結局ビザなしで突っ切りました。 砂漠に点在するオアシス都市やパキ北部のフンザは、秋が訪れていました。 朝晩はひどく冷え込みモヤがたち込め、日中は秋晴れ(砂漠気候なので当然なのかも)、葡萄やポプラ、杏子などが山吹色や橙色に染まり、砂漠の畑には雪が散りばめられたように綿花が実り、穏やかでとても美しい季節でした。 でも、漢民族は相変わらずでした。 ゴミは捨てるし、うるさいし、いつも争ってるし,,,。 列車の中でも、ちょっとオレが愛想をふりまいて漢字を書いて見せると、奴等は調子に乗って、次から次へと入れ替わり立ち代わり話しかけてくる。 (彼らは全く英語はできないため終始筆談) 「どこへ行く」「西安は行ったか?」 「不像日本人(お前は日本人に見えん)」「酒井法子」などと。 それぞれ適当に相手をしてたのだが、ちょっと知ったかぶった奴が登場し、 「小泉純一郎、拝靖国神 No Good」とふと言い(書き)出した。やっぱり、これには反論すべきでしょう。 「先祖を奉るのは日本の宗教、文化であって、戦争の善悪には関係ない!」 「中国に干渉されることではない!」と説明。 当然、戦争問題にまで話が及び、「教科書問題」「慰安婦問題」「南京大虐殺」が出てくる。 挙げ句には「日本人正視歴史! 改変歴史 No!」とほざく。 (貴様らの方こそ、歴史を誇大化、捏造してるだろが!) (チベット問題はわかってんのか!) と思ったが、言っても無駄なので、 「侵略戦争は認め、誤る。」 「しかし、慰安婦問題は強制連行でなかったし、南京虐殺は不明確だ!」 と説明し主張。 すると奴、かなりオレがムッとしてるの見て、 「要日中友好!」と書いてきて終了。 共産主義教育、恐るべしである。 漢民族にはほとほと疲れますが、まぁ飯がうまいので、やっぱり中国は好きです。 中国にいるあいだ、毎日、吐くほど中華料理を食い続け、十分な皮下脂肪を貯え、パキスタンへと超えてきたのですが、えらいことに遭遇です! 入国とほぼ同時に、なんと“断食月ラマダン”が始まったのです。 ? ? ? ラマダン ? ? ? “ラマダン”とはイスラム暦(太陰暦)の月の一つで、預言者マホメットは、このラマダン月に断食を行い最初の神の啓示を受けた。以後23年間に渡る啓示の末、コーランの最後の章がおりてきたのもこのラマダン月とされる。 イスラム教徒は、これに習い、ラマダン月を聖なる月とし、日出から日没まで断食(水さえも。もちろん煙草も。)をし、一切の欲望を断つ努力をする。 戒律が比較的緩やかなフンザでは、まだ大丈夫だったのですが、南の街へ下りてきたらさぁ大変。旅人や異教徒は許されるとはいっても、とても外で飲食できる雰囲気じゃありません。 しかも、日中は、食物屋台やレストラン、ジュース屋は、オールクローズ! ケンタッキーすら夕方まで閉まってます。 フルーツかサモサ系スナック(油っこいやつばっかり)しか売っておらず、ホテルに持ち帰って食いつなぐというひもじさです。 ただでさえ、イスラムの食いもんは、脂っこすぎるし選択肢がないというのに、その上ラマダン! かなり、つまんないです。 日没とともにみんないっせいにどこぞで飲み食いするため、日没後30分ほど街頭から人気がなくなり街が静まり返る様は、かなり異様です。 やれやれです。みるみる痩せてきてるような気がします。さらに風邪をひいていて咳が止まりません。あやういです。 ラマダンは今月末まで続きます。 この後は、アフガニスタンへ向かいます。 アフガンも、ラマダンは厳しいとのことです。トホホホ。。。。 ではまた。 今度は体重も測って報告します。 凸 公開:2004.06.09
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| 第4話 【しんぷくくいてーー!】 お便り受信:2003.11.18 | |
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咳が止まらない凸です。 なのに他のパッカーから、ハッシシ(○○○。○樹脂)を勧められるとつい吸ってしまう。夕べは、思わず食ったもん 全部吐いちゃいました。悪循環です。 アフガン情報ありがとさん。 マシンガンで蜂の巣にされないよう気をつけます。 凸 公開:2004.10.25
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| 第5話 【剣岳ファン】 お便り受信:2003.11.19 | |
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風邪、だいぶよくなってきてる凸です。 > 凸からもらった新田次郎の本「剣岳<点の記>」、読み終わりました。 > まじ感動、感動、かんど〜です! > 今回の登山とかなりオーバーラップしていたので、情景が手にとる様にわかり、 > 読みごたえのある1さっつでした。 でしょでしょっ! おもしろいでしょっ! もう剣岳のとりこになるでしょう。 ほんと、描写されてる情景、状況、緊迫感が、伝わってくる。 「登山を趣味にしてて本当によかった!」って、この本呼んで思ったなぁー。 奥山さん(注)に感謝です(笑) また今度、剣岳にアタックしましょう! (注:「奥山さん」 ウチや凸さんたちに共通の先輩) じゃん(注)へ。 おそらくアフガンの自然は「ランボー」に出てきた風景でしょう。 ただ、映画のような戦争はもう終わってますがね。 アフガン空爆は、米軍の一方的なものでしたし。 戦争を知らない世代として、首都カブールの壊れっぷりもしっかり見てくるつもり。 ただ、治安はまだかなりやばいらしい。特に外国人に対し...。 (注:「じゃん」 共通の友人。凸サンの同窓生) ではでは。 公開:2004.10.25
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| 第6話 【剣岳ファン2】 お便り受信:2003.11.22 | |
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凸です。 日本はもうかなり寒いのでしょうか? アフガン国境近くのペシャワールに来ています。 ラマダン開けの日が近づき、日に日に街はすごい賑わい! 日本でいう正月前の年の瀬のような雰囲気で、バザールは人が行き交いごった返してます。 > われわれの行動は、まさに小説につなっがっている様です。(凸が仕組んだ?) > 剣の目の前まで行き、断念したのはまさに、柴崎、長次郎に通じています。 たしかにたしかに。 みんなで剣へ行くのが、もう今から楽しみになってきた。 で私は、明日アフガンへ入ります。国境越えは護衛をつけます。 また最近アルカイダが大暴れしてるようで、気をつけて行ってきます。 と言っても、これはもう運次第...。 では、無事にアフガン抜けられたらまたメールします。 公開:2004.12.19
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| 第7話 【アジア終着イスタンブール】 お便り受信:2003.12.18 | |
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凸です。 みなさんいかがお過ごしでしょうか? 今年も残すところあと2週間となり、きっと日本は年末&Xmas ムード一色なのでしょうね? すこしうらやましい。 私は、実はもうトルコです。 イラン国境近く、トルコ最大の湖ワン湖のほとり、「ワン」におります。旅行者にはまだマイナーな国境を超えて昨日トルコ入りしました。 いやはやこの一ヶ月近く、アフガン、イランと怒涛の旅でした。 アフガンは15日ツーリストビザ、イランは7日間トランジットビザ+延長3日間のみだったため、のんびり、ぼーっとすることさえできず、もう大変でした。 さて、まずアフガンを振り返って。 1.寒い!!! どこの国も冬はやっぱり寒いとようやく気づいてきたのですが、アフガンは部屋の中でも寒い! 特にバーミヤンは山間のため、極寒! 吐く息も白く、部屋でくつろぎようがない。明け方、部屋の中で0℃でした。道ばたで売ってたザムザムファンタの1.5Lペットボトル、凍ってました。 飲めんだろがーっ! 2.子供たちがかわいい。 血の混ざり具合がいいのだろうか、ホントにかわいい! 女の子のつぶらな眼差しに射抜かれてしまいます。 そしてみんな生き生きしてる。よく働き、大人に負けていない。 どことなく暗い影を感じてしまうインドの働く子供とはまた違う感じ。 そうそう、カブールの村のやんちゃなくそガキども、銃(おもちゃ)所持率は 95%以上。これも戦争の影響?(笑) 3.人がいい。特にじいさん! パキスタンもそうだったが、アフガンの人たちもとても親日。 変にツーリスト慣れしておらず、みんなとても親切であたたかい。 (ただし、宿のおやじと、ぼってくるバスドライバーは除く) ハザラ系の人々は日本人そっくり!とても親近感が湧く。 田舎のバーミヤンでは、道ゆく人々が普通に挨拶してくれ、ほのぼの。 そして、特にじいさんたちがいい! とても紳士的で優しく、時に 英語も話せ、なんといっても風格がある。 彼らは、このアフガンの歴史を目の当たりにしてきているわけで、その面影にはどことなく憂いさえ感じる。 4.戦乱の爪跡 いたるところに空爆や銃撃戦の跡がそのまま残り、生々しい。 ぶっ壊れた戦車が道端に放棄されている。村の塀には、地雷の絵が描かれていて、その危険を子供たちに教えている。 戦争は何の関係もない住民まで巻き込むことを痛感する。 また、ふつうの大人達はまったく英語を話せないが、年老いたじいさんが時々流暢な英語を話し、子供たちが片言英語でハローと言ってくる。教育においても空白の時代があったのかもしれない。 戦乱さえなければ、きっとこの国はいい国になっていたように思う。 がんばれ子供達よ!と言いたい。 5.日本領事館、ムカつく!! カブールでイランのツーリストビザを申請に行ったら、翌日発行のためには日本領事館のレター(紹介状)が必要といわれ、やむなく日本領事館へ。 噂どおり、領事直々のありがたい説教を長々と頂戴する。 そしてレター発行の段になり「一刻も早くアフガンを去れ。 明日のヘラート(イラン近くの比較的安全な街)行きの飛行機 チケットを 購入することが条件」とこちらの足元を見るかのような ことを言われる。 もちろんバーミヤンも行きたいし、もともと 陸路で抜ける予定だったため、これを断固拒否。よってレターはもらえず、「領事館出入り禁止」とまで言われる。結局、レター なしのため、トランジットビザでイランに入ることになった。 まぁ、領事の気持ちも分からないでもないが・・・。 次にイランです。 1.あまりの発展ぶりにびっくり アフガンから抜けたもんだから、ほんと驚いた。まばゆく輝き立ち並ぶ街灯に思わず歓声をあげてしまった。 タイ=カンボジア国境でもそのギャップに驚いたが、ここもそう。戦争とオイルマネーで、こうも違うか?! 2.イラン人、人相悪い(笑) 旅行者の間では悪評高いイラン人ですが、私は別にそうでもなかったです。ただ、イラン人男は、たしかに人相がよくないです。 インド人の胡散臭い顔と違い、いわば悪人づら。2人に1人は眉毛がつながっている。(つながってるように見える人も含む) 女の人もすごく美人なのですが、ちょっと恐い。子供の段階ですっかり顔が出来上がっていて美人なわけで、これが大人になってさらにバッチリメイクをされると、もう半ば妖怪と化します。 チャイハネで、水タバコをぷかぷかとふかす姿は不気味です。 3.イスラム建築デザインの美しさにやられる 10日間だったため、テヘランとバムは素っ飛ばしたのですが、イランのモスクや聖廟の美しさには参りました。すごいです。 とくにマシュハドのエマームレザー廟!素晴らしい!美しい! 眺めていて全く飽きることなく、そこへアザーンなんか聞こえてこようもんなら、ホントやられます。気持ちいいです! マシュハド、かなりおすすめです。 イラン人、プライド高いだけのことはあります。 4.イランも寒かった やっぱりイランも寒いです。昔、学校で、たしか「イラン高原」という言葉を勉強したことを思い出しました。エスファハーンの広場の 噴水、一日中凍ってました。 オルミーイェでは雪が舞い、国境では、一面の銀世界。スキーのツアーバスにでも乗ってる気分でした。 おかげさまで、また風邪ひいてしまいました。 とまぁ、以上とりとめもなく感想を書きましたが、勉強不足な私個人の全くの主観及び思い込みによるものですので、あしからず。 ご意見・反論あれば、ぜひお寄せください。 さぁて、なんとかトルコ入りしたものの、これからどうしようか? 暖かいところへ行きたい、切にそう願います。 ではまた。 凸 公開:2004.12.19
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| 第8話 【アフガン、イランを経て】 お便り受信:2004.1.8 | |
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凸です。 みなさま大変遅れ馳せながら、新年明けましておめでとうございます。 本年もどうぞよろしくお願いいたします。 さて私は、アジア横断終着点トルコ、イスタンブールに到着しています。 やっぱり、ここイスタンブールもムッチャ寒いです!ここ2、3日雪つづきです。今日も一日中氷点下! ざむいでず。 アジアから来た私の目には、イスタンブールは、もはやアジアではなくすっかりヨーロッパの雰囲気、“香り”です。でも、ヨーロッパを周ってきた旅行者に言わせると、どこか雑然としていてアジアの“臭い”が漂うとのこと。 まさに、ここはアジアとヨーロッパの境界なのかもしれません。 さてさて、年末から新年早々にかけて、私の身に大変なことが起きました。 というか発覚しました。というより 発病...。 トルコに入ったあたりから、風邪気味で微熱が続きどうも体調が思わしくなかったのですが、カッパドキアでXmasイヴに調子に乗って久々にビールを飲んだところ、さぁ大変!血の気が引いて吐き、洞窟部屋ドミのベットに倒れこみ、そのまま熱が上がり、寝込んでしまいました。 5日間ほど洞窟部屋でうめきつづけ、ようやく動けるようになり、トイレで自分の顔を見てビックリ仰天!!! 目の白目が真っ黄っ黄なのです。よくよく見たら手も足も黄色い。いわゆる黄疸ってやつです。ずっと薄暗い洞窟部屋で寝込んでたため全く気がつかんかった。...いやはや。 そういえば、ここんとこ、おしっこも紅茶みたいな色をしていました。噂に聞いてた肝炎(たぶんA型)っていうものにかかったらしいです(正確には、ずっと前に感染していて発病)。おそらくアフガンで貰ったのでしょう。 病院にはいってませんが、発熱、倦怠感、吐き気、嘔吐、コーラ色の尿、白いうんこ、などなど諸症状がそっくりそのとおりです。病院に行ってもどうしようもない病気らしいです。...とほほほ。 ですので、このお正月は、ほとんど観光などせず(体調も良くなかったが寒くて出歩く気にもならん!)、まさに寝正月。ずっと静養してました。そのかいあってか、体調はもうかなり回復しました。どうぞご心配なく。 ただ、目は黄色く、おしっこは紅茶のままですが...。 この肝炎、完治までには最低でも1ヶ月ほどかかるのだそうです。 というわけで、とりあえず今回の旅の第1目的地イスタンブールに到着しましたし、この時期どこへ行っても寒くてもうたまらんし、お餅食いたいし、久々にスキーに行きたいし、風呂は入りたいし、寿司食いたいし、初詣行きたいし、新福らーめんくいたいし、鍋つついて新年会やりたいし、そしてちょっと一身上の都合もありまして、突然ですが緊急帰国することにしました。 で、今日早速チケット調べに行ったら、「明日の便なら空きがある」といわれ、さらに突然ですが明日8日朝発のエアーにて帰国いたします。 自分でももう訳分かんなくなってます。 大変突然ではありますが、一旦この旅メールもお休みいたします。(もうしばらくはメール確認もできません) この旅でも、私のくだらないメールにお付き合いいただきありがとうございました。 肝炎を治し、春になったまた旅に出ます。次回は、「中東〜欧州編」になるかな? ではまた。ごきげんよう〜! 公開:2005.4.5
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| 第9話 【速報】 お便り受信:2004.1.9 | |
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凸です。 おられないとは思いますが、“帰国祝い&新年会”を考えてくださった方がおられるとご迷惑になりますので、とりあえず速報をいれます。 本日、イスタンブールの空港にて「目が黄色い」ということを理由で搭乗拒否されました。 しばらく帰国できそうにありません(TT) | 第10話 【白くなり帰国】 お便り受信:2004.1.22 |
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凸です。 ようやく、ほぼ眼が白くなりました! 本日、空港のマレーシア航空オフィスに直接行って、おもいっきし目を見開き見せてやりました。 すると、いきなし明日の便が取れてしまいました。 というわけで、イスタンだらだら暮らしともいよいよお別れです。 トルコ人にはまじでムカつきますが、イスタンブールはここんとこ暖かい日が続き、搭乗拒否のおかげで、ホントいろいろと楽しめました。 やっぱり“人間万事塞翁が馬”ですね。 では明日こそ飛行機に乗り、クアラルンプール経由で土曜の朝には日本の地に降り立ちます。 では、また次の旅まで、ごきげんよう! 公開:2005.6.13
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