+ インド〜中東編 +
| 第1話 【カトマンドゥより】 お便り受信:2002.12.23 | |
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凸です。 ネパールのカトマンズに昨日入りました。 またアジアの旅のスタートです。ここから、トルコを目指す予定です。 たわいもないメールにどうぞお付き合い下さい。 ここカトマンドゥは、高層ビルなどはありませんがかなりの街です。 人も多くて道も狭く、ところ狭しとバイクや自転車、人力車、車が行き交い、騒がしくほこりっぽいです。でもバンコクのような喧騒とは違い、どこか懐かしさ漂っています。 思っていたほど暖かかくなく夜は冷え込みます。ちょっと寒いくらいです。今はちょうど乾季で過ごしやすい気候らしく、ちょうど日本の4月はじめぐらいでしょうか。 ネパール旅行といえばトレッキングが有名なのですが、さっそく明日から、20日間ほどかけてエベレストの麓までトレッキングに出かけます。最高5500mまで登るため、高山病にもならないようかなりゆっくりのペースです。 ちょっと高かったけど、何だか面倒だったんで、代理店でガイドも頼んでしまいました。(よくよく考えてみたらちょっとぼられてた.怒) 帰ってきたら、また報告します。 ではまた。 公開:2003.07.06
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| 第2話 【インドより】 お便り受信:2003.01.05 | |
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みなさま、新年明けましておめでとうございます。 私は、ただいま、インドにおります。 ガンジス川の流れるヒンドゥーの聖地“バラナシ”にて新年を迎えました。ここはインド各地からも多くのヒンドゥー教の人々が訪れ、毎日がお祭りのようです。 聖なる河ガンジスはたおやかに流れ、その川で沐浴し祈る人々。身体を洗い洗濯する人々。暇そうに昼寝するボートこぎのおっさん。オレンジの布に身を纏ったサドゥー(修行者)。絶えず燃え盛る薪と白い煙を上げながら炎につつまれる屍。それをずっと見つめてる遺族や男達。手を差し出す乞食。我が物顔で闊歩する牛。その牛を棒でぶん殴る野菜売りのおばちゃん。いつもおびえてる野良犬。屋根から屋根に飛び回る猿。貼られたばかりの貼り紙を食う山羊。花売りの子供。しつこい葉っぱ売り。やせ細った人力サイクルのおっさん。まずい飯を出しておきながら決まって「美味かったか?」と聞いてくるふざけたレストランのおやじども。 迷路のように入り組んだ路地。あちこちから漂う糞尿の臭い。鳴り響くヒンドゥーの鐘の音。わけわからん音楽。 それらすべてがごっちゃごっちゃにまとまりながら存在しているのがここ“バラナシ”です。甘ったるいチャイを飲みながら、ボーっと眺めていると、いつのまにか時間が経っている。バラナシは、バックパッカーをひきつけるなんとも伝えがたい魅力的な街です。 元旦朝には、インド人にならってガンジスで沐浴を決行しました。 あまりの寒さと水の冷たさ(北インドの冬は意外に寒い)に、日本人バックパッカーの多くが怯むなか、意を決しトランクス一枚になって入りました。さらにインド人に大和魂を見せるべく、ガンジス川の中ほどまで泳いでいってやりました。(インド人でも\余り沖までは泳がない) 水はむっちゃ冷たいけど、乾季ということもあってか、思ったよりも水は臭くはありません。いい気になって中ほどへと泳いでいると、突然、目の前をイルカが通り過ぎたのです! 感激、というよりかなりびびった。河イルカがいるとは聞いていたが、まさか目の前を通るとは。びびって立ち泳ぎをしていたら舟で観光中の日本人団体客から、「泳いでるー!」なんて声が聞こえ、写真やビデオを撮られまくられる。おれを日本人とわかった上で 撮っているのかは疑問だったが、いちおう愛想をふりまいてしまった。 で、そんなに時間は経ってないのに、水の冷たさで体が動かなくなっていることに気づき、しかも下流へと流されはじめていた。 これ以上は、死ぬ!っとびびり、あわてて岸へと戻りました。 行きはさっそうとクロールだったのだが、帰りはゆっくり平泳ぎしかできなかった。あの撮られた写真たちは日本でどう説明されるのか少し心配。 一度泳いでしまったら別に汚いと感じなくなってしまった私は、翌日も、インド人にまじって洗濯&入浴をガンジス川で済ませました。 いまんとこ、変な症状は出ていません。 この街は、かなり居心地がいいので、もうしばらくのんびりしてから、暖かい(暑いが正しいかも)南インドを目指そうかと考えてます。 では、本年もどうぞよろしくお願いいたします。 凸 公開:2003.07.06
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| 第3話 【インドより(2)】 お便り受信:2003.01.06 | |
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もうみなさん今日から仕事でしょうか?おつかれさまです。 日本もかなり寒いようやね。かなり雪も降ってるんでしょうか?今年はスキーにいけんのが残念。ここ北インドも、ここ2〜3日かなり冷え込んでます。 沐浴するインド人もかなり少ない。おれなんかが利用する安宿や食堂は暖房などあるわけなく、日本よりむしろ寒いんです。 あんまり寒んで、昨日はほとんどどこも行かず、ずっと焚き火に あたりながらガンジスを眺めボーっと過ごしてしまった。毎日、まったりした日々が続いてます。 みなさんに昨日も読んでた本のご紹介。 “ガンジス川でバタフライ”たかのてるこ著(幻冬舎文庫) ネパールであった日本人から薦められてて、インドで会った日本人が持ってって読み終わったんでともらいうけ、いま読んでます。 おもしろい。旅本は、たくさんありますが、旅馴れた人の書いた本ではなく、友達が書いてるような等身大の内容で、堅苦しくなくかなり楽しい。 忙しいとは思うけど、興味があれば、ぜひぜひ。 きっと旅に出たくなります。(お待ちしております) ではでは。 公開:2003.07.27
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| 第4話 【最南端より】 お便り受信:2003.01.25 | |
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ご無沙汰しております。日本の冬いかがお過ごしでしょうか? インドより凸です。ちょっと下痢が続き抗生物質を飲んではいますが、いちおう元気です。 まったりした日々を過ごしたバラナシを正月明けに離れてからインド一の大都会、ボンベイ。 かつてヒッピーの聖地マリファナ天国リゾートビーチ、ゴア。ザビエルのミイラが眠る世界遺産、オールドゴアとパナジ。 世界遺産の中にある小さなツーリスト村、ハンピ。インドのシリコンバレーといわれる、バンガロール。 ただでかいだけでなんのおもしろ味のない、チェンナイ。 などなどを、意欲的に見てまわり、今朝、ついにインド亜大陸最南端コモリン岬にたどり着いてます。 正面にはインド洋、左にはベンガル湾、右にはアラビア海が広がってます。 南インドは、サイコーです!なによりあったかい。椰子の木がゆれ、バナナ畑が広がり、木陰を風が吹き抜ける。 やっぱりアジアはこうでなくては。ちょうど、日本の7月初くらいの暑さでちょうどいいです。ただ、夜、蚊が多いのには、まいります。 北インドにくらべ南インドは、圧倒的にツーリストの数が少なく(とくに日本人は見かけなくなった)、ツーリスト相手商売のインド人もそんなにスレてないため、ムカつくことも少ない。全然うっとおしくない。 南インド人の顔は、北にくらべ、ちょっと丸顔でどことなく愛敬のある顔をしています。街も雰囲気ものんびりしていて、いい感じです。 そしてなにより親切。北インドでは親切もなんかうさん臭さをぬぐえないんやけど(よく裏切られるから)、南は素直にみんな 親切です。南インドお勧めです。ただ、暑期の暑さは地獄だそう。 そしてこれだけ南だけあって、星空がまったく違い、すばらしい! 北極星が地平線ぎりぎりで、オリオンが寝たまま上ってくる。そして、あのカノープスが南の空高く輝いてます。感動的です。その下にある明るい星の並びはケンタウルサ座かなー? 日本よりはるか遠くへ来ていることを、なにより実感します。 あとインド人はみんな鼻髭(口髭?鼻の下の髭)だけを生やしてます。 大人の証しなのか若い兄ちゃんでも生やしてる。この前バラナシで、安かったから(25円)、伸びてた不精髭を反ってもらいに行ったら、俺にも鼻髭だけ残そうされました。(もちろん反ってもらいましたが)それぐらい鼻髭はポピュラーです。 北インドでは、成人男性の鼻髭率98.5%!鼻髭のせいでインド人は見た目年齢が10歳はあがります。 俺より上かと思って話していて、歳を聞いたら未成年でビックリ!なんてことはしょっちゅうです。だから、インド人は、うさん臭く見えたり、愛敬たっぷりにも見えたりするんでしょうね。 まだまだインド人観察の旅は続きそうです。カトマンドゥでとってきたパキスタンビザの有効期限が3月末までなので、そうのんびりもしてられませんが。。。。 凸 公開:2003.08.03
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| 第5話 【まだインドです】 お便り受信:2003.03.12 | |
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ご無沙汰しております。 行方不明扱いにされはじめているようですが、元気にまだインドにいます。春休み学生パッカーに混じって、うろうろしてます。 この前、宿帳の職業欄に、気分で「学生」と書いたら宿のおっさんに「Realy?」って言われたました(笑)。 旅してて、インドは「もうおなか一杯!」という感じなんですが、自分でも、なんでまだインドにいるのか不思議です。インドは奥が深い!それがインドの魅力? いまは、カルカッタから南へ列車で一晩の海辺の街“プリー”にいます。ベンガル湾を見ながらのんびりです。 カルカッタやここは、もうすっかり夏。日本の真夏とちょうど同じくらいでしょうか。このあとも、ちょっとひと泳ぎしてこうかと思ってます。 先日、だいぶ暑くなってきたので、避暑地として有名な北東インド山奥の“ダージリン”へ行ってきました。世界遺産のヒマラヤ登山鉄道“トイトレイン”に乗るのも目的でした。 スイッチバックをしたりして急勾配をゆっくり登っていくトイトレインは、本当に小さくまさにおもちゃの様。遊園地によくあるあんなやつです。スピードものろく、踏切なんてありません。 車はもちろん、サイクルリキシャのおっさんにも抜かされる。地元の子供たちは、走ってきて飛びつき好きなところで降りていくといった具合です。 結局、車で3時間のところを8時間かけて、ダージリンに到着。でも、斜面に広がる茶畑や山上の村などの風景を十二分に満喫できました。 で、到着した雲上にあるダージリンは、むちゃくちゃ寒かった! 標高2100m超というのをなめてました。おそらくいまの日本とそう変わらない寒さで、朝晩は凍えてました。 街は、山頂から斜面に広がり、坂や階段だらけです。日本の山間の古びた温泉スキー町といった雰囲気で、どこか懐かしさを感じます。 というのも、ダージリンを含めインド北東部は、すぐそこが中国やブータンであり、チベット仏教文化の影響が強いのです。 東洋系の顔をした人々も多く、子供なんてホント日本人そっくり。それにしても、インド人顔の子供と日本人顔の子供が仲良く通学してる様は妙な感じでした。 まぁ寒いながらも、カフェに入り、斜面に広がる街並みを眺めながら飲む本場のダージリンティーはたいそう美味く感じました。 カルカッタでは、故マザーテレサが活動した“マザーハウス”でボランティアをしてきました。いくつか施設がある中で、「死を待つ人の家」へ行きました。身体が不自由で寝たきりの人々の介護です。 大したことはしてませんが、たいへん貴重な経験になりました。 インドを旅してると、ヒンドゥー教を目の当たりにし、日本ではほとんど意識してない「宗教」というものについて深く考えさせられるのですが、ここでは、キリスト教の説く“慈愛”の精神に触れることもできました。 というわけで、すっかり旅の生活にも慣れきり、激辛インド飯、お決まりでくる下痢、安宿のダニなどに負けることなく元気にやっておりますのでご心配なく。(してませんか?笑) この後は西へ西へと向かいます。パキスタンビザの関係で、そうのんびりしてられなくなってきています。 では、また。 凸 公開:2003.08.26
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| 第6話 【味噌汁ー!】 お便り受信:2003.03.19 | |
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凸です。 スキーシーズンもそろそろ終わりでしょうか?今年は跳びましたか? イラク、なんだかほんとに戦争はじまるらしいですね? 来週取得予定のイランヴィザがおりんくなったら困る!たのむぞブッシュさんよ! で、いま、カジュラホーという世界遺産のある村にいます。 昨日今日と、インドは“ホーリー”という祭りで、大盛上がり! 春の到来(春というより猛暑)を祝うこの日は、カースト関係なく無礼講ということで、人々がカラー液をかけあう。半分暴徒と化した子供達に、ツーリストである俺まで、べっとりとかけられ、顔に塗られた(T_Tメ) そうそう、先日2ヶ月ぶりくらいに、日本料理ができる店で定食を注文、味噌汁に口をつけたら、思わず涙が出そうになりました。 やっぱり日本人の凸より 公開:2003.09.09
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| 第7話 【RE: ちょいと相談で。。。】 お便り受信:2003.03.20 | |
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とうとう、戦争はじまったらしいですな。 今夕、バスでデリーに向かいます。列車に乗り継ぎ明日昼前に到着。で、その足で、イランビザを取りにいくつもりなんけど、ちゃんとくれるやろか...心配。 イランビザは、申請に日本大使館のレター(紹介状)が必要なんやけど、それが気になります。 ではもうちょっと、この街の紹介を。 ここカジュラーホーの遺跡群は世界遺産の一つです。この遺跡の“ミトゥナ像”彫刻が世界的に有名です。 その像は、とてもエロティック!そしてなんと、男女の結合、セックスシーンまであるのです!!寺外壁のいたるところでやりまくってるんです。ときには獣姦まで! ヒンドゥー(日本の仏教や神道でも同様でしょう)では、性的結合は神聖化されているのです。 でも、ヌード写真でさえ禁止のインドで、ここまであからさまでいいんかいとつい言いたくなります。 とはいえ、青空のもと、外壁を埋め尽くす天女や男女の像は、大変美しく、まさに魅せられます。これまで見てきた石像の中でも屈指。 究極の美はやはりエロスにあるのかもしれませんね。 ではまたメールします。 ガスマスクがない凸 公開:2003.10.08
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| 第8話 【不安的中!】 お便り受信:2003.03.23 | |
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凸です。 恐れていたことが、起きました。 先日、デリーに到着し、その足で、イランビザを貰うべく、すぐに日本大使館へレターをもらいに行きました。 なんとか午前中の受付時間にすべりこみ、窓口にて、 「レターがほしいんですが」 インド人女性が、ペラペラの日本語で、「どこの国ですか」 「イランです」 「イランのレターは出してません」 「えーーーーーっ?!」 心配してた言葉が...。 「い、いつからですか?」 「昨日から」。端的に返事がかえってきます。 「そこをなんとかぁ」 「戦争はじまったのは知ってますか?危ないでしょう。」 「そんなーーーぁ!」 どうして、大使館の連中っていうのは、事務的というかこうも冷たいんでしょう。 こうなれば、直接イラン大使館で土下座してでも頼み込んで取得してやろうと気を取り直し、途中スライスを一気飲みし、イラン大使館へ向かった。 すると門に貼紙が、 “21/3/2003 New Year holyday” 「.....今日やんけ!...」 打ちのめされ、途方に暮れながら、メインバザールまで歩いて帰りました。(戦争反対!ブッシュ、おぼえてろよーーー!) 面倒やけど、パキスタンでビザ取得することにします。 もしイランへ入国出来んかったら、パキからカラコルムハイウェイ越え中国まわりの陸路海路で、日本へ帰ろうかと思いはじめてます(笑) そして、ビザのもらえないデリーにもう用はなかったので、すぐに昨日、ヒンドゥー聖地の一つであるここリシケシュに来ました。 インド人ギュウギュウ詰めの6時間は、けつと膝に堪えました。 で、ここリシケシは、かなり居心地良いです。 ガンガーが清らかに流れ、風が山から軽やかに吹き、インド人もツーリストずれしてなくて、物価もやすい。一言でいえば、穏やかな小バラナシといった感じ。 まるで日本の三朝温泉か下呂温泉あたりに来ているようです。 ではまた 凸 公開:2003.10.25
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| 第9話 【言い訳。。。】 お便り受信:2003.05.25 | |
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パキスタンより、凸です。 みなさん元気ですか? 私は、まだパキスタン北部の村“フンザ”にいます。 「いったいそんなに長い間何やってんの?」なんて言わないでください。新学期に夏休みの宿題をやってなくて先生に問い詰められるようなもんです。 このように、居心地のいいところに、ついつい長期ステイしてしまうことを、バックパッカーの間では“沈没”すると言います。 以前は“移動型”パッカーを自負していた私でしたが、最近フンザで出会うパッカーの視線の中に、明らかに“沈没者”の烙印が押されていることを感じてはじめてます。 でもちょっと言い訳させてもらうと、虫かトゲに刺されて、そこから足が腐りかけて入院するというハプニングもあったのです。 まず、足がパンパンに腫れ痛くて歩けなくなりました。で、薬局でもらった薬を飲んで寝てたんですが、39度超の熱が出てきて、これはヤバイと思い、ふくらはぎの刺された部分を痛みをこらえ、自らハサミでえぐってみたところ、刺された穴からぶじゅぶじゅーっと白い膿が吹き出してきました。 自分の足が内側で腐ってきてるのです。いやぁー恐怖でした。 病院に行ったら、即入院でした。数日間注射で抗生物質づけにされ、ようやく治ったしだいです。 まぁ、それもとっくに治っているんですがね...。 それから、大雨が降り、土砂崩れで唯一ライフラインである山岳道路が崩壊、フンザが3週間ほど、陸の孤島と化すということもありました。八百屋はジャガイモだけになり、おっさんもいなくなったくらいです。 まぁ、それも先週修復開通しましたがね...。 まぁ、いろいろ言い訳もできますが、結局のところ、やっぱりフンザは居心地がいいってことです。 今は新緑の季節で、谷から吹いてくる軽やかな風に、れんげの花の香りが漂ってます。 のんびりと一年を通して、移り変わる季節の風景を眺めてみたいと感じます。 でも、ついに、すっかり根のはえていた重い腰をあげ、明日移動することにしました。アフガニスタンンよりの街“ペシャワール”を目指します。 ここでまた“沈没”しなければよいのですが...。 凸 公開:2003.11.13
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| 第10話 【灯篭写真送付願います】 お便り受信:2003.06.09 | |
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(前回の話について) そんなときの医療費ってどのくらいするものなの? おしえてください。 全部で、1万円くらいかかったかな? 薬、特に抗生物質が現地物価にしては高め。でも、保険があるんで大丈夫! ドクターに頼んで、証明書に入院日数を多く書いてもらったので、むしろ儲かります$ で、旅、続けてます。 パキ北部の山岳地帯をジープで横断し、南下、いま、大都会(?)ラワールピンディにもどってきてます。 北パキ山岳地域は、ホントよかったです。 インドに疲れたらネパールといいますが、北パキもかなり良いです。 旅の途中であることを忘れてしまってました。まったく(たぶん)危なくもないです。 そして戻ってきたここパキスタン中部は、鬼のような灼熱の暑さです!! とにかく暑い!!! 一年で一番暑い時期らしく、部屋にいる時は、ファンをまわしていても、起きる風は熱風。壁やベッド、触れるもの全てが熱く、ミネラルウォーターも即効ぬるま湯になります。 シャワーを1時間おきくらいに浴びて、冷却しないと干からびそうで、濡れたままファンの下に立ち尽くし、「ずずじーーぃ」なんていいながら、しばしボーーッとする。 一日にこれを平均20回やってる始末です。 もちろん夜も寝れるわけなく、たまらず目が覚め、シャワーを浴びて、ぬれたままベッドに倒れ込むということを朝まで繰り返してます。 な、なのに、この国には、涼しい料理がない! 年がら年中、油っこいもんばっかで食ってていんかいパキ人よ(怒)!そーめんとか、冷やし中華とか、ざるそばとかちょっとは考えろよー! そんな向上心のなさが、日本のように発展できない根本的な理由だと気づかんのかーぃパキ人?!あ”ーーーっ! でも、季節限定のマンゴージュースは美味しいので、ちょっと許します。 そんな暑さのせいで、マンゴージュースの他にも(マンゴーは濃すぎてあんま飲めない)、訳のわからん屋台のジュースとか飲んでばっかりで、お腹が冷えるせいか、ケツがゆるみっぱなし。 今朝もスイカを食いすぎて(1/2個)、さっき、突然きゅるきゅるーって鳴って、もう出てしまいました。真っ赤でした、しかも種入り(笑)。 そうそう、体もかいーーーんです。かなり深刻! 虫に食われまくり!以前亮君がやられた以上!左足だけを数えてみたら、なんと60個所以上!全身で200を優に超えると思われます。 で、私は、やたらとかゆい達の悪いパワフルなダニにやられたと思っていたら、先日、他のパッカーから、極悪「南京虫」野郎と認定されました(驚) 半月はかゆみはとれず、跡も残るそう(T−T) そろそろ帰国を考えはじめているこの頃です。 凸 公開:2003.12.01
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| 第11話 【帰国?!】 お便り受信:2003.06.14 | |
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「体力ありそーぅ」とよく言われますが、じつはひ弱かもしれない凸です。 3日前まで、2日ほど下痢+熱が出て、寝込んでました。 元々下痢はしてたんですが、急に体がだるくなり熱っぽく、最上級の下痢。明らかにやられました。 何も食ってないのに、もよおしてくる。“おなら禁止”状態!でも、気温が暑いので、ホントに熱があるのか、暑いのか、分からん。 で、他のパッカーが体温計(水銀式)を持っていたので、借りて測ろうとしたら、メモリが測る前から40度を振りきっているじゃぁないの! もう『おいおい』です。 体温計を脇下に挟んで冷やせということかい?!これでちゃんと測れるのかい? で、測ってみたら38度ちょい。たぶん、熱はあったのでしょう。 ときどき飲む値段が安い抗生物質(3円/錠)ではちょっと効いてそうになかったので、ちょっと奮発、すこし高めの抗生物質(20円/錠)を買って服用し、あっちー部屋で、 ときどき襲いくる腹痛ごとにトイレへ駆け込みながら、ベッドでうめいてました。 「何が原因か?」なんて、皆目分かりません。 マンゴージュースも、レモン水も、ヨーグルトかけ野菜も、屋台スイカも、梅ジュースも...、全部が全部あやしい。だってそもそも、氷をきったない地面でカットしてるし...。 でももう今は、完全復活。懲りずにマンゴージュースを飲んでます。ホントうまいー! この暑さと、食うもんのなさと、下痢のおかげで、激やせ状態です。さっき道端の体重計屋で計ってみたら、なんと61kg(服込み)!!旅出発時は69kg。 8kg以上のダイエット!そして、成人以来の最高記録樹立!!!ちょっとうれしいかったり。 さて今後ですが、依然、中国への国境はSARSのため、開く気配は全くなく、中国経由での日本帰国はもうあきらめました。 で、ここパキスタンから帰国することにしようと思います。 当初の予定通り、イラン、トルコと向かうことも考えたんですが、一旦帰ろうかと。トルコまで行っちゃうと、きっとヨーロッパまで足を伸ばしたくなるのは目にみえてます。 なもんで、一度日本へ帰り、リフレッシュ。勉強、身辺の整理し、改めて出発したいと、ちょっと考えてる次第です。 「社会復帰は?」なーんて、みんなの声が聞こえてきそう(笑) 凸 公開:2004.01.03
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| 第12話 【Re:帰国?!】 お便り受信:2003.06.19 | |
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日本は梅雨まっさかりでしょうか? パキスタンの抗生物質でもお土産にしましょうか? こちらパキスタン中部も、そろそろ雨季が近いようで、たまに、夜、スコールが降る日があります。ほんのしばらくでも、雨が降ると少し涼しくなるので、「今晩も降らんかなぁ」と願う日々です。 そして私は、いよいよ日本へ帰国すべく、ここラホールに来ています。日航空券も手配し、バンコク経由にて、来週、日本へ帰ります。 ところがです。 なんと、いまさら中国国境が開いたのです!いまさら! 先日、航空券を購入後、出発地であるここラホールへ移動すべくピンディのホテルをチェックアウトしようとしたときのことです。 「チェックアウトねー」と私。 「OK!」と鍵を受け取りながら宿のおやじ。 「中国へ行くのかい?」 「ノー、ラホールだよ!中国は国境がクローズ!」 と答える私。 するとおやじが、すかさず、 「ノーノーノー、国境はオープンだ!」 「ノーキディングだよー、もう...」 パキスタン人には、<いついつに国境が開くらしい>などという全く根拠のない、ガセネタをこれまで何度となく聞かされていたので、信じない私。 「いや、本当だ!今日、開いた!」と、まじっぽいおやじ。 「ホントにーー?!」 「本当だ!今日の新聞に載っていた!」 「ほんとかよー?」 「ほらここに書いてある!」 と、私には読めないが、新聞の一角を指し示すおやじ。どうやら本当らしい。 「......(航空券買っちまったやろがーー!)」 この日より一昨日に、わたしが購入した航空券は、もちろん格安航空券のため、払い戻し&変更は一切利きません。 “人間万事、塞翁が馬” 旅とは、このようなものですね(涙) 凸 公開:2004.01.25
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| 第13話 【バンコク】 お便り受信:2003.06.24 | |
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みなさん元気ですか? 私は、旅の最後に、バンコクに来ております。特にへんな目的はありませんです。はい。 バンコクは、雨季の初めらしく蒸し蒸ししていて空気が肌にまとわりつくような、パキスタンとはまた違った不快さです。 それにしても、イスラム圏からもどってきた私にとっては、女子が街に溢れてることに感激! イスラムの国では、街中でほとんど女子を見かけません。たとえ、女性は出かけるにしても、肌や髪、身体のラインを隠さなければなりません。 厳しいところでは、全身を黒い布で覆い、黒いオバQ状態です。 なもんでしたから、ノースリーブにジーンズ姿なんかを見るのなんてのも、すっごい久々。 到着後いきなり、空港からの市内へのローカルバスは超満員。しかも、ほとんどが通勤通学の若い女子! いやおうなしに肌や体が触れ合い、ちょーー興奮(>▽<)!やっぱり世の中こうでなくては。(...やばいやばい) さて、私はいよいよ今晩バンコクを離れ、帰国します。 今回の旅でも、異なる文化や歴史、異なる国の人々、異なる宗教の人々、そして多くの旅人たちに、出逢いふれあい、いろんな多くのことを知り、学びました。そして、己の無知さ、そして、己の日本人としてのアイデンティティの無さを、つくづく思い知らされました。このことに気付くことは大きな収穫だと感じます。 帰国後も、できればまた出かけたいと思います。百聞は一見にしかず、果てしない世界はそこにあります。 本日24日、日本時間21時をもって、このメールアドレスは一時休止します。 これまで、私のつまらないメールにおつきあいくださり、ときには返信までいただき、誠にありがとうございました。 メールに救われることも多々ありました。感謝します。 またいつの日か、どこかの国からメールします。 凸 公開:2004.02.16
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