
●6月5日 (水) レイナ8ヶ月&スイスの育児支援は貧しいな・・・の巻 &HLHSの情報(Web紹介)
●7月15日(月) 24年目にして初めて逢う!オランダのペンパル
●8月12日(金) 悲しい出来事・・・・
●9月24日(火) 赤ちゃんがやってくるぞ
●2003年5月28日(水) 久しぶりの更新。スイスでの出産。陣痛から20分の超スピード出産。
●10月22日(水) レイナ2歳1ヶ月、ルイ5ヶ月半
●2004年11月6日(土) 久しぶりの更新。レイナ3歳1ヶ月、ルイ1歳6ヶ月になりました。
●6月5日 (水) レイナ8ヶ月&スイスの育児支援は貧しいな・・・の巻 &HLHSの情報(Web紹介)
今日でレイナは8ヶ月だ。病気もせず、ここまで大きくなったもんだ、と感謝で一杯だ。離乳食用にハンドミキサーを買い、玄米や雑穀を炊いた離乳食もパクパク食べてくれた。また6月1日は結婚1周年の記念日だったが、ルーディがCFA(米国証券アナリスト)の試験だったので、特にどこにも行かなかった。ま、赤ん坊がいると、どこに行くにもおっくうだ。私は慢性的な寝不足で、いつも頭がボ〜っとした状態で集中力もなく、どこにも出かける気がしない。このままボケ老人かな(笑)。
子育てって、一見楽なようだが結構しんどい。まず自分の時間がない。ま、赤ん坊が昼寝をしている時間とかあるじゃないか、と言われそうだが、昼間寝かせすぎると夜寝なくなるので、なるべく遊んで寝かせないようにしている。一日二回、一時間弱づつのお昼寝の時間は、家事を済ませるのが精一杯だ。ハイハイもしてるし、アレルギーにならないよう、一日置きに掃除機をかけて床をふく。それでもう2時間近くかかるのよ。疲れる〜。
さて、スイスに居住している日本人のママたちと集まる母子会が月に2回ある。そこで先輩ママたちから色々な話を聞く。ルーディはスイス人だが、育児や子育ての事情についてはまったく知らないので、ここでのママたちの話はとても役に立つ。
そこで驚いたのは、スイスの育児支援の貧弱さだ。日本人から見れば、北欧など、高福祉で有名だが、ま、スイスもヨーロッパでは一番裕福な国にだから、さぞかし政府や自治体の福祉も手厚いだろう、と想像していたがとんでもないらしい。
スイスでは、小学校など給食がでない。子供達は自宅に戻ってきて家で食事をする。しかし、働いているお母さんの家庭では、食事の支度をして家で待っているわけにはいかない。で、学校で給食サービスを受けられるのだが、なんと一回45フラン(3600円!)も取られるのだそうだ。あと、延長で面倒見てもらう場合はおやつ代で30フラン(2400円)。フルタイムで働こうとすると、この2回のサービスを受けねばならず、大変な出費だそうだ。この食事代には子供の世話代も含まれているから、東京のホテルの高級ランチ並みの値段がするのだ。
スイスでは赤ん坊が出来れば、北欧とは違って家庭に入る女性が多いと聞いた。ま、子供を預けるのにこんなに高くつくんじゃ無理も無い。それこそ自宅近くの職場で、まったく残業がなくて、手取り月給40万円くらいとれる仕事じゃないと、割に合わないそうだ。ジョンさんの姉は子供達が1歳過ぎてから本格的に仕事復帰したが、それを可能にしたのは同じ敷地に実母が住んでいたからだ。子供の世話をおばあちゃんに任せ、気兼ねなく仕事をしていた。学童期には、おばあちゃんが食事を作ってお昼子供達を迎えた。買い物やら家事も手伝っていた。
このように恵まれた環境にある場合を除いては、スイスでは幼児や学童期の子供のいる女性の仕事復帰は、日本以上に難しいかも知れない。ジョンさんの2人の兄嫁たちは、大学を出ているにも係わらず、ずっと専業主婦だった。裕福な国だから、奥さんが家庭に入っているのかな、と思っていたが実態は日本と同じで、社会制度が女性参加を阻んでいるんだな。
そういえば、15年に及ぶスイス関連生活の歴史を紐解いてみれば(?)、友人、知人で、奥さんが働きに出ている例は見たことが無いな。また、子供のいない(持たない)カップルも多い。ふむふむ・・・・なぞが解けたようだ。
保育園も3歳からで、預かる時間も短いそうだ。だからお遊びさせる場、といった感じで、働く母親を支える施設ではない。
”スイスは外からのイメージとは違って、女性の社会進出を勧めていない、旧態依然とした男社会だな〜”というのが実感だ。ま、スイスではちょっと前まで女性に選挙権の無かった州もあったくらいだから、保守的なんだな。
母子会のあるママは、以前フルタイムだったが、赤ちゃん出来て退職した。そろそろ何か仕事をと探しているのだが、一日中預ける場所が無いので、勤務時間が半分とかの仕事を探していると言っていたが、難しいらしい。
子育ては楽しいが朝から晩まで、片時も目が離せないから精神的に疲れる。いつも2人きりでの遊びはワンパターンになってしまう。ああ〜っ!一日2時間でいいから、誰か赤ちゃんと”遊んで”欲しい。”面倒”見るのは苦痛ではないが、一日6時間も、手を変え品を変え、楽しく”遊ぶ”のは本当に大変だ。私と2人っきりで、刺激の少ない生活だからいろいろ遊んでやらなければ。お金を払ってもいいから、遊びの一環で幼児教室などに通わせたいが、そんなのもない。
また、毎日の家事は本当にキリがない。やってもやっても終わりが見えない。外での仕事で得られる、達成感や充実感がない。時間をかけて掃除をしたり、料理を作っても何も見えない。誰からも評価などされないし、もちろん全くのタダ働きだ。つまらないな〜。
スイスにいる限り、子供が中学生になるくらいまで仕事はできない。いや、中学生でもお昼には家に食事に帰ってくるから、用意しておいた食事を一人で食べさせるのは可哀想だしな。そんな間に不良仲間に入ったり、学校でいじめられてるのに気付かなかったりしたら大変だ・・・・。じゃ高校生になるまで、私は何も出来ないのかな。レイナが高校生になる16年後には、私はもうかなり年になる。そんなに長い間、仕事をしていないと、仕事などないね。ああ〜、こんなだから日本の方がやっぱりいいんだな。
さて、ボヤキはこれくらいにして。最近私のHPを見て病気に関してはじめてよく分かった、といったメールを頂く。こんなヘボいHPでも、少しでもお役にたっているとはとてもうれしいので、もっと内容を充実させていきたいと思う。最終的には私のボヤキの日記など止めて、HLHSの情報中心にしていきたいと考えている。そこで役に立ちそうな海外のHPをあたっていると、以下のWebが見つかった。HLHSに付いてとても分かりやすく解説してある。とくに、動画を使っての手術の説明はわかりやすい。
今後、暇をみて翻訳していきたいと思いますが、とりあえず情報をお探しの方へ、Webを紹介しときます。
http://www.choa.org/library/conditions/hlhs_whatishlhs.shtml
7月15日(月) 24年目にして初めて逢う!オランダのペンパル
昨日、なんと私が中学校の時にペンパルとして知り合ったオランダ人のマイクとご主人、2人の子供が我が家にやってきた!サマーバケーションをスイスに一週間、その後フランスで過ごす。今回スイスに来るのは、私に会いに来るためだ。24年目にして初めて逢う。
24年前、私は田舎のダサい中学生だった。今の茶パツ、いや金髪厚化粧のコギャルと違って、髪にパーマをかけても停学になるような時代で、その当時の中学生など今と比べれば本当に子供っぽくて、純朴なもんだった。
中学のうちは手書のレター、高校生になり手動のタイプライターを買った。そして電動タイプ、次に大枚はたいてDOSで動くフロッピーカシャカシャの、ハードのない初期のパソコンに、当時9万円もしたワードパーフェクトのソフトを買ってレターを書くようになった。その3年後くらいにウィンドウズの登場でワードのレターとなり、その後はEメールだ。何だか私の文通の歴史は海外とのコレポン手段の変遷をたどっているようで、24年の月日の長さを感じさせるな。
マイクは当時から英語が堪能で、ずい分長いレターを書いてきていた。タダでさえ英文の読解力のない私は、慣れない外人の、クセのある手書のレターに四苦八苦して解読していった。先生に解読を頼んだこともあった。
子供だった私達も、それぞれ結婚して家庭を築き、もうすぐお互い40歳になる。マイクは15歳と13歳の男の子2人の母親として、また看護婦として働いており、生き生きとしていた。昔何度か送ってくれた写真と変わらない姿に、何だか時空を越えた出会いを感じたな。
私自身は、24年間本当に色んなことがあったが、今振り返ってみれば、今が一番いい時期だな。ルーディはとっても優しいし、子供は本当に可愛い。子供を持てたことが人生最大の驚きかな。出来ればもう一人赤ん坊が欲しい。本当はあと3匹くらい欲しいのだが、ちょっと大変かな。
久しぶりに過去を振り返って、感慨にふけった1週間だった。
マイクの息子さんたち、13歳、15歳にして身長190cm!でがすぎるぅ〜。
●8月12日(金) 悲しい出来事・・・・
8月1日はスイスの建国記念日であり、私達が出会って4年目の記念日でもあった。本当に早いものだ。振り返ればあっというまの4年だった。ルーディはCFA(米国証券アナリスト)試験に合格した。飲みにも行かず、まっすぐ仕事から帰れば子供と遊んでくれて、暇があれば何かしら勉強している。本当に優しくてまじめな旦那で良かった。ま、浮気などすれば即離婚だぞ、と常日頃脅しているが(笑)。
さて、この頃ちょっと気分が重い。と言うのも、スイスの日本人ママたちが集まっているプレイグループのお子さんが不慮の事故で亡くなってしまったのだ。カナダでのサマーバケーション中の水の事故だった。まだ2歳7ヶ月というのに。
グループは年齢別に2つあり、まだ集団で遊べない1歳半以下のグループと、1歳半から幼稚園前の3歳までのグループがある。レイナは小さい方のグループだが、なかなか日本人と遊ぶ機会のない年長の子供達も、小さい方のグループにやってくる。
プレイルームでは、年長の子供達がレイナに次々と寄ってきて優しく頭を撫でていく。「まるで、巣鴨の刺抜き地蔵だね(笑)。みんな病気にならないよ」などと冗談を言ったり。幼い子供達も、小さい赤ん坊にも優しく接している。みんな素直で愛らしい子だ。日本語やドイツ語が飛び交い、元気に遊んでいる。こんな無邪気な子供達が無我夢中で仲良く遊んでいる姿を見るのは本当にうれしい。
その無垢な幼い命が突然奪われてしまった・・・。何と言うことだ・・・。
仲間とお墓参りに出かけた。スイスの片田舎の、小さな美しい村の教会の墓地に、新たに小さく盛られた土と、まだ枯れていないお花がとっても悲しい。これは現実なのか。現実なら神様はどうしてこんなことをするのか。本当にたまらない。怒りさえ湧いてくる。
私もレオが数週間しか生きられないと知らされてから、本当にのたうちまわるような悲しみで、どうしようもなかった。この子のご両親の辛い気持ちを考えると、落ち着かない。が、周りの人たちはそっと見守ることしか出来ないのだ。
お参りの帰りに、グループの代表の方が亡くなったお母さんからのお手紙を夫々に手渡していった。母親の深い悲しみが綴られたお手紙に、もう涙が止まらなかった。もう一枚は、お母さんがカナダで見つけた詩の日本語訳だった。とても美しい詩で、子供を亡くした親には、本当に熱く胸に染みる詩だ。私のHPも時々お子様を亡くされた方も見て下さっているので、是非この美しい詩を読んで頂きたくて以下に引用させていただきました。
シュンちゃんのご冥福をお祈り申し上げます・・・・。
みんなのそばに
雨のしずく
水面のきらめきに
僕はいるんだ
野原の花のいろ
鳥の歌う声に
僕はいるよ
空高く昇っていく鷲の翼に
遠くの山から聞こえてくる木魂に
僕はいるんだ
雪のひとひらに
癒しにみちた炎の輝きに
僕はいるよ
悲しみにくれるみんなの顔をみたら
風に乗せて
僕は心からみんなを抱きしめよう
だって
僕はまだ みんなのそばにいるのだから
(c)アルベルト ジュモン
●9月24日(火) 赤ちゃんがやってくるぞ
スイスはもうかなり寒い。夜は6度くらいで、窓から見える標高1000mの山ではもう積雪だ。また、寒くて日の差さないグレーの長い冬が半年近く続くと思うと気が重いな。スイスではこの季節に自殺者が多いという。この天気で鬱が悪化する人が多いいそうだ。
さて、私も40歳になったし、子供はもう一人欲しいので、8月から自然にまかせることにした。そしたらすぐに妊娠した。予定日は来年の5月16日。なんとルーディのお父さんと同じ誕生日。来年の春には素敵なプレゼントが待っているみたいで、なんだか不思議な感覚だ。無事に育って、無事に生まれてね。
●5月28日(水) 久しぶりの更新。スイスでの出産。陣痛から20分の超スピード出産。
◆出産の話
5月7日に出産した。車で10分のシュビッツ州の公立病院でルイ(Rui)は生まれた。予定日の9日前だった。前回2度の出産は、日本だった。日本では硬膜外麻酔による無痛分娩がまだ一般的ではなく、麻酔医の確保が夜間など難しいため、日中の計画出産だった。だから自然に起こる陣痛など経験したことがなく、ちょっと不安だった。
2,3日前から腰痛がちょっときつくなっていたので、運動不足かと思いストレッチに励む。5月7日の夜9時ごろ、お腹が張って苦しいので食べ過ぎかと思い食事を控えた。9時40頃下腹部に2分おきくらいに痛みが始まり、これって陣痛?と思ったものの、15分おきとかの陣痛から始まると本に書いてあったのでまさか陣痛とは思わず、食事の片付けを進める。
下腹部が締め上げられるような痛みは激しくなり、あ、こりゃヤバイ!と病院に電話を入れる。急いでシャワーを浴びて荷物をまとめる。夜間緊急入り口で受け付けのオジサンに案内されて病棟へ向かう。陣痛の時は痛くて思わずかがんでしまう。ストレッチャ―かなんかで運んでくれないのかな?産婦人科病棟まではかなり遠い。陣痛の合間の20秒の痛みの引いた隙に早歩きして病棟に向かう。「あ〜、早く麻酔を入れて欲しいよ〜(涙)」
やっと分娩室にたどり着き、高い分娩台に足をかけたら、ん?・・・。分娩台に仰向けになったらもう赤ん坊の頭がスパッツのなかに出ていた・・・。医者も助産婦も来ていなかった。受け付けのオジサンが唖然として見ている。屈み込む痛い陣痛は4回位か。しかしこれがピークの痛みとは思わず、あ〜、もっと痛くならないうちに麻酔をしてくれ〜、とそれだけを願って病棟に向かっていた。
病院でも前代未聞の超スピード出産とのこと。会陰も切れず、超安産だった。2泊入院して退院。普通の生活に戻る。
◆レイナの近況
レイナはもうわんぱく盛りで大変だ。サルのように一日中キーキーいって騒いでいる。お喋りも上手に出来るようになり、突然自分の鼻や口をさして”ノ〜ズ、マァ〜ウス”と英語で言っている。人見知りは全くせず、道行く人々に”ヘロ〜””バイバイ””アデェ〜””チュ〜ス!”などと陽気に挨拶をしている。こちらの人は大抵笑って応えてくれる。
週二回、車で40分の”ジンボリー”という幼児教室に通っている。PlayとMusicのクラスで、レイナも大好きだ。チューリッヒ湖に沿って風光明媚な道を行く。天気のいい日はアルプスも見ることができて運転していても気持ちがいい。
レイナはまだ小さすぎて赤ん坊に対して嫉妬などの感情は無いようだが、玩具との区別が余りつかないらしく、撫でていたと思ったら突然振り回そうとしたり、玩具で叩こうとしたりするので、監視していなければならない。でも赤ん坊が泣くと、私を呼んで来て、私のTシャツをめくり上げ「ベイビィ、オッパイ!」と教えてくれる。紙おむつも持ってきたりしてくれて、とても優しい。
◆私とルーディのこと
ルーディは5月31日にCFA(米国証券アナリスト)のレベルIIの試験があるので、勉強で忙しく、殆ど子供らの面倒は見られないので私一人で大変だ。があと少しなので我慢。CFAはレベルIからIIIまであり、1年ごとに試験がある。レベルIIIが受かって、初めて正式な資格となる。仕事をしながらの独学は大変だが、受かって欲しい。この資格があると、転職などにも有利だ。日本の金融機関でもグローバル化を目指している折、この資格をもった人材を高く買っているようだ。
また4月からルーディはスイスのプライベートバンクに転職した。奇遇なことに、この銀行は13年前、私が東京で働いていた銀行だ。個人の大金持ちの顧客を扱う、スイスのいわゆる”隠し口座”とかゴルゴ13に登場するようなスイスらしい(?)銀行である。
今は世代交代で、当時役員だった息子さんが社長になっている。この息子さんはとてもいい方で、私は奈良を一日案内した。ローカルバスに乗った、のんびりした旅だったが、日本や日本人にも敬意を持っていることが感じられ、大金持ちの息子なのにとても質素で堅実な好青年だった。今では、社長らしく?でっぷり太っていて風格もある。13年という歳月の重みを感じたな。
私は毎日子供らの面倒で自分の時間が殆ど持てない。削れるのは睡眠時間だけなので、しばらく睡眠3時間が続いたら産後の疲れも出て、気管支ぜんそくが出てしまい涙・・・・。私が病気になっては、子供らの面倒を見る人が居なくなるので、とにかく、家事は手抜きして睡眠時間を確保することに決めた。家の中は散乱しているが、子供優先なのは仕方ないかな・・・・。近くにおばあちゃんとかがいて一日1時間でも面倒見てもらえる人がうらやましい!本当に24時間子供の世話をするのは、仕事の10倍疲れる!!!
◆レオのこと
ルイの名前とレオの名前が混同してしまい、しばらくルイのことをついついレオちゃん、と呼んでしまう。レオは生後12日で死んでしまった。ルイが12日を迎えた日、あ〜、レオちゃんはこんな時に死んでしまったんだな・・・・、と当時のことを思い出し悲しくなった。小さな大腿骨が目に浮かんでくる。本当に小さいんだ。幸いルイは心臓にもどこにも異常がなく健康に生まれてきてくれた。日々の戦争のような子育てでイライラすることも多々あるが、常に感謝の気持ちを忘れずに子供らの面倒を見ていかなければと思う。
10月22日(水) レイナ2歳1ヶ月、ルイ5ヶ月半
やれやれ、毎日目が回るようだ。2人の子育ては本当に大変だ!
最近、レイナはおしゃべり爆発だ。英語と日本語をちゃんと聞き分けて指示にしたがっている。ん〜、子供はすごい。寝るときも、私が寝たふりを決め込んでいる時、「ゲッツ!」といいながら指でアクションするので、私は思わず吹き出してしまう。トトロのDVDにはまっていて一日に何度も見せろとせがむ。しかし、トトロとは言えずになぜか「トロロ」・・・・・・。あとトマトも「チャプチャプ」となってしまう。どうしてなんだ。
ルイは元気でいつもケラケラ笑っている愛想のいい子。しかし、暇なのが嫌いなのか、ちょっと遊んでやらないと、おお泣き。いつも抱っこ、おんぶで私は肩が痛い。
スイスはもう秋を通り越して冬だ。毎日グレーのどんよりした、ヨーロッパの暗くて長い冬だ。あ〜、猛暑も困ったもんだが、このグレーも辛いな。外遊びも少なくなるのでジンボリー(幼児教室)のアートクラスへも通うことにした。レイナはとっても楽しそうだった。
壁にローラーで思いっきりペイントしたり、粘土遊びをしたり、イギリス人の先生が丁寧に指導してくれる。いい英語の発音に触れるのもいい。
毎日、100%子供達の世話で自分の時間などないな。子育てがこんなに大変とは思ってもみなかった。ふぅ〜。
●2004年11月6日(土) 久しぶりの更新。レイナ3歳1ヶ月、ルイ1歳6ヶ月になりました
スイスはすっかり冬支度。グレーの曇りの日が続いてる。今日は初めて旦那がレイナとルイくんを連れて実家へ泊まりで居ないので、久しぶりに時間が取れたのでHPの更新をする。Yahooのサイト案内にも載るので、少し整理整頓していかないと。
8月半ばに引越しをしました。前のアパートのそばに家を買いました。まだ家の中がゴチャゴチャ。
レイナは週3回プレスクールに午後4時間通っている。スイスは公立の幼稚園が5歳から。それ以前にどこかへ入れるとすごくお金がかかる。託児所に毛が生えたようなプレスクールだが、月に5万円近く掛かる。公立の幼稚園や保育園は一般の子供は受け入れないし、児童館のような場所もない。本当になんちゅー国だ。子育て支援ゼロ・・・・。
スイスの小学校、中学校は給食が無いのでお昼に食べに戻ってくる。子供が2人いたら、戻ってくる時間もまちまち。で母親は一日中家に縛り付けられている。スイスの男どもが女を家に押し込めて、社会に出させないように、こんなシステムを作っているのか、と思うな。公共の保育園に預けて仕事をしようにも、保育料が20万円近くかかる。オマケに延長保育してくれない。これじゃ、働いた分が全部保育料に吹っ飛ぶ。
スイスは本当に保守的な国だ。ま、自然が美しいのと治安がヨーロッパ一いいかな。子供にとってはいい国かもしれないね。色々書きたいことはありますが、次回に!
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