日記 Mieko's Diary 2001  

内容一覧 (リンクしていないので、ロールダウンしていって下さい)

●2月1日(木) なぜ自分にこんなことが起こってしまったのか?

●2月14日(水) 死にたい人が死なないで、生きたい人が死んでいく
●2月15日(木) 他人の赤ちゃん誕生の幸せな知らせは聞きたくない
●2月16日(金) 立ち直るにはどのくらい時間が必要なのか
●2月17日(土) 妊娠判明
●2月20日(火) ルーディの心配
●2月23日(金) HLHS(左心低形成症候群)の遺伝の可能性
●2月25日(日) レオを焼いた日とレオの骨(遺骨)
●2月27日(火) 日本の変な法律・・・・・離婚した女性は6ヶ月は再婚出来ない
●3月7日(水) 重い障害のある子供を持つということ・・・・ジュリアの話
●3月9日(金) 新しい命

●3月19日(月) スイス移住の決定と結婚
●3月26日(月) 学校の事故で亡くなってしまった木村君のこと
●4月6日(金) 命の決断−自分が納得することが大切
●4月7日(土) 仕事と経済的自立
●4月9日(月) 医学の進歩は人を幸せにするか - 不妊治療の話
●4月17日(火) 羊水検査 ・・・”検査”という軽い名前の重い意味
●4月21日(土) 雅子さまもご懐妊−高年齢出産はいいよ!44歳で産んだソニアさんの話
●4月24日(火) レオが生きていればもう6ヶ月か・・・
●4月25日(水) 想像力のない人たち
●4月30日(月) 医療事故−ネグリジェント(怠慢)な人たち

5月からの日記はこちら Diary from May - Click here


Leo, you looked so sad......

●2月1日(木) なぜ自分にこんなことが起こってしまったのか?

子供が死んでから、自分の予定も変更となり、中途半端な仕事しか出来ない。まだ3ヶ月ちょっとだから仕方ないか・・・・

いつも、子供のことが頭から離れず、とても悲しくなる。どうして、自分の子供がこんなになっちゃったんだろうか?全ての病気は自然発生的には起こらない。何らかの原因があるのだ。
意味がないと分かっていても「原因」を知りたい。この病気に関して、研究の進んでいる海外の文献を読み漁っても、はっきりした答えはでない。結局は、複合的なことが偶然起こってしまい、1万分の1という、天文学的な確率は普遍的に起こるわけだ。じゃ、どうしてそんな宝くじ的確率が私に起こってしまったのか。その思いがはらってもはらっても頭から離れない。

●2月14日(水) 死にたい人が死なないで、生きたい人が死んでいく

窓から外を見ると、大きなケヤキが波打っている。日差しは眩しいくらいだが、風が強くまだ寒そうだ。
アメリカの潜水艦と水産高校の実習船の事故がTVから流れている。行方不明の人たちのことを考えると胸が痛い。毎日のように悲劇が起きている。小さな悲劇も大きな悲劇も、当事者にとっては最大限の悲劇なのだ。生まれてきて、ある人は90歳までの寿命をまっとうする。ある人はあっけなく死んでしまう。運命っていうのは、愛すべきものなのか、憎むべきものなのか?

家の両親は、いつも死にたいと口癖のように言っている。以前より私は諭していた。「健康だし、ローンもない新築の家もあり(建築費も半分以上私が出した。)ちゃんと食べていかれる。死にたい、などというのは贅沢だ。感謝の心を持つべきだ」と。こんな、健康で、なんの不自由もない人間が、死ぬことを毎日乞ている。生きたい多くの人たちが、無念にも死んでしまうのに。うちの親はまるで死神だ。死にたい、死にたいと呪文のように私が小さい時から、言いつづけている。(そのくせ一度でも実行を試みたのを見たことがない。)私は、散々力づけたり、慰めてきたり、経済的に援助してきたが、まるで無駄だったようだ。今は、両親の祈願が成就して、早くさっさと死んで、幸せになって欲しいと心から願っている。

Four days before birth. Karate exercise!? I like Andy Hug very much.


●2月15日(木) 他人の赤ちゃん誕生の幸せな知らせは聞きたくない

私のことはそっとしておいて欲しい。私の周りの友人はそうしてくれている。しかし、ルーディの周りの友人は、ルーディに赤ちゃん誕生のニュースを知らせてくる。私達が赤ちゃんを亡くしたことを知らなくて、ハッピーニュースを伝えてくるのは仕方がない。しかし、知っている人たちが嬉しそうに知らせてくるのは、私には辛い。

遺族が悲しんでいる葬式の隣で、花見ではしゃいでいる人たちのようだ。 確かに花見は楽しい。隣が葬式だろうが、自分の知ったこっちゃないだろう。しかし、マナーや思いやりみたいなものはあるだろう。

ルーディはわざわざその、自分の友人のハッピーニュースを私に伝えてくる。
何の意味があるのか。私に彼の友人のハッピーイベントを祝福しろと言うのか。喜べというのか。あるいは単に何も考えていない、鈍感さのか。この悲しい母親の気持ちは本能なんだ。どうしてもコントロールできないのだ。もし全然気にならない、という人が居たら、それは偽善者だろう。

そんなニュースは、少なくても私を幸福にはしないことぐらい分かるだろうに。ルーディは、無神経に、子供をなくした直後から5回くらい私に「だれそれに赤ちゃんが生まれたって」とか「だれそれは2人目が生まれたって」etc.と嬉々として(私にはそのように見える)言ってくる。残念ながら、私には、自分の赤ちゃんが死んだばかりなのに、心から人の赤ちゃんの誕生を喜べるような人徳はない。インターネットで同じ経験をした人の話を読むと、皆同じ気持ちを述べている。私達は神でもなんでもないのだ。悲しみが癒えるまでは、時間が要る。それまでは、そっとしておいて欲しい。そんな知らせは私を悲しくするだけだ。私の腕の中で死んでいった不憫なレオが頭に鮮明に蘇って来て、私を苦しめるだけだ。

今までは「そう、良かったね」とか沈んだ気分になりながらも、聞き流していたが、昨日はとうとう限界だった。ルーディは家に戻ると「あ、そうそう!」と張り切ったように一枚のポストカードを取り出してきた。それは彼の職場の友人の赤ちゃん誕生のポストカードだった。友人の赤ちゃんが死んだばかりなのに、自分の赤ちゃん誕生の写真を渡す人も人だか、(私だったら、自分の身内にだけ赤ちゃん誕生を伝え、友人の気持ちを慮って、職場で赤ちゃんの写真など配らないだろう。)職場でもらったポストカードを、嬉々として私に見せるルーディの無神経に私はついに切れた。私の気持ちをちっとも理解してないじゃないか!

インターネットで他の人の話を読むと、そんな無神経な旦那などいないぞ。みな、周囲の気遣いのない態度に傷ついた奥さんを、温かくかくまってくれている。どうしてルーディは、子供を失ったばかりの母親の気持ちを、少しでも想像することが出来ないのだろうか。

少し立ち直ってきていたのに、また3ヶ月まえの空虚な自分に戻ってしまった。

●2月16日(金) 立ち直るにはどのくらい時間が必要なのか

私は弱い人間なのか?まだグジグジと、しょーもなく死んだ子供のことを考えている。昨日のことがきっかけで、今日はずっと涙が止まらない。急ぎの翻訳の仕事も全く手につかず、食事も取れない。物凄い怒りも湧いてきて、クッションを思いっきりぶちのめし、手首を痛めてしまった。気分転換に買い物に出かけることにした。スーパーの近くには、大きな本屋があるのでいつものように暇つぶしに寄ってみた。

この本屋は広くて立ち読みしやすい。高価な心臓関係の医学書は全て立ち読みした。ま、分厚い専門書でも、左心低形成症候群に関する記載はゼロか、あっても数行なので、時間は掛からなかったのだが。さて、今日は元気になるための参考になるような本を読もう。壁一杯の棚のタイトルを目ですばやく追った。看護関係の本棚に、家族を亡くした人の心のケア、との本が目が止まった。手にとってページを捲る。

立ち直るまでにどのくらいかかるか、との統計がグラフで示されていた。最短で3ヶ月、最長で1年8ヶ月。この統計は、自分の年老いた親などが含まれているから、ある意味”寿命”ということで、3ヶ月くらいで立ち直れるのだろう。平均は一年だそうだ。私も一年経過したらこの悲しみから解放されるのだろうか。それなら、その時まで、ひっそりと息をひそめ、時をやり過ごそうではないか。

子供を亡くすということは、未来を亡くすことだ。人生がその時点から欠けてしまうのだ。
本屋でも涙が溢れてきてしまった。私は再生できるのか。再生したらレオのことは忘れてしまうのか。過去のエピソードの一つとなってしまうのか。ルーディはレオのことを今でも想っているのか。私と同じくらい胸の中が痛いのか。私は、思い描いていたレオとのハッピーな将来を失ったことも悲しいが、単純にレオを失ったことが一番悲しい。私が生んだ小さな命が、私の腕の中で、消えてなくなってしまった。母親なのにアホみたいに見ていただけだ。仕方がないと分かっていても、この堂々めぐりは消えそうにない。

ちょうど去年の今頃、レオが私に宿った。仕事の契約の関係で、月経予定日より4日くらい前に検査して、妊娠一ヶ月の早い時期に判明した。だから一年前の今日、まだ赤ちゃんが胎芽の頃から、ずっと子供に想いを寄せていた。生まれてからはたった2週間だけど、私にとっては一年近いレオとの日々だったのだ。

Ruedi, I love you so much!

●2月17日(土) 妊娠判明

ルーディとはじっくり話し合った。本当にルーディは悪気がないのだ。レオの死と、友人の赤ちゃん誕生のハッピーニュースとは全く切り離して考えられるというのだ。友達の嬉しい知らせは、自分も嬉しいという。しかし、今回は、自分が知らないうちに人を傷つけてしまうこともある、ということを知ることが出来て良かった、と言った。

午後ルーディは研究室に仕事を片付けに行った。私は片付けをしながら思い出したように、妊娠検査薬を試してみることにした。半月くらい生理が遅れている。出産後は周期が狂うからと思っていたが、もしかして、と淡い期待を抱いていた。しばらくスティックを凝視した。試験紙に水分が走っていく。判定窓に差し掛かると息を止めた。反応がぼんやり浮かんできたのだ。

すぐルーディに電話をした。ルーディは受話器の向こうで思い切り泣いて喜んでいた。ぬか喜びに終わるかも知れない。でも今は喜んでおこう。最悪ばかり想像して尻込みしていては、何時までたっても喜びは得られない。きっと落ち込んでいるママを見かねた天国のレオがプレゼントしてくれたんだ。私にはそう思えて仕方がない。レオありがとう。ママを一番勇気づけるプレゼントを贈ってくれたね。レオは本当に立派なお兄ちゃんだよ。レオ、大好きだよ。

ルーディとは、夕方スポーツクラブで合流した。「この世って結局平等に出来ているって思う。悪いことのあとにはいいことがあるもんだよ」とルーディは言って、私の頬にそっとキスをしてくれた。予定日はレオの誕生日より1週間くらい早い10月中旬くらいだろう。

●2月20日(火) ルーディの心配

昨日夕方、ルーディは元気なく家に帰ってきた。どうしたん?と尋ねると「レオのことを考えたり、今度生まれる赤ちゃんが大丈夫かどうか不安で・・・」とのこと。私は言った。「人の命自体が、明日をも知れぬ身なのだ。無事生まれたとしても、その後事故や病気で亡くなるかもしれない。もしかしたら私のほうが、子供の誕生前に何かの拍子で死ぬかも知れない。

うちらとは逆パターンで、初めての子供が無事に生まれても、次の子供に悲劇が起こるといったケースもある。あなたのいとこのように35歳で癌で死んでしまうこともある。別のいとこのように、先天性異常が無くても、出産時のトラブルで死んでしまう可能性もある。心配していたら、何も出来ないよ。ベイビーが欲しいなら、勇気をもって進んでいかなくてはだめだよ。飛行機の墜落が怖いからって、海外へ行かないのと同じ。素晴らしい海外の文化や土地を知らないで一生を終えるのは、つまんない人生だよ」

●2月23日(金) HLHS(左心低形成症候群)の遺伝の可能性

自分で妊娠検査はしたが、まだ病院には行っていない。どこにしようか迷っている。地元には希望している無痛分娩の産院はないし、万一の時にすぐ処置の取れるしっかりしたところがいい。また、”サービス”のいいことも重要だ。スイスでは患者は”お客様”なので、医療機関のサービスはいい。患者に対して、病院や医者の態度が大きいのは発展途上国だ。その点、日本は医学の知識や機材は最先端だろうが、患者に対しての扱いは、一般の病院では残念ながら、途上国並みだ。

また、驚いたのは、NICUでも緊急センターでも産院でも、まぁ〜ごちゃごちゃ整理整頓がなされてなく、薄汚いこと。スイスでは、どんな古い建物の中にあるクリニックでも、中は大変きれいで整頓されている。T大学病院の一泊5万の個室もまるで”難民キャンプ”のようだった。ゴミ箱も大変薄汚くて、あるだけで不潔だ。100円ショップで新しいのを買ってくればいいのに、と思ってしまった。ルーディは日本の一流の医療機関の貧しさにショックを受けていた。「大学病院なんてこんなもんよ。例えば私立の聖路加国際病院(セント・ルーク)なんて、すごいゴージャスよ。でもめちゃ高いけど」私は誤解を解くように言った。

さて、出産はまだ先の話だが、胎児心エコーなどは20週で受けねばならない。特別なエコーなので、どこでも出来るというわけではない。早めに当たっておきたかったので、T大学病院でお世話になったH医師にメールで尋ねてみた。ついでに、次の子供がHLHSの可能性を、海外のデータをもとに聞いてみた。H医師より以下のような回答があった。

「次のお子さまの先天性心臓病について、確率的な言い方をすればほとんど心配はないと思います。もちろん0%ということはあり得ませんし、第1子が心臓病だった場合は少しだけ確率が高くなることも確かです(統計にもよりますが通常の1%が3%前後となるだけで、低いことは確かです)。私の経験でもHLHSの子を続けて出産された方が一人います。でも、他の数十人のHLHSの母親は次には健康な児を出産しています。25%の確率というのは、”そういう報告も中にはある”というように解釈されたら如何でしょうか」

”HLHSの子を続けて出産した人が1人いる”と言うのはショックだった。一万人に1人の確率が同じ人に偶発的に2回起こることはもはや考えられないので、やはり、HLHSの原因遺伝子というのは存在するのだ。ヒューマンゲノムの解析が進む10年後くらいには原因遺伝子が特定出来るだろう。HLHSが発生原因は、偶然によるものと、原因遺伝子によるものの2種類と想像できる。偶発的な確率も1万分の1との天文学的な確率だが、HLHSの原因遺伝子も、きっと何万人いや何百万人に一人とかの確率で存在しているのだろう。

次の子供がもし心エコーでHLHSを持っていることになれば、天文学的な出会いで、私とルーディがHLHS劣性遺伝子の保因者なのか。双方の親兄弟、親戚に発病は見られないので、家族性でないとするなら、レオの遺伝子が突然変異してしまったのか。それとも直接HLHSの劣性遺伝子の保因者でないとしても、どちらかに心臓を形成する遺伝子に異常があるのか。「確率的に心配ない」と言われても、今の私には安心の要素にはならない。なんせ1万分の1の、0.01%の確率が当たってしまったのだから。

普通0.01%の確率と聞けば、それはゼロと言ってもいいだろう。しかし、必ず誰かに当たるのだ。まるで壮大なロシアン・ルーレットではないか。一万個あるシリンダーの、たった一個のチェンバーにだけ弾丸が込められている。殆ど危険性ゼロの賭けだ。その安全なリボルバーは9,999回空回りする。しかし込められた一個の弾丸は確実に発砲され、正確に誰かの命を捕らえるのだ・・・・・あぁ、早く20週になって、無事であることを確認したい。

しかしHLHSを無事にエスケープ出来ても、他にも100人に1人とか1000人に1人といった、さまざまな先天異常や病気が赤ちゃんに見つかる可能性もある。ルーディ、怖い?でも、私のことや今お腹にいる赤ちゃんのことをほんとに愛しているなら、どんな結果が待っていようとも、決して後悔しないで。もしそれが出来そうにないなら、今ちゃんと言ってほしい。困難に立ち向かう勇気も覚悟もないのなら、私は1人の方がましだから。

Little Leo in the hospital. He has a quite big hand, doesn't he?


●2月25日(日) レオを焼いた日とレオの骨(遺骨)

レオの骨は小さな骨壷に収まり、まだ家の棚に置かれている・・・・つくば市営の焼場は見当違いにゴージャスだった。香港あたりの超豪華ホテルのロビーのようだ。レオの入った小さな棺は軽々と焼却口の台に一旦置かれた。紺の制服に白い手袋の係りの女性は、大げさに深深と頭をさげ、焼却口を空けるボタンを押した。ちょっと最後にお別れさせて欲しい、と頼んで、棺のふたを空ける。方向を確かめたのだが、葬儀屋のおじさんは間違っていて、頭の方向が逆だった。よかった。正しい方向に棺を向けなおした。

棺の中のレオの鼻からはまたちょっと出血していた。死んでから数時間で鼻から血が出てきたので綿を詰めた。血が流れないように頭を正面に向けようとしたが、首が曲がらない。そう、レオはなぜかいつもこっち向きで寝てたね。レオが居心地いいポジションなんだ、と思ってそのままにしておいた。棺のレオの鼻血をティシュでふき取り、頭を撫でた。係りの女性が言った。「生後12日なのに、しっかりした赤ちゃんですね。家にも2歳の子がいますけど」

何時までもこうしてもいられない。葬儀屋のおじさんも早くコトが終わるのを待っている。レオの棺の蓋をかぶせ、オートメーションの焼却炉へと見送った。焼き終わるまで1時間位かかるので、終わったら呼びに来るから待っていて欲しい、という。「小さいのににそんなに時間が掛かるのですか?」私が尋ねると係りの女性戸惑ったように言った。「お骨を残すように焼くには、それなりに時間が掛かるのです」そうか、大人と同じ勢いで火を焚いてしまうと、何も残らなくなってしまうんだ。それなりの「焼加減」が必要ってところか・・・この広い大理石のロビーには、私達しかいない。シーンとした待合ロビーに案内され葬儀屋への支払いを済ませた。

40分程で呼び出しが来た。骨を拾うのは別の場所だ。全てオートメーションで管理されている。その場所へ行くと、ハイヤーの運転手のような出で立ちのおじさんが、焼却台の横に立っていた。私達はその焼却台に近づき、恐る恐る中を覗き込んだ。どくろとかあったら怖いな〜、とちょっと思ったが、頭蓋骨は、まったく原型を留めておらず、腕や足の大きな骨だけがかろうじて骨らしい形を残している。赤ちゃんの頭は、出産時に出て来やすいように、ゴムのように柔らかいので燃え尽きてしまうのだろう。かすかに体の位置が推定できるように、レオの骨は省略された骨格の模型図のように残っている。おじさんは得意げに骨の説明をはじめた。「これは鎖骨で、これは腕のところで―」私とルーディは講義でも聞くように、とりあえず、「はぁ〜」と頷きながら聞いていた。(正直言うと、レオの骨の解説などあんまり聞きたくなかった。私のレオはあの柔らかくて温かくて、生きているレオなのだから。)

骨と棺や副葬品の灰はすでにきれいに仕分けされていた。これもおじさんの仕事なのだろうか。おじさんは化学繊維が燃えた時のようなドロっとした灰を指差しながら引き続き薀蓄を傾けた。「ここの黒っぽいのは内臓なんです。これを無くすように焼いちゃうと、骨もまったく残らないので・・・」

おじさんは私たちに菜箸を渡し、ルーディと私が一緒に、足の骨から拾うように促した。「冥土に歩いて行けるように、足から先に拾うんのです」おじさんは説明した。私は本当にお箸の使い方が下手だ。普段でも子供のようにお箸を握って使っている。つかみにくい。おじさんが見本を見せてくれたが、おっと、といって大腿骨の骨を落としてしまった。「あれっ、コケちゃった!」と私が言うとおじさんはとっても恐縮して、何度も謝った。私は「大丈夫ですよ」と言って、ルーディと二人で慎重にレオの大腿骨を箸でつまんで骨壷へ運んだ。

レオの骨・・・・頭蓋骨の欠片は、まるでケーキに飾られているシュガーフラワーのように薄くて繊細だ。その他の肋骨とかの小さなピースは、えのき茸のように細くてミルク色をしている。3キロの体の骨格を創っていた骨は、私の手のひらに全て乗ってしまう程だ。私の血と肉を分けて10ヶ月掛けて創られたレオの体・・・今は空気のような軽さしかない・・・。

私達にはお墓がないし、いずれにしろお墓には入れたくない。スイスに引っ越しても世界の何処に住もうと、いっつも一緒に連れて行くよ。パパかママのどちらかが死んだ時、その時一緒にお墓に入れる。それなら寂しくないよね、レオ・・。

Sad moment.....we had to say good-by to our baby.....

●2月27日(火) 日本の変な法律・・・・・離婚した女性は6ヶ月は再婚出来ない

今日前の旦那のジョンさんからメールが来て、今住んでいるマンションを出るからカギを送り返して欲しい、と言ってきた。頭の隅に追いやっていた色々な記憶が蘇る。ジョンさんは人間的にはとってもいい人だったが、弱い人だ。結婚してから13年くらい、それなりに仲良くやってきた。でも、仕事が思うように行かなくなってからとても理不尽な態度をとるようになった。ストレスを自分でコントロール出来ないのだろう。なんとか頑張ってと力づけると怒る。何も言わなくても怒る。側にいても、いなくても怒る。些細なことで怒って、2,3日口を聞かなくなる。話合いも拒否する。誰だったストレスを抱えながら生きているんだ。少なくても私たちは経済的には問題は無かったし、とっても健康だった。家もあったし、リゾートマンションも所有していた。じゃ一体なにが不安なのか?彼は不満の種を見つけるために毎日生きているみたいだ。

話会えないまま、3年別居し、お互いまるで他人より居心地の悪い関係になってしまった。もとに戻るのはもうお互い考えられなかった。レオを妊娠した時、私は法律上はまだジョンさんと婚姻関係にあった。このまま生むと、レオはジョンさんの嫡出子となる。でもレオが生まれる前に離婚したとしても、離婚から300日の間に生まれた子供は前の旦那となってしまうのだ。つまり、法律上確実に離婚したあとで、妊娠しなければならないのだ。

スイスの法律では、まったく問題ない。妊娠してから離婚して、再婚したなら、新しい旦那が子供の父親となる。つまりスイスの法律では、私とルーディは離婚の翌日にでも結婚できて、レオもルーディの子供となるのだ。日本の法律は全く石器時代の法律だ。昔はDNA検査も出来なかったので、生まれてくる赤ちゃんの養育の責任の所在をはっきりさせるために、そのようにしたのだろう。

私は、ルーディに「面倒くさいし、どうせレオはスイス国籍のほうがいいから、スイス側の戸籍がちゃんとしてれば、日本の戸籍の記載はどうでもいいじゃん」と言った。しかし、ルーディは私の日本の戸籍にレオがジョンさんの子供と記載されるのも嫌だと言う。「レオにもちゃんと説明するし、ルーディがレオの父親ってことは疑いようがないんだから、問題ないじゃん」と言ってもルーディは「生物的には僕は父親ってことは確かだが、法律的にも正真正銘の父親になりたいんだ」と珍しく強く主張する。ルーディの気持ちも理解出来るので、色々法律を当たってみた。

唯一の手段は「親子関係不存在」を証明することだ。これは別居と言った、明らかに受胎した時期に夫婦が別々に暮らしていた事実が明らかである、ということが前提で適用される。しかし、相手の同意(ジョンさんの同意)が必要で、また場合によってはDNA検査も行われることがあると言う。DNA鑑定は25万円くらいでコスト的には問題ないのだが、一体どっちのDNA、ルーディ?ジョンさん?を検査するのか。ジョンさんの方だったら、面倒だな。確かめるために土浦の地方裁判所へ電話したが、ケースバイケースで、書類を出してみなければ分からないと言う。「これは一応裁判なのですから」と係員は言った。私もジョンさんも離婚には同意していたが、財産分与で揉めていた。もしレオのことがジョンさんに分かれば、それを盾にどういう出方をしてくるか分からない。

とにかく、私の方でかなり譲歩して財産分与に同意し、正式に離婚に合意した。契約書にサインし、この不利な条件なら、あとでジョンさんに「親子関係不存在」のサインを頼んでも問題ないだろうと。全て準備万端だった。

しかし、レオは逝ってしまった。

私がジョンさんと結婚した当時は、国際結婚の場合は、親の戸籍にそのまま残り、結婚の事実が記載されるだけだった。しかし、私が結婚した直後にシステムが変わり、国際結婚でも独立した戸籍を作ることになったそうだ。戸籍には親子三代の記載はできない。レオが生まれたので私は親の戸籍から独立して、私の名前、婚姻相手のジョンさんの名前、そして二人の子供としてレオの出生、そしてすぐ隣の行にレオの死亡が記載されているのだろう(まだ見ていないが)。

レオはまぼろしだったのか。レオと一緒なら、お金とかそんなのはどうでもいいと、不利な条件でもなんでもかまわないから離婚したのに。レオ、どうしてあんなにすぐに消えてしまったの・・・・・レオあんまりだよ・・・・。

Our apartment house in Tsukuba. Behind the building we can slightly see Mt. Tsukuba.

●3月7日(水) 重い障害のある子供を持つということ・・・・ジュリアの話

前の旦那ジョンさんの兄夫婦にはジュリアという女の子がいた。私が結婚のためスイスに渡ったときジュリアは1才だった。私とジョンさんが一緒にいた15年間、ジュリアも成長し、13歳で亡くなった。

ジュリアは色が白く、金髪とアクアマリンのスカイブルーの瞳を持つ美しい少女だった。しかし、13歳のジュリアは歩けない、話せない、自分では全く動けない、排泄もおしめのお世話だった。ジュリアは重い障害を持っていた。ジュリアは生後まもなくミルクを飲む時にチアノーゼが出るようになり、心臓に異常が見つかり、3ヶ月の時心臓手術を受けた。心臓手術は成功をしたが、手術中、脳に酸素が回らなくなり、重度の脳性麻痺となり、寝たきりの状態となってしまった。

親は、特に父親は医者を恨み、裁判を起こそうとまで考えていたが、日本と同様にこのようなケースでは裁判で勝利を勝ち取ることは不可能だ。彼の怒りはこの心臓医を紹介した義理の兄(内科医)にまでおよび、親戚関係はギクシャクしたものになった。

スイスは日本と比べ物にならないほど、社会福祉は進んでいる。子供を預けたい時はいつでも近くの専門の施設に預けることが出来る。人々の態度も障害者には日本よりははるかに温かいものがある。また、父親はスイスの名門の工科大学の教授をしており、また双方の実家も裕福だったため、バリアフリーの豪邸を職場近くに建築したりと、とりまく環境には大変恵まれていた。

それでも、重い障害をもった子供を抱えたことで、家庭は崩壊寸前だった・・・・

母親はジュリアにのめり込み、母方の祖母は変な宗教に走り救いを求める。母方の祖母が心臓病だったので、祖母は自分を責めた。結婚する時も、父方の父(つまりジョンさんの父)に反対されたいきさつがある。で、父親は健康な長男は自分の子で、ジュリアは母親の子という。引け目を感じている母親はそんな酷い言葉にも黙って耐え、ジュリアに愛情を注いだ。(私だったらこんなひどいこという旦那とは離婚だよ!)ジュリアが12歳になったとき、医者から子宮摘出の手術を勧められ夫婦は苦悩していた。もう直ぐ初潮が訪れるからだ。

ジュリアは家族がバケーションに出かける時に施設に預けられた。そこで肺炎を起こし、その時、両親は積極的な治療を拒否した。ジュリアは13歳でそのはかない人生を閉じた。ジュリアを大変可愛がっていた父方の祖母がぽつりといった。これでよかった、と。彼女は息子夫婦の家庭崩壊を大変心配していた。私はこれを聞いて、ちょっと暗い気分になったが、重い障害を抱えている子供を持つ家族に、苦労を知らない他人が美談を押し付けるのは見当違いだろう。

多くの人があたりまえのように健康な子供を授かる。しかし不幸にして選ばれてしまった家族に、障害を持った子供が贈られる。どんな子供でも親としては受け入れなければならない。口で言うのは簡単だが、その苦労は他人には想像できないほど大変なのだ。

ジュリアの死のあと、夫婦は健康な男の子を授かり、幸せに暮らしている。

●3月9日(金) 新しい命

おととい産婦人科の初診に行った。レオの時は、私は東京に住んでいてルーディは超音波を見られなかったので、今回は一緒に行った。ちゃんと育ってるのかな。私の計算によると、もう8週くらいだから心臓の鼓動が確認出来る頃だろう。ドキドキして待合室で待っていた。前回の経験を一枚のレポートにまとめて、自分の希望を述べておいた。それに目をやりながら医者が言った。「前にこーゆーことがあると皆こーなんですよね」あったりまえじゃないのぉ〜、と私は思った。

私は、トリプルマーカーテストと胎児心エコ−の希望を述べておいた。両方とも、決まった時期に行わなければならないから、より正確な週数を出して欲しいと再度要望した。すると医者は「あなたの年齢じゃ、いずれにしろトリプルマーカーテストでは、染色体異常の可能性大とでしまうから、直接羊水検査をしたほうがいい。トリプルマーカーテストは血液検査の結果と年齢をコンピューターにインプットして確率をはじき出すものだから」と言った。次回の検診の時にT大学のH先生に紹介状を書いてくれることになった。レオがお世話になったH先生は時々この産院にも診察に来るそうだ。また、私は医者に毎回の検診で、ちゃんと超音波で胎児の様子を確認して欲しい気持ちを伝えた。前の医者のように、サービスで超音波写真やビデオを母親に渡すために超音波検査をするのではなく、キチンと異常に注意を払って見て欲しいと思ったからだ。

赤ちゃんは7週(2ヶ月の終わり)で、1cmちょっとだった。下の超音波写真のの丸いのは頭ではなく卵黄嚢、卵で言えば黄身の部分だ。今は胎盤が完成していないので、赤ちゃんはこの黄身から栄養をもらっている。にわとりと同じなんだよね(笑)。胎盤の完成する12週までは流産の危険性が高い。ちゃんと育って!ルーディは「心臓動いてたね」と楽しそうに言った。「レオの時もちゃんと心臓動いてたんだよ。動いてるだけじゃ、心臓ちゃんと出来てるかどうかは分からないよ。この時期レオの場合はもう心臓はおかしくつくられていたんだから・・・・」私は答えた。

お願い、神様。今度は心臓も、全ての体のパーツをちゃんとこの子に与えてあげて。もしまた悲しい結果になったら、あなたは神なんていう高尚な名前は返上すべきだ。予定日は10月20日という。レオの誕生日とたった5日違いだ。レオ兄ちゃん、神様にこの子のこと宜しく頼んでおいてね。レオの弟分か妹分になるんだよ。レオ、ママだけは、いつもレオのこと考えてるよ。

 Our new baby at 7 weeks. I do hope the God has given the baby every perfect body parts this time.


●3月19日(月) スイス移住の決定と結婚

ルーディが7月からスイスで仕事をすることに決まった。大学の研究員や教職員より、何か新しいことにチャレンジしたいとの希望で民間のKという監査やコンサルタントをする会社を選んだ。日本は不況の真っ最中だが、スイスは10年前の不況を脱して、今は好景気だ。近年、デリバティブといった金融商品は、複雑な高等数学を使って設計されている。物理と金融工学は共通するのだ。

私は言葉や環境も違うスイスで子供を産むのは不安なので、日本で生もうと思う。半年くらいルーディとは別々に暮らすことになる。レオのこともあり、スイスの病院で何か問題があったときのことを考えると心配だ。レオが死んでしまったのは悲しいが、病院と対決し、私の思うように出来た点に関しては、後悔はない。日本では、私のような性格の荒いオバハンがガミガミ言うと、結構相手は譲歩するが、スイスではそんなの通じない。スイス人はアジア人の私の言うことなど聞かないだろう。

スイス人は比較的教育水準も高く、モラルを持つ国民だが、やはり人種差別が多少あるのも事実だ。日本人がなんとなくアジアの人々に対して持っている差別の気持ちと言えば分かりやすいか。私も幾度か、スイスのデパートやスーパーで、長い列の中の私だけ、バックの中を確かめられた時もあり、嫌な気分になったものだ。とにかく、スイスでは私の主張など聞いてもらえないと思うし、ルーディはちょっと押しが弱いから頼れない。

もう一つ厄介なことがある。スイスに移住する前に、結婚手続きを済ましておかないと面倒だ。私はゴクミのように事実婚で、未婚の母でもかまわないが、ルーディはいやだという。(女優の後藤久美子は、F1レーサーのアレジと正式な結婚をせずに子供を2人育てている。フランスでは結婚しないが一緒に生活している事実婚が多い。)スイス人はちょっと日本人っぽいな。体裁や法的手続きを重要視するから。でもルーディの気持ちも分かるから私はもちろんOKした。

二度目の結婚か・・・・。”人生二度美味しい”か”二度不味い”かは分からないけど、とりあえず歩いて行ってみるしかない。

 Leo, indeed you were with us.....No single day you are away from my mind.....I miss you so much.
                                   

●3月26日(月) 学校の事故で亡くなってしまった木村君のこと

今でも木村君のことを思い出す。木村君は小学校5年生の時の同級生だった。わたしは親の都合で転校ばかり繰り返していたので友達も出来にくく、よく男の子にいじめられていた。木村君はとってもかっこよくて、また女の子をいじめたりしない”紳士”でクラスの人気者だった。転校生の私にも、さりげなく親切にしてくれていた。

ある風の強い日、校庭でサッカーで遊んでいた木村君の頭にサッカーゴールが倒れてきた。ゴールキーパだった彼は、目の前で繰り広がるボールの奪い合いに気を取られ、自分の頭にゴールが倒れることなど全く気づかなかったのだろう。鋼鉄のゴールは彼の頭を直撃し、彼の倒れた校庭には、土に染み込みきれない程の血が流れ、小さな水溜りを作っていた・・・・・・。木村君は死んでしまったのだ。

事故の対応に追われる担任の留守で授業は自習となり、クラスの男の子たちは喜んで騒いでいた。仲良しが死んだというのに、いつものように教室でふざけてプロレスごっこをしていた。彼の机の白い花を生けた花瓶が悪ガキどものドタバタで揺れ、幾度も倒れそうになる。あんた達の目の前で木村君は死んだのに!人の死なんてこんなもんなのか。子供心に悲しかった。亡くなる前日、鉛筆を忘れてもじもじ困っていた私に、木村君はきれいに削られた鉛筆をさりげなく手渡してくれた。はずかしくって、うれしくって、ちゃんとお礼も言えずに、私はおどおどと受け取った。

木村君のアパートは学校の校庭のすぐ脇にあった。お葬式もクラス全員で行った。棺の中の彼は眠っているようにきれいで、揺すれば起き出すような錯覚を起こさせるほどだった。その後、木村君一家は兄弟が同じ学校に通っているにも係わらず遠くへ引っ越していった。亡くなった子供の辛い思い出の残る学校の側に住み続けることは苦痛だったのだろう。お昼休みに子供達がはしゃぐ声を聞くことが辛かったのだろう。とってもよく分かる。今頃、もし生きていたらもう40近くにもなってる。頭も良かった彼のことだから、出世もして、可愛い子供も2,3人いる素敵な家庭を築いていることであろう。・・・・・借りたままの鉛筆が彼の形見となってしまった。

親御さんは今でも本当に悲しい気持ちでいると思う。学校を恨み、運命を呪い、決して忘れることなど出来ないであろう。私でさえ今でも木村君のことを忘れられないでいるのだから。

皆大切な人の死をどのように抱えて生きているのだろうか。木村君の死は、学校側がちゃんとサッカーゴールを固定していれば防げたのだ。安全でなければならない学校での死。無念の死だ。それと比べればレオの死本当にどうしようも無かった。でも私は今だにレオのことを考えては一日一度は泣いてしまう。眼が赤くなっているのは花粉症だよ、と誤魔化しているが本当は情けないほどの弱虫だ。死んだ理由によって、悲しみが軽くなることはないようだ。多少は自分を慰める助けにはなるかもしれないが・・・・。いろんな人から慰められたように、次の赤ちゃんが出来れば少しは元気になるかと期待していたが、悲しみはちっとも軽減されない。誰も、何も、今お腹にいる赤ちゃんさえも、レオの代わりにはなれないんだよ。レオ、とっても恋しいよ。

  Leo, you enjoyed being in papa's arms. Papa was doing quite well, wasn't he? What do you think Leo?


●4月6日(金) 命の決断−自分が納得することが大切

私のHPも、いくつかのサーチエンジンに登録されたりして、最近ちょこちょこメールを頂く。幼い子供を持つ母親は自分の子供とダブって涙が止まらない・・・と。病気で赤ちゃんを亡くされた方からは、気持ちがとてもよく分かる・・・・。そして同じ病気の赤ちゃんを産んだお母さんからもメールをいくつか頂いた。

左心低形成症候群は本当に厄介な先天性心疾患だ。親にまったく考える時間を与えず、大変な混乱した状況のなかで人生最大の決断を要求する。どんなすごい仕事だって、こんなに緊張した選択を迫られるシーンはないだろう。難しい手術を選択し赤ちゃんが手術中、もしくは術後に亡くなってしまったケース、手術も間に合わず赤ちゃんが急変し亡くなったケース、手術が成功して4歳くらいになっているが将来には心臓移植が必要なケース・・・etc。ノルウッド手術自体まだ、20年の歴史しかなく、最初の10年は”実験的”な手術だった。その後手術技能や術後管理のトライ・アンド・エラー(試行錯誤)の手術数の増加により、最近アメリカでは”実験的”な手術ではなくなったそうだ。

レオの病名を知らされたとき、私は徹夜でアメリカのHLHS関係のサイトはほぼ全部あたった。出産3日目なのに、パソコンの前に20時間以上もずっと座りっぱなしだった。1時間で大型のパットが絞れるほど出血していたが、痛みは全然感じなかった。必死だったのだ。「私、英語って元来嫌いなんだよね〜」と普段は翻訳の仕事も、ルーディにぶつくさ愚痴りながらやっていた私だが、火事場の馬鹿力か、すごいスピードで読み漁っていった。その中で私がこの病気が絶望的だ・・・・と息を飲んだのは専門病院のHPにあった以下のセンテンスだった。

「妊娠中、胎児にHLHSが見つかった場合の一つの選択肢としてはメディカル・ターミネーションです」つまり、人工中絶のことだ。中絶天国の日本と違い、アメリカではキリスト教の影響で中絶に対してはかなり否定的だ。中絶手術を施す医師を反対団体がテロ行為などで攻撃するほどだ。私のかつての知り合いの女の子がアメリカ留学中に妊娠してしまい、中絶してくれる医者が見つからず、闇の医者で手術を受けとんでもない目にあった、と言っていた。

そんな国の医療機関でも中絶を選択肢の一つとして提示している!シーンと静まった夜中、この病気の恐ろしさに、一人、気を失いそうになった。

アボーション(中絶)という言葉を避け、メディカル・ターミネーションと別の言葉で表現しているが、左心低形成手術が比較的成功をおさめているアメリカでさえこうなのだ。「HLHSの手術成績が上がり、メディカル・ターミネーションが選択肢から外れる日も近いであろう」とその病院のHPでは、結んでいた。

手術を選ぶか、何もしないか・・・・・子供の命の決断は、親がするしかない。医者でも祖父母でも、聖職者でもない。自分なのだ。その選択は自分自身の命の選択をするより辛い。でも親だから、逃げられない。誰かに委ねることは出来ないのだ。

手術をして死んでしまうかもしれない。手術をしても苦しませたあげく、2年くらいで死んでしまうかも知れない。奇跡が起こったかもしれないのに、何もしなくて、みすみす死なせてしまうのか・・・・・・・。こんな恐ろしい選択肢から親は選ばねばならないのだ。親の苦しむ姿を楽しむ悪魔が差し出す恐ろしい選択肢だ。

私達は、レオのために冷静に判断しよう、とお互いを諌め、話し合いを重ねた。成功の可能性も殆どゼロに近い手術でレオに痛い思いをさせたくない。例えノルウッド手術が成功したとしても、レオの将来はどうなるのか。どんな仕事でもいいから、自立して生きていけるのか。いや左心低形成症候群では、大人に成長することさえ世界的にも例がない。(アメリカでは15歳くらいが最年長らしい。)またノルウッドが成功しても、近い将来心臓移植が必要になったとき、レオに誰か他の子供の心臓が与えられるのか。いや、よその子供の脳死を期待して、自分の子供の命を救いたいと願うあさましい自分もいやだ・・・・。ドナー(脳死の子供)など絶対現れて欲しくない。よその子を踏み台にして自分の子を助けたい、と願う人間にはなりたくなかった。レオの転院先をあたっている時も、ルーディの勤めている研究センターの元主任が今はT大の副学長を務めているので、現上司が副学長に頼んで、コネでT大学病院へ優先的にレオを入院させてもらおうか、と言ってくださったが、私達は順番を待っている、多くの病気の子供達の順番を奪うのは嫌だったのでお断りした。

また、子供に肉体的にとても辛い思いをさせてまで生きてて欲しい、と願うのは親のエゴではないか。私自身だったら、治る見込みのない姑息手術を繰り返し施され、延命措置を受けさせられるのは嫌だな。辛い手術でも、それを乗り越えれば、肉体的なハンディキャップが残っても、仕事も出来て、好きなところに出かけられる、自立した自由な人生が待っているならいいけど。それさえも叶わないなら例え短い人生でも、クオリティ・オブ・ライフを優先させたい。私とルーディの意見は最初から最後まで全く同じだった。

とにかく、どの選択が正しいのか、正しくないのか、そんな回答は誰にも出せないだろう。親の人生観、死生観、哲学などによって選択は異なる。私はどんな決断であっても、決して子供は不幸ではないと思う。親が子供のために人生最大の必死の覚悟で選んだ道なのだから。その後の結果は、神の手に委ねるしかないのだ。私は、他の選択肢を選んだ親御さんの勇気とお子さんへの愛情にも心から敬意を表したいと思っている。

あなたの選択が、いかなる結果を導こうと、後悔する必要はないと思う。自分自身が納得しているなら、何も恐れる必要はないのだから。

 
Our little baby "Pico Pico-chan" at 13th week. "Looks very relaxing! "Papa said. Even he was imitating this pose at home!



●4月7日(土) 仕事と経済的自立

昨日、車を運転しながらラジオを聞いていたら、お便りコーナでこんな主婦からの手紙が紹介されていた。
「私は今、資格をとるために学校へ通っています。その理由は経済的な自立をするためです。きっかけは数年前、主人とちょっとしたことで喧嘩した時、主人に”養ってもらってるくせに口答えするな!”と言われた事です。この言葉が深い傷となって、経済的自立を目指しているのです・・・・・・」

私はジョンさんとのことを思い出した。私はジョンさんとは21歳の時結婚して、それ以来、スイス内での転勤や日本へ来たりとの生活をしていた。ジョンさんは銀行の仕事をしていて、クライエントを家に招待することも多く、接待は奥さんの仕事だ。私は、自分の仕事はジョンさんの仕事を支えることと、思っていたが、ある日、くだらないことで喧嘩をした時、”家で呑気に過ごして、食わしてもらってて、気楽なもんだ”と言われた。何言ってんの。自分の食い扶持くらい自分で十分稼げるよ。私は彼の本心に失望し、それが離婚のきっかけにもなった。別居中、日本に戻った私は仕事も簡単に見つかり、主婦時代の生活費の数倍の給料を稼いだ。仕事も面白かったし、充実していた。コンサート、習い事、美術品、海外旅行・・・・自分で稼いだお金は誰にも文句を言われず、好きなように使う事が出来た。

主婦の時は、やれ家が散らかっている、食事がワンパターンだ、アイロンちゃんとかけろ、と彼の機嫌が悪いとぶつくさと小さなことで、文句を言われ、ちっとも評価されなかった。食事付のただ働きのメイドだ。一人になって働き始めたらほんとに私の人生は生き生きしはじめた。

今レオを産むためにつくばへ来て、レオも死んでしまって中途半端な日々を送っている。まだ元気になれるわけない。妊娠してるからちょっと体調も悪い時があるし、仕事も忙しい。それなのにルーディは、家が散らかっていて自分の生活とは合わないとか何とか言っている。あ〜、いやだ。

スイスへ行ったら子供もいるし、仕事も出来ない。子供がいないとしてもスイスじゃ仕事は出来ない。経済的には自立出来ない。また主婦に戻って、”家事”という、つまらない無給の仕事を押し付けられ、家が散らかってるぞ、とかぶつくさいわれるのか、と思うと気が重い。おまけに彼の家族にはドイツ語いつまでたっても出来ない、とか言われて。まるで何も能力のない馬鹿な主婦扱いだ。

日本では、充実した仕事も出来る。この不況なのに、色々お仕事の声をかけていただける。嬉しいな。それなのに、主婦で家に居ると、旦那はえばっちゃってイヤね。それなら一人でいて、働いていた方がよっぽどいいよ。ジョンさんも自分に仕事のストレスがあると私にあたる。スイスでは友達もなく、話し相手はジョンさんだけだった。疲れているから、と気を使いながら「今日はどうだった?」と話し掛けると無視状態だった。「どうして話してくれないの?」と聞いたら「疲れてるんだ」とか「胃の調子が悪いんだ」とかブスッとしていたが、友達から電話があると、一転してゲラゲラ笑いながら一時間も話していた。私とは疲れて話せない、っていってたのに・・・・・惨めだった。

この前、ルーディもまったく同じだった。私が話しかけると”ふん”って感じだったので、どうして話してくれないの、と尋ねると「花見でバーベキュー食べ過ぎてお腹が苦しい」といって素っ気ないのに、3分後にはスイスの女友達に電話をして一時間もゲラゲラ笑いながらおしゃべりしていた。何なんだ、これは。お腹が苦しくて私とは喋れないのに、他の女ならお腹も突然治っちゃって楽しいのかいな。馬鹿にするのもいい加減にせい。レオの妊娠中も幾度かこんなことがあって、私は前の辛い経験を思い出して夜泣いちゃったな・・・・。もー腹立つぜ!こんなやつら!はっきり言えよ!私とは話ししたくないんだって。こんな人たちは、結婚なんてしようと考えないで欲しい。自分の必要な時だけ便利な奥さんが必要なんでしょ。

自分の機嫌のいい時だけ私を話相手として要求する。自分の気が向かなきゃ無視。ふっ〜・・・・これじゃ、また、ジョンさんの時と同じパターンじゃないか。ジョンさんの時は8年かかってこの状態になってしまったが、ルーディとはまだ1年なのに。また前みたいに、つまらない人生になるんじゃないかと、ちょと悪い予感がしている。やだな・・・・。妊娠中なのに余分なストレスを与えてくれるね、ほんとに。雑誌なんか読むと、世間の旦那さんは妊娠中の不安定な奥さんにとっても気を使ってくれているのに・・・・。こんなんじゃ自分で仕事をして一人で生きていった方がよっぼど楽しい人生をおくれるよ。レオ、レオもそう思うだろ?ママは前と同じ間違いは犯したくないんだよ。もうやり直しがきかない年だしね。レオ、それとお腹にいるピコピコちゃん、ママはどうすればいいのかな。ちょっと教えて。

My favorite place Venezzia, visited on Jan 2001.


●4月9日(月) 医学の進歩は人を幸せにするか - 不妊治療の話


前の旦那ジョンさんも私も子供が大好きだった。彼の年の近い3人の兄弟にもそれぞれ2人ずつ子供がいて、にぎやかだった。クリスマスの時など、私達は甥っ子姪っ子にだけでなく、自分の子供のためにおもちゃやプレゼントを選んでみるのも楽しいんじゃないかな、と時々思った。

私が27歳くらいの時、丁度日本にいて通訳養成学校に通っていた。その時知り合った友達から有名な不妊治療のクリニックの話を聞いた。子供は出来なきゃ出来ないで、それなりに人生楽しかったし、どうしても欲しいって感じではなかったが、私も27になっていて、あとで後悔するより、今は医学も進んでいるから一度クリニックに行ってみるのもいいかな、と電話を入れた。半年待たされてやっと予約が取れた。

目黒駅の裏の方の、寂れたマンションの1階にあるクリニックは女性の患者で一杯だった。普通の2DKくらいのマンションを待合室と診察室として使っていたので、話は筒抜けだった。座りきれない患者さんは、ずっと何時間も玄関口に立って待っていた。九州や北海道からも通っている人もいて私は驚いた。皆、恐ろしく悲壮な顔をしていた。呑気にクリニックに来ていたのは私ぐらいだった。

話を聞いていると、本当に大変だ。あちこちの病院を渡り歩いた人も多い。K大学病院で何度も体外受精をした人も来ていた。体外受精は様様な費用をいれると、一回に200万円もかかるそうで、その人はもう5回も受けたそうだ。子供が運良く出来たら「おまえは金(きん)の塊だよ。1千万円もかかったんだから、と言ってやるぅ」なんてジョークを言っていたが、不妊治療は一切保険が利かず、物凄いお金がかかる。

このクリニックでは体外受精などといった高度な治療は施さない。設備も無いし、先生のポリシーでもあった。しかし人工授精は多く行われていた。人工授精とは、精子の数が少なかったり、運動能力が低かったりした場合、器具を使って女性の子宮の奥深くへ流しこんでやる不妊治療の一つだ。ま、言ってみれば体力がなくて40キロ走れない精子君たちを、車でゴール近くまで乗せてってやることだ。最後の5キロなら頑張って走れるでしょ、ってことだ。自然妊娠では、1億もの精子君たちが子宮口にときはなされ、さまざまな障害を乗り越え自力で卵子に向かっていく。過酷な競争の果てに生き残った一個の精子君がゴールのテープを切る。しかし、車でゴール近くに運ばれた楽した精子君でも受精は大変らしい。人工授精でも出産までこぎつけることの出来る人は稀と聞いた。運良く着床出来ても、妊娠を継続させることは思いのほか困難なのだ。

このクリニックに来ていた女性は、不妊治療歴5年はあたりまえ、10年を超える人もいた。お金もかかる。家族や周りからのプレッシャーもある。その姿は疲れきっていたが、同時にある種の執念さえ感じられて、待合室の雰囲気は重かった。

私は待合室で待っている間、自問していた。医学の進歩は果たしてここにいる女性達を幸せに出来るのか、と。体外受精を何度か繰り返して成功しなくても、もうあきらめよう、と区切りをつけるのは難しい。100人に数人の成功率でも、成功している人がいるかぎり、自分だって、と思うだろう。人工授精も同じだ。今まで散々お金もつぎ込んだ。今ここであきらめることは出来ない。そんな思いで10年も通っている人もいる。

医学の発達していない昔なら、子供が出来なければ養子をもらったりした。出来なければしょうがない、とあきらめるしかなかったからだ。地方の田舎では、子供が出来ないのは嫁が原因と、離縁されるケースもあったそうだが、そんな昔の話ではなく、ちょっと前までは、体外受精なんて普通の人が受けられるような医療ではなかった。・・・・・人は”あきらめる”ことを知っていた・・・・。

あきらめる、ってことは負けることではないと思う。あきらめる、ってことは、区切りをつけて、また前を向いて進んで行くことなのだ。

確かに自分の子供はとっても可愛いだろう。私もレオを産んでみて、こんなにいとおしいものがこの世にあるのか、と思った。しかし、万一私に子供が出来なかったら、それはそれで、しばらく悲しんで、その後はあきらめるしかない。それでも子供が欲しければ養子をもらう。以前、スェーデン大使館の書記官の夫婦とパーティで会った。典型的なスェーデン人の、美しい金髪の夫婦は、「私達の子供よ」と誇らしげに中学生くらいの2人のアジア系の男の子を紹介した。私が一瞬戸惑うと、「アダブトしたのよ。(養子に迎えた。)こっちは韓国、こっちはインドよ」ととっても素敵な笑顔で言った。夫婦はとっても輝いて気高かった。私はその自信に圧倒された。「That's very nice!(とっても素敵ですね!)」私は心からそう言った。なんだかとってもうらやましかった。ベネトンのCMみたいだ。私は周囲の”子供はまだ?”と言ったつまらないお節介を気にして、自分の子供に執着しているみみっちい自分を恥じた。私は1年ちょっとの、クリニック通いに終止符を打った。区切りをつけたのだ。

不妊治療の経験で感じたことは、”医学の進歩は”成功”したほんの一握りの人を幸福にはするが、多くの成功しなかった人を不幸にしている”と言うことだ。丁度、先週、このHPを見てメールを下さった方と心臓移植の話になった。心臓移植という究極の医療が今存在する。運良くその恩恵に預かり、命が助かった一部の人たちにとっては、医学の進歩は人々を幸福にするものであろう。しかし、ドナーが見つからなかった(心臓移植の場合”脳死”のドナーでなければならない。日本では子供の脳死での移植は認められていない。また海外でも子供の脳死のドナーは非常に少ない。)、またはお金が足りなくて海外に行くのが遅れて後れて間に合わなかった(海外の移植では5千万円から8千万円もかかる。)、といった様々な理由で移植を受けられずに子供が死んでしまった親御さんにとっては、”移植さえ出来ればこの子は死なずに済んだのに・・・・”とみすみす助けられる命を見殺しにしてしまった、と無念が募るであろう。

心臓移植はうまくドナーさえ見つかればあとは”ばんばんざい”という訳にはいかない。免疫抑制剤との付き合いは一生続き、感染症など様々な危険も伴う。しかし、移植という魔法の医療が受けられなかったせいで、子供は死んでしまった。”命”は手の届きそうなショウウインドウの中に飾られている・・・・・手に入れられるのはホンの一部のラッキーな人だけだ。子供が重い心臓病で生まれた運命より、移植を受けられずに死んでしまった運命の方が恨めしい。その感情は本当に理解できる。普通の親なら何としてでも子供を助けたいと思うのは当然だ。でも、移植という医療が存在しなかったら・・・・。私達はもっと謙虚に運命を受け止めることが出来るではないか。今、クローン技術、遺伝子操作、臓器移植などの最先端の医療が脚光を浴びている。しかし、私は想う・・・・果たしてそれらの先端技術と比例して私達はより幸せになっていけるのだろうか・・・・・と。

  Visiting Rotenburg with my friend Reimar, Jan. 2001.


●4月17日(火) 羊水検査 ・・・”検査”という軽い名前の重い意味

近くのSクリックに検診に通っていたが、そこでも2時間も待たされるので、同じ待ち時間なら家からも近いT大付属病院の方がいいな、と検診の病院を変わる事にした。Sクリニックは激混みなので、検診も回転寿司状態だ。これでは異常などしっかり見つけられそうもないし。紹介状をもってT大へ行った。

T大の産科の隣はレオがお世話になった小児科だ。廊下で偶然H先生にあった。”あ、H先生、左心低形成”のXXです!”と声を掛けると、直ぐ思い出してくれた。この病名は珍しいからね。”元気になられたそうで、よかったですね。”先生は微笑んで言った。レオの時は、まあH先生ってなんて暗い先生なんだ、あの根暗な性格で小児科医が勤まるのかな、子供が怖がるよ〜、とルーディにも言ったものだが、この時のH先生は、少年みたいな明るい笑顔だった。あ、きっと私達のことを気遣って暗い顔してたんだな。ま、そうね、子供が死んでいく親の前では、全ての人々が神妙に振舞うしかないし。(根暗なんて勝手なこと想像してごめんなさいね!H先生。)

T大の産科の先生は親切だった。30ちょっと過ぎぐらいの若い先生が診てくれた。私は子供の心臓病のことなどを説明し、心エコーの検査と羊水検査のことを聞いた。「隣にH先生いますから、なにか検診中に疑問があれば診てもらえます」これは安心だ。また、羊水検査については流産の可能性、検査の正確性について一通り説明を受けた。説明が終わったら、先生は自分の署名と判子を紙についた。インフォームド・コンセントだ。「費用も自費になるので、13万円かかりますし、今すぐ決めなくてもいいですから。決めた場合はこちらに署名捺印してお持ちください」と判子を押した同意書を私に渡した。

お腹に長い針を刺して羊水を取るため、流産の可能性が0.3%あるという。先生は言った。”333回で1回の割合です。でもあなたの年齢だと、ダウン症の子供が生まれる可能性のほうが、流産の可能性より大きいです」それがわかってるから、羊水検査を希望しているのだ。私の年だと150人に一人の割合でダウン症などの染色体異常の赤ちゃんが生まれる。

レオの時も高年齢での妊娠で、ダウン症の出生の確率は高かったが、その時は150人に一人、という確率は殆ど”他人事”だった。しかし、1万人に一人という、天文学的な確率の赤ちゃんを産んでしまった自分にとっては、150人に一人というのは、もう”当選確実(?)”的な数字だ。費用が13万かかろうが、お金で安心が買えるならお安いものだ。もちろん先天性異常は一万種類もあるらしく、ダウン症でなくても、どんな障害をもって生まれてくるか分からない。防ぎようが無いのだ。それは十分承知している。その上で、せめて分かるぶんは知りたい。残りの妊娠期間中心配するのは胎教にも悪い。

しかし・・・・・万一運悪く、染色体異常の子だったら・・・・・

やはり中絶するだろう。ルーディにも聞いたが「私の意志を尊重する」と逃げるので「はっきり自分の意見を言ってよ」と言うとやはり中絶という苦渋の選択を選ぶという。勘違いしないで欲しいのは、ダウン症の子供を否定しているわけではない。ダウン症をはじめ先天、後天の障害者が不自由を感じることなく生きられる社会を作ることは必要と思っている。そのためには税金をもっと払うのもかまわないと思っている。障害者ではなくても困っている人がいれば助け合うのは当然のことだ。しかし、私は健康な子供が欲しい。完璧という意味ではなく、手術の必要やハンディ・キャップがあってもそれは仕方ない。ルーディも赤ちゃんの時2度ほど手術を受けたそうだ。とにかく、将来自立出来る人生を歩んでいける子供が欲しいと思う。好きなことを見つけ、どんな仕事でもいい、自分で生きていける子供が欲しい。

レオの時も、最初の診断では重い心臓病だが、軽い事務仕事なら大丈夫、とNICUの医者に言われ、それなら親としてお金とかでレオに適した環境を整えていけるなら、一生そのために頑張っていこうね、とルーディと話した。心臓の弱いレオが事務の仕事について、残業とか無理で、出世もあきらめて、スポーツとか出来なくて、一生医者通いでも、好きなことを見つけて、自分で生きていってくれるならそれなりに充実した人生になるだろう、と思った。

しかし、染色体異常は重篤な病気だ。治しようが無いし、自立もままならない。いや、大人になるのも難しく、赤ちゃんや子供のうちに亡くなってしまう例が多い。先天性心疾患、鎖肛、感染症・・・知的障害以外に肉体的にも大変な合併症を抱える場合が多い。ドイツやイギリスをはじめヨーロッパでは羊水検査は無料で行われている。キリスト教の国だが、羊水検査で染色体異常が見つかった場合は、合法的に中絶できる。国が費用を出しているのは、中絶することにより、障害児を減らし、社会福祉のコストを抑える目的がある。ま、現実的な話でちょっとねぇ〜、といった感じだが、反対に障害をもった人たちへの福祉は日本の数倍も手厚い。

日本では先天異常を理由に中絶は出来ない。その代わり”経済的理由”とか”母体保護”と言った理由でいとも簡単に中絶できる。実際日本での”健康”な胎児の中絶は年間、闇も入れれば100万件あるという。100万人もの”健康”な赤ちゃんが命を絶たれている!30才代の主婦の3人に一人は中絶経験があるというデータを読んだこともある。こちらの方がよく考えれば恐ろしい気がするが、これに関して日本では反対運動など聞いたことがない。

第一子がダウン症の子供を持つ親の、次の妊娠での羊水検査を受ける確率が高いというデータがある。他人が行動を伴わない博愛主義を振りかざしても、現実的には重い障害を持つ子供を生涯育てていくのは両親だ。それはとても大変なことなのだろう。重い障害のジュリアを抱えた一家を身近で知っていた私には理解出来る。

ま〜とにかく、大丈夫でしょ、とポジティブに考えるしかない。結果が出るまでは悪い方に考えて心配するのは損だから・・・・・。

Fairyland, Rotenburg, Germany.


●4月21日(土) 雅子さまもご懐妊−高年齢出産はいいよ!44歳で産んだソニアさんの話

雅子さまご懐妊のニュースが流れた。本当にそっと見守って差し上げたい。妊娠のことほど、まわりからごちゃごちゃ言われるのは腹立たしい。私も昔「子供はまだ?」とか「早く作れば?」など子供を持つことだけが唯一の自慢なのか、変な優越感に浸っているオバハンたちにしつこく言われた。そこで相手を黙らせるような回答を発見した。「家はお宅と違ってセックスしないから、子供は出来ないんです」でかい声で言うと、オバハンたちは、「あら〜・・・・」と赤面絶句。ふふふ。独身の若い時や高校の時は、セックスなど不純な行為と、眉をひそめるオバハンたちが、結婚したとたん「子供は子供は?」とこっちの性生活を”応援?”してくれる。変だね。

雅子さまは私より4ヶ月年下の37歳だ。本当に気高い素敵な女性だ。皇室の役目を果たすとかではなく、単純に赤ちゃんを持つことの喜びを感じて頂きたいな。蛇足だが、皇室の方って本当に不思議な存在感をお持ちだ。以前パーティで常陸宮さまにお会いした。美しい奥様と雛人形のように並んでいる常陸宮様は、来賓のお席にあられ、私は遠くの方でそのお姿眺めていた。さて立食パーティになったとき、私とパーティで知り合った女性がブッフェ・テーブルの前で「わぁ美味しそう!でもこんなに食べちゃうと太っちゃうね〜!」と騒いでいると、後ろから「あなたたち、そんなにスマートなんだから、食べたって大丈夫でしょ」と知らないオジサンが声を掛けてきた。誰かと思って振り向くと、なんと常陸宮さまだった。こんな時、庶民の私は皇室言葉など出るはずもなく「・・・・あ、有難う存じます」と赤面してしまった。とってもフレンドリーなお方でした。

さて、雅子さまもマル高だ。昔は30歳以上がマル高だったが、最近は35歳に引き上げられたそうだ。どんなに自分で努力して体力を維持しても、細胞レベル(卵子)までは無理だ。私の年齢だと卵子はもう賞味期限を迎えているらしい。卵巣や子宮の働き具合は、多少食生活や運動によって若さを維持されるそうだが、卵子を若く保つのは不可能だ。

高年齢出産では、マイナス面ばかり強調されるが、私は卵子のクオリティーといった、不可抗力以外の面ではそんなにマイナスには感じないな。そんな時、スイスから遊びに来ていたソニアさんの話を聞いた。

ソニアさんはスイスのルーディの実家のご近所さんだ。スイスで日本語を習っていて、先月日本へ一人で旅行にやってきた。60歳くらいかと思ったが、なんと70歳とのこと。2人のお嬢さんのうちの一人ががルーディの妹さんの同級生と聞いていたので「え、では幾つの時に生まれたお子さんですか?」と私が尋ねるとなんと39才と44歳の時に授かったそうだ。結婚16年目にして自然妊娠したそうだ。

ソニアさんの話によると、少女の時、母親の急死という悲しい経験をしてから排卵が止まってしまったらしく、結婚して16年たっても子供が出来なかった。しかし、ある日、山荘へ行く途中、土砂崩れにまきこまれ、数時間車の中に閉じ込められ、レスキュー隊に助けれられ九死に一生を得たという。そのショックにより排卵が始まったらしく、3ヵ月後には妊娠したそうだ。直ぐに次の子も欲しかったそうだが5年かかったそうだ。

ソニアさんは言った。「子供を年とってから授かると、お母さんを若く保つのよ(Keep you young !)」と誇らしげに言った。その通り、ソニアさんは何にでも積極的で、また外見も若い。日本の70歳のお年よりとは全然違う。今は20歳の時の初恋の男性と50年振りに再会して、ラブラブで付き合っているという。

出産年齢にさほどこだわる必要は無いと思う。体力などは個人差だし、経済の状況などある程度落ち着いた環境で子育て出来る方が子供にとってもいいと思う。でもいずれにしろ子供が欲しいなら、あまり遅くするのも良くない。私の友達でも仕事が面白くて35歳でそろそろ子供を、と思ったらなかなか出来なくて後悔している例もある。不妊クリニックの先生も生物学的にも女性の加齢により子供は出来にくくなると言っていた。また、最近は環境ホルモンとか、食生活の影響か、婦人科のトラブルも増えている。友達でも38歳くらいでひどい子宮内膜症や子宮筋腫で子宮全摘をした人もいる。

ついでに、クリニックの先生の絶対のアドバイスで、私もずっと実行しているいいことがあるので書きます。最近の不妊の原因は”締め付け”にあるという。女性はガードルなど絶対駄目だ。パンストや、きついパンティーも駄目。私もその時よりガードルは止めて、パンストは仕方ないのでゆるゆるのを履き、パンツもオバサンパンツだ。また男性もブリーフはXだ。ジョンさんやルーディにもトランクスを勧めた。(外人はなぜかキツキツのブリーフが好きなようだが、夏などカブレがひどい。2人ともトランクスに替えたらカブレが無くなった。)とにかく、これだけでも冷え性も生理痛も軽くなり、子宮の具合もよくなり、子供が出来たといった人もクリニックに何人かいた。ガードルを着けないと、しばらくはスース−落ち付かないようだが、1週間もするととっても快適になると友達も言っていた。出たお腹やヒップアップはガードルで押さえつけても無駄だ。ガードルをしないと、意識しないうちに、自分の筋肉で締めようとするので、かえって筋肉がついてスタイルが良くなるよ。どうぞ、皆さん、締め付けは止めた方がいいです!

ある病院のデータによると、妊娠するまでの期間は、20才代前半でも3.3周期、また40歳前半では15.5周期かかっているという。また50歳では可能性はゼロだそうだ。つまり20歳前半の若い方でも、妊娠するまでには、平均3ヶ月ちょっとかかっている。40歳前半では平均一年3ヶ月以上もかかるのだ。これを読んで私はラッキーだったな、とルーディと話した。やはりガードルなしのオバサンパンツの効果だ。レオを産んで、次の周期で直ぐピコピコちゃんが出来たから。もし一年も掛かるなら、その期間は悲しいな・・・・と思うから。ちゃんと神様と、神様に口利きしてくれた(?)天国のレオ感謝しなくては。

ソニアさんが44歳で子供を産んだ、という話には私もちょっと力づけられたな。今後順調に行ってピコピコちゃんが生まれる時、私は39歳だ。もう後が無い!なんてちょっと焦っていたが大丈夫だ。もっとスポーツをして食生活にもっと注意してせめて肉体だけは若く保って頑張ろう。

●4月24日(火) レオが生きていればもう6ヶ月か・・・

レオが生まれたのが昨年の10月25日だから、明日で丁度6ヶ月。早いな〜。ちゃんと死なずに育っていればどんな子になってるんだろう。時々想像している。

最近、ルーディは”マイ・ブーム”で、肉体を鍛えるのにハマっている。ま、結構筋肉って目に見えてどんどん付いていくので、筋トレって習慣になると結構やってて楽しいのよね。で、ターザンという雑誌を買ってきて研究している。この雑誌はま、ワンパターンで腹筋を鍛える!とか肉体改造関連の特集のせているが、なぜかモデルは外人だ。ルーディが雑誌をめくっていると、トレーニングのモデルの外人を指差して、「レオも大きくなったらこんな感じになるんじゃない?レオに似ているよ」と見せてきた。

モデルはハーフのようで、それもかなり”和風”っぽい。こんないい男になっちゃったら、お母さんとしては心配だな・・・・などとこの世に存在してない息子を思って親ばかだ。

しかし、赤ちゃんの顔って本当に良く変わる。生まれたての時、私は良く見えなかったのだが、後でルーディの撮った写真をみるとまるでゲゲゲの鬼太郎の子泣きジジイだ。「ひぇ〜、ルーディ、最初この顔見たらびっくりしたでしょ?」と聞くと「ちょっと、このままだったらどうしようと心配した・・・」と言っていた。看護婦さんにきれいにしてもらって私の枕もとに連れてきてもらったときは、レオはすっかり可愛く変身していた。とっても端整な顔で、一瞬大きく開けた目がすごい翠色だったので、あれ外人だ!と思わず思った。Sセンターでは、起きてる時の顔は、ちょっとお猿さんの赤ちゃんみたいだったな。で家に連れてきた時は、女の子みたいな顔つきになっていた。

死ぬ直前は、むくんでいてもう普通の健康な赤ちゃんではなかった・・・・そして死んだ顔は、とっても穏やかで、フィレンツェのフレスコ画で見た天使のようにきれいだった・・・・・

レオ、まだまだママはレオのことを考えると、とっても悲しくて泣いちゃうよ。

●4月25日(水) 想像力のない人たち

ちょっと前、新聞を読んでいたら、幼いお嬢さん2人を殺された記事が載っていた。ご存知かと思うが、高速道路で泥酔運転していた大型トラックに追突され車が炎上し、幼い子供2人が「あちいよ」と言いながら死んでいった悲惨な事件だ。新聞ではこの記事を書いた記者は「まだ両親の傷は癒えていない」と結んでいたが、「あったりめーじゃないの!こんな風に子供が殺されて、その焼け死んでいく瞬間を見ていて、1年2年で瑕が癒えるわけねーだろー!こんな傷は一生癒えないに決まってる!」と怒ってしまった。きっとこんな寝ぼけたコメントを書く記者は、自分の子供や大切な人が悲惨な目にあった経験が無いんだろうな。でも、少しは想像力を働かして欲しいと思う。

そう、想像力。全ての経験を自分がするなんて無理だけど、せめて相手の立場を自分の立場に置き換えて想像力を働かせて欲しいな。私が妊娠した時も、高齢だし、初めての妊娠で子宮外妊娠とかが心配だったのですぐ医者に行ったらルーディは「自分のお母さんは5ヶ月まで医者に行かなかった」とか言ってた。そりゃ35年前の話だろ。もし私が子宮外妊娠で卵管爆発して大出血したら、責任とれるのか。

また、私が無痛分娩を希望すると、「皆自然に産んでいる」と言う。痛いのがいい人は自然に産めばいい。「ほんじゃルーディ、昔は親知らずなんて麻酔掛けずに抜歯していた。痛みなんて一時だしね。出産と同じよ。痛い思いして産め、という人には、どうぞ親知らずの抜歯には無麻酔でやってみなはれ」また、出産の時は会陰切開など麻酔もかけずにアソコを切られるのだ。「じゃルーディも”おちんちん”の皮とか、いや女性のアソコの皮とかじゃなくて肉の方まで鋏入れるんだから、おちんちんの”身”まで、麻酔掛けずに切られる、ってーことよ。それでも、麻酔要らんちゅーの?」と聞くと「そりゃ、想像するだけで痛くて絶対やだ」とか言っている。

他人の精神的、肉体的な痛みなど確かにわかりようがない。だからこそ、想像力を働かして欲しい。

私がレオを亡くして悲しんでるのに、呑気に「人生はどう生きていくのか」などと、思想家ぶって言ってくる健康で何の不自由のない人たちもムカつく。世の中には、子供や家族が重い病気を抱えて、辛い手術や移植などに一縷の望みを託して必死で生きているご家族が山ほどいるのに。「そんなに生きるのが辛くて悩んでるなら、うまい具合に脳死になるように自殺して、必死でただ生きたいと願っている真摯な人たちに、命を譲ってやれ」と言いたい。

●4月30日(月) 医療事故−ネグリジェント(怠慢、不注意)な人たち

最近「ネグリジェント」という言葉を日本の新聞などで見かけるが、ちゃんとした日本語でなく英語を使っているというのは、この考え方自体が日本では新しいものなのだろう。私が初めてこの言葉を聞いたのはもう7年前になるか、イギリスの動物実験廃止のNGOが製作した日本の実験施設の様子を映した映像のナレーションを翻訳した時だ。私は昔より、色々なNGOをボランティアで仕事の合間に手伝っており、日本での情報が少ないためか、どこのNGOでも翻訳関係の仕事は山ほどある。

その映像は本当に恐ろしいもので、医学関係者に対して言いようの無い不信感を持ったのはこれが直接の原因かもしれない。日本の最高の国立病院のいくつかの研究所では、大量の犬や猫、山羊達がひどい環境で実験に使われている。心臓移植の実験中の山羊たちは、胸の横に大きなプラスティックのタンク(人工心臓)を着けられ、身動きできない狭いところに入れられている。5匹くらい並んで、ドクドクと目を背けたくなるような傷口に埋めこまれたタンクに血液が循環している。その中の一匹は座り込んで、足が鉄柵に挟まって身動きできなくなっている。もう何日もそのまま放置されているのだろう。ひざの部分の皮が腐って捲れ、骨が覗いている!実験者にとってはどうせ死んでいく実験動物だ。手当てとかする気にもならないのだろう。

犬や猫達もひどい。実験の是非の以前に、飼い方が間違っている。猫は尻尾など腐って取れかけていたり、目も腐って潰れている猫がいる。ウサギは爪が5センチも伸びてしまい、床の網に絡まって動けない。犬は体の向きをなんとか換えられるくらいの狭い折に入れられっぱなし。餌はなんと、病院の残飯だ。切花やみかんの皮が混ざっている!ナレーションを翻訳しながら、怒りに体が震えた。ビデオではネグリジェントとい言う言葉が何度も出てきた。

動物実験は医学の進歩に必要、難病の人を救うため、と医者や研究者達はいつも言う。しかし、それが動物達を不必要に苦しめることの正当な理由になるのか。あのビデオを見れば、いかにあの人たちが偽善かわかる。動物だって痛みは感じる。苦しみも感じる。感情もある。それなのに、小さな命たちにホンの少しの思いやりをもてないで、患者の痛みが分かるというのか。

心臓移植をはじめ移植の実験には、物凄い数の犬やサルといった動物達が使われている。悪くもない心臓をえぐり取られ、別の犬の心臓を移植され、何日生きるか、と実験される犬達のことを考えると、私は自分が心臓病でも移植は断る。

7年間、イギリスの動物実験反対のNGOで聞いたネグリジェント。日本の医療現場も本当にネグリジェントだ。特に出産の現場での医療事故は本当にネグリジェントが原因のことが多い。出産は殆どが何の問題もなく行われる。もともと病気でもないのだから放っておいても赤ちゃんは生まれる。昔の人は皆犬のように、家やその辺で生んでいったのだろう。しかし昔は赤ちゃんや時には母親の死亡率も高かった。今は医療レベルも上がり、99%は無事に生まれてくる。町の個人産院の医療関係者にも緊張感はない。

私のいとこも数年前、出産時のトラブルで2日後赤ちゃんを失った。殆どの患者さんは、医者にまかせっきりで、(ま、色々言ってくる患者は煙たがられるのが事実だが)与えられた薬も説明も受けず飲んでいる。いとこも、医者に原因もはっきり聞けずに産院を後にした。私だったら原因をはっきりさせて、もし医者のネグリジェントなら訴えてやる!

私がレオを産むために入院していたときも、ネグリジェント続出だった。点滴のプラスティックがちょっと欠けていて漏れていた。「ちょっとおかしい」と2回看護婦に訴えてたが、拭きとって終わり。医者に「このプラスティックおかしい」と直接訴えてやっと変えてもらった。婦長は同じ薬をダブって処方した。そのことを言うと婦長はいそいそとその薬を引き上げた。若い看護婦は部屋に様子を見に着たのに、空の点滴を取り替えない。数時間前点滴が空になり血液が逆流していると看護婦を呼び出したばかりなのに。点滴の落ちるスピードが速いので遅くしてくれ、と要求した。とにかく、気が利かない。私が入院している時は、他に一人しか入院患者がなく、クリニックは閑だった。「忙しくて、ついミスが起こる」という理由はいいわけだ。ただ怠慢なのだ。馬鹿なのだ。医者にもじゃまで眠れないから点滴のボトルを外してくれといった。出来ない、とか言うので「1分で出来るから」と強く要求すると、直ぐ外した。出来んじゃないの〜。

もっと人の命を預かっているという認識をもってもらいたい。ま、出産は外科と違って「命」を預かる、っていう意識は無いかもしれないが、実際、ちょっとしたミスで赤ちゃんや時にはお母さんまで死んでしまうケースもあるのだ。末期がんの手術で死んでしまうなら、まだあきらめもつこうが、健康な赤ちゃんが医者や看護婦の怠慢によって亡くなってしまうのは耐えられないことだ。

医者にかかる患者さんは、常に病院はネグリジェントの宝庫だ、と肝に銘じてかかったほうがいい。


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