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JUN航海記1

    第1回隠岐ノ島シングルハンドレース?
 

隠岐ノ島へ行こうと集まった5艇のヨットが、シングルハンドばかりだったので、第1回シングルハンドレースと名付けた。
ただのクルージングなんだけど・・。

1998年7月17日(金曜日) 米子港出航・ツバメの伴走?

16:00 米子港をツバメと共に出航。
今までに何十回も隠岐には行っているが、JUNOでは始めてである。

中海は北東の風、8m。外海は相当吹いていそうだ。2ポンにレギュラーで5ノットちょっと出ている。とてもいい風。
地蔵崎まで15マイル。19:00過ぎには、クリアできるだろう。暗くなる前に、交わしたいし・・隠岐に着くのは02:00前かな・・

ところが、ツバメはセールを上げる気配が無い。
「セール上げましょう!」と言うと、「今から走ると疲れますでぇ〜」・うっ・・
ずっと機走してたら何かの時にガソリンのほうが心配だって思ってよ!私達2艇だけ船外機なんだよぅ!
気を取り直して、もう一度、「外海はかなり吹いていますよ〜!リーフ入れて、ジブも、レギュラーに換えた方がいいですよ〜!」
追手で機走のツバメさん、ちょっと慌てて取り掛かった。
16:30 安来港沖埋め立てクリアして上りになる。スプレーを浴びながら、それでもスピードはキープし、空港沖まで一気に走る。
ツバメは・・安来港沖を松江に向かい、まだリーフ中・・・・??
17:00 空港沖でbe-free より無線が入る。
外海はすごく吹いていて真っ白です。かなりの波もありますよ〜」・・やっぱり・・天気予報では、収まるって言っていたので、出てみてダメなら引き返せばいい。水道から地蔵崎まで4マイルの勝負だし。
17:30 中浦水門を抜ける。
ツバメはセールを上げたが空港沖まで来ていない。・・はぁ〜・・
後は水道で機走している間に、軽くご飯を食べて・・と思っていたところに、BLOWが出航の無線。1時間半かぁ・・追いつくのは無理だなぁ・・
ツバメと同じくらいかな・・
18:00 ところが神眞丸からツバメと一緒に走れの無線指示!
うっそ〜!! BLOWが後から来ると言ってもダメで、境水道をデッドスローにして待つこと1時間
19:00 境大橋の下で、やっと追いついてくれたツバメさん。ビール片手に弁当食べていい調子。「何しておられますかな〜」は、ないでしょう!
19:30 水道を抜けると、目いっぱい上り。風は、落ちていて8m。ウサギは少し落ちたようだと無線が入っていたが、それでも波がある分パンチングがひどく機走が出来ない。ウエザーが強くオートヘルムもちょっと無理。
セーリングで、名和の方へ進路を取る。ツバメがついてくる。いいぞー。
20:00 地蔵崎クリアのタックポイントに来たが、ツバメには交せそうも無いので、我慢してもう少し走りタックする。
ツバメは???タックを返さないよー。無線で呼んでも出てこない。
この海面で、21ftで、日も暮れて他人事ではなくなった。
地蔵崎をクリアすればアビ-ムだから・・追いついてくるだろう。
20:30 やっとの思いで地蔵崎クリア。
隠岐に向けて進路を取り、オートヘルムが効くようになり、ひと安心。
ツバメもようやくタックを返したようだ。
BLOWが境水道を抜けたらしい。神眞丸もマリーナを出航との事。
地蔵崎で3艇が出会うだろう。
卑弥呼は、エンジンの調整で、21:00出航予定との事。
21:00 ツバメが地蔵崎クリアするのを確認。
BLOW、神眞丸はまだ見えない。暫くして、2艇がクリアしたとの無線。その頃、ツバメは七類の方へ向かっている。
隠岐を諦めたのかな・・無線も取ってくれないし・・
22:00 順調に走っている。しかし、何かにつけて無線で呼ぶ船がある。
JUNOの無線は中にあり、ドッグハウスに顔を突っ込んで話さないといけない。緊張がとれて苦痛になってくる。
本来、すぐに酔ってしまうのに、今日は緊張だけで持ちこたえてきた。
それに、めっちゃ寒い。カッパの中までじっとりと湿っている。
狭いJUNOの中で着替えるのは気がひけたが、寒さを我慢するよりはと思い直し、着替えたら暖かくなって眠くなってきた。ちょっと酔い気味。
23:00 風が落ちた。スピードも4.5ノットまで落ちた。
リーフを解除しようと思ったら、みんなが後ろにいるからそのまま走れと無線指示。・・・・・。たっぽんたっぽん気持ち悪い揺れになっている。
もう、いいや。無線を切って中で寝ることにする。

1998年7月18日(土曜日) ツバメは何処へ?・知夫里港

01:00 2,30分置きにワッチをしながら、ぐっすり休む。
波の変化、風の変化で目がさめる。夜中は、ほとんど烏賊つり船だけ注意すればいい安全な海だ。時々大型船が通るが、大抵大きく避けてくれる。たまに、向こうの船がワッチしていない時、ぶつかりそうになることもあるが・・・。今日は、時化の為ほとんど漁船がいない。
後ろのヨットも見えない。低速は、4ノット近くまで落ちている。
しょうがないな〜。
02:00 もう隠岐の島影がぼんやり見えてきた。あと4マイル。
ン!? 島の入り口近くにヨットが・・いつの間に追い越されたの? すぐ後ろにもう1艇。なんだぁ、待っておけなんて言っておいて・・・確認すると前がBLOW、後ろが神眞丸。もうっ!!
リーフを解除し、フルメインにする。けど、あまり艇速は伸びない。うねりが残り風が落ちたせいだ。
03:00 3艇ほぼ一緒に、隠岐・知夫里港に舫いを取り、あ〜疲れた!
岸壁で横になるまもなく、ツバメを呼んでみる。やはり無線は通じない。携帯もずっと繋がらないらしい。七類にでも入ったんじゃないの?と言うと、夜中に一人で入らんだろう・・てことは・・・心配になる。こんな事なら伴走すれば良かった。みんなで思う。特に神眞丸は後悔していた。ぼーとさえいなければ、伴走したのに・・後悔先に立たず。
神眞丸はぼーとだけ降ろすと捜索に出かけていった。
03:30 卑弥呼が遅れて入港。地蔵崎を越えて5マイルくらいの所で、前を東に向かって走っているヨットに出会ったとの事。鳥取に行くのかな?暫くすると今度は後ろの方を西に向かって行くヨットがいた。今日は珍しくヨットが多いなと思ったらしい。・・・・・ツバメだぁー!! 神眞丸に連絡する。
04:30 疲れたし、とりあえず寝ようという事になって、卑弥呼はお酒も手伝ってすぐに静かになったが、心配で眠れない。外に出るとBLOWも出てきた。無線を入れてみるが、返事は神眞丸だけ・・どこに行っちゃたんだろう・・
BLOWと2人で不安な夜を過ごす。ぼーとは疲れて寝てしまった。
07:30 神眞丸がようやく帰ってくる。
10マイルほど帰ってみたけど何も見えなかったらしい。夜が明けても何も見えなかったので諦めたとの事。
ツバメはいったい何処へ・・・
08:00 携帯に望みをつないでかけてみる。
繋がった!!! 「今何処ですか?」

「日御岬の辺です。
眠たくなってアンカーを打って寝ていました。
目が覚めたら島が見えたので、隠岐ノ島だ!と思い、
スピンランで よっしゃぁー!と向かって、漁師さんに ここは何処ですか? って聞いたら、そこが日御岬だッ て言われ、諦めて今、境港に帰りょうる所です。」

ひと安心するやら、可笑しいやら、呆れるやら・・ほんとにもう!!

1998年7月18日(土曜日) 知夫里港〜菱浦

9:00 結局、4艇、4人と一匹で朝食を食べる。
昼過ぎのフェリーで2家族来ることになっていたので、知夫里港より、菱浦港へ移動する。1・2艇なら、どこにでも泊めさせてもらえるが、4艇が一度に繋留できる安全な泊地は少ない。

つづく・・・

1998年7月19日(日曜日) 菱浦

1998年7月20日(月曜日) 菱浦〜境港公共マリーナ

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