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第1節 憲法と労働法、国際労働基準

1 憲法と労働法

 日本の憲法の特徴は、国民の基本的人権を「永久の権利」と宣言し、思想、良心の自由、集会・結社・表現の自由(市民的自由)を保障するとともに、社会的権利といわれる国民の生存権や労働者の権利(労働権、労働基本権)を明文化したことです。労働者と資本家(使用者)の個別交渉では、労働者の「生存権」は保障されないという認識を前提に、結社の自由とは別に、団結権を明確にしたのです。

○生存権「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」(25条)
○労働権「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負う。賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」(27条)
○労働基本権「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」(28条)

 27条の労働権を具体化するものとして、労働基準法(労基法)、職業安定法(職安法)などの労働者保護法があり、28条の労働基本権にもとづいて労働組合法(労組法)などの団結保護法がつくられています。

 団結と法律による最低規制との、どちらを欠いても生活と権利は守れません。権利は「主張し、行使し、発展させる」ことが大切です。

2 国際労働基準と国内法

 もう一つ、重要な意味をもつのが、ILO(国際労働機構)の条約や勧告です。条約を批准した加盟国は、その内容を保障する法律をつくり、これに抵触する法律は改廃しなければなりません。

 ILOは、1919年に国際連盟の一機関として設立され、第2次世界大戦後、国際連合の専門機関となりました(46年)。総会は、加盟国の政府代表2名・労使代表各1名の三者で構成されています。

 憲章の前文は、「不正、困苦及び窮乏を多数の人民にもたらす労働条件が存在し」、それによって「世界の平和及び協調が危うくされるほど大きな社会不安」がひきおこされているとのべています。そして、その労働条件を改善することが急務であり、「いずれかの国が人道的な労働条件を採用しないことは自国における労働条件の改善を希望する他の国の障害になる」ことを確認しています。

 ILOは、これまでに181の条約と189の勧告を採択しましたが(1998年現在)、日本政府が批准しているのはわずか42の条約だけです。

第2節 労働条件と雇用の基本原則

 個々の権利にさきだって、その基本となる考え方を示します。これらは民主的な国際社会のルールでもあります。

人間らしい生活のできるものであること

 憲法第25条、労基法に明記されている労働条件決定の大原則です。


○「労働条件は、労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」
 大事なことは、法律で決めるのはその最低限度だということです。
○「この法律で定める労働条件の基準は最低のものであるから、労働関係の当事者は、この基準を理由として労働条件を低下させてはならないことはもとより、その向上を図るように努めなければならない」(以上、労基法第1条)

労使が対等の交渉で決めなければならない

 労働条件については、個別の事前協議・同意協定がなくても、会社が一方的に決める(変更する)ことはできません(労使対等決定原則)。


○「労働条件は、労働者と使用者が、対等の立場において決定すべきものである」(同第2条)

差別的とりあつかいをしてはいけない

 国際的水準に比べて、性別、雇用形態、年齢による差別への規制が弱いのが日本の実態です。丸子警報器の裁判では、女性の臨時者が正社員に比べ、勤続も仕事も同じなのに、賃金に8割以上差があるのは、直接、労基法違反とはいえないが、その根底にある「均等待遇の理念」(人格の価値は平等という、市民法の普遍的な原理)に反し、公序良俗違反で違法としました(96年6月15日、長野地裁上田支部)。


○「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間、その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」(同第3条)
○「使用者は、労働者が女子であることを理由として、賃金について、男子と差別的取扱をしてはならない」(同第4条)

雇ったものが使う、勝手に首は切れない

 戦前の日本では、人貸し業が認められ、強制労働(たこ部屋)や中間搾取が野放しでした。この反省から、戦後制定された職業安定法(職安法)は、人貸し業を「労働者供給事業」として明確に禁止しました(直接雇用の原則)。また労基法では中間搾取を禁止しています。


○〈労働者供給(自分が雇った労働者を他人に貸すこと)をしてはいけない。供給された労働者を自分の指揮命令下に働かせてはいけない〉(職安法第44条)。労働者派遣法や労働組合による場合などは別です。
○〈法律で許される場合以外、他人の就職にかかわって利益をえることを職業としてはいけない〉(労基法第6条)

 勝手に首は切れないというのは、雇用は期間を定めない長期継続雇用が原則で、解雇に対してはいろいろな規制がある、ということです。
 これらの原則は、労働法制の改悪によって骨抜きにされようとしています。しかし、これらの原則を定めた条文は、現在も生きており、これを活用してたたかうことが大事です。

第3節 労働組合の権利

1)労働基本権とその具体的ななかみ

 団結権、団体交渉権、団体行動権を労働基本権といいます。

 団結権とは、労働者が労働組合をつくり、また自分で選んだ労働組合に入り、会社などから妨害されず組合活動をおこなう権利をいいます。

 団体交渉権〈団交権〉とは、労働者が、労働条件の決定などで、団結して資本家(使用者)と交渉する権利のことです。

 団体行動権とは、ふつうは、労働者が労働組合の方針にしたがって集団行動をおこなう権利のことで、その中心は争議権です。

 資本家は、陰に陽に、労働者が労働基本権を行使することを妨害しようとします。これをさせないためにつくられたのが、労働組合法(労組法)です。

〈団結権・団交権〉労働組合は、労働者が主体となって、自主的につくるものです。パートや嘱託、中間管理職の組合員資格、上部団体への加入、組合の運営や活動、役員の選挙など、いずれも組合員が自主的に決めることです。会社がつくらせたり、会社の利益代表が参加している組織(御用組合)は、労働組合とは認められません(労組法2条)

 労働組合(団結権)を認める以上、会社は団交に応じる義務があります(団体応諾義務)。団結権と団交権は一体です。会社が一方的に労働条件を決めたり、変更したりすること、組合を通さず、組合員一人ひとりと交渉することは、団結権・団交権を否定する違法行為です。

〈刑事免責・民事免責〉労働組合が争議権を行使する、たとえばストライキをやると、会社は業務はさまたげられ、損害をうけることもあるでしょう。だからといって、威力業務妨害罪で訴えられたり、損害賠償を請求されたりしたら、争議権は形骸化してしまいます。

○刑事免責〈ストライキなど正当な行為については刑法35条(法令や正当な業務による行為は罰せられない)を適用する〉(1条2項)
○民事免責〈ストライキなど正当な争議行為で損害を受けても、労働組合や労働者に賠償を請求できない〉(8条)

 争議行為にたいする資本家(使用者)の干渉や介入、あるいは解雇などの不利益扱いは、次に見るように不当労働行為であり許されません。警察などの国家機関による介入が許されないのは当然です。

2)不当労働行為とは

 労働組合法では、団結を妨害する資本家の次のような行為を「不当労働行為」として禁止しています。

○不利益取扱い〈労働者が、組合員であること、組合に加入したり、組合をつくろうとしたこと、正当な組合活動をしたことを理由に、解雇など不利益扱いをしてはいけない〉(7条1号)
〈労働委員会に申し立てたり、証拠を出したりしたからといって、解雇など不利益扱いをしてはいけない〉(7条4号)
○団交拒否〈雇用する労働者の代表と団体交渉をすることを正当な理由なしに拒んではいけない〉(7条2号)
使用者の代表に当事者能力がなかったり労働者の要求に対して、資料も根拠も示さず同じ主張(回答)をくりかえすだけ、といった対応を「不誠実団交」といい、団交拒否と同じ不当労働行為です。
○黄犬契約〈労働者が組合に入らないこと、脱退することを、雇用の条件としてはいけない〉(7条1号)
○支配介入〈労働者が組合をつくったり、運営したりすることに対して、支配したり介入したり、経費の援助をしてはいけない〉(7条3号)。「経費援助」の禁止は「御用組合」にしないためで、たたかいとった「賃金カットなしの就業時間中の組合活動」などは合法です。

3)団結破壊(不当労働行為)をめぐる争い

 労働者の団結権は憲法や労組法で守られており、団結を妨害する資本家(使用者)の行為は不当労働行為として禁止されていますが、安心はできません。労働委員会や裁判で争って勝ったとしても、組合がつぶされてしまえば、多くの場合、再建はできません。「不当労働行為はやりどく」と、違法を承知で攻撃してくることも少なくないのです。

 保護されているのは「正当な」活動や争議です。「違法行為」だといって処分や賠償請求をしてくることもあります。会社の行為が、支配・介入や不利益取扱いに当たるかどうかをめぐっても、争いがおこります。

 これはおかしいと思ったら、自分たちだけで判断せず、どうたたかうかをふくめて、産業別や地域の仲間、弁護団などと相談しましょう。

 不当労働行為に対しては、労働委員会や裁判所を活用することができます。労働委員会は、不当労働行為からの労働者の救済を主な目的に、労組法によって設立された国の機関で、労働者側・使用者側の委員と公益委員の三者で構成されています。

(全日本金属情報機器労働組合編 学習の友社刊 『くらし・職場・政治と労働組合』より)

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