歴史とか・・・

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 空の先駆者 著:ハンス・ベルトラム/遠藤龍雄・訳(朝日ソノラマ文庫・航空戦史シリーズ)

 速度、高度、極地横断、大洋横断・・・これらに挑んだ航空の先駆者たちの挑戦の物語10個を描いている。ある者は成功し名を成し、ある者は失敗し帰らぬ者となった。
 私の「一押し」はオーストラリア縦断の調査飛行中に砂漠へ墜落、遭難した一人の男が悲運にも死に臨むなかで残した日誌を基に書かれた「砂漠の黄金」。紹介された日誌の最後の一行が胸を打つ。
昭和28年に刊行された後、昭和58年に文庫化された物である。

評価:A

 

ツェッペリン飛行船 著:柘植久慶(中公文庫) 

 航空技術揺籃期、まだ遅く小さい飛行機の技術を尻目に大きな輸送能力と長い航続力を持った「飛行船」が航空輸送の花形だった時代があった。それを描いたのが本書。
 本書の主役はもちろん「ボーデン湖の阿呆」と呼ばれながらも技術の開発に尽力した老人フェルディナント・フォン・ツェッペリン伯爵の名前を冠した一連の飛行船群である。その誕生から第一次大戦でのロンドン空襲、ナチス時代のグラフ・ツェッペリン号による世界一周、最大級最高級の新鋭ヒンデンブルグ号の就航と、その爆発事故による飛行船時代の終焉まで・・・
飛行船は時代の徒花であり図体の巨大さはロマンを喚起させる。私の憧れる乗り物の一つです。

評価:B

 

2時間でわかる図解/クラウゼヴィッツ戦争論は面白い!! 著:是本信義(中経出版)

 「クラウゼヴィッツ」とはナポレオン戦争時代、プロイセンの参謀将校だった人物であり彼の著書「戦争論」は西洋近代兵学の古典にして不朽の名著とされている。
今でもよく「戦争とは政治の延長である」と言われるが、これを最初に概念として示したのがこの戦争論である。ともかく兵学上「孫子」と並び立つとすればこの「戦争論」であろうと言われているのは事実。・・・が、はっきり言おう「面白く無いです」と。 2時間で理解させるために噛み砕きすぎており中途半端です。歴史書としてよりマネジメント参考書の側面が強いから仕方がないが・・・
ま、「クラウゼヴィッツ」の入門書という位置付けで。

評価:C

 

戦国の宇喜多一族 著:高山友禅(山陽新聞社)

 戦国大名として知られる宇喜多氏、能家、直家、秀家の3代を描いた物語。ちなみに著者は宇喜多直系の子孫だそうだ。
 祖父能家の暗殺によって没落していた宇喜多家を備前、美作の太守に押し上げた直家はそのすべてを暗殺と裏切りで成し遂げる。彼を織田信長は「鵺」(ぬえ)と評したという。
 その息子秀家は豊臣秀吉の寵愛を受け21歳で権中納言、22歳で五大老に列せられるが、太閤秀吉の死後、関が原の合戦では西軍の主力として奮戦するも敗北、しばらく島津家にかくまわれた後に八丈島へ流罪となる。
 主家である豊臣家に殉じた宇喜多秀家をどう見るか、異論もあろうが、東軍についた豊臣恩顧の大名はその後、軒並み改易された事を鑑みると豊臣家を決して裏切らず、長年の恩に報いた秀家の決断は正しかったのかも知れません。

評価:B

 

備中高松城水攻の検証 附高松城址保興会のあゆみ 著:林信男(自費出版?)

 日本史の分水嶺の一つ「本能寺の変」に付随して知られる「備中高松城水攻め」について地元の郷土史家の林信男氏らが検証、編集した物。
 特に面白いのは水攻めの為に築かれた堤防の規模についての再考である。従来は大体、高さ5〜7m底部の幅20m長さ200m程度の規模と言われて来たが、1985年の洪水では特に何の工事も無しに城址周辺は最大で1m程度水没した事や、備中高松城跡付近の水田の海抜高度と堤跡の周辺のそれの高低差から見ても高さは2m、長さも低地を中心に50〜100mあれば足りると結論付けている。
 読み物としては当然欠けたものが多いと言わざるを得ないが、これは本書の方向性から見ても仕方の無い事であろう。

評価:C

 

 詳解 戦争論 著:柘植久慶 (中央公論社)

 戦争を定義し、その目的を明らかにした上で、それに必要な軍事作戦レベルでの戦略要素の抽出、果ては戦術面の分析から戦争計画のあり方までの扱ったのが、この「戦争論」である。
 クラウゼヴィッツの記述を摘出し、具体的な戦例を挙げて解説を付けるというやり方は前出の「2時間でわかる図解」と同様だが、読むのならこちらの方がずっと面白いし、内容が要約されていない分だけ原書により忠実であろうと思う。それなら原書を読めば?という気もするがそんな物を普通の書店では見た事がないし、あまり難解なものは私では手に追えないので、本書をクラウゼヴィッツを知る為の決定番として評価しようと思う。

評価:A

 

幻の総合商社鈴木商店 著:桂芳男 (現代教養文庫)

 第一次世界大戦時、日本は空前の好景気に沸き、ちまたに「成金」が溢れていた。
「鈴木商店」はその中で急成長し、大正6年ついに年商額で「三井物産」を凌ぐ売上を記録した。
 鈴木商店大番頭金子直吉は大号令を発する。「三井三菱を圧倒するか、然らざるも彼らと並んで天下を3分するか」・・・
鈴木商店はその後の大恐慌で倒産するのだが、なんにせよ三大財閥を急追できる様な勢力が存在したと言う事実に驚かされた。しかも成長過程からして三井三菱を意識した企業戦略を取っているのであるから野心的である。
ちなみに日商岩井という企業はその後身という事だ。

 評価:B

 

 大帆船時代 著:杉浦昭典 (中公新書)

 19世紀に活躍した快速帆船「クリッパー」の活躍を描いている。特に有名なのは何を置いても「カティ・サーク」号であろうと思う。
この船種は産地からイギリスに品物をいかに早く運べるか?という目的の下で造られているが、こと「カティ・サーク」が有名なのは当時のイギリスに中国産のその年の一番茶を運ぶという、「ティ・クリッパー・レース」において名を残したからである。
また、現在でも永久保存されている事も名前を忘れられない理由であろうか・・・

 評価:B

 

 黒衣の宰相列伝 著:武田鏡村 (学研M文庫)

 黒衣宰相というのは、権力者の助言者(参謀)として力を振るった僧侶の事を言った言葉。本書では崇伝、恵瓊、雪斎といった人物がいかなる手口を持って権力者に仕えたか、歴史の表舞台の裏、知られざる信実を描いている・・・と言うが、全くもって当てにならない!
確かに少ない資料、文献などをひも解いてはいるが、それで補えない所、全く別の文献を付き合わせた矛盾などについて「筆者はこうだったに違いない」と、なかば強引に想像、結び付けた展開も多い。
個人の主張で歴史を語られるのは勘弁して欲しいと思う。 そこで語られた人物評の一体どこに公正さがあると言うのだろうか? まあ、確かに歴史上の著名人についてはこういった事が多いのだが・・・

 評価:B 

 

バベッジのコンピュータ 著:新戸雅章 (ちくまブリマーブックス)

 19世紀初頭、ビクトリア朝の英国は栄華の極みにあり、蒸気と石炭、鉄と歯車が時代を支える先端技術であった。
その中で、人間の仕事の一切を機械に肩代わりさせようという思想が生まれるのは当然であり、もちろん「計算」という作業を機械にやらせようと言う目論見も実在した。
 それを最も高度な形で具現化したのが数学者「チャールズ・バベッジ」であり、彼の考案した「階差機関」「解析機関」である。 計算作業の一切を歯車で行い、結果として「機械式コンピュータ」とも呼べるシステムを
考案した彼の才能には全く頭が下がる。
 彼の計画は資金難で挫折するのだが、1991年に彼の設計図を元にした復元計画が行われ、当時のレベルの技術で復元されたこの機械は半年の調整の末、完璧に作動したと言う事だ。

 評価:B

 

「吉備の中山」と古代吉備 著:薬師寺慎一 (吉備人出版)

 備前と備中の国境に有る山塊「吉備の中山」周辺に散在する寺社、旧跡についての考察集。 山麓に有る備前、備中「一宮」を筆頭とし、点在する「寺社」、山中に点在する古墳群についての考察、歴史書や伝承に見える地方有力者と史跡の相関性、「イワクラ」と呼ばれる信仰対象としての自然石(あるいは列石石仏等)について、この山に関する謎が一通り述べられています。
 しかし、この書では様々な問題提起が成されてますが、答えは著者にとって今後の宿題となっている様です。
まあ、古代史論争に決着が付く事は難しく、この本で語られた諸説についても新たな資料や説得力ある新説によってそのうち書き換えられていく事が無いとは言えないでしょうね。 
 1999年より一年間「岡山日日新聞」に連載された物に加筆した物との事で、読み物としては連載コラム
という性格もあり、軽く読み進められるので苦痛は感じないし、面白い。

 評価:B

 

 戦争概論 著:ジョミニ/佐藤徳太郎・訳(中公文庫)

 彼、A・H・ジョミニはクラウゼヴィッツと同じ時代に生きた軍事思想家でありナポレオンの幕下にあった人物である。(後にロシア軍に入るが)本書は後者の著書「戦争論」からの影響や批判を加えて著された。 両者は互いの理論を意識していた様だが、それは「極端な見解の相違」と言うよりは「幾らかの温度差」だった様に思われる。まぁ、共にナポレオンという革命的な戦争の天才の多大な影響を受けたのだからそれは当然なのだろう・・・
 さて、ジョミニはクラウゼヴィッツに比べて無名な存在だが、軍事思想上では非常に重要な位置を占め、その1つは本書で語られた「内線作戦思想」によります。 これは可能な限り戦力を集中させ決戦によって雌雄を決する事を目指した思想であり、これを後世において採用したマハンという人物が海軍戦略について著した「海上権力史論」が各国において重要視された為です。 マハンの語る「シーパワーによる決戦思想」が遠因となって「大艦巨砲主義」を引き起こしたと言えば影響の大きさを物語ると思います。
 本書後半部分70ページは佐藤氏によるジョミニという人物についての解説となっており、時代背景について理解し易くなっています。

 評価:B

 

 思い違いの科学史 著:青木国夫 板倉聖宣 市場泰男 鈴木善次 立川昭二 中山茂(朝日文庫)

科学は「思い違い」「錯誤」「盲信」を繰り返しつつ進歩して来た。 それらの捨て去られた「常識」が、なぜ広く信じられたのか?を解説したのが本書である。
 ここで取り上げられている内容は「熱は元素のひとつ」「植物は土を食べる」「血を抜けば病気が治る」と言った事柄であるが・・・どの「間違った知識」にしても当時の知識を総動員して得られた結果であり、当時は信じられ、それ無しに現代科学は成立し得ず、決して過去の盲信が馬鹿げているのではないと言う事を何度も繰り返されている。 それは、子供が成長していく過程で科学を学んでいく事に似ており、例えば上記の「植物は土を食べる」は古くはアリストテレスが論じた事なのだそうだが、ある子供に「植物は何を食べるのかな?」と問うと「水と肥料」と答えたのだそうだ。 まぁ、子供は教育によって光合成を知る事が出来るがアリストテレスにはそれは出来ない相談だと言う事だろう。
 これを読んで思ったのは・・・間違った知識を段階的に実証、確認して進むのが科学の本質ならば空想科学何某などの書籍で特撮やアニメのSFを「科学知識」の権威を笠に着てバカにするのがいかに卑しい事かと言う点ですかね。

評価:B

 

人民の戦争・人民の軍隊  著:ヴォー・グエン・ザップ/訳・眞保潤一郎 三宅蕗子(中公文庫)

 本書では、第二次世界大戦終結後にインドシナと呼ばれる地域を再び植民地化しようとしたフランスに独立戦争を挑んだベトミン勢力の軍事司令官だった氏の経験による軍事理論や戦闘論が述べられています。(ちなみに著されたのはインドシナ戦争の直後)
 人民軍創設過程とインドシナ戦争での戦況の推移が解説されているが、内容に「人民には正義があった」とか「党の指導は常に正しかった」な調子が多く、少なからずゲンナリした。 しかし、幾つかの事例、特に第5章「ディエン・ビエン・フー」の作戦指導の経過を読むと、著者の指揮や状況把握の正しさが勝利を呼び込んでいるのが分かり易い。 要約すると「兵力をゲリラによって分散させられたフランス軍は各個撃破されてしまった」と言う事になるのだが…これは、その後の歴史で何故アメリカがあの様な小国に敗れたか?を分析する上でも当てはまるので、良い資料と思う。

評価:B

 

竹島(鬱陵島)をめぐる日朝関係史 著:内藤正中(多賀出版)

 ここで触れられる「竹島」とは領土問題で知られる「竹島」ではなく、その西に浮ぶ「鬱陵島(ウルルン島)」の事で、江戸時代には現在の竹島は松島(明治にリヤンコ岩)と呼ばれていたそうです。
 さて、我が国と朝鮮との日本海における関係史であるが、現在においても領土問題を引きずっているのは江戸時代における両国の消極姿勢が遠因であろうと思う。 まず、この島に先住民は間違い無く朝鮮人だったが、中世期の朝鮮王朝は鬱陵島を倭寇の収奪から守る為に住民退避による空島政策を行い、日本側(主に対馬と山陰)はこれを良い事に同島で漁業、森林伐採し、幕府・所轄の藩はこれを半ば黙認した。 朝鮮としても是に対して幾度も抗議し、ついには幕府も渡海禁止を決めるが…渡海する者は後を絶たず、また島に置かれた朝鮮の役人も賄賂で買収される事が多かったそうだ。
 明治期になると朝鮮(大韓帝国)が日本に保護国化され、日露関係の緊張にる竹島の日本領編入を経て現在に至っている。
 本書は鬱陵島が日本とどの様に関わって来たかを書いてはいるが、竹島(独島)問題を語る上でも非常に有用な書では無いかと思う。 確かに立場としては韓国よりの本書だが日本の主張と、どちらに偏った著作物を読むにしても歴史的事実の検証用の資料として有用な一冊かと。

評価:B

 

海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年 上・下 著:塩野七生(新潮社)

 西ローマ帝国が瓦解した時に生まれた1つの町が、やがて地中海貿易を独占し、ライバルと競い合った末に衰退し、やがてはナポレオンに滅ぼされるまでを描いた興亡史。
 最盛期でも総人口が200万人に満たず、領土的野心に無縁なこの国は、近隣の領土型覇権国家(古くははビザンツ、それからオスマン帝国)の影に隠れてしまっている。 特にイスラム教徒とキリスト教徒の対立には絶えず矢面に立っていたにも関わらずである。 その上、戦っては講和を繰り返し、昨日までの敵と平然と交易する姿は西欧諸国から「信仰心が薄く節操の無い裏切り者」とまで言われます。
 だが、そんな国家が1500年も存続し得るハズは無く、ヴェネツィアは領土的には小国であるが故に外交と政治を駆使し、自らの生命線である貿易を守り、経済力で周辺大国と対峙し続けるしか生存の道が無かっただけなのです。 本書で語られる歴史を読めばこの国に妙な親近感や既視感を憶える事になるのでは無いかと思います。
 最終章においてヴェネツィアは…専制君主からの解放者たらんとし、欧州を席巻したナポレオンに征服されます。 その降伏の際にこの国の民衆が挙げた歓声は、民衆革命の「自由万歳!」では無く「聖マルコ万歳、共和国万歳!」…と、国の守護聖人の名前を高らかに叫んで滅び去った祖国に別れを告げます。 そう言う国の民衆、その一人でありたいです…本当に。

評価:A

 

 楯築弥生式墳丘墓 著:近藤義郎 (吉備人出版)

 小高い丘の上に2〜3mの巨大な板状の列石が並び、そこにある神社には無数の幾何学文様の刻まれた「弧帯文石」が伝世の御神体として祭られている。 そんな全国的にも稀有例な遺跡の発掘成果を日本各地の同時期の墳丘墓のそれと比較し、地域的特徴から楯築の歴史的位置を評価している。
 例えば、楯築は円墳に突出部の付いた前方後円墳の前身の様な形だが、県北には四隅突出方の墳丘墓が多く、これは出雲の影響だろうとか…出土品である特殊壷や特殊器台の地域的な展開について、当時の祭祀文化などを推測する。
 特殊器台の話などは横道にそれ過ぎであり、本書の論旨である「楯築」についての考察が分かりにくい物となっている。 確かに発掘成果については一通り述べられており、古代史に造趣の深い方には良い資料となるだろうが、この遺跡の奇妙さに疑問と好奇心を持った人間にとっては明らかに物足りない。
当然、私は後者です。

評価:C

 

 美作 併和郷戦乱記 著:小川博毅 (吉備人出版)

 副題に「竹内・杉山一族の戦国史」と題される本書は、その名の通り併和郷という一地域に存在した土着の地侍、竹内氏らがどう戦ったかの事象を述べている。
 尼子氏の影響が美作から消えると、毛利、宇喜多といった戦国大名の思惑によって、美作は草刈り場となる。 毛利陣営に立って宇喜多と戦った竹内氏は、宇喜多勢に押され、結局は降参して所領を没収されてしまい、国人領主としての竹内氏はそこで消滅する。
 だが、歴史はどう転ぶか分からない物で、一族の竹内久盛がその後、豊織時代以降の平穏期に日本最古の流派としての武道である「竹内流柔術」を創設、武芸者として身を立て、京に道場を構えて数千人に上る門下生を数えて全国に名を知られる事になる。
 文章として、合戦資料の解釈が分かりやすく、戦いの流れが掴みやすい。 だが、内容の踏み込みが浅すぎて…面白さには欠けていると感じます。

 評価:B

 

月をめざした二人の科学者 アポロとスプートニクの軌跡 著:的川泰宣(中公新書)

 共に若い頃から人類を月へ送ると言う夢を描き、収容所へ送られて虐待された(顎の骨を砕かれ、内臓、心臓も損傷した)過去がありながらも、宇宙への夢を実現する為、同じ祖国に尽くし切ったセルゲイ・パブロビッチ・コロリョフと、「宇宙旅行の実現に向かって大きく前進できるならば悪魔に心を渡してもよい」と、ナチス…そして戦後は一転して敵だったアメリカに協力したウェルナー・フォン・ブラウンの2人のライバルを軸につづった宇宙開発史。
 史上最初の人工衛星と有人飛行は、ソビエトが残したほとんど唯一の歴史的偉業だろうが、そのすべてを提案し、国家支援を取りつけて推進したコロリョフが居なければ、この名声はフォン・ブラウンの物だった事は疑い無い。 ソビエトの宇宙開発は弾道ミサイル・軍事衛星・惑星探査・有人飛行計画と、彼一人の統括下に集中して肥大化し、およそ彼無くしては収拾がつかない程となり、彼が急死した後は計画の統制を欠きムーンレースで敗れ去り、ソビエトは長年を費やした月旅行計画の存在自体を無かった事にしてしまいます。
 逆に、部門ごとのトップが分業化したアメリカではアポロ計画において、サターンロケット建造を指揮したフォン・ブラウンの名前が「月面着陸」と言う輝かしい偉業を飾る事は無く…彼の名前は単に宇宙開発の父として知られるに留まりました。 皮肉な物です。
 米ソ2大国による宇宙開発レース、特にソビエト側の内情は冷戦下では明らかにされる事が無かったが、ソビエトが崩壊してから後、それらが明らかにされつつあり、その資料を元に書かれた本書は秘密漏洩を嫌う国家らしく「謎の人物」として知られたコロリョフに関して、格好の入門書ではないかと思われます。

評価:A

 

宇宙ロケットの世紀 著:野田昌宏(NTT出版)

 海外SFの翻訳家、作家として知られる著者による前世紀から現在までのロケット発達史。 古くは古代の記述から現代ロケットに至るまでを一通り俯瞰しているが、ページ数の制限も相俟って内容の浅さは仕方の無い事だろう。 ただ、至る所で「何々については○○を参照」とか、ちょっとした逸話に触れる物の「これについてはまたの機会に〜」とか書かれており「だったら触れないでくれよ気なるじゃないのさ!」と突っ込みたい部分も多かった。 まぁ、好きなら文献を漁りなさいと言ってるのかもしれませんけどね。
 あと、著者氏の好きな(と、思われる)エピソード…開発者や宇宙飛行士達の良くある茶目っ気のこもった逸話に言及した上、イチイチ「〜した!」とか、わざわざ「!」を付けてあったりする所が著者がどれだけ宇宙ロケットの話が好きなのか伺えて微笑ましい物がある。…もう一寸これが過ぎたらウザい所なのだが、ギリギリで面白くなる線を踏み外していないのだろうなぁ。

評価:B

 

 イスタンブールの大聖堂 モザイク画が語るビザンティン帝国 著:浅野和生(中公新書)

 イスタンブールのシンボルとも言える威容を誇る巨大建築物「アヤ・ソフィア」、その建立から現在までの歴史を俯瞰しつつ、建築様式や内部装飾、特にビザンツ美術の粋であるモザイク画について、ビザンティン帝国の歴史を絡めて解説し、紹介している。
 特に筆を割いているのはモザイク画の描かれた理由を考察する項だが、モザイク1枚1枚に様々な由来があり、描かれた年代、被写体が誰なのか、何を記念した絵なのかetc…、非常に複雑であり、これまでの歴史家達も様々な見解を出しているとの事だが… 本書でのそれらを羅列した上で自説を明らかにする手法は少々分かりにくい。 では、何が真実なのかと考えた時に、読者…私の様に大した知識も無い者は混乱するだけではないだろうか? 自説を述べるのにここまで他人を慮る必要は無いと感じる。
 まぁ、とりあえず観光ガイド程度の内容が欲しいのならば、本書で間に合うだろうとは思う。

評価:C

 

 ヨーロッパの旅 城と城壁都市 著:紅山雪夫(創元社)

 ヨーロッパ各地に残る城砦の数々を訪れて来た著者が、代表的な城の様式的な成り立ちと、主な設備の建設目的や用途についてを解説し、また幾つかの城砦(カルカソンヌ、ローテンブルク)についてはその歴史と、現存する主だった建造物の縄張りについて、実際に見聞した事柄を元に見所を紹介している。
 本書の主眼は実際に現地に赴いて城を歩き、その縄張りから昔の姿を思い描くような嗜好を持った…いわゆる城塞愛好家の為のガイドとも言うべき物です。 ですが、触れられている物語こそ少なくても、城…というか城門一つ取ってもエピソードはそれぞれにある物で、日本の城ならばこの体裁の書籍は多いのですが、西洋のそれとなると数がぐんと減ると思うのでそれに触れられたのは有意義でした。

評価:B

 

 城 著:池山正太とORG (新紀元社 truth in fantasyシリーズ)

 このシリーズは主に漫画とか小説でファンタジーや歴史物を扱おうかと言う方々向けの資料的な趣が強く、城の平面図やイラストに頁数が多く割かれています。 その為に、城と言っても古代社会・ヨーロッパ・日本・中国・インド・近代要塞と…およそ城と考えられる範囲すべてを網羅しており、パラパラと頁をめくりながら思案する程度の価値はあります。 しかし、限られた頁数で各々の城郭について詳細を載せる訳にもいかにないのは仕方の無い話なので、内容の深さが浅くて少々物足りなかった。 ま、じっくりと腰をすえて読む物では無いと言う事でしょう。

評価:B

 

 ボーイング社のあゆみ 福島 昴、土屋正興・訳(酣燈社)

 今や世界最大の航空宇宙企業となったボーイング社、その創設50周年を記念して書かれた社史を邦訳したのが本書で、別冊航空情報という雑誌形式の体裁で発行されています。
 内容はいたって簡素で、感情的な表現を廃しています。 まず現在に至るまでに同社と、そこへ合併してきた各社の創業者達(マグドネル、ダグラス、ノースアメリカンの3社)の業績を書き、年代を追う形でその事業・製品の変遷を描いています。
 航空史の資料的な意味合いが非常に強く、読むべき部分は多くないので感想と言う形で評価するのはどうかと思いますが、まぁ…仕方ありませんね。

評価:C

 

  帰ってきた二式大艇 著:碇義朗 (光人社)

 平成13年〜15年に月刊誌「丸」へと連載された物を単行本化したのが本書であり、副題に「海上自衛隊飛行艇開発物語」とある通り、新明和工業(旧川西飛行機)が飛行艇の開発を成功させるまでの物語に海自の飛行艇隊の活動の一端を絡めて描いています。
 戦時中の名機については零戦を筆頭に様々な書籍が刊行されているのだが、こと戦後の国産航空機となると数えるほうが難しくなります。 強いて例を挙げるなら「YS11」がある程度ではないかと思うが、あれは旅客機である為に技術的な冒険をしない堅実な設計であったし、その割に商業として成功したとは言い難い。 だが、この本で紹介される飛行艇「PS−1/US−1」は対潜哨戒機として開発・運用されたが、その思想が旧式化する中で、島嶼が海洋上に点在する国情の要請から救難飛行艇として生き延び、現在も改良型の後続機が開発されつつあるという堂々たる成功機です。
 本書で触れられる技術的な成果や運用面でのエピソードは、登場する企業、人物に少々気を使いすぎで迫力に欠ける語り口にも思えるが…それでも、一個の工業製品を成功させようと言う、当時の気迫は伝わってくる物が感じられた。 昨今のわが国の工業技術に欠ける物があるとするなら、この成功談から得る所は多いのではないだろうかと思う。 戦後の混乱から再起し、これほどの物を開発した新明和工業の底力には敬意を表したい。

評価:B

 

  祭祀からみた古代吉備 著:薬師寺慎一 (吉備人出版)

 同じ出版社からの前著「吉備の中山と古代吉備」(当方の感想)と同じく新聞連載を単行本に纏めた物で、「イワクラ」と呼ばれる岩石への信仰や山岳祭祀について、本著では岡山県下全域に散らばる史跡、寺社仏閣が取り上げられています。
 内容は全体的には新聞でのコラムと言う事もあり、内容がやや乱雑な気もするが…本書に登場する史跡への考察の大まかな方向性としては、まえがきにもある「古代日本における最大勢力は吉備であった。従って、大和の大王の勢力(朝廷)は吉備に出自を持つ」と言う自説の補強材料としての筋道上に置かれていると感じました。
 その説自体は一見すると短絡的であるのですが、本書を読む限りでは、氏が県内や近畿の主だった史跡をその足で散策し、資料に目を通して構築した物であり、一定の説得力があるのでは無いかと思います。この点は少なくとも、机の上で資料を見るだけで仮説を組み立てる歴史家とは一線を画するのは確かです。
 しかし、それに偏るあまり一部の史跡への考察が希望的観測に過ぎるきらいもあるのもまた、確かで…鬼ノ城、加茂遺跡の項がそれにあたると思う。 この2つが建設された理由について、祭祀上の側面からしか見ておらず、当然あったであろう政治・経済・軍事上の考慮が欠けていると…私には思えます。

評価:B

 

 たたら製鉄 著:光永真一 (吉備人出版)

 我が国で古墳時代後半から近世に至るまで、最もポピュラーな製鉄法だった「たたら製鉄」について、岡山及び広島県下(備後地域)の遺跡発掘を元にした研究成果をまとめたのが本書。
 驚くべきだが、この国では古代からの製鉄技術が明治維新以降に西洋の技法が導入されるまで脈々と生きていたと言うのだから面白い。(というか後進ぶりが哀れですらある) 本書では製鉄技術の製法や文化的な広がりよりも遺跡の概要を重視している様で、美作・備中など、地域ごとに章を分けた上に発掘年代別に発掘事例を並べ、個別の遺跡の規模や形状の解説を丹念に行っている。 発掘成果を主とするか、歴史検証を主とするかの違いだと思うが、本書の取る前者の様な姿勢は、素人の私には書かれている説明が難しすぎて理解しにくい部分が多かった。

評価:C

 死闘の海 第一次世界大戦海戦史 著:三野正洋 古清水政夫(光人社NF文庫

 本書は、人類最初の世界規模の戦争における主だった海戦の概要を解説しており、そこに参加した列強の実力の評価、以降の軍備・戦略に与えた影響などの考察が主な内容です。
 幾ら探してもWW1関連の海戦史が見当たらないと言うのが著者の弁で、だったら自分で作るしかないと、本書の執筆に取り組まれたそうだ。 日本で知られてない戦争史に挑まれた本書の存在は貴重であるのも確かだが、海戦の概要は書かれていても、その海戦に至る各国の戦略や海戦を起こした目的などがどうも分かり難く、内容は流石に文庫本300ページ程度で人類史上で最大規模の戦争の、それも海戦通史を扱うには情報量が少なすぎたのでは無いだろうか?

 評価:B

 

  世界戦史 世界を動かした7つの戦い 著:有坂純 (学研M文庫)

 戦史と呼ばれる戦いの歴史の中から、戦術・戦略の模範とも言える戦例を紹介しているのが本書のあらまし。
 マケドニア対ヘラス諸都市、マケドニア(アレクサンドロス)対アケメネス朝ペルシア、カルタゴ対ローマ、ローマ(カエサル)対ケルト人諸族と、交流はある物の全く異なる文化間の戦争を描き、続いて中国史に移って匈奴対前漢、蜀対魏、モンゴル対南宋の戦いを描き出します。 それぞれが以降の歴史に普遍的な範例を与え、英雄の名前を不朽にした輝かしい戦例であり、その文章は語り口の名調子も手伝ってそれらの業績に対しての敬意と賞賛を感じさせ、読み応えがありました。

評価:A

 

  怪帝 ナポレオンIII世 〜第二帝政全史〜 著:鹿島茂 (講談社)

 フランス近代史上には皇帝の冠を頂く人物が2人登場します。 1人はかのナポレオン・ボナパルト、そしてもう1人が本書の主人公で、その甥にあたるナポレオンIII世です。 本書では「最初は悲劇として、二度目は喜劇として」とカール・マルクスが評した様に無能な政治指導者だったとされる彼の再評価を試みます。
 戦争でフランス帝国の勢力圏をヨーロッパ全域に拡大させたナポレオン1世は疑うべくも無い「英雄」だが、その名前を利用して成り上がった本書の主人公が如何にして皇帝に即位したか、まずはその経緯を描き出し、続いて本書の最も肝心な部分である施政者としての業績を描き、経済・外交で内外に成果を示してフランスの権威を高め、帝政崩壊以後のフランスがイギリスと並ぶ大国の地位を確保できたのは彼の社会改革の成果だと主張します。 
 しかし、本当に面白いのは後世「無能」との評価が定着してしまう原因も彼自身が作った事で、「言論の自由」を認めた為にマスメディアが皇帝の醜聞を書き立てて権威を失墜させてしまいます。 この様に、仮にもクーデターによって帝位に就いた所謂「独裁者」の政治理念が「すべては人民により、人民のために」であり、没落まで徹頭徹尾それを貫いた事実は非常に興味をそそられる。
 最後は、皇帝に軍事センスが欠如していた事に起因して外交上の失策を繰り返し、マスメディアに糾弾され、ドイツの挑発で沸騰した世論に押される形で開戦の後、あえなく敗北して捕虜となって議会に廃位させられてしまいます。
 最後の最後に民意を盾に自らの責任を放棄しており、そこだけではどう考えても道化の類かもしれないが、機会を捉えて世論を煽動して皇帝にのし上がった才能と、内政での手腕はどう考えてもこの人物が「無能ではない」と言い切れる証拠だろう。 「再評価」と言う目的の為か、好意的な表現が中心となっており公正な歴史観とは言いがたいが、それでも波乱に満ちた人生を上手く描けており面白かった。

評価:A

 

 ドイツの古都と古城 著:魚住昌良 (山川出版社)

 ドイツにおける中世都市と城郭の歴史について、著者が過去に講義した物をまとめたのが本書。 前半が城郭について、後半が都市について、その発生に関する考察や市民自治がどう発展したか、元が講話と言う事もあり分かりやすく纏められています。
 日本城郭の書籍でよく筆を割いている事として、城主の治世の業績があると思う。 例えば、治水を行い新田開発した…とか、特産物を専売化して財政を潤した…等々であるが、本書を読み進む中で目立つのは神聖ローマ皇帝やローマ教皇との関わりばかり、城主が地域に何を残したのかは問題にされていません。 確かにページ数も限られているのだが、本来その地域の核となる城郭史において地域の特色を描かないのは面白みに欠けると思います。
 とはいえ、欧州関連の地域史は知らない事が多いので、少しでも触れられた事は喜びには違いない。

評価:B

 

 蒸気機関車の興亡 著:斎藤晃 (NTT出版)

 蒸気機関の誕生から始まって、鉄道にそれを利用しようとしたパイオニア達の試行錯誤から始まり、英国、欧州、米国、南アフリカ等の植民地、そして日本と、文化や地勢に影響されて次第に多様な姿に進歩していく蒸気機関車の歴史を描きます。
 日本の主だった蒸気機関車史は、飛行機や船舶がそうである様に「自画自賛」的史観であるらしい。 しかし、世界の鉄道史は日本が近代化された明治以前に始まっており、自力で機関車を開発出来るレベルに達した時代になってさえ、工業技術の蓄積レベルでは埋められない巨大な差が歴然と存在していた事実があったと言う。 本書では世界の蒸気機関車史と日本のそれを時系列順に並べて比較しており、世界史の中で日本の鉄道技術がどの程度であったかを客観的に評価しようとしています。 そして、本書は最終的に日本の鉄道開発のレベルを「模倣に終始し保守的であった」と手厳しい結論を下します。 
 鉄道史を素人に分かり易く俯瞰した資料としては有用、文体も読みやすくて面白い。 日本の蒸気機関車に何がしか輝かしい物を感じている方には衝撃的かもしれない…世界の広さを教えられた気分になります。

評価:A

 

蒸気機関車の挑戦 著:斎藤晃 (NTT出版)

前著(〜の興亡)で書き切れなかった機関車の駆動形式の発展史や、国ごとの取り組みなど、細かい内容を纏めたのが本書。
 「狭軌」で世界最高の機関車を作り上げた南アフリカの機関車開発の現実と「狭軌の限界に高性能化を阻まれた」とされる日本の開発史観を比較し、日本に出来なかった事、足りなかった物とは何だったのか? を考察し、世界最強の牽引力を誇るアメリカの機関車開発の変遷、日本が国策で唯一広軌鉄道を展開した「南満州鉄道」の蒸気機関車の短い歴史に触れ、戦前に計画された幻の「弾丸列車計画」へ言及しながら、当時の機関車開発の問題点を浮かび上がらせます。 日本の機関車については前著以上に辛らつで手厳しいのだが、世界中の巨大・快速機関車に関する記述が非常に面白く、ウンチクとしてこの上ない面白味を感じます。 

評価:A

 

 清水宗治の戦略 著:多田土喜夫 (吉備人出版)
 天正10年(1582)に、織田・毛利間の衝突に起因して起こった高松の役で篭城し、自害した高松城主 清水宗治。 彼にどんな政治的・戦略的な思惑があったかを考察するのが本書のあらまし。
 清水宗治の家系の考察、地位への考察、彼の宗教観・信条とは? 毛利家の事情…等々、歴史書や講談・大河ドラマなど、一般に知られた事柄は史実なのか? 考察を重ねて行くが、著者の性格かもしれないが著者の推測を根拠にしての理論展開が多い。 実際、概ね同意できる分析ばかりだが、個々の結論の前に、もっと論拠を説明すべきだろう。 いきなり「私はこうだったと思う」な展開では説得力が弱くなりかねない。
 本文中の見所としては、この戦役における小早川隆景・吉川元春の2人の名将に率いられた毛利家の実像が、従来のイメージから想像出来ない厭戦的な集団だったと言う部分や、水攻めの堤防の実態、清水家の実情などで筆先は鋭い。 しかしながら読み終えてみると、本書の言わんとする宗治の行動論理に「戦略」と言える高所からの判断があったかとなると「どこが?」と頭を捻る。 所詮は国人領主で毛利の外様でしか無い一介の武将に過ぎないのだからそりゃ当然だよな…と。

評価:B

 

 補給論 何が勝敗を決するのか
著:マーチン・ファン・クレフェルト/佐藤佐三郎・訳(中央公論新社・中公文庫)
 軍隊も人間の集まりである以上、活動する為には当然の如く食料を消費する。 数万に及ぶ大軍勢ともなれば、その消費量たるや凄まじい量に達する。 加えて近代になれば弾薬・燃料と言う問題が加わってその補給をより複雑な物にした。 歴史上、あらゆる軍隊がこの問題に直面し、その解決に腐心して来たのである。 本書では歴史上、近世〜現代における幾つかの事例を紐解いて「補給」が勝敗に及ぼした影響を考察します。 
 緻密で現実的な計算を元にして導き出される数々の見解は非常に明快だが、その根拠とする数字の羅列は読み物としては難解さの元にもなります。 出来れば表にでもまとめて欲しかったが…欲張りすぎだろうか? 特に「ナポレオンのロシア遠征」と「ナチスのソビエト侵攻」この2章に大きく筆が割かれており、時代こそ違う物の、両軍がいかに補給に窮したか、比較しながら読むのも面白いかもしれません。

評価:B

 

 フランスの中世社会 王と貴族たちの軌跡  著:渡辺節夫 (吉川弘文館・歴史文化ライブラリー)
 ヨーロッパの中世史とはどの様な時代だったか? その姿の典型的な姿を北フランスのそれを通じて概論として著したのが本書のあらまし。 社会構造、宗教観、王権のイデオロギー、封建制のあらましなどについて章ごとに説明されている。 この本の目的はヨーロッパ中世の社会像を万人に向けて説明する為に包括し、概論化するのが目的の様であり、その目的はほぼ達していると思う。
 しかし、ヨーロッパ史についていつも思うのは用語への違和感で、本書でもカタカナ語が適当な邦訳無しで使用されている。 代表として1つ挙げると「レーン制」。 この用語は「知行制」と訳す方が余程、分かり易いと思うのだが…適当な訳語は無く、カタカナ化されて表記する慣わしの様である。 他にも一般的なヨーロッパ史書ではカタカナで書かれている用語が多い。 一凡人のぼやきでしか無いのだろうが、漢字ならぼんやりとでも意味を想像できるのでは?と思う訳である。

評価:B

 

鉄道忌避伝説の謎〜汽車が来た町、来なかった町 著:青木栄一(吉川弘文館・歴史文化ライブラリー)
 明治時代の人々は「鉄道」と言う未知なる文明の利器が自分達の街へやって来ると聞いて「歩行の旅人が減って宿泊業が廃る」「煙に毒がある」「地震が起きる」などと言って反対した。 その様な伝説が、各地に残っているが、それは事実なのか? 徹底的に解明したのが本書。
 「鉄道忌避」なる逸話は全国的に存在するそうだが、正直に言って初耳であった。 しかし、欧米ではその様な話はあったと知ってはいたので(「蒸気機関車の興亡」にも記述があった)日本でもその手の話があっても変ではない…最初はそう思ったのだが、本書が問題とするのはその手の事実確認が出来る類の物では無かった。 それは老人達などの口伝であり、例えば隣町に鉄道が通ったのに何故自分達の街に来なかったのか?と言う状況で、街の有力者がこぞって反対したからだと云われているとすると、著者は鉄道敷設における土木設計の常識、予算の都合など合理的な証拠を挙げ、想像された虚像に過ぎないと断じるのである。 また、キチンと章を設けて「本当にあった反対例」も挙げている辺り、著者の丹念な調査の程がしのばれる。
 口伝に頼った古い地史書を無批判に信じる事への警鐘とも取れるかな?…とりあえず、実に理路整然として明快・痛快な評論で面白かった。

評価:A

 

 プロヴァンス古城物語 南仏の秘められた歴史 著:高草茂(里文出版)
「プロヴァンス」と呼ばれる地方のイメージは温暖で風光明媚なリゾート地的な物ではないだろうか? 現在のフランスの中心は中北部のパリであり、その点では片田舎に留まっているこの地方はそのイメージに合致する。 しかしフランスで最初に文明がもたらされたのは正にこの地方からであった。 ローマ人による入植と都市の建設、帝国崩壊後に訪れる中世の暗黒時代にこの地方で何が起こったか? これらを解説したのが本書のあらましである。
 特筆すべきなのは中世期、この地方で起こった十字軍による異端「カタリ派」への身の毛がよだつまでに苛烈で残忍な弾圧行為に関する記述群だろう。 スローライフを地で行く様なのどかな地にその様な歴史が隠されているのである。 世界史からは見えて来ない地域史の姿を垣間見られた事は全く驚きであった。

評価:A

 

ナポレオン戦争全史 著:松村劭 (原書房)
 歴史上で最も偉大な戦争英雄の1人であるナポレオン・ボナパルトについては様々な書籍が書かれて来たが、著者は彼の人生で戦ったほぼすべての戦役を私見を挟まず、時系列順に客観的事実を積み重ねて解説しようと試みている。 何でも、ことナポレオン関連の書籍は多いが、「戦史」の類は日本には無いのだそうである。
 その様な経緯で書かれたからだろうか、文体は非常に簡潔で他意を挟むまいとした著者の意思が感じられるような気がする。  伝記、戦記などナポレオン関連書籍の副読本的な位置付けになるのが本書だろうか? 

評価:B

 

 

 

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