平家物語の諸本について

 印刷技術のなかった時代、古典の作品の多くは一文字一文字を手で書き写していくことで伝えられたため、写し間違いや意図的な書き換えによりいくつかの異本が生まれるのが常です。ところが、平家物語の場合は複数の人々によって同時多発的に伝えられたことから、他の古典文学とは比べものにならないほど異本が多く、その数は少なくとも50種を下らないといわれています。
 このように膨大な異本を生み出した平家物語ですが、構成や享受の仕方によっていくつかのグループに分類することができます。その際、最も大きな目安となるのが、「語り本系」「読み本系」によるグループ分けです。語り本系は琵琶法師の語りの台本、またはそれに近い形態の諸本です。共通の特徴として十二巻形態であることが挙げられますが、さらに灌頂巻(琵琶法師の座ではこの巻を秘伝として重視し、密教の最高位者に行われる灌頂の儀式ならってこのように呼んだ)の有無によって一方系と八坂系、およびその両方の性格をもつ本の三つに分類できます。
 一方系は、当道座(琵琶法師の同業者組合)の正本として作られた覚一本の流れをくむ諸本群です。十二巻とは別立てで巻末に灌頂巻を置いて、建礼門院の後日潭を記すところが特徴で、今日一般的に読まれているのはこのテキストです。覚一本、葉子十行本、流布本、京師本などが挙げられます。
 一方、八坂系は灌頂巻に該当する部分を本文の中に組み入れ、末尾は六代が斬られることをもって結びとする「断絶平家」の形を取ります。ちなみに「一方」「八坂」とは、琵琶法師の流派の名称で、かつては、一方流・八坂流の二代流派の流儀や芸風の違いが、一方系・八坂系のテキストを生んだと理解されていました。近年ではこの解釈は否定されており、便宜上の呼称になっています。

平家物語諸本の分類
<語り本系>
・一方系(灌頂巻を特立)…覚一本、流布本、京師本、葉子十行本など
・八坂系(断絶平家で結ぶ)…城方本など
・一方系・八坂両系…屋代本、百二十句本、鎌倉本など
<読み本系>
源平盛衰記、延慶本、長門本、源平闘諍録、四部合戦状本、南都本など

 読み本系は語り本系以外の諸本の総称で、一般的に目で読むことを想定して作られたテキストといわれています。語り本系が十二巻でほぼ固定しているのに対して、読み本系は六巻、二十巻、四十八巻など巻数は様々で、本文の量は多くの場合、語り本系の倍近い分量があります。
 それ以上に、語り本系との最大の違いは、何といっても頼朝挙兵に関する記事の豊富さでしょう。語り本系では、頼朝の謀反は早馬によって平家方に知らされるだけで、挙兵の詳細についてはほとんど記さないのに対し、読み本系では頼朝挙兵における東国武士団の活躍が詳細に描かれます。諸本中、最も長いテキストをもつ源平盛衰記をはじめ、平家物語の古態を残すといわれる延慶本やその流れをくむ長門本、千葉氏との関連が強いとされる源平闘諍録など、注目すべきテキストが多くあります。
 では次に、現在、手に入る代表的な諸本をいくつかご紹介しましょう。



語り本系


覚一本

 数ある平家物語諸本の中で、現在、もっとも一般的に読まれているのが覚一本で、他の諸本に比べ構成に無駄がなく、文芸的到達度が最も高いといわれています。
 南北朝時代に琵琶法師の同業者組合である「当道座」を整備・確立した明石検校覚一が、自分の死後、弟子の間で伝承上の争いが起こらないよう、当道の正統的な台本(正本)として書き留めさせたものです。応安四年(1371年)に作られた当初は、もっぱら当道の上層部で独占的に相伝・管理され、当道の最高権威書として尊重されました。
 最大の特徴は、建礼門院の出家・往生を描いた部分を本文から抜き出し、「灌頂巻」として巻十二の後に置いたことです。「灌頂巻」は当道の最高権威者である検校にのみ特権的に伝授される秘曲ですが、この巻を独立させたところに、単なる歴史文学とは一線を画した、平家鎮魂を目的の一つとする唱導文学的側面が顕著に現れているといわれています。
 また、本書は覚一が弟子に書き留めさせたテキストですが、琵琶法師の語り口そのままに筆記したものではなく、机上における編集の過程があったと考えられています。覚一本が長らく、耳から「聞く」琵琶法師の語りをイメージしながら「読む」作品として愛読されているのも、こうした成立事情を反映してのことなのかも知れません。もっとも、覚一が書き留めさせた原本は現存しておらず、現在は数種の写本が伝わるのみです。それらも「祇王」「小宰相」などの章段の有無によって、さらに分類されます。
 現在、もっとも手に入りやすいのは、岩波文庫版でしょう。覚一本の写本の一つ「高野本」を底本としており、注釈が多く、読みやすさを重視して適宜漢字や仮名遣いがを改めており、初心者向けとしては格好のテキストとなっています。


流布本

 江戸時代初頭、一方流の検校たちの校訂整理を経て、版本として流布したもので、内容的には覚一本の流れを引いています。元和年間中(1615−23年)に最初の版本が出版されて以来、十数回にわたって版を重ね、昭和初期に至るまで『平家物語』といえば流布本を指したと言われるほど広まっていました。その数は二十種類以上に及びますが、本文の異同はほとんどなく、中には挿絵入りの読み物用として刊行された版本もありました。
 こうした流布本の本文整理の方針は、時として恣意的で、覚一本の流れは引いているものの、その末流にあるテキストとして位置づけられることが多いようです。現在、もっとも手に入りやすい角川文庫版では、巻末に「延喜聖代」「宗論」「剣」「鏡」などの章段を載せ、諸本との異同を補っています。


屋代本

 語り本系最古級の写本で、灌頂巻をもたない「断絶平家」型のテキスト。章立てを細かくすることで各人物・場面を浮き立たせる覚一本に比べて、各章段のまとまりが大きく、そのため叙事的・編年的要素が強いのが特徴です。
 かつては八坂流平曲の台本と考えられていましたが、近年では、平家を語る際の方法の違い(特定の巻のみを語る場合と全巻を通して語る場合など)に応じて使い分けられたテキストではないかといわれています。そのため、中世盛んに行われた「一部平家」(平家物語全巻の通し語り)の語り口を残していると考えられています。
 新典社刊『屋代本高野本対照平家物語』では、屋代本と覚一本の一つ「高野本」を併録し、前者を右ページに、後者を左ページに対照的に配置しています。


百二十句本

 屋代本と同系統の諸本で、「断絶平家」型十二巻の各巻を十句(十章)に分けるためこの名で呼ばれています。
 中世において盛んに行われた「一部平家」(平家全曲の通し語り)の作法として、「三十日に百二十句語りつとむ」(『西海余滴集』)という方式が存在しました。覚一本や流布本では約二百句に分割されている章段が、本テキストにおいて、一律に百二十句に分けられているのは、こうした平曲の語り方を反映しているといわれています。内容的には、「一の谷」の熊谷と経盛(敦盛の父)との往復書簡、「藤戸」における和見・加部の合戦潭など「断絶平家」型諸本に共通する特徴のほか、本文中に「剣の巻下」を載せるなど独自の特徴も見られます。



読み本系


延慶本

 延慶二・三年(1309-10年)の書写年次をもつ、諸本中最古の読み本系テキスト。平家物語成立時の古態を伝えるといわれ、近年研究者の間で最も注目を集めるテキストです。
 平家物語の研究者にとって、平家物語成立時の「原態」を探ることは大きなテーマの一つです。かつては、編年体的性格が強く、簡略で素朴な叙述を特徴とする四部合戦状本や屋代本などの諸本が古態に近く、延慶本のような大部のテキストは後代に内容が増補されたものと考えられていました。しかし近年では、断片的な伝承や記録類が未整理のまま詰め込まれている延慶本に古態性を認め、こうした雑多な記事を整理し洗練していく中で簡略な叙述の諸本が形作られていったとする説が有力です。
 延慶本は六巻十二冊で構成され、源平盛衰記につぐ大部のテキストをもっています。説話や伝承、記録類が雑多に取り込まれ、資料や出典の明記、由来や後日潭の考証など歴史的事実への関心が高いことに特徴があります。
 内容的には、他の「読み本」系諸本と同様、頼朝記事が豊富なことに加えて、後白河院政に対する批判の姿勢が見られるなど、源平対立の枠組みにとどまらない歴史物語が構想されています。多くの諸本が六代が斬られることをもって幕を降ろすのに対し(灌頂巻を除く)、西海・奥州の兵乱を平定し征夷大将軍・右大将に任じられた頼朝の果報を讃える祝言を物語の結びとしているのも、本書の構想と無関係ではないといわれています。


源平盛衰記

 全444段48巻に及ぶ、諸本中最も大部の読み本系の一異本。記事内容が詳細・豊富なことから歴史書として重視され、近世以降は平家物語とは別個の独立した軍記物語として捉えられていました。しかし、大正末期から延慶本・長門本(読み本系の代表的諸本)などとの関係が注目され、平家物語諸本群の一つとして位置づけられるようになりました。記事内容が詳細・豊富なことから平家物語の原型に近いとする説もありますが、『義経記』や『徒然草』、他の平家物語諸本などからの後補記事が多く、成立時期は南北朝時代頃とする説が有力です。
 本書の最大の特徴は、記事内容の詳細・豊富な点ですが、それというのも本書の作者が、覚一本に見られるような滅びゆく者への哀悼といった叙情性よりも、歴史事実の把握や解釈を重視したからにほかなりません。頼朝挙兵潭について詳しく述べているのはそのためですし、時には物語の本筋から大きくはずれる逸話や故事、さらには好事的な暴露話までもが網羅されています。
 このように内容のまとまりは欠くものの、内容の豊富さゆえに、本書が能や歌舞伎、浄瑠璃、近・現代小説など後世の芸能や文学に多くの素材を提供したことは確かです。覚一本とは一線を画す、平家物語のもう一つの到達点を示す作品といえるでしょう。


源平闘諍録

 鎌倉時代末期から南北朝時代初期に関東地方で成立した読み本系平家物語の一異本。残念ながら欠本が多く、巻一上・下、巻五、巻八上・下の五冊しか現存していません。
 本書の特徴は源氏側の動向、特に関東の武士団の活躍が目立つ点です。中でも顕著なのは、千葉氏に関する記述。千葉氏を坂東平氏嫡流として位置づけたり、鎌倉幕府成立に対する功績を強調したりしていることから、千葉氏周辺の人物により編纂された可能性が高いといわれています。また、熊谷氏については、直実よりも息子直家の記事が多く、しかも直実が一ノ谷の合戦で討ち取ったのは敦盛ではなく成盛(業盛)としている点が、他の諸本とは大きく異なる。
 現在手に入りやすいのは、講談社学術文庫版。内閣文庫蔵『源平闘諍録』を底本とし、豊富な語釈・解説を通して平家物語の諸本との比較、歴史事実との関係の解明を試みています。


四部合戦状本

 書名の「四部」とは『保元物語』『平治物語』『承久記』と合わせて四部と呼んだもので、平家物語はその「第三番」に当たります。巻二・四・八が欠本。
 原資料を生のまま取り込んでいる部分が多いことから史実性が高く、反面説話的要素は多くありません。また、読み本系には珍しく灌頂巻を有しており、頼朝挙兵に関する記事が大幅に削除されるなど、語り本系に近い構成をもっていることも特徴です。かつては、延慶本や長門本に先立つ最古態本とされていましたが、近年では否定されています。
 原文は擬似的な漢文表記ですが、和泉書院刊『四部合戦状本平家物語全釈』では各章段ごとに原文、釈文(書き下し文)、校異・訓読、注解を掲載し、読者の便宜をはかっています。


Copyright(C)Misturu Nakamaru