その一~園城寺

 治承四年(1180年)、平家軍は天台宗寺門派の総本山・園城寺(三井寺)を攻撃しました。反平家の狼煙が全国的に広がる中、わずか半年で福原から京へ還都を余儀なくされた清盛は反平家勢力掃討の一貫として、近江源氏の立て籠る同寺の焼き討ちを命じたのです。平家物語では、以仁王に加担した制裁として、以仁王の乱鎮圧直後の五月二十七日に攻撃されたことになっていますが、実際は福原から京へ還都した後の十二月十一日のことでした。



園城寺は通称・三井寺と呼ばれており、これは天智・天武・持統の三天皇が産湯に使った霊泉(御井-みい) があることに由来している。大門(仁王門)は、入母屋造り檜皮葺きの楼門。










重厚感みなぎる国宝の金堂。平家による焼き討ちで、三井寺は堂塔・房舎をことごとく焼き払われたものの、金堂は越中前司盛俊が火の手を消したことから焼け残ったという。現在の金堂は、慶長四年(1599年)豊臣秀吉の北政所が再建したもの。



近江八景のひとつ、三井の晩鐘は金堂前にある。宇治の平等院、
高雄の神護寺の鐘とともに日本三銘鐘といわれている



金堂脇の閼伽井屋(あかいや)内には三井寺の名前の元になった霊泉が、現在もこんこんと湧き出ている。 この水は金堂の弥勒菩薩に供えられていることから「金堂水」とも呼ばれている




弁慶の引摺り鐘。延暦寺との争いで弁慶が奪って引摺り上げてついてみると「いのーいのー(帰りたい帰りたい)」と響いたので、怒って谷底に投げ捨ててしまった。鐘にはその時のものと見られる傷跡が残っている(とパンフに書いてある)。







三重の塔と潅頂堂。潅頂堂では伝法潅頂などの密教儀式が執り行われる。いずれも重要文化財。




重要文化財の毘沙門堂。
近年、外部の彩色が復元された。





微妙寺。紅葉が美しい。



観音堂へ続く石段。三井寺境内の中でも、ことのほか情趣溢れる風景だ。



観音堂(左)のある一角は西国三十三所十四番札所である。
鐘楼、百体観音堂、絵馬堂などが建っている。
琵琶湖を眺めるのにも絶好のポイントだ。

その二~義仲寺

 寿永二年(1183年)七月、平家を西海に追いやって京都を制圧した木曾義仲でしたが、配下の武士による狼藉や義仲自身の無骨な振る舞いにより、京において次第に孤立していきます。後白河法皇との関係は殊に険悪で、同年十一月には院の御所・法住寺殿を焼き討ちし、鎌倉の頼朝に攻撃の口実を与えてしまいました。鎌倉軍の追撃をかわしながら乳母子・今井兼平らと最後の死闘を繰り広げる義仲。しかし衆寡敵せず、粟津の松原であえない最期を遂げるのです。


義仲の墓所がある義仲寺。古くはこの辺りを粟津ヶ原と呼んだ。義仲が討ち取られて後、義仲の側室・巴御前が草庵を営んだことが、当寺の始まりと言われている。鎌倉時代には、すでに無名庵、巴寺、木曾塚、木曾寺、義仲寺などと呼ばれていた。










義仲の墓(左)と巴塚。松尾芭蕉は木曾塚と呼んだ。
義仲の忌日「義仲忌」は毎年一月の第三日曜日に営まれる。




松尾芭蕉の墓。芭蕉は義仲を慕い
その遺骸は遺言によって
義仲の墓の側に埋葬された。





山吹塚。義仲は平家
討伐のために木曾を
発つ際、巴と山吹と
いう二人の便女(びん
じょ)を伴っていた
ことが平家物語に見える。





本堂の朝日堂。義仲、今井兼平、芭蕉などの位牌が安置されているほか、
義仲・義高父子の木像も納めている。



境内の奥にある木曾八幡社(左)は義仲寺の鎮守。右は門前右手にある巴地蔵堂で、
巴御前を追福するものとして信仰されている。





「瀬田の唐橋」の夕景。範頼・義経率いる鎌倉勢の進撃を知った義仲は、宇治川、瀬田川にそれぞれ兵を派遣した。 今井兼平は瀬田の唐橋を取り払って、範頼の大手軍を迎え撃ったという












義仲寺から少し離れたJR石山駅近くにある今井兼平の墓。兼平は義仲と二人で粟津まで落ち延びるが、
義仲が討たれたのを見るや、刀の切先を口にくわえ馬から逆さまに飛び下りて自害した。右は兼平庵。

その三~妓王寺

 奥嵯峨の祇王寺とは別に、祇王・祇女の出身地といわれる滋賀県野洲町にも祇王ゆかりの寺があります。清盛の寵愛を受けた祇王は、ある時清盛に何か願い事はないかと尋ねられ、故郷の江部荘には流水がなく里人が水に飢えているので救済してほしいと訴えました。清盛は快く承知し、野洲川から琵琶湖の下野田浦まで、12kmに及ぶ水路を建設。里人は祇王の恩恵を称えその川を「祇王井川」と名付け、祇王の菩提を弔うために妓王寺を建てたと伝えられています


妓王寺は野洲駅から車で20分ほどの住宅地にひっそりとたたずむ。寺といっても普通の家のようであったが…。妓王寺へ行くには、通り沿いの案内板(右)から、100メートルほど奥へと進む。



祇王の屋敷跡は妓王寺から5分ほど歩いたところにある。
入り口にはまんがチックな祇王・祇女姉妹のイラストが。



屋敷跡内に建てられた石碑には祇王の物語が刻まれている。
右は屋敷跡の前に広がる江部の田園風景。
園城寺みやげ「三井寺パンフ」
 平家グッズではないが、この手のパンフレットは、絵はがきよりは意味があると思われる。このパンフレットもオールカラーで綺麗だし役立つ。関係ないけど、三井寺で何かしら買い物をすると「おおきに」と言ってくれる。お寺っぽくない……。




伽藍や仏像、絵画など、
見ごたえはなかなか


義仲寺みやげ「義仲寺絵はがき」
 またも絵はがきです。七枚入りで、中身は義仲寺境内や本文には載せていない翁堂など、なんと言うことも無い感じ。雪景色はきれいですが。こういうところにこそ義仲像や義高像などをもってくればいいのに、と思う。そもそも義仲寺は、木曾義仲と松尾芭蕉という二人の主役がいますが、寺名のわりにはどちらかと言えば芭蕉にスポットが当てられているような気がします。ひがみ?








義仲寺みやげ「江州粟津義仲寺之図」

 こういうのは珍しいかもと思い購入した江州粟津義仲寺之図の複写。大きさは40×30cmくらいか。和紙っぽい紙に(多分違う)印刷されていて、額にでも入れて飾ればちょっとしたものです。ただ、商品に何の説明も無いので江州粟津義仲寺之図とは何なのかよくわかりません。調べるのが面倒臭いので誰か教えて下さい(江戸名所図絵みたいなものかな)。



●参考文献
小学館ウイークリーブック『週刊古寺をゆく42 三井寺と近江の名刹』(小学館)/ 山下宏明・梶原正昭校注『平家物語(二)』(岩波文庫)/ 山下宏明・梶原正昭校注『平家物語(三)』(岩波文庫)/ 元木泰雄著『平清盛の闘い 幻の中世国家』(角川叢書)/ 西田直敏著『平家物語への旅』(人文書院)/ 日下力監修『平家物語を歩く』(講談社カルチャーブックス)


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