「凡(およそ)平家の悪行においては悉くきはまりぬ」 と言われた福原遷都。平安京の古い因習から抜け出し、 平家による新しい政治体制と対宋貿易の拡大を夢見て、 治承四年六月二日、清盛はここ神戸に都を遷しました。 清盛の夢の跡・福原京の遺跡と 悲劇の生田・一ノ谷の合戦跡を訪ねます。
能福寺、清盛塚、薬仙寺、雪見御所趾、頼盛山荘趾、北野天満宮など
生田の森・山の手 /一ノ谷