第7回 重衡の怪談話

2012/03/04

 『平家物語』巻十「千手前」の逸話である。平重衡が一ノ谷で捕まり、捕虜として鎌倉に送られた際、京下りの官人で源頼朝の側近である中原親能が次のように語ったとされる。「平家はもとより代々の歌人・才人達です。先年この人々を花にたとえた折、この三位の中将(重衡)を牡丹の花にたとえられました」。この逸話をもとに、室町時代の連歌師がつくったとされる『平家花揃』には、重衡が「牡丹の花の匂いが満ちて、多く咲き乱れる朝ぼらけに、初ほととぎすの一声が訪れるほど」とさらに具体的に表現されている。正岡子規の俳句にも「一輪の牡丹かがやく病間かな」というのがあるが、暗い雰囲気も吹き払う牡丹のような明るさ、華やかさが重衡の持ち味だった。
 本コーナーの第1話で、重衡のいたずらの話を取り上げたが、重衡はその屈託のない明るさから、多くの女官に人気があった。
 ある日、内裏の宿直明けに重衡は女房たちがたむろしている部屋を訪れて親しく会話を交わした。いつものように変な話やまじめな話を面白おかしく語り、自分も笑い女房たちも大いに笑わせたが、しまいには地獄の鬼が登場する恐ろしい物語を始めた。女房たちは本気になって、冷や汗をかきながら「今は聞きたくありません」といって拒んだが、重衡は調子に乗ってなおも話し続けたので、ついに女たちは着物をひきかぶってしまったという。『建礼門院右京大夫集』の記すエピソードである。キャーキャー言いながら耳をふさぐ女たちの姿、いたずらな笑みを浮かべながら話す重衡の表情まで浮かんでくるようだ。
 重衡はいつもとりとめもない冗談を言って右京大夫をからかい、「草のゆかり(恋人に縁のある者のこと。恋人とはいうまでもなく重衡の甥資盛である)をどうして思い捨てなさるのでしょう。ただ資盛と同じことだと思いなさい」と常々いっていたという。右京大夫は「濡れそめし袖だにあるをおなじ野の 露をばさのみいかがわくべき」(あの人との恋に涙で袖が濡れ初めているというのに、御一門のあたなとお付き合いして、どうして同じ嘆きを重ねることができましょうか)と詠み、やんわりと重衡の申し出を断っている。ちなみに右京大夫は別の箇所で資盛の兄維盛からも同様に言われたことを記しており、彼女のまんざらでもない気持ちが見え隠れしている。追憶の中における公達との交流は、右京大夫にとっても輝かしい栄華の残照なのであった。


●参考文献
山下宏明・梶原正昭校注『平家物語(四)』(岩波文庫)/ 久松清一・久保田淳校注『建礼門院右京大夫集』(岩波文庫)/ 高橋昌明著『平家の群像』(岩波新書)


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