第2回 重衡のいたずら(2)

2012/01/12

 雨夜のつれづれに、何か目の覚めるようなことはないか。高倉天皇の問いに対して、平重衡は盗賊のふりをして中宮の女房たちを驚かすというとんでもないアイデアを出す…、ここまでが前回までのあらすじ。
 さて、直衣の袖で冠を隠した重衡と隆房が西の台盤所へ忍んで行くと、格子遣戸の間に、太政大臣藤原伊通の娘や建礼門院右京大夫をはじめとする数人の女房が唐衣を着たままうたた寝をしている。重衡と隆房が女房たちの上の衣を引き落としたところ、彼女たちは本物の盗人と思いこみ、驚きあきれて生きた心地もしないようなありさまだった。二人は笑いをこらえながら女たちの衣を奪って退出し、御所に戻って事の顛末を告げると、天皇は「それは気の毒なことをした」といって大笑いしたという。
 高倉天皇といえば、実父後白河と岳父清盛の対立に翻弄されたあげくに早世した、無力で病弱な天皇というイメージが強いが、臣下とともに女房をからかって楽しむ愉快な一面もあったのだ。
 しばらくして、天皇は中宮の下へ渡り、重衡や維盛も供をした。重衡たちが顔を見せると、女房たちが「ただ今、こんなことがありました」と告げたので、男たちは思わず笑いそうになったが知らないふりをして話を聞いた。その暁、維盛に文をしたためさせて「ただ今こちらに帰る途中、変なやつに出会って取り戻したのでお届けします」といって、女房たちに衣装を返した。女房たちの返事には「今でも生きているのが不思議なくらいです」と書いてあったという。
 その後しばらくたってから、天皇は女房たちに事実を打ち明けた。案の定、女たちは怒って重衡を恨み、「恐ろしかったことはまあ置いておきましょう。隆房はいまだに姿を見せないけれど、私たちがくつろいでいる様子を見ているでしょうよ」といったとか。
 たわいなくもほほえましい話である。こんなことをして遊んでいるから滅ぼされるんだと言われたらそれまでだが、滅ぼされなければならないほど、危険な人たちでないことだけは確かだろう。このエピソードを記す『平家公達草紙』は別の記事の中で、重衡を評して次のように述べている。「重衡という人は幸運に恵まれ、悩みなどなかったが、人に嘆くことなどがあると一生懸命慰めるので、人々はありがたいことだと喜んだ。またよく冗談を言っては人を笑わせた。容貌も上品で清らかだった」
 単に明るいだけが取り柄の公達ではなかったのだ。世が世なら、また五男という立場でなかったら、確実に平家の屋台骨を背負って立つ逸材だったはずだ。実に惜しい。


●参考文献
久松清一・久保田淳校注『建礼門院右京大夫集』(岩波文庫)/ 角田文衛著『平家後抄(下)』(吉川弘文館)/ 井上嘉子著『五常楽 平家公達徒然』(シースペース)


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