読書録715(2007.04.15)
西岡力『日韓「歴史問題」の真実
―「朝鮮人強制連行」「慰安婦問題」を捏造したのは誰か』(PHP研究所、2005年)
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読書録709、710、711と慰安婦関係の本をとりあげてきました。今回は「慰安婦問題」 は捏造だという西岡力の著書です。 はじめに言っておくと、僕は本書の言葉遣いや表現が好きではありません。「「従軍慰安婦」という虚構」(107頁)や「「反日」日本人の影響力を排除せよ」(188頁)など、挑発的な言葉が並びます。右、左に関係なく、こういう言葉遣いは控えてほしいものです(読書録270、205)。 ・西岡力(にしおか・つとむ) 昭和31年、東京生まれ。国際基督教大学卒業。筑波大学大学院地域研究科修了(国際学修士)。韓国・延世大学国際学科留学。昭和57〜59年、外務省専門調査員として在韓国日本大使館勤務。平成2〜14年、月刊『現代コリア』編集長。東京基督教大学教授、「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」副会長。 ▼本書の内容 《韓国の盧武鉉大統領が2005年3月1日の演説で、こう述べた。 「私は拉致問題による日本国民の憤怒を十分に理解します。同様に日本も立場を替えて考えてみなければなりません。日帝36年間、強制徴用から従軍慰安婦問題に至るまで、数千、数万倍の苦痛を受けた我々国民の憤怒を(日本は)理解しなければならないのです」「(日本は)過去の真実を究明してから心から謝罪し、賠償することがあれば賠償し、そして和解しなければなりません」。 この盧武鉉演説に接し、朝鮮半島問題に取り組んできた著者は、日韓の「歴史問題」について、より積極的に発言する必要性を強く認識する。大統領が「賠償」という言葉を持ち出したことは1965年以来の日韓友好関係を否定することを意味し、また「朝鮮人強制連行」「慰安婦問題」など事実に基づかない歴史議論が拉致問題解決をも妨害しているからだ。そうした「反日」議論を煽ってきた人々の嘘八百の言説を論破する。》 第1章 戦後補償の欺瞞 第2章 朝鮮人「強制連行」説の破綻 第3章 「在日は強制連行の子孫」という幻想 第4章 「従軍慰安婦」という虚構 ▼感想 目次を見て分かるように、本書は大きく分けて戦後補償問題、強制連行問題、慰安婦問題から構成されています。これらの論点は鄭大均・古田博司編『韓国・北朝鮮の嘘を見破る―近現代史の争点30』(読書録661)でも触れられていて、結論も同じです。もちろん本書の方が紙幅が多い分、説明が詳細です。 戦後補償問題に関しては、1965年の日韓請求権協定で「完全かつ最終的に解決された」こと(25頁)、個人に対してではなく国家に補償しろという要求は韓国からのものだったこと(27頁)などが記されています。また、強制連行に関しては、戦前・戦中に日本本土に来た朝鮮人の八割は自らの意志に基づいていたこと(42頁以下)、終戦後も個人の自由意志で踏みとどまったものを別とすれば全員引き揚げたこと(86頁以下)が説明されます(読書録464も参照)。これらの主張は論証もしっかりしており、概ね妥当なのではないでしょうか。 本書において約半分の分量を占めているのが慰安婦問題です。西岡力は慰安婦の原因は貧しさで、日本本土でもあった「身売り」だったと述べます(109頁)。つまり、公権力による動員、いわゆる強制連行はなかったというのです(113頁)。それではなぜ慰安婦が問題となったのか。千田夏光が『従軍慰安婦』(1973年)という本を書いたこと、吉田清治が『私の戦争犯罪』(1983年)で日本軍が済州島で慰安婦狩りをしたと証言したこと(後にこれはウソだということがわかる)、これら二書を使ったルポ記事が尹貞玉によって韓国紙に掲載されたこと(1990年)、同時期に青柳敦子によって日本で慰安婦訴訟が始まったこと、『朝日新聞』が元慰安婦の金学順さんを「身売り」だったのを隠してとりあげたこと、などが挙げられています(116-126頁)。西岡力に言わせれば「慰安婦問題」は日本発の問題だったのです。 「慰安婦問題」は日本発の問題だったという西岡力の主張は分からないでもないですが、慰安婦制度が問題視された背景としては、人権、とくに女性の尊厳に関する意識が進み、買春自体が悪とされるに至った点を無視できないと思います。つまり、我々の認識が変わったため、慰安婦制度が新たな問題となったのです。朝日新聞の態度には不公正とみられる部分が少なからずありますが、それとは別に慰安婦問題自体は真摯に向き合うべきだと僕は思います。 さて、本書の記述に戻りますと、慰安婦問題を決定づけたのが1991年に訪韓した宮沢喜一首相による謝罪でした。宮沢首相が謝ったのは、吉田清治の証言、『朝日新聞』の一面トップに載った資料(加藤紘一官房長官が軍の関与を否定する失言を犯した直後に慰安所軍関与の資料が見つかったと報道した。なお、この資料というのは業者が人さらいまがいのことをするのを取り締まるという内容だった。)、金学順さんの証言のためだと西岡力は書いています(132頁)。吉田証言はウソですし、朝日一面の記事は加藤失言を受けて大騒ぎになったものですし、金学順さんに関しては「身売り」だった事実が伏せられていたことを考えると、政府にも事実関係をしっかりと検討しなかった怠慢があったと言わざるを得ません。 宮沢訪韓を受けて、政府は慰安婦に関する調査を始めます。その結果発表されたのが1993年の河野洋平官房長官談話です。河野談話の問題点として西岡力は2点挙げています。一つは、「強制」の定義を「権力の連行」から「本人たちの意志に反して」慰安婦にされたということに拡げたことです(145頁)。前者に関しては証拠がなかったため、韓国に配慮して後者を取り上げたということのようです(ただし河野洋平はこれを否定している。「従軍慰安婦、消せない事実 政府や軍の深い関与明白」『朝日新聞』1997年3月31日)。 もう一つは「官憲等が直接加担したこともあったことが明らかになった」という箇所。権力による強制の証拠はなかったのにもかかわらず、「あった」と述べてしまったのです。これによって「権力が介入して嫌がる人を無理に連れて行ったという犯罪を行った」(149-150頁)という認識を生むことになってしまいました。今でもこの「河野談話」は日本が強制連行を認めた根拠と解されることがあります。 今、アメリカなどで問題となっているのもまさにこの点です。米下院で審議されている慰安婦決議案は「河野談話」を根拠に日本の軍隊がが若い女性を「強制的に性奴隷化した」と記していると言われています。安倍首相の3月5日の参院予算委員会での発言も、官憲が慰安婦狩りをしたというような「狭義の強制性を裏付ける証言はなかった」というもので、これ自体はまったくの事実です。ところが上述の経緯を知らない外国人には安倍発言が河野談話全体の否定、慰安婦の否定と受け止められてしまいました。過去の発言を訂正するのはそれほど難しいことであり、河野談話が残した禍根は小さくありません。 さて、西岡力は日本の対応として「アジア女性基金」はお金の使い方が間違っているといいます(186頁)。そんな日本国家の名誉が貶められるような間違ったイメージを固定化するためにではなく、それを正すために税金を使えというのです。僕はこの見解にはちょっと異論があります。上述のように、日本の官憲が強制連行をおこなったという証拠はありません。しかし、軍国主義下の日本において「本人の意思に反して」慰安行為をさせられた例はありました。また、官憲が違法に強制に加わったことも東南アジアなどの占領地ではありました。もちろん日本は法的には講和条約や二国間条約で包括的に賠償問題を解決しているのですが、前述の女性に対する意識の変化も無視はできません。アジア女性基金はそのことに道義的責任を感じる国民の自発的な拠金によるものであり、僕としては評価できると考えています(読書録709参照)。 ▼終わりに 本書を含めた慰安婦関係の本を読んできて、今の慰安婦問題を考えると次のような反省が見出せると思います。 第1に、1990年代初頭に戦中の慰安婦制度が問題視されたときに日本政府が真剣に事実を検証しなかったこと。 第2に、1993年の河野談話が「強制性」について官憲による強制連行の証拠があったかのような非常にあいまいな表現をとったこと。 第3に、今回のことですが、安倍首相がいわゆる狭義の強制性の証拠はなかったと述べたこと。これは事実ではあるのですが、今回の問題の発端となったものであり、まったく言う必要のないことを言ってしまいました。首相の発言は日本人だけでなく世界中の人も常に聞いているということを十分認識しなければなりません。 第4に、安倍発言がこれほどアメリカのメディアに誤解とともに広がることを許した外務省。普段から慰安婦問題に対する日本の取り組みをアメリカの議員やメディアに説明していれば現在のような状況にはならなかったはずです。これはパブリック・ディプロマシーの失敗です(アメリカでの情報戦争については高木徹『ドキュメント戦争広告代理店』が非常に参考になる。読書録287)。 このように、今回の事件は完全に政府、外務省の失策だと思います。しかし、それを責めるメディアも感心しません。例えば朝日新聞は3月28日付社説や3月28日付夕刊の「ニッポン人脈記」で慰安婦問題と拉致問題が同じというような書き方をしています。しかし、慰安婦制度はもう存在せず、慰安婦はいないのであって、まだ拉致されたままの人がいる可能性の高い拉致問題とは同列に論じることはできません。 そんなこんなで今回の慰安婦論争は何ともすっきりしないのですが、一般の人はこれを機会に慰安婦問題について勉強してみるとよいのではないでしょうか。ちなみにこれまでとりあげてきた慰安婦関係本を簡単に解説すると次のようになります。これらを読めば、さまざまな論者の意見を一通り知ることができるでしょう。 ・ 『「慰安婦」問題とアジア女性基金』(読書録709) アジア女性基金関係者を中心に、幅広い識者の見解を載せている。 ・ 『慰安婦と戦場の性』(読書録710) 現代史家・秦郁彦による一冊。慰安婦制度は公娼制の戦場版と説く。 ・ 『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(読書録711) 吉見義明、川田文子らによる本。慰安婦制度は性奴隷制度と説く。 2007.04.15. ●関連読書録 【「慰安婦」関係】 http://tinyurl.com/2q8zyy |