読書録369(2004.02.22)
田中明彦『新しい中世』(日経ビジネス人文庫、2003年)

去年、掲示板でちょっと話題になった本です。イラク問題が混迷を続け、北朝鮮問題も先が見えない今、国際政治を大局的に捉える作業も必要だと思い、読書録でとりあげることにしました。

この本はもともと1996年5月に日経新聞社からハードカバーとして1996年に刊行されたものの文庫版。ハードカバー版(題名は、『新しい「中世」 21世紀の世界システム』)は以前に読んでおもしろいと思っていました。文庫本の方には、「9・11事件後の世界を読む」と題された補章も追加されています。

田中明彦(たなか・あきひこ)
 国際政治学者。1954年生まれ。1977年東京大学教養学部卒。1981年マサチューセッツ工科大学でPh.D.(政治学)取得。1984年より東京大学教養学部助教授、教授を経て、現在東京大学大学院情報学教授。著書に、『世界システム』、『ワード・ポリティクス』、『日中関係史1945-1990』など。

本書の副題は、「相互依存深まる世界システム」。


▼本書の内容

↓簡易要約↓

現在の世界システムの状態を考察する時、これを「近代」のものとしてとらえるだけでは理解しにくい。そこで次の二点を提案する。
(1)世界は「新しい中世」に移行しつつある。
(2)現状では、世界は「新中世圏」「近代圏」「混沌圏」の三つの部分からなる。

↓詳細要約↓

【第1章 冷戦とは何であったか】
 冷戦がユニークだったのは、「米ソ二極対立」と「イデオロギー対立」(マルクス
・レーニン主義vs.政治的・経済的リベラリズム)が複合していたことである。

【第2章 ポスト冷戦】
 冷戦はどのように終わったか。まずイデオロギー対立の側面で終わり始め、二極対
立の側面が解消することで完全に終結した。
 冷戦の終わりはいかなる意味をもつか。まず、パワー分布が二極から単極に移った
(しかし、分野によっては多極に近い)。次に、指導思想分布の面では、自由主義的
民主制が支配的イデオロギーとなっている。そして、自由主義的民主制の国同士は、
お互いに戦争しない(マイケル・ドイル)ような状況が強まっているように見える。

【第3章 アメリカの覇権】
 本書の大きな立場は、冷戦の終結も覇権の衰退も、世界システムの変化としては最
重要のものではなというものだが、覇権の衰退は冷戦の終結と少なくとも同程度の重
要性をもっている。
 1970年代以降のアメリカの国際政治学を中心とした理解によれば、覇権とは国際的
な秩序を維持し、基本的ルールを守るために尽力する−国際公共財を独占的に供給す
る−良い超大国である。覇権が供給する公共財には次のようなものが挙げられる。
(1)平和、(2)自由貿易、(3)国際通貨の安定、(4)何らかのレジーム、
(5)上記のすべて。
 分析すると、アメリカの覇権がもたらしたものは、第一に国際通貨の安定、第二に
自由貿易(ある程度)、第三にその他のいくつかの国際的レジーム(海洋自由、石油
安定供給など)である。平和に関しては冷戦の効果の方が大きい。

【第4章 ポスト覇権】
 アメリカの覇権はすでに終焉している。文化的影響力、政治力においてはそれほど
の衰退は見られていないが、70〜80年代にかけて、アメリカの覇権の基盤はまず経済
力、次いで軍事力の面で衰退した。しかし、自由貿易は死なず、国際通貨体制は安定
しており、他のレジームはあまり影響を受けていない。覇権衰退後もレジームが維持
されている理由としては、(1)レジームの慣性、(2)協力それ自体の合理性、
(3)冷戦時代における敵の存在、が挙げられる。(3)は冷戦終結でなくなった
が、(1)(2)に変化がなければ悲観することはない。

【第5章 相互依存が進展する世界】
 本書では世界システムの以下の相互依存関係に注目する。(1)国家間の関係、
(2)国家と非国家主体のネットワークの関係。
 (1)に関しては、軍事的相互依存と経済的相互依存が考えられる。前者に関して
はお互いがお互いの攻撃に対する敏感性・脆弱性を極めて高めたということが指摘で
きる。経済的相互依存の進展も相互脆弱性を強めている。
 (2)に関しては、情報・通信技術の相互依存、巨大企業と国家の関係、非国家主
体の広がりが、これまた国家の敏感性・脆弱性を高めているといえる。

【第6章 相互依存の制度化】
 経済の相互依存が平和を促進するか?という問題には、モンテスキュー、カント、
ノーマン・エンジェルらに代表される肯定的見解と、ルソーやゲーム理論論者に代表
される否定的見解が存在する。総合すると次のようにいえそうである。
 (1)相互依存は、必ずしも共同利益を最適化しない。
 (2)相互依存は紛争を頻発させる傾向をもつ。
 しかし、
 (3)経済相互依存とりわけ経済的相互脆弱関係は、紛争が戦争に至るのを防ぐ傾
向をもつ。
 (4)とりわけ軍事的相互脆弱関係は、紛争が戦争に至るのを防ぐ傾向をもつ。
 前二者是正のために考え出されたのが国際レジームである。国際組織なり国際レ
ジームは、基本的には各主体間のコミュニケーションを助け、約束になにがしかの拘
束力を与え、そして紛争をできるだけ秩序立って解決しようとする機能を果たすこと
が期待される。
 20世紀末の世界システムは、冷戦が終結したにもかかわらず、またアメリカの覇権
が衰退したにもかかわらず、それないりに機能している国際レジームが数多く多元的
に併存する状況になってきている。

【第7章 「新しい中世」?】
 20世紀後半の世界システムの歴史を一言でいえば、「相互依存が進展する中で、ア
メリカの覇権が弱まり、そして冷戦が終結した」ということになる。それでは世界は
今、どのような状態にあるか。「新しい中世」に向かっているという観方をとりた
い。
 近代世界システムは、(1)行為主体としての「近代主権国家」の圧倒的優越、
(2)イデオロギー対立、(3)経済的相互依存の進展という特徴を持っていた。し
かし今は、(1)非国家主体の重要度が増し、(2)自由主義的民主制というイデオ
ロギーが勝利し、(3)世界的な市場経済化が進んでいる。これは(3)を抜かし
て、西洋中世の世界に近いと言える。

【第8章 三つの圏域】
 世界がすべて「新しい中世」の状況にあるわけではない。世界は以下のような特徴
を持つ三つの圏域に分けられる。
 1.新中世圏(第一圏域)
 −国際問題と国内問題の区別が困難。
 −「説得力」の重要性が増す。
 2.近代圏(第二圏域)
 −各国の政治・経済事情がアンバランス(政体も発展状況も様々)。
 −古典的な国際政治パターンが継続。
 3.混沌圏(第三圏域)
 −秩序が崩壊している。
 三つの圏域は次のような相互関係にある。
 1−2:国家中心の相互作用。
 1−3:大きくなる国連、NGOの役割。

【第9章 アジア・太平洋−「新しい中世」と「近代」の対立】
 東アジアは「新しい中世」へと向かう動きと、「近代」を代表する動きとが全面的
に対決する舞台である。アジア・太平洋の具体的問題は次のとおりである。
(1)領土問題(南沙諸島、尖閣列島など)
(2)中国、朝鮮半島の分断
(3)覇権交代の可能性(超長期サイクル論によれば21世紀に入る頃、覇権抗争が起
こる。中国は潜在的な覇権挑戦国家)
 他方、アジア・太平洋には「新しい中世」的傾向もある。
(1)経済発展の展望、経済相互依存の進展、その背景における情報化の爆発。
(2)多角的な地域枠組。
(3)近代の底の薄さ(「近代」に接した時間が短いため、「近代」の呪縛を乗り越
えることも容易)

【第10章 日本は何をすべきか】
 「新しい中世」における国家、とりわけ日本という国家の役割は何であるか?「新
しい中世」の普遍的イデオロギーである、自由主義的民主制と市場経済がもっとも純
粋な形で要求するような形の国家を作るべきである。そのためには社会契約(個々人
が自由と安全と最低限度の生活を保障してもらう代わりに国家という組織に対して一
定の義務を負うという考え)を中心に考える必要がある。
 そう考えると、ナショナリズムは必要なくなる。他方、領域は見通しうる将来、必
要なまま残る。「新しい中世」の国家とはナショナリズムにとらわれずに、(1)国
民の自由、(2)安全、そして(3)最低限の生活を保障することを目的とする存在
でなければならない。国際関係についてもこの三点が必要となる。
⇒新中世圏域対策:
 −基本的価値と共通利益を体現する日米安保は大切。しかし、日米安保は非対称的
であるから、是正するために憲法9条2項の削除、あるいは国の自衛権および国連など
の集団措置への参加を規定した条項の追加が必要となる。
 −企業が外資であろうと、日本国民の利益を中心に考えるべき。
⇒近代圏域対策
 −一種のバランス・オブ・パワー政策が必要(日米安保必要)。
 −多国間協議を利用。
 −「新しい中世」にふさわしい解決策の模索。
 −ロシアとの関係改善(北方領土を中心にすべきでない)。
⇒混沌圏域対策
 −無視・隔離は不可能(物理的、倫理的に)。
 −国連平和維持活動への積極参加。 
 −経済援助、人的協力。

【文庫本のための補章 9・11事件後の世界を読む】
 9・11事件は、テロリストという国家以外の主体の登場、混沌圏と新中世圏の隔
離不能という面では、「新しい中世」の予測範囲であった。しかし、「国家建設」と
いった近代性とは無縁な破壊的テロ、近代国家が作り上げてきた平和維持の仕組みの
限界、内政と外交の融合のより一層の推進、といった面は新たに補足すべき点であ
る。
 イラク及び北朝鮮とアメリカとの関係は近代圏と新中世圏の関係である。この関係
は「近代」の国際政治となる。また、イラク危機をめぐるアメリカと仏独の対立は次
のように説明できる。アメリカは新中世圏に属しながら、最も近代圏や混沌圏との相
互作用の多い国である。そのため、近代圏との相互作用においては近代的なロジック
を用いることになる。他方、新中世圏を形成する西欧は新中世圏のロジックを用いよ
うとする。


▼全体の感想

非常におもしろい本です。論理も明快で分かりやすく、読みやすいです。必ずしも一
般向けに書かれたものではないのかもしれませんが、一般の人が読んでも十分理解で
きる内容だと思います。研究者の中には非常に難解な文章をありがたがる人もいます
が、本書は徹頭徹尾分かりやすい記述になってます。

本書の中心はもちろん「新しい中世」概念の説明にあるのですが、その過程で論じら
れる「冷戦」「覇権」「相互依存」の概略も整理されていて勉強になります。特に、
本書の序文でも述べられているのですが、国際政治に関して「空想的平和主義」の残
滓がまだかなり残っているように思われる日本人にとって、この前提は重要です。

文庫本化され読みやすくなったので、是非多くの人に読んでもらいたいですね。


▼「新しい中世」

さて本題ですが、この「新しい中世」概念は僕にとっては非常に分かりやすかったで
す。確かに相互依存の進んだ現在は、国家を唯一のアクターとしていた近代的世界観
では捉えきれなくなっています。それが西洋中世に似ているという点も頷けます。

しかしこれだけでは、従来の相互依存論と話はあまり変わりません。本書のもう一つ
のポイントは、世界を三つの圏域に分けた点です。この圏域概念も僕には納得がいき
ます。

従来の相互依存論は、ともするとパワー・ポリティクスは時代遅れになったというよ
うな主張をしていました。しかし、この主張に僕はどうも納得ができませんでした。
日本の周りを見ても、共産主義で、独裁政権(一党独裁と個人独裁)で、軍事国家
(両国とも軍事のトップが最高権力者)である北朝鮮や中国がいて、そことの間にパ
ワー・ポリティクスがなくなったとは思えないからです。ましてや、地域紛争が繰り
返される東欧やアフリカ、中東、南アジアを考えると、とても世界が一律にパワー・
ポリティクスから脱しているとは解せません。

田中明彦の圏域論を用いれば、この疑問は解けます。北朝鮮や中国は近世圏に属して
おり、そことの間には近世的=パワーポリティクスが外交的にはまだかなり有効なの
です。中東や東欧、アフリカ、南アジアのように近代圏や混沌圏が残っている地域に
も同様のことが言えます。

他方、アメリカやオーストラリアなど新しい中世圏に属する国とは、日本はより相互
依存的な関係をつくることができます。また、西欧のような地域は新中世圏を形成し
ているといえるでしょう。


▼9・11後の世界

この文庫版では、文庫本のための補章として「9・11事件後の世界を読む」が追加
されています。これは9・11後の世界に「新しい中世」理論をあてはめたもので
す。

田中明彦は、9・11後の世界にあっても「新しい中世」理論を大幅に修正する必要
はないと述べていますが、僕も同感です。むしろ、イラク攻撃に対する各国の反応の
相違をよく説明できると思います。

仏独やカナダが英米に反対したのはまわりに近代圏に位置する国がないからです。他
方、日本や韓国など、周りに強大な近代圏に属する国を持つ国はイラク攻撃に賛成し
ました。冷戦構造が終わったのだから日本外交は変わるべきだ、という意見も聞かれ
ますが、アジアにおいては冷戦がまだ続いていると考えるべきでしょう。

世界は、「新中世圏」=「相互依存が深まる世界システム」に向かっています。しか
し、そうでない国もまだあって、そことの関係ではまだ近代的国際政治観が有効なの
です。


▼終わりに

田中明彦の「新しい中世」論は、世界システムを圏域で説明する点で、国際社会をカ
ント的世界とホッブズ的世界とで分けて考えるネオコンの頭脳とも言えるロバート・
ケーガンの考えに似ています。もっとも、田中明彦とケーガンとの間には重大な相違
があり、この点はいつか、ケーガンの著作『ネオコンの論理』をとりあげる時に書き
たいと思います。読書録380で『ネオコンの論理』をとりあげました。

また、田中明彦は、『複雑性の世界』(勁草書房、2003年)で、9・11以降の世界
に関する分析を披露しています。今回は十分触れることができませんでしたが、『複
雑性の世界』を読書録でとりあげる時に、アメリカのイラク攻撃と、日本のアメリカ
支持をどう捉えるべきかについてもより詳しく論じたいと考えています。
読書録372で『複雑性の世界』をとりあげました。

2004.02.22.


●関連読書録

【田中明彦著作】
 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/ta.htm#tanaka_akihiko
【社会科学>政治>外交.国際問題】
 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/NDC300.htm#319


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