読書録217(2002.06.08)
黒田勝弘『韓国人の歴史観』(文春新書、1999年)

辛淑玉『愛と憎しみの韓国語』(読書録215)、四方田犬彦『ソウルの風景』(読書録216)に次ぐ韓国本読解シリーズ第三弾。

黒田勝弘(1941年生まれ)はジャーナリスト。1999年時点で産経新聞ソウル支局長・論説委員兼任。京都大学経済学部卒業後、共同通信社入社、1978-9年韓国・延世大学留学、80-4年、共同通信社ソウル支局長。著書に、『韓国人の発想』『ぼくのソウル日記』『韓国・反日症候群』『朝鮮半島 二十一世紀への深層』など。


▼本書の内容

戦後、日本は自国の歴史を、「謝罪と反省」を下敷きにした「贖罪史観」で見てき
た。相手の気持ちに対する配慮や歴史的教訓は必要である。しかし、贖罪史観によっ
て見る目が曇ってしまっては何もならない。

他方、朝鮮半島は強烈なナショナリズムの下、日本の「過去」を民族的、国家的な
「元気付け」に活用している。本書は、そのような韓国の人々の対日歴史観に関する
体験的私論を展開する。

以下の10のテーマからなる。

【第一章 従軍慰安婦問題−日本コンプレックスの深層】
 補償や謝罪が実態的に行なわれているにも関わらず、慰安婦問題が続いているのは
なぜか。それは、マスコミ主導による韓国の世論が、慰安婦問題を日本の「道徳的弱
点」と捉えているからであり、反日運動にとって日本の「弱点」が簡単に解消されて
は困るからだ。

【第二章 対日「抵抗史観」の神話】
 1995年の「光復(日本の植民地支配からの解放)五十周年」以来、韓国ではよく
「歴史立て直し」という言葉がスローガン的に使われる。これは端的に言えば過去を
現在の価値観で裁くということであり、歴史の現在に対する軽視であろう。
 韓国人において反日感情がいまだに清算されないのは、日本に支配されたことより
日本支配から自力で脱出できなかったことに対する民族的鬱憤が原因である。

【第三章 韓国人作り−反日教育はなぜ必要か】
 日本支配の際には韓国人自身による協力もあり、韓国人の日本人化が進んだ。その
ため、日本支配が終わったとき、日本化した韓国人を本当の韓国人に作り変えるため
に、反日感情を強調する必要性に迫られたのである。そして現在に至るまで、日本の
植民地時代に関する言論の自由は韓国にはないと言える。
 
【第四章 はてしなき「謝罪」要求の根拠】
 旧植民地国が旧宗主国に対し謝罪と反省を求めているのは今のところ韓国だけであ
る。しかも日本は既に何回も謝罪と反省を表明している。奇妙なことに、韓国はロシ
アや中国に対しては日本に対するような謝罪要求をしない。日本は韓国の謝罪要求に
応じ過ぎなのではないか。

【第五章 中国の影−「日王」という呼び方】
 国際慣例上、国家元首の呼称は相手のそれを尊重する。それなのに韓国は天皇を
「日王」と呼ぶ。歴史的に韓国は中国にしか「皇帝」の名を認めなかったためであろ
う。しかし、当の中国は「天皇」と呼んでいる。

【第六章 日帝風水謀略説−「光復五十周年」の反日風景1」】
 金泳三政権(1993-98年)のいわゆる「歴史立て直し」事業の一環として、「鉄杭
除去」が行なわれた。これは、日本帝国主義は韓民族の精気を抹殺しようとして、名
山の頂上に鉄杭を打ち込んで地脈を断とうとした、その鉄杭は今も各地の山に残って
いるので、「光復五十周年」の機にそれを探し出して抜いてしまい、民族の精気を回
復しよう、という風水の考えに基づいた政府事業であった。しかし、この日帝風水謀
略説は反日に絡めた言いがかりに過ぎない。

【第七章 旧総督府解体−「光復五十周年」の反日風景2」】
 金泳三政権の「歴史立て直し」事業の一環として、旧朝鮮総督府の解体・撤去が行
なわれた。しかし、歴史を直視するという意味では、破壊は残念である。

【第八章 日帝の残滓−「光復五十周年」の反日風景3」】
 光復五十周年の際には、日帝の残滓を除こうとさまざまなことが行なわれた。日本
語から入ってきた外来語の扱いもその一つだ。しかし、中でも最も衝撃的だったのは
すでに過去のことになっているはずの日本統治時代の「親日派」狩りである。

【第九章 新たなる「日本」の影】
 韓国は長年、表面上は日本文化を受け入れなかった。これは、日本統治時代に韓国
人がほとんど日本人になりかけたという「過去」の記憶に由来する。一方では、日本
を参考にしながら、他方では文化的アイデンティティの危機を感じているのである。

【第十章 「日韓問題」は存在しない】
 1980年代以降の反日問題は、むしろ「日日問題」という様相が強い。日本マスコミ
での問題提起、韓国マスコミの反発、日本への跳ね返り、外交問題への飛び火という
パターンが見られる。また、「韓韓問題」という側面もある。韓国ナショナリズムの
ために、反日が必要だというわけだ。
 「日韓の過去史はこれまでもっぱら韓国側では抵抗史観、日本側では贖罪史観で語
られてきた。とくに日本側では「被害者の立場に立つ」という戦後的自虐史観によっ
て、韓国側の見方に身を寄せることが正しいとされてきた。しかし歴史の真実は「被
害者」という一方的な立場からだけでは見えない、あるいは見たくない部分も含めて
こそ明らかになるものだろう」(227頁)。


▼全体的な感想

本書は、黒田勝弘が産経新聞社論説委員ということも関係しているのか、かなり反韓
国的色彩が強い。もう少し中立的・客観的なかたちで記述できなかったのかという点
で不満が残る。

全体のトーンの問題であるので、どこがどうおかしいと個別的には指摘できない。し
かし、例えば、同じような主張を展開しているものでも、池上彰『ニュースの大争
点』(読書録89)のように抑制の効いた記述もあり、また、同様に韓国を批判してい
ても辛淑玉『愛と憎しみの韓国語』(読書録215)や四方田犬彦『ソウルの風景』
(読書録216)のように愛情を感じさせる記述もある。残念ながら、本書からは韓国
に対する愛というものがあまり感じられないどころか、反感すら感じる。この点は改
善の余地があった。黒田勝弘の意見に賛成の部分が少なくない僕としてはこの点が残
念である。


▼韓国人一般と韓国メディア・運動家の違い

本書は主に韓国メディアや運動家の認識に対して反論を加えている。この点は、生の
韓国人の意見を取り入れている辛淑玉『愛と憎しみの韓国語』(読書録215)や四方
田犬彦『ソウルの風景』(読書録216)とは異なる。僕も韓国に行く前には、もっぱ
らメディアを通してしか韓国を知ることができなかった。その時には多かれ少なか
れ、黒田勝弘と同じような見方をしていたと言える。

しかし、韓国に行って認識が変わった。メディアはしばしば、多くの韓国人が反日的
であるように伝えるが、実際はそれほどでもない。もちろんそういう人もいるだろう
し、内面はどうか分からない。しかし、少なくとも表面的には日本人に対しても非常
に好意的だ。韓国人一般の考えをメディアが伝えるものと同一視するのは危険だろ
う。黒田勝弘の主張は確かに韓国メディアや運動家の意見の分析としては正しいのだ
ろうが、それが韓国人一般の意見とは必ずしも重ならない。むしろズレさえもあると
いうのが、僕が韓国を旅行して、また、四方田本を読んで感じたことだ。

例えば、僕が旧日本軍が韓国人独立運動家を投獄・拷問・処刑した西大門刑務所歴史
館に行ったとき、多くの韓国の幼稚園生、小学生、中学生が見学に訪れいてた。この
歴史館には日本の憲兵が韓国人独立運動家を拷問する様子が蝋人形で再現されてい
る。これを見た韓国人の子どもたちはさぞかし日本人に対して憎しみを抱くだろうと
思ったらさにあらず。ほとんどの子どもが展示には興味を示さず、あるいは館内では
しゃぎまわり、あとは外の公園で楽しそうに遊んでいた(子どもはどこでも同じ
だ)。みなあまりにあっけらかんとしていたので緊張して行った僕は拍子抜けしてし
まったほどだ。

また、従軍慰安婦の問題にしても、今の運動はインテリが政治的に利用しているとい
う意見が個人レベルでは韓国内でも少なくないという(四方田犬彦『ソウルの風景』
読書録216参照)。メディアで伝えられるほど、韓国人一般は反日的ではないのだ。

何を材料に分析するかというアプローチ方法が異なると言ってしまえばそれまでだ
が、本書はあまりにも韓国の過激な部分に焦点を合わせすぎている気がする。読者と
しては、その点を差し引いて読むなり、他の韓国本も併読するなりしてバランスをと
る必要があろう。


▼日帝風水謀略説

本書を読んで驚いたのは、1995年に光復五十周年を記念して行なわれた「鉄杭除去」
と「旧朝鮮総督府解体」が、風水に関係があったという事実である。何でも、日帝が
鉄杭や旧朝鮮総督府を風水上理論上、韓国民族の精気を抹殺する位置に打ったり建て
たりしたのだという。これは金泳三政権の業績を記録した政府刊行物『変革と改革−
金泳三政府国政五年資料集』(全四巻、1997年12月発行)に書かれているとういこと
だから事実であろう。もちろん、旧総督府解体に関してはこれが主な理由ではなかっ
たのだろうが、さすがは風水都市ソウルである。

しかし、鉄杭除去に関してはやりすぎだ。黒田勝弘の言うように、この日帝風水謀略
説は眉唾である。たとえ日帝が風水を知っていたとしても、風水でいう気脈を遮断す
る建物は他にもあるのであり、日本を狙い撃ちした理由付けに過ぎないであろう。

旧朝鮮総督府に関しては、黒田勝弘は解体反対の立場を取っている。歴史の真実を見
えなくすると言うのだ。しかし、僕はなぜ彼がそこまで他国のやることに反対するの
か分からない。実際に僕も、世宗路から旧朝鮮総督府のあった方角(景福宮の方角)
を見てみたが、山を背景に、景福宮が非常に映えていて素晴らしい眺めだった。風水
説に関わらず、旧朝鮮総督府解体という韓国国民の総意は、それほど不合理で反日的
だとは思えない。


▼終わりに

いろいろと批判ばかりを述べてきたが、慰安婦問題が政治的に利用されている側面が
あること、韓国がアイデンティティ確立のために意識的に反日政策を採ったこと、表
面的には日本文化を拒絶しながら剽窃など不法な形で日本文化が実際には韓国に入り
込んでいたこと、歴史に関して韓国は自由な論争を認めない傾向にあること、中国や
ロシアに比べても韓国の日本に対する要求が多いこと、などの指摘には僕も同意する
(上述したように、書き方をもう少し柔らかくという希望はあるが)。

さらに、日韓問題は実は日日問題だという点も同感だ。日本のメディアには、日本と
韓国の友好を考えているのか、それとも日韓関係を悪くしようと考えているのか分か
らないような報道がある。一部の過激な韓国人の反日行動を伝えたり、採択率が1%
にも満たない「つくる会」の教科書を日本の右傾化の表われだと大騒ぎしたりという
報道は、その一例だ。過激でないとニュースにならないというメディアの特質上、仕
方ない部分もあるのだろうが、この点は改善を求めたい。と同時に、受け手である
我々も十分注意して報道に接しなければならない。

このように本書には、個々の内容には十分示唆的な問題提起がなされている。表現の
強さを差し引くか、他の韓国本を併読するかして毒抜きすれば十分読み応えのある本
である。

2002.06.08.


●関連読書録

【韓国・朝鮮関係】 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/theme.htm#korea
【朝鮮史】 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/NDC200.htm#221
【ジャーナリズム・新聞】 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/NDC000.htm#070


トップページ読書録(日付順)