読書録127(2001.09.10)
鎌田慧『現代社会100面相』(岩波ジュニア新書、1987年)
立花隆の『ぼくはこんな本を読んできた』(文春文庫、1999年)に、立花隆が秘書を
公募した際のエピソードが紹介されている。新聞広告で集まった500人の応募者を書
類選考で21人に絞り、そこからさらに一人に絞り込む為にどのような試験をしたかが
書かれていてなかなか面白い。試験の中に「次の人々の職業、肩書ないし仕事のカテ
ゴリーを述べよ」という問題があった。どのような人の名前が挙がっているかという
と、「米沢富美子。スパイM。川島雄三。石川六郎。平岩外四。影山光洋。」などな
ど。分からない人が半分以上いて少なからずショックを受けたのだが、名前のリスト
の最初に挙げられていたのが鎌田慧であった。その後、彼がノンフィクション作家で
あると知ったが、著作を読んだことがなかったので、古本屋の100円棚で見かけて早
速買って読んだ。
鎌田慧は1938年青森県弘前市生まれ。早稲田大学文学部露文科を卒業し、記者を
経てフリー・ライター。
本書は、中学生・高校生向けに書かれた岩波ジュニア新書である。したがって、鎌田
慧は本書を「世の中はどうのようなものか、それを知りたい」と思っている中高生の
要望に応えるために書いたと述べている(「はじめに」)。同時に、しかし、これを
単なる社会の説明では終わらせず、物質的に豊かになったといわれる日本社会がけっ
して人間的な社会ではない現状を点検するものとしたいとも書かれている。
題名の通り、説明されている項目は全部で100。刊行年が古いこともあって、
「ジャパゆきさん」のようにもうあまり聞かなくなった言葉もあるが、靖国神社、新
日鉄からタレントの発掘、いじめまで幅広い項目が並ぶ。この視野の広さはさすがは
有名なノンフィクション作家である。
しかし本書は、どうもその全体的な論調が感心しない。何が問題かというと、「初め
に国家悪ありき」「初めに資本家悪ありき」という論調ですべて説明されていること
である。どれも政府や資本家の問題点ばかりが書かれていて、それが果たしている肯
定的な役割にはまったく触れていないのだ。いわゆる典型的な進歩派の論調だと言っ
て良い。確かに、政府や資本家といった権力者の問題点を指摘することは重要だ。し
かし、本書は明らかにそのバランスを失している。
例えば、「自衛隊」という項目では憲法九条が冒頭から引用されていて、まるで自衛
隊が憲法違反の戦争部隊であるかのように書かれている。災害救助や専守防衛という
ような役割にはまったく触れていない(脱線するが、このような自衛隊違憲の解説が
まかり通るようであれば、憲法九条の文言は有権解釈のみでは対応できないと言わざ
るをえない。九条は自衛隊の存在をしっかりと明記すべきだと思う)。「冤罪=無実
の罪」という項目では、警察が無罪の者を有罪にする悪者としてのみ紹介されてい
る。その他、例えば、原発の危険性のみ訴えてエネルギー問題には触れていないし、
工場の機械化は人間を疎外すると言うだけでそれがコスト削減、労働者の安全にどれ
だけ資するかは等閑視していたりする、などなど。
鎌田慧自身「はじめに」で本書は「「現代社会」の入門書として書いたものです」と
述べている。そのような社会というものをまったく知らない中高生がいきなり本書を
読んだら、社会に対してどういう印象を持つであろうか。悲観し嫌悪するだけであろ
う。どう考えても社会の負の一面だけしか書かかれていない本書を、現代社会の入門
書だと呼ぶのは妥当とは思えない。
僕は、社会を知りたいと思っている中高生には、社会の良い面も、悪い面も知って欲
しい。その上で社会をどうすればよりよくできるか考えて欲しい。そのためには記述
は「○○は××をするために作られた。しかし、△△という問題がある」というもの
が望ましいと思う。少なくとも、肯定反対両者の意見を取り入れる必要はあろう。と
ころが本書には社会の持つ順機能や利点が何ひとつ書かれていない。残念ながら本書
は、現代社会の入門書というよりも、現代社会問題の入門書となってしまっている。
このような偏った書物を中高生向け現代社会入門書と書いている鎌田慧の姿勢には疑
問を感じざるをえないのだが、良い面を書かないだけならまだしも、書かれている事
実が異なる箇所もある。例えば、「教科書検定」の項目だ。ここには、日本は「中国
や朝鮮を「侵略」した歴史的事実でさえ、「進出」と書き直させ、外国から批判をあ
びて撤回している」(15頁)と書かれている。いわゆる1982年歴史教科書問題に関
する記述である。しかし、検定で「侵略」を「進出」と書き直させたという報道は、
その直後、誤報であったことが明らかになっている。それにも関わらず、上記引用の
ように書くというのはどういうつもりなのであろうか。明らかに事実誤認である。
ところで、本書を読んでいて面白いことに気づいた。本書が発刊された1987年は中曽
根康弘の下、国鉄民営化等、今で言う構造改革が行われていた時代である。国鉄民営
化は郵政民営化や特殊法人民営化に匹敵するものだったと言えよう。鎌田慧はこの国
鉄の民営化に反対を唱えている(例えば、99頁)。失業者が多く出ることをその理由
として挙げているが、国鉄民営化は「国家百年の計をあやまる政策というしかない」
(99頁)とまで言っている。今でも鎌田慧は、国鉄民営化は誤りだったと考えている
のだろうか。失業者が出ることを理由として現在の郵政や特殊法人の民営化にも反対
なのだろうか。現在の行政改革、構造改革の遅れの一端は、長期的には鎌田慧のよう
な進歩派の人間が担っているのではないか、そんな疑念が浮かんだ。
有名なノンフィクション作家ということで期待して読んだのだが、期待外れだった。
機会があったら今度は彼の一般向けで有名な著作を読んでみたい。
2001.09.10.
一等航海士のひとこと☆
鎌田さんの本より立花さんの
秘書公募話のほうがインパクトありすぎです。。。