読書録80(2001.07.06) 
長尾龍一『憲法問題入門』
  (ちくま新書、1997年)


小泉政権になって憲法議論が俄然活発に
なったの受けて、今年の憲法記念日あたりか
ら憲法の本を読むようになった。本書は法哲
学者・長尾龍一による憲法書。長尾龍一
は僕のお気に入りで彼の本は以前、読書
録32と56でもとりあげている。

本書は書名が示す通り、憲法入門的性格と
憲法学批判的性格の両方を併せ持つ。した
がって、憲法入門書として優れていることに
変わりないが、必ずしも主流の学説に与
せずに独自の論を展開している点が目を引く。

長尾龍一の本書での特徴は一言でいうとその反護憲派、反左翼の態度である。戦前生
まれの憲法学者には以前読書録63でもとりあげた樋口陽一をはじめ護憲派、左翼が多
い。これら憲法学主流派は《憲法を金科玉条とし、占領者たちを「憲法制定権力」な
どとよんで神格化し、「解釈改憲」を非難してきた「憲法権威主義者」》
である、と
長尾龍一は批判する。そして彼自身は「日本国憲法の利用できるところは利用し、変
なところはどんどん「変遷」させていくのが理性的な態度だと考えている」(200
頁)。その上で、長尾龍一は戦後憲法学を以下のように観察する。すなわち、戦後日
本憲法学は「初めに国家悪ありき」という誤った前提に立っていた。そしてこの《不
当前提を、「プロレタリア国家は、大量殺人をしようと、国民を飢えさせようと公共
的だが、ブルジョア国家は自由選挙の結果成立したものでも、独占資本の私益に仕え
る反公共的なものだ」とするマルクス主義国家論・マルクス主義憲法学が増幅した。
リベラルと称する憲法学者たちが、幻想の使徒で抑圧加担者である彼らと共闘を組ん
だ歴史は、学問史のスキャンダルである》(203頁)
。樋口陽一の憲法書で物足りな
いものと違和感を感じていた僕は、長尾龍一の本書を読んですっきりとした感覚を覚
えた。自分がどこかおかしいと考えていた点がここでは明確におかしいとして書かれ
ているからだ。

主流派批判と言っても単なる感情論ではないところはさすがは著名な法哲学者であ
る(感情的に右翼的な憲法論もあるが、本書は決してそうではない)。批判する際に
はしっかりと説得力のある材料でもって自説を展開する。以下、個別テーマにおける
彼の特徴的な論を紹介したい。

「国民主権と天皇制」。まず大概の憲法教科書が無批判的に取り上げている「八月革
命説」に批判が加えられる。八月革命説はその前提としてポツダム宣言が国民主権主
義を命じるものであったことを必要とするが、長尾龍一はこの前提を、政治形態を強
要しないという『初期対日方針』との食い違いから斥ける(61頁)。さらに、改憲制
限説にも批判的であり(182頁)、これも改憲制限説を前提とする八月革命説批判に
繋がる。さらには、八月革命説は市民革命がなかった日本に劣等感を抱いた、革命を
良きものとする左翼主義の代替物だとも述べている(189頁)。痛烈だが的確な批判
であろう。ちなみに、長尾龍一自身は主権変更問題に関して、マッカーサー権限説を
とっている(62頁)。

「戦争放棄」。護憲派はPKOをはじめとする自衛隊の海外派兵には反対の態度を示し
てきた。そして、それはとりもなおさず9条をはじめとする憲法の精神に反するから
だといわれてきた。これに対して長尾龍一は、日本国憲法の精神を考えればむしろ国
連への軍事的貢献は必要だと反論する。憲法前文に書かれている「名誉ある地位」に
ふさわしく行動するには、現段階では国連に協力する以外ないからだ。日本は国連の
強化のために軍事的に協力すべきであり、またそれが戦後日本の「初心」にも適合す
るというのである(87頁)。

「天皇の人権」。天皇には制約が多い。これは基本的人権に反するという意見もあ
る。ではどうすれば良いか。長尾龍一は、天皇制はなくすにはそれに伴う歴史的伝統
・文化財の損失が大き過ぎるので、「国事行為」から解放されて京都で伝統の保存継
承に当たるのが良いという提案をする(104-5頁)。

「基本的人権[自由権]」。長尾龍一は日本人は権利意識が低いという批判に対して
次のように述べる。「人権宣言には、獲得しても獲得しても満足しない権利主張者の
人生観も投影しているが、人間界を苦悩の共同体と感じ、その中でも最も悩める人々
に救いの手をさしのべることが人間的義務だと考える「共苦」の思想も潜んでいる」
(122頁)。これは、最近、得てして日本での人権問題が「贅沢な人権」問題となっ
ている現状を考えるとより一層重要な指摘なのではないかと感じる。

「基本的人権[自由権]」。もうひとつ人権絡みで。「・・・それに「戦後民主主
義」のオピニオン・リーダーたち、すなわち自由競争を妨げていたさまざまな桎梏か
らの解放を説いた「近代」の思想家たちは、いずれも環境破壊的文明進歩の加速化に
思想的に貢献した英雄たちである」(124頁)。これも、辛辣ではあるが、自由権と
環境問題に関して的確な問題提起をしている(この点に関しては、加藤尚武『倫理学
で歴史を読む』、読書録38参照)。左翼主義者はこれまで人権を、最近は環境問題を
も積極的に扱うようになったが、この二つは必ずしも一致しないどころか対立するこ
ともある。人権や環境を真剣に考えていくのであれば、人権論の練り直しは避けては
通れないのではないか。

「国会と財政」。間接民主制の意義を説明している箇所で次のように述べられてい
る。すなわち、論者の中には、いつでもどこでも民主主義を支持した人物は善、批判
した人物は悪、という基準で思想史を割り切る人々がある。しかし、ラジオやテレビ
もなく、マスメディアが発達していなかった時代に普通選挙のような制度を採用し
て、民衆は何を判断材料として投票できたというのか。民主制が成り立つには十分な
政治的情報が民衆に行き渡っている必要があるのだ。これは最近の歴史認識の問題と
も重なる。僕は現代の価値観でのみ過去を判断するのは危険だと思っているが、その
ような判断の弊害が見事に説かれている。

「司法権」。行政訴訟は「邪悪な権力に対する正義の闘争」というイメージで捉えら
れることが多い。「しかし民主国家における行政は法律に従って行なわれるのが原則
で、その法律の背後には多数者の意思がある」(160頁)。左翼主義はマルクスの影
響からであろう、ものごとを支配者−被支配者の階級論で捉える癖がある。行政が訴
えられれば、行政を悪として捉える傾向が強かった。しかし、民主国家である以上、
我々自身と行政はそのように明確には区別できない。行政の責任の幾分かは我々にも
責任があるのだ。そのことを長尾龍一は分かりやすく説いていると思う。

「憲法改正」。いよいよ憲法改正問題だ。「私は従来から、憲法改正手続を困難にす
るのは憲法制定者の傲慢であり、憲法改正権限界論は子孫を呪縛しようとする有害無
益の議論であると考えてきた」(183頁)。つまり民主主義、個人主義の社会で、半
世紀も前に作られた憲法の改正が困難であるというのは、憲法制定者の自任権威(自
分で自分に与えた権威)であり、傲慢だ、というのである。確かに我々の一時の決定
が次の世代の決定に勝っているという保証はどこにもない。もしそれがあると考える
のであればそれは我々の奢り以外のなにものでもないだろう。僕も憲法改正には賛成
だ。少なくとも憲法改正も視野に入れた論憲は積極的に行なわれるべきである。


他にもたくさんあるが、とにかくことごとくこれまでの憲法学の無批判性を暴露する
内容となっている。しかしむしろ80年代、90年代育ちの僕としては長尾龍一の説
の方が受け入れやすい。僕の知っている限り、新書版の憲法の本でこういう主張のも
のはこれまでなかった(感情的な議論のものはあったのだろうが)。こういうしっか
りとした主流派批判を踏まえた一般読者向けの憲法本は貴重である。

僕が長尾龍一を好きな理由は彼の主張のみにあるのではない。長尾龍一はユーモアの
センスも抜群だと思う。さりげなく、しかも知的なユーモアを文章に混ぜている。例
えばこんなのがある。憲法は、国会は内閣の上にあり、国会議員が内閣の閣僚になる
のは「格下げ」のように見えるが、「どうしてどうして、国会議員の大部分は「大臣
病患者」で、「政治家になった以上は総理大臣に、せめて大臣になりたい」というの
が一生の目標である」(144頁)。思わず笑ってしまうのと同時になるほど、とも
思ってしまう。「内閣」に関する章がこんな形ではじまれば読む方としても楽しい。

しかし、僕が本書でもっとも笑ったのは、長尾龍一が日本人の権威主義性を説いてい
る個所である。そこには、それまで天皇を「あらひとがみ」として崇拝していた日本
人が、それまで敵国の大将であったマッカーサーを掌を返すように神のように崇拝し
だす姿が描かれている。具体的には、日本人がマッカーサーに出したファンレター集
『拝啓マッカーサー元帥様』(袖井林二郎編、中公文庫)収録の手紙が紹介されてい
る。全部をここでは引用できないが、「閣下の御指導実に神の如くその眼光は実に日
本社会の隅々まで徹しあらゆる御指令は見事に一々的中し吾々は衷心よりその御指導
が人道的であって且つその御指導が到底日本の政治家共に及ばざる善政であることを
感謝致して居るのでございます・・・」という調子が続く。これを読んだとすれば、
マッカーサーはかなり気味悪がったのではないか。余談だが、この『拝啓マッカー
サー元帥様』という本を面白そうだから買おうと思って探したが見つからなかった。
あまり売れてないのだろうか。笑えそうなのに。

2001.07.06.

●関連読書録

【長尾龍一著作】 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/na.htm#nagao_ryuichi
【法律】 http://www6.plala.or.jp/Djehuti/NDC300.htm#320


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