読書録143(2001.10.15)
半藤一利『清張さんと司馬さん−昭和の巨人を語る』
(日本放送協会出版、2001年)

▼本書の内容
この10月から新しく始まったNHK人間講座のテキストである。松本清張、司馬遼太
郎ともに僕の気になる作家。
半藤一利は、1930年生まれの作家。文藝春秋社で編集をしていた頃から、松本清張、
司馬遼太郎と付き合いが深かった。そんな個人的な体験も踏まえ、本書では、両者の
特徴がよくあらわれた面白いエピソードが紹介されている。
また、松本清張の持つ社会派推理小説家、古代史家としての顔、司馬遼太郎が持つ歴
史小説家、文明論者としての顔が個々に紹介され、両者の同異が述べられる。後者に
関しては、両者が直接対立した数少ない座談会の様子、両者の昭和史に対するアプ
ローチの相違、司馬遼太郎の漱石と松本清張の鴎外の比較、が述べられていて興味深
い。

▼二人のエピソード
半藤一利が紹介するエピソードはどれもニヤリとしてしまうものばかりだ。
司馬遼太郎に関してはこんなエピソードが紹介されている。半藤一利が司馬遼太郎に
初めて取材した時、「半藤・・・?珍しい苗字やね。どこの生まれですか?」と逆質
問されたそうだ。実家は越後長岡で坂上田村麻呂の家来の末裔らしい、と半藤が答え
ると、司馬遼太郎はフンフンと聞いた後でこう言ったという。「ま、伝説ですな。信
じているあなたには悪いが」。『街道をゆく』シリーズなどに見られる、風土と人間
の関わりに深い関心を持つ司馬遼太郎の姿がすでにここにある。
松本清張に関しては、半藤一利がついて行った取材旅行の話が楽しい。松本清張が下
戸なのに対して、半藤一利は酒飲みである。取材旅行で北米に行った際、松本清張が
半藤一利に酒を飲む時間をまったく与えずに仕事ばかりをするので、これが数日続い
たとき、半藤は堪忍袋の緒を切らした。「清張さんッ、たまにはゆっくりビールを、
せめて二本、飲ましてくれぇ」。編集者が大作家に向かって言うセリフではない。当
然、この不作法に松本清張は怒り出すかと思ったらそうではない。「『そうか、なる
ほど、面白いもんだ。酒飲みというのは干乾しになると、そんな大声をだすのか』
と、さっそくつぎの小説のモルモットを視るかのように、ジロジロといつまでもわた
くしを眺めていました」(20頁)。さすがは大作家。

▼二人の同異
二人の共通点として、半藤一利が挙げるのは、広範囲の資料解釈の正確さと、現代的
な問題意識だ(95頁)。では、相違は何か。松本清張が地べたを這うように膨大な資
料に分け入って行くのに対して、司馬遼太郎は歴史を大づかみにし、上から鳥瞰する
ように捉える(107頁以下)。また、松本清張が、策謀が多く、権力を悪用し、金の
力にものを言わせるような悪人取り上げることを厭わなかったのに対し、司馬遼太郎
はつねに颯爽とした人を愛し、付き合った。
この差が、両者の昭和史の扱いにあらわれている。好人物がいない複雑な昭和という
時代を、松本清張が書けて、司馬遼太郎がなかなか書けなかったのはそれが理由では
ないか、と半藤一利は指摘する。なるほど、そうかもしれない。

▼松本清張の推理小説
本書を通じて再確認したのは、松本清張が暗部を暴くような、また、弱者の立場に
立った作業をしたのに対し、司馬遼太郎は明るいイメージを好んで描いたということ
だ。司馬遼太郎に関しては概ね同感で、僕も彼の著作には明るさや夢があると感じる
し、またそこを好んでいる。
他方、松本清張に関しては、彼の推理小説の読み方はちょっと狭かったかな、と反省
している。犯行動機を通じて炙り出す当時の社会的暗部を感じてはいたが、それに対
してあまり敏感ではなかった。もちろんこれには、作品発表時点から時が経ち、社会
的状況も変わってしまっているという理由もある。しかし、次のような半藤一利の言
葉を読むと、次回からはその点に注意せざるを得なくなる。
「清張さんが推理小説を書いたのは、戦後日本を書くための手段ではなかったか、と
いつも思うのです。ことによると、清張作品なくしては、いつの日にか戦後情況は
まったく理解できなくなる、いいかえれば、日本の戦後は、その体臭は、清張さんの
小説の中だけにしか残っていないことになる、というわけです」。
戦後日本の体臭とは、具体的には、『ゼロの焦点』に出てくるようなパンパン・
ガールや、『砂の器』に描かれたハンセン病患者に対する差別などを指すのだろう。

▼その他
今日でテレビ講座は三回目になるが、半藤一利の語りはなかなか面白い。テキストの
棒読みで少々眠くなる講師もいるが、そんなこともない。テキストを読んだ上でなお
楽しめる。
ところがこんな本書にも欠点が。実は、本書と平行して文藝春秋臨時増刊号
(1992
年)の『松本清張の世界』を読んでいた。すると、どうも半藤一利はこの本をだいぶ
参考にしたらしく、似たような表現が出てくる。明らかに見て書いたと読める個所も
ちらほら。字句が変えてあるので剽窃ではないのだろうが玉に傷である。巻末にせめ
て参考文献一覧を挙げれば良かったか。
2001.10.15.
●関連読書録
【半藤一利著作】
http://www6.plala.or.jp/Djehuti/ha.htm#hando_kazutoshi
【半藤一利関係】
http://tinyurl.com/4ua5t
【松本清張作品】
http://www6.plala.or.jp/Djehuti/ma.htm#matsumoto_seicho
【司馬遼太郎関係】
http://www6.plala.or.jp/Djehuti/sa.htm#shiba_ryotaro
一等航海士のひとこと![]()
好人物がいない複雑な昭和という
時代を、松本清張が書けて、司馬遼太郎がなかなか
書けなかったのはそれが理由、というのは面白い
視点だな〜と思いました。しかし、松本清張とは絶対
一緒に旅行などしたくないですね・・・(笑)