特別対談・ラボ #9をみて

丹野賢一(パフォーマー、ラボ#9アドバイザー)
桜井圭介(ミュージシャン、ダンス批評)



※ラボ#9は2001年1/20、21日横浜STスポットで公演が行われた。5月に大阪トリイホールで再演が予定されている。
詳細は下記URLを参照のこと
http://www.jade.dti.ne.jp/~stspot/Stage/Stage3.html

桜井: いやー、とにかく面白かった。実は僕はこの手の「幕の内弁当」的な形式には警戒心が強いんですよ。だって、大抵見たくない余計なものまで入っていて、全然お得じゃない、というのが多いじゃないですか。それがそうじゃないってのも画期的だったんじゃないかな。ハズレの入ってない厳選福袋っていうかね。で、今日は何故こんなに面白い公演が実現できたか?を知りたいわけ。どうやってセレクトしたの?
丹野:最初からバラエテイを考えて選んだら失敗しますよ(笑)。オーディションには17組の応募がありまして、全部見終わった段階では、まだはっきりとは決めていなかった。で、STスポットと話をしたんですよ。途中にクリニックが入るという形式もとっているし、最終的な公演内容に力点を置くのか、それとも、クリニックという方向に力点を置くのか、という事を。で、僕もSTスポットも、イベントとしてちゃんと面白いものにしていこう、ということになった。ならば、それに耐えられるのはこの5組かなと。もしクリニック中心ということであれば17組全部通してもいい、と思いましたから。
桜井: その基準は?
丹野:ジャンルとして成立しているもので無くとも、自分が面白いと思う事を出していて、且つ僕も面白いと思えるもの。また、作っていく段階での会話が出来そうな人、というのが基準ですね。それと、「自分探し」というかダンスを駆け込み寺にしているようなものは避けたと思う。逆に、桜井さんの方に5人の共通項みたいなものは見えましたか?
桜井: これだけバラエティに富んだチョイスで、なおかつ全員が面白いというのも稀なんだけど、共通点ということで一つ言えるのは、僕の考える意味での「ダンスなもの」があった、と。それは「自分の踊りを踊る」ということ、「人のまねなんか死んでもイヤ!」という人たちでしょ。誰かの借り物じゃない、流行だからじゃないことがやりたくて、それがちゃんと出来る人たちであった、と。あと、みんな、普通の意味では上手かないよね。あ、上手い人もいたか、大橋さん。
丹野: (動きの)ボギャブラリーは多いですよね。
桜井:上手いからいい、下手だけどいいじゃなくて、上手いけど駄目、というのはなかったね。当然セレクターの指向性が出ていると思うんだけど、丹野君が考える「いいダンス」って?
丹野: まず、僕自身ダンスというものに影響された事が無いんです。最初僕は田中泯のところの行ったけれども、それもダンスとは思っていなかった。ダンスというよりはパフォーマンス。実際そう言っていたし。天井に吊るした自転車をただ漕いでいたりしてた。演劇とかを見に行っても、ただ立っていたあの人がいいとか、あの時の動きがいいとか、オブジェとの絡みが面白かったとか、そういうとこに目がいってましたね。身体を使ったもので、それが面白ければ、ダンスとは思えないものでもでいいと思ってた。
桜井: 面白いよね。丹野君にはアンチダンスというスタンスがあって、一方、僕も「ジャンル」としてのダンスには興味ないんだけど、これこそがダンスだというのが今回あった、と。
丹野: あらゆるものに関してダンスと言うのは面白いですね。でも、別にアンチダンスではないですよ。
桜井: 僕の場合、ダンスというのは、おおもとには「自分で踊るもの」というのがどうしてもあって、その自分で踊ったときの快感というか感動というか、「喜び」っていうものが舞台上の身体にあるかどうかってことなんだよね。
丹野: ダンス=心が踊る、と置き換えるなら分かります。
桜井: もっとも、“ダンス”と名乗ると、客とか減るんだよね。
丹野: それはそうですね。公募のチラシも前はダンスやダンサーとなっていた箇所を、そうではない言い方にして欲しいと要求して、変えたりはしました。
桜井: 今回思ったんだけど、例えば小浜君とか天野さんとか、特に手塚さんの作品なんか、動きが小さいでしょ。やっぱり小さく動くからいいんだよ、小さく動くとそれだけ魅力は増すんだけれども、それを見るためには、寄って行かなきゃいけ  ないわけで、ていうかこっちに表現が伝わるためには、距離がね、短くないとね。
ジレンマだよね。大振りで動いた方が遠くの人には、やっぱりいいわけだけど、でも大振りに動くと雑になっちゃうんだよ  。たいてい。
丹野: だし、似たようなものになってくる。
桜井: ま、いわゆる「ダンス」ってそうだよね。さっき僕のベースは結局「自分で踊るダンス」だといったけど、それってスペース的にも自分の体の周囲20〜30センチくらいしかないじゃない。まわりにも踊ってる人がいるわけだから。そうすると、そんな手を四方八方に挙げたり、いきなり前方にジャンプとかしないわけだよ、普通ね。だから、そういうのが基準になっているのと、例えば「円ショップ武富士」的なところから入ってった人だったら、これ はまた難しい、別のアプローチだよね。「ダンス」って横文字でしょ、それはようするに、西洋から来た概念な訳じゃない?単に踊りって言わないで「ダンス」って言えば。そうするとこれは  やっぱり大きいプロセニアムの舞台っていうものが、動きの前提にあって、それで広い客席の一番後ろにいる人にもちゃんと見えるように、みたいなふうに出来てるじゃない。演劇もそうだよね。それで演劇との関連で言うと、やっぱりそういう大劇場で大きい声で朗々とセリフを言うようなもの、つまり「新劇」なんか今どきもうはやらない訳じゃない?っていうことはもう世の中的には、一応みんな「大振り=大仰=嘘っぽい」みたいな認識がある程度あるよね。なのに、ダンスにはなんでまだそれがないの?その差はなんなのかな ?って考えるだよね、時々。今時の若い演劇ファン、平田オリザから入ったとかね、そういう奴が、例えば、いきなり引っ張られて、大劇場に連れていかれたとして、「ヒラミキ」とかが出てると。「そんな朗々としゃべられてもさ、こまっちゃうんだよ」って言うよ、絶対。1000人入るホールで踊ってるわけじゃないのにさSTスポットくらいの小さい劇場で、なーんでそんなに飛んだり跳ねたりするのかっていうのはしばしばあるな。
丹野: ダンスのマーケットが小さいっていうのも影響すると思うけれども、なんとなくダンス界の出世コースみたいなものがあるじゃないですか。
桜井: 「上がりは新国立劇場」とかね。
丹野: そうすると、想定するところがどんどん、広くなっていきますよね。で、そんなに公演する場所が無いってこともあるから、ある程度広いところでも対応してかなくちゃとかなってしまうことが多いんですよね。本当は自分のダンスに似合ったところ探すなり、自分のダンスに似合う方法を探せばいいんですよ。
桜井:やっぱり身の丈を知るっていうか、自分の身の丈に併せていろいろなものをしつらえていくっていうか、っていうことが必要なんだと思うんだよ。
丹野: 小浜君と終わった後に話したんだけど、分を知れとか、身の程を知れとか言う話が出た。それは自分には何が似合うのかとか、自分に出来る事は何なのかを判断する力だと思うんですよ。
桜井: だから、どうも自分の外側に何か理想のモデルがあるっていうか、他の人を見て「あんな風に踊れたらいいな」とかね。
丹野: とか、こういうのがいいとされるんだとか、なんとなく思っちゃうとか。五人に関してはそういうのが、いやだとか興味ないとか、っていう部分では統一されてると思います。
桜井: すごくプライヴェートな表現なわけですよ。まあ、やっぱり大劇場にいきなりもってったら、分からないって言われちゃうんだよね。「え?どこが?」って。「ちっとも動いてるようには見えないんですけど…」って。とにかくこういう場所とかこういう条件でしか見れないダンス、っていうことはあるね。で、逆に言えばそれって非常にスペシャルなものだってことだよね。
丹野: やってる側からすると、ずーっと例えばSTスポットとかそういう所でやるんじゃなくて、もうちょっと違う所でやりたいっていうのが出てくるのは当然だと思うんですよ。それは広さの事だけじゃなく、もっと出会いが欲しいとか、別の人に見て貰える機会とか。で、それはこういう風な作業、今この位のスペースで見えることっていうのをちゃんとやってれば、対応出来るんですよ。今度このくらいの規模だったら、これは通じるじゃないかって考えられる訳だし。無理矢理に小さいところで面白かったものを、今度はでかいとこへもってくっていう訳じゃなく。
丹野: 小浜さんの作品に関しては、桜井さんがJCDNのホームページの掲示板で書いていた意見に僕も一緒。
桜井: ポップである事とか、見せようとする意志がある事とか、今である事とか、オリジナルなものである事であるとか、ね。これはみんなそうだよ、5人ともそう。とにかく「見たことないものを創りたい」ていう欲望がないとね。たいてい見たことあるものまねしてやってるからさ。だけど、やっぱりむつかしいと思うんだよ、小浜君の作品だってさ、カレー食ったり、アフロのカツラがどんどんせり上がって来るからって、だから何なの?ダンス?どこが?って言うヤツは絶対いるわけだからさ。
丹野: あれを何か面白いと思える俺らはいいですけどね。
桜井: いやいや、「普通の文脈」に置けばみんな面白いって言うんだよやっぱり。演劇でも何でも。ところがダンスの文脈に置くと難しいっていう前途多難なところがあってさ。
丹野: ダンスとして見ると身体が無い、というような意見が出てきますしね。そういうものとは本当に戦いたいですね。身体が無いみたいな言い方。身体が無いなんて凄い言い方ですよね。大体、身体が無い奴なんかいないんだから。あとうまいなと思ったのは曲の使い方ですね。
桜井: うん、選曲はいいよね。結局、センスの問題だよ。ダンス界のセンスのレベルは、今どきの一般レベルのセンスから、完璧にズレてますから。
丹野: 踊りとか映像の使い方、変え方を凄く曲に合わせてるじゃないですか?でも、合いすぎて嫌だな、って感じはしないんですよ。あれで乗れるんですよね。気持ちよくなる。
桜井: だから、たとえば「ソウル・トレイン」とか、ああいうノリノリの曲で、ダンスもガンガンって踊っちゃったら、やっぱりやんなっちゃうじゃない?あの曲でやってることがショボショボだからいいんだよ。
丹野: あと曲が雰囲気付けではないし。
桜井: 手塚さんとか、舞台に立ってるだけで、ほんとにヴィジュアルとして怖いよね。だって、あんな頭から紙袋かぶってワンピース来たヤツが電車で隣にいたら、ヤダよ(笑)。ま、「気持ち悪かわいい」っていいますか、とにかく普通じゃないよ。
丹野: 「普通じゃない」っていう風に思えるってのは結構ポイントですね。
桜井: 丹野くんは、アレだよね、今時のダンスの「スタイルとしての日常性」とかカジュアル志向には結構”ケッ!”  てところがあるでしょ(笑)?
丹野: 苦手なんですよそういうの。
桜井: 大橋さんは、一番からだが良く動く人でね、そういう場合は今回みたいににヘタうま系に混ざると「うまきゃいいってもんじゃないよ」って見えがちなんだけどさ、あそこまで微細に体をコントロールできるっていう事は、これは誰が見ても評価せざるを得ない。で、これもダンス、あれもダンスって言っても、大橋さん的なまっとうなアプローチも勿論ダンスの本質に触れるんだということを忘れていはマズイわけで。ああいう「私、動けちゃう人」系は大抵、動いているように見えるけども、結構雑になっちゃうっていうかね。
丹野: そんだけ動くけど、だから何なのっていう風にはなりやすいですよね。そういう感じではなかった。
桜井: 神経が全部体に行き届いてるってことだよ。やっぱりそれなりの自負はあると思うんだよね。本当に体が利くっていうのどういうことかっていう基準が彼女の中に厳しくあるんだよね。もちろん自分はまだまだ至らないと思ってるわけでしょ、それはすごく大事なことで。××××とかさ××××とか、世間では体が良く利くとか言われてるけど、それはウソでさ、そういうのは大橋さんなんかを見ればもう歴然と差が分かるっていう事はあるよね。
丹野: それは、どういうことかな。××××とかは、あるパターンで踊ってるということかな。
桜井: そうだね、見るからに「ダンスダンス」したものにはなってんだよね。
丹野: 斜めに走って飛ぶ!!見たいなやつ。でも、実はそんなに色んなことはやってなかったりするんですよね。
桜井:やっぱり、大橋さんみたいに、踊ってる最中に身体が変容してくっていうようなことが無い。
丹野: いまこの瞬間、こういう条件で似合う動きは何だろうとか、嗅ぎ分けが大橋さんにはありますよね。
桜井: うん、即興をずっとやってるからそう言うのはあるね。
丹野: あともう一個やっぱり手塚さんのキャラじゃないけどキャラ設定もしてますよね。明かりも含めてその辺りを作っているのも、見やすくさせていると思う。
桜井: とにかくこの5人はみんな、私はこういう風にしか踊れないというぎりぎりのところでやってるよね。こうも踊れる、こうも踊れるっていうような気楽な所ではないよね。大橋さんだって、私はカジュアルとかラフになんて踊れない!ってね。
丹野: そう、みんな結構ポップなんだけれど実は切羽詰まってますよね。ポップで切羽詰まってるのってのはいいな。
桜井 有田さんはね、あー、この人「何もしない」つもりなんだなっていう風に前半は見えたのね。で、後半との落差でびっくりしたわけ。コンセプチャルなパフォーマンスみたいなのやってた人がいきなり「バカ踊り」始めるっていうさ・・・すごい!!(笑)あのバカ踊りはすごく力があるよね。曲が終わったあともずーっと、プシューとかピャーとか声で踊ってて・・
丹野: 本人は「待つ」っていう言い方をしていたんですが、舞台に上がった時に自分の身体の中に起きたその時の状況で生まれる動きをやってみたいと言っていました。何かやるぞっていう期待感があった。どっか強いところがあるんですよ目線も「ビシッ」と観客の方へ向けてたり、何か攻撃的な体勢を取っていたりとか、「何が来るの?」というドキドキ感があった。実はリハーサルで「待ってたってしょうがねーんだよ」ってどなっちゃったんですよ、そうしたらいきなり目をバーと見開いてがーってやりだしちゃったんですよ、「バカ踊り」を。
桜井: 「素人相手の喧嘩は怖い」っていうのにちょっと似てるかな、後半かなりむちゃなことをするっていう(笑)
丹野: 素人の喧嘩っていう感じは前半にも感じますよ。この人もしかして喧嘩売る?みたいな(笑)
桜井: 生な、レアな体っていうものがちゃんとダンスになるっていうことだよね。すごいことだよね。
丹野: (公演を繰り返すので)本人が途中で飽きてきてレア度が落ちるかな、と思ってたけれど落ちなかったのがすごい。
桜井: まあ、「ポップなオカルト」というか。でもこのままポップでいてくれないとね。あっちのほうに行っちゃって、引きこもりにはなって欲しくない・・・。
桜井: 天野さんは大変な事になってたね、もう、どうぞ好きなだけやってくださいって感じ。
丹野: 途中で四股踏みます、なんて言い出しちゃうしね(笑)ダンスじゃないものをみんなダンスにしてしまう力がありますよね。
桜井: そうだね、キャラだね。才能でもあるけれど。トンデモナイことをダンスにしちゃってるよね。自分の身体に自分で入れ墨していく、とかいっても、口紅で子供のクレヨン遊びみたいに、デタラメな模様をグルグル書いてくだけだけど。
で、きっとまたこう言うんだと思う。「だって、どうしてもやりたかったんです〜」って(笑)。頼むよ−って感じ。でも不思議なことにちゃんとダンスになってる。いや、もうダンスとか何とかは関係ないね。そのあまりの行為に目が離せない、ってことだな。だけど今回、この人は以外とディープなんだっていうことが分かった。かなり危ない・・・どろどろしてる。ミライクルクル(所属カンパニー)の時なんかあんなにさらけ出さないね。思いこみ激しいし。自分をデザインするという気は無いんだよあんまり。ま、「天然」っていうとこだよね。
丹野: 話していてもそう思いますね。
桜井: まあ、とんでもないことを考えだす力っていうのはすごいね。
丹野: それを自分に似合うものにしまうっていうのもすごいですよ。
桜井: イメージが頭の中に渦まいていくんだよね。こびりついちゃって頭から離れないイメージがいっぱいあるんだね、きっと。そういう事っていうのは今時すご珍しい。自分の中になんかイメージがちゃんとあれば、それを形にして吐き出せば表現になるっていうことはそうだと思う。でも、みんな語りたいことが頭のなかに何も無いから苦労してる。いまの子供たちはね。
丹野: なんだけど、いざ舞台に出ると、その場で思い付いた事を急にやりだしちゃうのも彼女なんですよね、五人の中で一番内容がやる度に変わるんですよね。事前に考えている事が凄くあるのだけど、ずらすことができるのも彼女。
桜井: イメージをいくらでも変形、増殖させていけるからじゃないかな。「原イメージ」はあるんだよ。それをいつも反芻してるっていうさ。
丹野: 支離滅裂なイメージが支離滅裂に見えないのはやっぱりキャラでしょうかね。
桜井: 五人の中から小浜君と天野さんと、「ラボ・アワード」二人受賞っていうふうになったけれど、通常は8組中一個なんだよね。
丹野: まず、二人っていうのは当初から頭にあった。今回のラボ20はクオリティー高いだろうっていうのがあって、複数に出したかったんです。極端な話、全員受賞でもいいのだけれど、それではつまらないじゃないですか。多少軋轢とかないと。
桜井: まあ、僅差のインパクト度ですかね。
丹野: ですね。より強かったって事かな。
桜井:今回の公演を五月に大阪のトリイ・ホールに、そのまま持っていくことになったんだよね。それだけの価値はあるよ。やるに当たって丹野君はどういう立場なの?
丹野: 舞台監修です。会場の条件がSTスポットとは違うので、その部分のアドバイスが出来ればと思っています。
桜井 タイトルは?
丹野 ラボ20「GO WEST!」(笑)