マリア様がみてる

 亜父が読んでいたことから読み出した小説。通称『マリみて』。予定通りならこのHPの扉絵もその登場人物を描いているはずである。わからなかった貴方は『マリみて』を読んでない人か、節穴の目の人だ(断言)。

 巷でちらほらその名は耳にはしていたものの、当初は全く興味はなく読む気もなかった。が、この手の小説を読むことは珍しい亜父が途中投げ出すことなく読んでいたことから興味がわき私も読み始めたところ、結構はまってしまった次第である。

 ではこの小説の魅力は何かと問われたら、私は「お嬢様学校の女子生徒になった気分を味わえる」ことではないかと思う。もっとわかり易く書けば「女子高生の主人公(登場人物)に感情移入ができる」ということだ。

 多くの人は物語を読むときはその登場人物、おおむね主人公に自分自身を重ねるのではないかと思う。そうでなくとも主人公の心情や行動に対して、自分が主人公だったらと考えながら読むだろう。その際に主人公(登場人物)の心情や行動に共感、あるいはそこまでいかなくても理解ができるとき、感情移入をすることができる。そのときに初めてはまるほど面白いと感じるのではないか。無論、完全に自分と切り離して客観的に物語楽しむこともあるだろうが、それでは物語にはまるほどは面白いとは感じないはずである。

 感情移入ができるかどうかは当然書き手の表現力次第だが、『マリみて』のように主人公(登場人物)が女性であるとき、読み手が私のように男性の場合は、表現力云々に関係なくどうしてもひとつ大きな障害が生じる。何か?それは「男性に対する恋愛感情」である。ノーマルな男性にとってその感情に共感ないし理解するのははっきりいって難しい。いや、共感はともかく理解はできるのかもしれないが、どうしても本能的に拒絶反応が出てしまう。少なくとも私はそうだ。そうなってしまうと主人公(登場人物)への感情移入はできなくなってしまう。だが『マリみて』には「男性に対する恋愛感情」はほとんどない。その辺が男性にも読まれている点だと思う。

 また内容についてはソフト百合(レズ)といわれているようだが、綺麗さ・さわやかさを損なわない配慮がされており、また人物設定も世界観も巻き起こる事件も「ありえない」というほど不自然なことがない(武島蔦子はちょっとどうかとも思うが)。つまり読んでいて不快感、違和感を感じさせないことからすんなり物語の中に入るこめるのだ。

 ただ時代は今現在というよりは10〜20年前、つまりは女子高生の髪が茶色だったり、スカートが短かったり、携帯もってたりしない時代と考えたほうがしっくりくるのではないかと思う。最も標準的女子高生に近く描かれていると思われる二条乃梨子を基準に考えると、そう間違った考えではないはずだ。

 

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