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 捜査会議が終わり、会議室から刑事が一斉に出て行った。
 ここ最近都内で多発している強盗事件の合同捜査会議であったが、今のところ我々交渉班は待機という結論に至っている。
 だったら別に参加する必要がないのではないか。
 玲子の思考に気付いたのか、上司の桐沢がこちらを睨んでいた。
 やばいと思い玲子は慌てて桐沢から目をそらす。呼び止められる前に、軽く会釈して先に部屋に戻って行った仲間を追うように急いでその場を後にした。

 あきらかに逃げ出した玲子に、説教のタイミングを逃した桐沢は苦々しい顔を浮かべた。
 玲子の考えもわからないでもない。たしかに、現時点で我々交渉班が会議に参加する意味が自分も見出せなかった。
 しかし、捜査一課長である弓坂の命令は絶対である。
「桐沢管理官」
 背後から弓坂の声がして、桐沢は振り返った。
 弓坂の隣には30代半ばと見られる男が一人立っていた。
 顔立ちはまぁまぁといったところか・・・
 だが、桐沢はこの男にあった瞬間、嫌悪感を抱いた。
 本能的に合わないのだろう。
「突然の話で申し訳ない。暫く彼を交渉班で研修させてやって欲しい」
「弓坂警視正、そう言ったお話は事前に言っていただけないと、こちらも色々とあるのですが」
 あきらかな桐沢の嫌味を弓坂は無視する。
「藤井亮介です。先日アメリカ研修から戻ってきたばかりで、こちらの交渉班の仕事ぶりを是非拝見したくお願いしました」
 聞かれもしない事をべらべらとしゃべる目の前の男に、呆れ果てていた桐沢は弓坂が何かいいたげな視線を自分に向けている事に気付いた。
 眉をしかめた桐沢に向かって弓坂が微かに頷いた。
 どうやら二人そろってとんだ貧乏くじを引かされたらしい。
 桐沢は、自分の部下の面子を頭に浮かべた。
 一癖も二癖もある自分の部下と揉め事を起こさなければいいが・・・
 桐沢は想像すると軽くため息を吐いた。

「おい、ちょっとあつまれ」
 桐沢は部屋に戻ると、開口一番部下に集合の合図をかける。
 その声に、部屋に居た全員の視線が桐沢と連れ立っている男に注がれた。
「うそ・・・」
 その男を見た瞬間、玲子は驚いて思わず呟いた。
 その言葉を耳ざとく聞き取った桐沢が訝しげに玲子を見る。
 慌てて玲子は顔を背けて、桐沢の視界から隠れた。
「今日から暫くうちで研修することになった藤井警部だ」
 桐沢の紹介に、藤井は軽く頭を下げた。
「藤井です。先週アメリカ研修から戻ってきたばかりです。こちらの交渉班の優秀だという噂を聞いて是非その手腕を拝見させていただきたくお願いしました」
 その瞬間、交渉班の空気が一変した。
 こいつ嫌いだ!!
 部下全員の声が聞こえてきそうな気配に、桐沢は頭痛薬が欲しくなった。

「玲子!!玲子じゃないか!!」
 藤井の視線が一人の女性に止まる。
「知り合いか?宇佐木」
 桐沢の言葉に、玲子は気付かれないように舌打ちした。
「昔、少年課で一緒に働いてました」
 玲子は何食わぬ顔で桐沢に答える。
 宇佐木の舌打ちを聞いて脅えていた王子は、何食わぬ顔で答える玲子を見て寒気がした。
宇佐木さん・・・目据わってます・・・
 ふと隣に居たはずの墨田の姿が見えなかったので、王子が室内を見渡す。
 音響ルーム入り口で墨田が手で自分を呼んでいた。
 王子はそっと自身の机から遠ざかると墨田の傍に寄る。
 すると、その隣には音響班主任の桜庭が、何時も携帯している得体のしれない水筒を口に運びながら玲子たちの方を見ていた。

「つれないじゃないか、玲子。ただの同僚じゃないだろう」
 藤井のにやけた顔を見ながらも玲子はぴしゃりと言い放つ。
「一時期コンビを組んでました。それだけです」

「宇佐ちゃん、その口調は過去に関係があったって言ってるようなもんだよ・・・」
 墨田がボソッと呟いた。 
「え!そうなんですか!?」
「うわ〜チーフの表情・・・あれは気付いたな。宇佐ちゃんも可哀想に・・・昔の男と今の男に挟まれて・・・」
「やっぱりそうだったんですか・・・」 
 桜庭の頷きにたいして、王子が驚いた声を発するのを墨田が手で塞ぐ。
「王子、お前もう少し男女の機微を悟ろうな・・・」
「しかし、墨さんよく気づきましたね・・・」
 桜庭の感心した口ぶりに王子も墨田の手を外しながら頷く。
 そんなそぶりは二人にはまったく見られなかったからだ。
「そりゃ、年の功ってやつだ」
「僕もそれとなく気になって宇佐木さんに尋ねると、必ずチーフの邪魔が入るんですよね・・・」
「愛されてるね・・・宇佐ちゃん」
「かといって、チーフが居ない時を狙っても宇佐木さんガードが固くって・・・」
 仕事しろよお前ら・・・!!
 王子は二人の会話を聞きながら、内心で突っ込む。
「木崎さんもご存知なんですか?」
 桐沢の良き片腕の木崎はどうなのだろうか。
 王子の疑問に、墨田と桜庭が呆れた顔をした。
「あのにぶちんが気付くかよ」
 そう言って、墨田が木崎の方を顎で指した。

「宇佐木、ひょっとして昔の男か?」
「セクハラで訴えられたいですか!!」
「お前ら、少し黙れ!!」
 桐沢の怒声に、室内が静まりかえる。
「木崎、藤井をお前に預ける。色々と教えてやれ」
「・・・わかりました」
 
「か〜ばかだね・・・空気の読めない男。自分で墓穴ほってやがんの」
「納得しました・・・」
 王子の言葉に、桜庭が頷く。
「あの人、あれで婚約してるんですよね・・・」
 そこが一番のミステリーである。

「宇佐木、この間の事件で確認したいことがある。」
「今、その報告書の詳細を作成中ですので、もう少し待ってください」
「・・・急ぎだ」
 桐沢の言葉に、宇佐木は渋々後をついて行く。

「僕、宇佐木さんが言い訳するの初めて見ました・・・」
「いや、言い訳じたいはしょっちゅうしてるぞ」
「え!そうなんですか」
 墨田の呟きに王が驚く。
「あの手この手で木崎さんと二人で交渉テクニック使いまくってますよね・・・主に報告書の提出期限で」
 桜庭の答えに、墨田が頷いた。
「デスクワーク苦手だからな・・・あの二人」
「意外でした。宇佐木さんも木崎さんもそういう事にはきっちりしてるのかと思ってたから」
「きっちりしてるさ。事件が頻発しなけりゃな」
「チーフ、どんなに事件で忙しくても提出期限に容赦ないですからね・・・」
 桜庭の言葉に、王子は日頃の桐沢を思い浮かべる。
「そりゃ・・・逃げ出したくもなるでしょうね・・・」

「なんにせよ、一波乱ありそうだな・・・」
 墨田の言葉に、桜庭と王子は顔を見合わせた。
 どうみても、墨田の発言は心配というよりも楽しみの方が勝っていたからだった。