陰日向
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「婚約!?どういうことよ!!」
目の前の男の言葉に、女は信じられないといった表情を浮かべた。
「しかたないだろ。加納警視からの話なんだ」
「じゃあ、こないだのプロポーズはなんだったの!?」
「状況が変わったんだ。断ったら俺の出世に響く」
「出世って!!」
女の言葉に、男は大きなため息を吐いた。
「がっかりだな。お前はもっと物分りのいい女だと思ってたよ」
「ものわかりって!!そういう問題!!」
「とにかく、俺の出世の邪魔だけはするなよ」
目覚まし時計の音を止めると、宇佐木玲子はベッドから身を乗り出した。
いまさら、なんであんな夢を・・・
玲子は大きなため息を吐くと、気分を変えるように大きく伸びをして起きだした。
朝から目覚めが悪い。
玲子は出勤の為にスーツに着替えながら、ふと姿見に映った自分自身を見た。
ブラウスの胸元から見える縦一直線の手術痕。
自分が生きながらえている証である。
この傷跡のせいであんな夢を見たのだろうか・・・
第一ボタンまできっちりと止めながら、玲子は考えた。が、すぐに気を取り直して第ニボタンまで開ける。前は第三ボタンまで開けていたのだが、さすがにこの傷跡ではそうもいかない。かといって、きっちりと第一ボタンまで閉めているのも周囲が気にかける。
あれは、退院して暫くたった夜だった。
「傷跡、気にしてるのか?」
ブラウスのボタンがここ最近きっちり留められているのを見て、ある男がそう言った。
他の男ならセクハラで蹴り飛ばしてやるところだが、惚れた男ならそうもいくまい。逆に問いかけた。この傷に不快感を抱かないのかと・・・
「お前が生きている証だ。感謝こそすれ不快に思うものか」
男のその言葉を聞いて、玲子は傷をさらすことに抵抗がなくなった。
以来、男もまた自分を抱くときは必ずその傷に口づける。
その行為が自分は愛されているのだと玲子に安心を抱かせた。
「やば!?」
物思いにふけっていた玲子は、自身の腕時計を見ると慌ててバックを掴んで部屋を飛び出した。今日は朝一番で会議が入っていた。
遅刻なんかしたら、仕事に厳しい我が上司によって暫くはデスクワークに回されるに違いない。それは玲子にとっては耐えられないものだった。
間に合うか?自分・・・
玲子は慌てて戸締りをすると急いで職場に向かった。