同士

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「研修・・・ですか?」
 桐沢の部屋に呼ばれた玲子は告げられた内容に首を傾げた。
「本庁が年2回実施している、指定捜査員制度の研修は知っているな?」
「はい。所轄の女性捜査員を集めて、誘拐事件の対応等を指導及び訓練するのを目的としており、毎年泣き出す人間が出る程厳しいものだと聞いております」
「確か、少年課に居た頃はお前も指定捜査員に登録されていたよな?」
「はい。ですが、研修に参加する前にこちらに配属になりましたので、実際に研修に参加したことは一度もありません」
「なら、今回の参加はちょうどいい勉強になるな」
「ですが、チーフ・・・私が参加する意味があるのでしょうか?それに、対象はあくまで所轄ですよね?・・・本庁から参加する人間がいるとはあまり聞いた事ないんですが・・・」
「まぁ、珍しいケースではあるな。ただ、本庁からの参加が全くないというわけではない。本庁勤務の女性捜査員全員が誘拐事件に対応出来るわけではないからな。所属を隠して参加させる場合もある」
「・・・」
「不満なのもわからんでもないがな。まぁ、見物程度の軽い気持ちで行って来い」
 玲子の表情を読み取った桐沢が言う。
「と、弓坂警視正に言われたんですね」
 玲子の発言に、桐沢は微かに眉を顰めた。
「どうして弓坂警視正だと?」
「簡単です。先程の説明の口振りから、チーフ自身も私が研修に参加する事に意味が無いと思っておられるのが感じられましたから」
 その言葉に、桐沢は頭の後ろで手を組むと、椅子の背もたれに体重を預けた。
「・・・お前、まだ根に持ってるな・・・」
 苦笑する桐沢に、玲子は満面の笑みで答える。
「とんでもない!チーフ達直々の親切かつ熱心な指導に感謝こそすれ、根に持つなんて・・・!」
 親切かつ熱心な、の部分を業と強調して玲子が答える。
 やっぱり、根に持ってるじゃねぇか・・・
 桐沢は玲子の口調に内心そう思う。
 確かに、やりすぎた自覚が無いわけでもない。
 泣き言一つ言わずに食い尽きてきた玲子の精神力というか頑固な性格に桐沢達もつい指導に力が入ってしまっていたというのが事実である。
「まだ正式決定ではないが・・・お前をタスクフォースに登録するかという意見が上層部から出ていてな」
「あたしが・・・ですか?」
「なんだ?意外そうな顔しやがって」
「いえ、驚いただけです。こちらにきた事情が事情でしたから・・・そういった事は望めないだろうと・・・」
 警察庁兼務職員。
 通称タスクフォース。誘拐や立て篭もりなどの事件が地方で起こった際、経験豊富な捜査員を地方に派遣する制度だ。あくまでも助言だけという形ではあるが、地方警察にとって、警察庁から派遣されたという事実は水戸黄門の印籠にも匹敵するものである。
 たしか、うちの班は桐沢・木崎・墨田・長谷部の四人と音響主任の桜庭が登録されていたはずだ。しかし、実際に管理官である桐沢が出ることはまずありえない。そういう意味でも人員を増やすということなのだろうか。
「むしろ、俺は遅すぎたくらいだと思うがね」
 桐沢の言葉に玲子は首をかしげた。
「上もようやく高林一派の排除が済んできたという感じだろう。それに、そろそろ墨さんが限界だしな」
 桐沢と玲子は同時にデスクで大あくびをしている墨田の姿を見た。
 確かに・・・
 玲子は墨田の日頃の姿勢を思い出して妙に納得した。
「まぁ、それもかねて一度研修がどういう風に行われているか見て来いというわけだ」
「了解です。宇佐木玲子、明日より二日間、指定捜査員研修に行ってまいります」
 玲子は桐沢に向かって敬礼すると、命令内容を復唱した。

「やっぱり、玲子だ!元気してた?」
 その声に、玲子は顔を上げて自分に声をかけた人物を確認した。
 午前中の研修が終わり食堂で昼食を取っていた玲子は、まさか自分が呼ばれるとは思ってもいなかったのだ。
 所属を曖昧に紹介されたあたり、玲子が本庁所属だと感づいたのだろう。
 誰もが遠巻きにこちらの様子を伺いはするが、玲子の傍には誰も居なかった。
「郁美?あんたも来てたんだ・・・」
 玲子は意外そうに向かいに座った女性の名を呼んだ。
 少年課に居た頃の良き同僚でもある池波郁美巡査長は玲子の過去を知る数少ない人物でもあった。
「ひどいな〜やっぱり気付いてなかったんだ!」
「だって、普通は思わないでしょ?参加してるなんて・・・」
「あんたと違って、あたし所轄所属だもん」
 玲子が現在どこに所属しているか知っているからこその発言である。
 自分が特殊捜査班に配属になった時に真っ先に喜んでくれたのも彼女だし、配属希望を知っているだけに心配してくれていたのも彼女だった。
「それを言うなら、あんただってあたしと同じでしょうが」
 玲子は声を潜めて郁美に文句を言う。
 玲子の異動から少し遅れてだが、郁美もまた本庁捜査一課に配属になっていたのだ。
 だが、当時の玲子に周りを見る余裕などあるわけも無く、恥ずかしい話なのだが、郁美が異動で本庁を去る寸前まで気付かなかったのだ。
 郁美が自ら志願して一緒に仕事をしなければ、恐らくは気付かないままだったに違いない。それ故に、実はつい最近まで郁美がトカゲだと知らなかったのだ。
 確かに昔っからバイクを乗り回していたが、まさか特殊班の追跡専門部隊のメンバーだとは思わなかった。
「あたしも驚いたわよ〜あんな事があったのに、また桐沢班に配属されるとは思ってもいなかったもの。まぁ、そのおかげであんたとまた仕事ができたんだけどね・・・」
「麹町署の生活安全課だっけ?」
「だったんだけどね〜」
 意味ありげに笑う郁美を、玲子は不思議そうに見る。
「これ、まだ正式な内示じゃないから極秘ね。4月の人事異動で捜査一課に戻る事になった」
 そういって、警察手帳を開いて身分証明を見せた。
「警部補・・・昇任試験うかったんだ!おめでとう」
「やっとあたしも遅ればせながらあんたに追いついたわ」
 苦笑しながら、郁美は手帳をしまう。
 昔から玲子には適わなかった。一時はその差を妬んだこともあった。が、玲子の事情を知って愕然とした。自分が適うわけがないと・・・
 それに、実際に玲子が働いている姿を見て、負けられないと思った。
 殴られても孤立しても頑張っている姿を見て、妬みはいつしか尊敬に変わり目標となった。
「そう言えば・・・あんた大丈夫だった?」
 急に声を潜めて尋ねた郁美を玲子は訝しげに見た。
「何を?」
「いっ君に聞いたけど・・・あんたあの藤井とやりあったんだって?」
 その言葉に、玲子は頭を抱え込んだ。
 忘れていた。郁美の恋人の存在を・・・
 郁美の幼馴染兼恋人である通称いっ君。
 本名を一之瀬孝雄といい、れっきとした現職の捜査一課管理官である。
「あいつ、まだ性懲りも無く玲子を狙ってたんだって?」
「いや、狙ってたと言うかなんと言うか・・・・」
 玲子は返答に困っていると、背後から女性の声が聞こえた。
「それって、桐沢警視に楯突いて完膚なきまでに叩きのめされた馬鹿の事?」
 その声の主を視界に捕らえると、玲子と郁美は同時に立ち上がって挨拶しようとした。
「いいから」
 うっとおしそうに手を振ると、その女性は玲子の隣に腰を降ろした。
「沢木警部、どうしてここに?」
 玲子は引きつった笑みを浮かべながら尋ねた。
 今回の研修を仕切っている大阪府警・特殊班の沢木がここに居るとは誰も思わないだろう。
「あら?あたしが食堂に来ちゃいけない?」
「いえ、てっきり幹部の方達とご一緒かと思っていましたので」
「冗談じゃないわよ。あたし、食事はおいしくたべたいのよ。あんな爺共と一緒に愛想笑いしながら食べれるかっての」
「・・・沢木先輩、露骨です・・・」
 郁美が周囲を気にしながらやんわりと注意する。
 一時期同じ部署に居たからか、郁美は沢木とは仲がよかった。
「今更でしょ。大阪が騒いでるくらいの認識しかされないわよ。それより、宇佐ちゃんに聞きたい事があって探してたのよ。研修に参加してる事は名簿でチェック済みだったから」
「・・・あたしにですか?」
 玲子は引き気味に沢木に聞く。
 数少ない同じ特殊班の女性捜査員として、玲子はこの沢木を尊敬はしているが、実は郁美と違って苦手意識の方が強い。
 それを知っていて、わざとからかっているふしがあるから質が悪い。
 しかも、今回はそれとなく庇ってくれる桐沢がいないのも玲子が警戒している所以である。もっとも、郁美に言わせると、それが沢木の愛情表現で、玲子はかなり気に入られているのだと言うが・・・それならそれで、もう少しましな応対をしてもらえないだろうかと思うのだった。
「さっき話してた藤井の話しなんだけどさ・・・ちょっと気になる事聞いてね・・・」
 沢木の言葉に、玲子と郁美は不思議そうに顔を見合わせた。
「桐沢の女にちょっかい出して、怒り買ったって本当?」
 その言葉に、玲子は思わず飲みかけのお茶を噴出しそうになった。
 郁美も面白そうに玲子を見る。
「知りませんよ。上司のプライベートなことまで」
 玲子は何とか平静さを保ちながら、興味無いと言う口調で答える。
「桐沢警視のファンのあたしとしては、ちょっと聞きづてならないのよね・・・まぁ、色恋沙汰の鈍い宇佐ちゃんに聞いても無駄か・・・」
「どこから聞いたんです?」
 沢木の言葉に玲子が問いただす。
「こないだ墨さんと飲んだときにね・・・」
 墨さん!!
 沢木の言葉に、玲子は墨田にどうやって恨みを晴らすか考える。
 と、携帯が振動しているのに気付いた。
 玲子は鞄で振動している携帯がプライベート用でしかも表示されている名前に慌てて着信を保留にすると立ち上がった。
「ごめん、ちょっと席はずす」
 そう言って、急いで食堂を出て行った玲子を沢木はあっけにとられて見送った。
「・・・何?あれ・・・?」
「男からでしょ。プライベート用の携帯でしたから」
 郁美の言葉に、沢木が過剰に反応する。
「嘘!?あいつ男いるの!!」
「いますよ。確か付き合って2年になるんじゃなかったかな・・・」
「あんたは知ってるの?」
「チラッと見ただけですけど・・・いい男でしたよ。あたしはタイプじゃないけど、玲子には合ってるんじゃないですか?」
「あいつだけはあたしと同じだと思ってたのに!」
「沢木先輩、いくら最近ご無沙汰だからって、玲子に仲間意識持ってどうするんです?あいつ、あれでも結構もてるんですよ」
「あの恋愛音痴が!!」
「そう思ってる時点で、玲子に騙されてるんですよ。あいつ、男切らした事ないですよ。短くて1週間。長くても1ヶ月で別れてるから誰も玲子に男がいるなんで気付いてないですけど。まぁ、もっともあそこに配属されてからは、仕事どころで誰もいなかったみたいですけどね〜。玲子が鈍くなるのは本命にだけですから。玲子の妹が前に言ってましたもん。ちょっと考えればプロポーズだと思うのに、全然気付いてないって」
「まじ・・・?」
 沢木の呟きに、郁美が大きく頷く。
 だからこそ、あの藤井にひっかかったのだともいえる。
「こうしちゃいられないわ!池波、行くわよ!!」
「どこにですか?」
「宇佐木のところに決まってるでしょ」
「・・・どこに居るかわかるんですか?」
「この建物の構造は頭に入っているからね・・・。それに、同じ所属だから、だいたい想像はつくわよ」
 その言葉に、郁美の顔が引きつる。
「あんただって、興味あるんじゃない?宇佐木がどんな風に男とじゃべっているのか」
 思わず頷きかけて、郁美はハッと思い直して首を横に振る。
「いいから来る!これ上司命令!」
 ・・・職権乱用だ・・・
 玲子に聞き耳立てている事が知れたら・・・背後にいる人物に一之瀬が何をされるか・・・想像するだけで恐ろしい。
 いっ君、ごめん・・・
 郁美は心の中で恋人である一之瀬に詫びるのだった。