美酒
「今更ながらに、聞いていいですか?」
向かい合わせでお酌をしながら、玲子が不思議そうに尋ねた。
桐沢は、片山から久しぶりに美味しい酒が手に入ったと分けてもらい、珍しくビールではなく日本酒で晩酌を楽しんでいた。
「何だ?」
桐沢は注がれた酒を飲み干すと、話の先を促した。
玲子は新たに酒を注ぐと、ぽつりと呟いた。
「圭吾さん・・・ひょっとして、人にお酌されるの嫌いじゃないんですか?」
桐沢は自分に注がれた酒を無言で見る。
「・・・ほんと、今更ながらだな」
「まぁ、ちょっと疑問に思ったもんで」
「お前こそ、性格的に人に酌するの嫌いだろ」
その言葉に、玲子は驚いて眼を見開いた。
「よくわかりましたね・・・プライベートでは父の相手をしてたんでいいんですけど、さすがに仕事はちょっと遠慮したいですね。だから、昔の課の飲み会は苦痛でしたよ。セクハラ当たり前でしたから・・・」
「まぁ、昔体質が根深く残る組織だからな・・・」
そう言いながら、桐沢は酒を口に運ぶと、なるほどと納得した。
普段は缶ビールの為、そんな機会もなかったが、絶妙のタイミングで酌をしてくる玲子に疑問を抱いていたのだった。
「そういえば、矢嶋さんは日本酒が好きだったな・・・」
「ひょっとして・・・チーフもよく付き合わされてました?」
「俺もだが、片山の方が多かったんじゃないか?」
最近は、こうやってお酒が入ると昔の話をしてくれる。玲子にとっては、自分の知らない父の姿がわかる楽しみな時間でもあった。
「片山さんも大変だったろうな・・・酔っ払うと絡むから。家だと、酷くなる前に、ピッチをわざと早めて酔い潰してましたけど」
その言葉に、桐沢は注がれている酒を見た。
「まぁ、気をつける・・・」
「そうしてください」
玲子はにっこりと微笑んだ。
「お前も飲むか?」
「実はその言葉待ってたんですよね」
嬉しそうに言いながら、玲子はキッチンへ向かった。
「で、なんで俺が酌されるのが嫌いだと思ったんだ?」
最初に聞かれた内容を思い出して、桐沢が聞いた。
「あぁ。特殊班の皆さんって、飲み会の時全員ジョッキですよね」
玲子は戻ってくると、桐沢の隣に腰掛けた。
「珍しいな。お前が隣に座るなんて」
「たまにはいいじゃないですか。隣同士って言うのも」
「俺の忍耐試してるのか?」
からかい半分で聞く桐沢を、玲子は軽く睨む。
「どうして、そっち方向にいくかな〜」
「惚れた女が隣に居て、そう考えない男なんかいないだろう」
その言葉に、玲子は思いっきり身を引いた。
「・・・一滴も飲まないうちに押し倒すのだけは止めてくださいよ」
「冗談だ」
桐沢は苦笑しながら、玲子に酒を注いだ。
「前に墨さんに聞いたら、チーフが嫌がるからって・・・」
玲子は注がれた酒を一気に飲み干す。
あの父親にしてこの娘ありか。
桐沢は内心苦笑する。
何時の間にかそういうことになっていた。
桐沢も嫌だったが、一番は矢嶋の強い反対があったからである。
曰く、娘がああして酒を注いでいるのかと思うと腹が立つらしい。
玲子に酒を注ぎながら、桐沢が口を開いた。
「よく知りもしない他人に、酒を注がれるのは好かないだけだ」
桐沢も一気に酒を飲み干す。
「それに、ジョッキなら自分の飲み量が一目でわかるからな。注がれるとペースが狂う。ペースが狂えば酒量が分からなくなる。俺達特殊班にとっては、それは致命的だ」
「なるほど」
玲子は納得すると、桐沢に酒を注いだ。
言えるわけが無い。
今になって、矢嶋さんの気持ちが身にしみてわかるとは。
桐沢は複雑な思いで、注がれた酒を飲み干したのだった。