焦り

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「こちらにいらしたんですか」
 中庭でタバコを吸っていた桐沢は、声をかけた人物に顔を向けた。
「事件か?木崎」
 木崎は、桐沢の隣に座っている片山を無言でちらりと見た。
 その視線の意図を感じ取って、片山はタバコを消すと立ち上がった。
「じゃあな、桐沢」
 片山の言葉に桐沢は無言で片手を挙げて答える。
 片山の姿が見えなくなると、木崎は桐沢に話し掛けた。
「最近、宇佐木の見舞いに行きましたか?」
 木崎の言葉の裏を考えながら、桐沢は無難な返答をした。
 彼の部下である宇佐木玲子は数ヶ月前に心臓の手術をして入院中だった。
「手術後に数回行ったっきりだ。ここ最近は忙しくてな。宇佐木がどうかしたのか?」
「元気でしたよ。昨日、桜庭たちと行きましたが、早く復帰したいってわめいてました」
「あいつらしいな」
 3日前に土産リクエストが入ったメール内容を思い出しながら、桐沢は苦笑した。
 周囲にひた隠して交際すること1年余り。最近はようやく恋人らしい甘えが出てきたのか、ただ単に退屈なだけなのか、退院したらあれが食べたいだの趣味の動物園鑑賞がしたいだのと書いたメールがよく届いていた。
しかし、言葉とは裏腹に、木崎の表情はどこか憂いを帯びたものだった。
「何か気にかかることでも?」
「元気すぎるんです。空元気とも違う。・・・心配ですね・・・」
「どういう意味だ?」
「帰り際に担当医に呼び止められました。チーフに伝えて欲しいと」
 木崎の言葉に、桐沢の眉間に皺がよる。
 また、何か悪い知らせだろうか。
 病気の事を自分には黙っていた前科がある。また隠されているのかと疑うのもしかたがなかった。
「・・・よく、脱走するそうです。病室から・・・」
「・・・幼稚園児か、あいつは・・・」
 思いもしいなかった木崎の言葉に、桐沢が突っ込む。
「それが、笑っても居られないらしいんです。このままだと退院が伸びるどころか、体調にも問題が出てくると・・・最初は入院生活に退屈したのかと思ったらしいんですが・・・」
「違うのか?」
「担当医の話では、何か精神的に思うところがあるのではと・・・宇佐木の身寄りは妹さんだけだとお話したら、一度上司の方とお話がしたいと・・・」
「わかった。明日にでも顔をだす」
「お願いします」
 木崎が頭を下げると同時に、桐沢の携帯が鳴る。 
 それを合図に木崎は話を切り上げると、再度桐沢に向かって頭を下げその場を後にした。
 
 木崎の後ろ姿を見ながら、桐沢は携帯のディスプレイにメール着信の表示を確認する。
 見慣れないアドレスを不振に思いながらも開封すると、それは玲子の妹の澪からだった。
 そういえば、宇佐木がよく普段の連絡はメールにしろと言ってあると言っていた事を思い出した。
 電話をかけてきても、出られない事のほうが多いからである。
 内容はいたってシンプルで、何時でも構わないので、一度玲子の自宅に連絡が欲しいと書いてあった。
 不振に思った桐沢は、直ぐに玲子の自宅に電話をかけた。
「はい、宇佐木です」
 程なく、不振そうな声音で若い女性が電話口に出た。
「桐沢です」
 その言葉に、電話口から安堵のため息が聞こえた。
「すいません、お忙しいところ・・・」
「いえ、こちらこそ。顔を出せなくて申し訳ない」
 どこかよそよそしい桐沢の態度に澪は彼が職場からかけているのだと理解した。
「宇佐木になにか?」
「・・・桐沢さん、最近姉に会いましたか?」
「いえ、最近はなかなか時間が取れなくて・・・明日、お伺いしようとは思っているんですが・・・」
「・・・怖いんです・・・最近の姉・・・」
「怖い?」
 澪の言葉に、桐沢が不思議そうに聞き返した?
「留美子さんや職場の方達の前では普段通りなんですけど・・・一人になった時とかの表情が・・・思いつめてるというか・・・同じなんです・・・父が死んだ時の姉の様子に・・・」
 澪の言葉に、桐沢はガツンと頭を殴られた様な苦悶の表情を浮かべた。
 何故、気付かなかったのか。
 ようやく玲子が今抱えている問題に思い至った。
 自分が見舞いにいっても、あえて事件の話しを聞いてこない玲子に不振を抱いた時に問いただせばよかったのだ。
 (同じじゃないか・・・!あいつに、病気の兆候が現れたときと・・・)
 自分のふがいなさに、内心ため息を付いた。
 あの時も、不振に思った時に問いただしていれば、あんな事にはならなかったはずである。
「明日、宇佐木と話をしてみます」
「お願いします。・・・桐沢さんだけだと思うんです。姉が弱音を吐けるのは・・・」
「承知しました。ご連絡ありがとうございます」
 澪との通話を切ると、桐沢は携帯に保存してある画像を呼び出した。
 機動隊4人の笑顔写真の真ん中は、殉職した玲子の父親だった。