彼らの日常
「お疲れさん」
一倉は室井の姿を見付けると、傍に寄り肩を叩いて労った。
「思ったより早く片付いたな」
「あぁ、捜査員達が良くやってくれたからな」
「そうか」
一倉はその言葉に、微笑んだ。
「そっちはどうした?」
「こっちか?後一歩ってところだ」
その言葉に、室井は不思議そうな表情を浮かべた。
「お前と一緒で、これから俺も移動だ」
「麹町署か?」
「あぁ。そっちは?」
「新宿署だ」
そう答えてから、室井は腕時計を見た。
つられて一倉も自分の腕時計を見る。
「お互い、想い人には遠いな」
その言葉にお互い苦笑すると、室井と一倉は軽い挨拶をしてお互いの目的地に向かった。
「ふ〜う・・・」
長いため息を吐き、すみれは握っていたボールペンを放り投げた。
「え!報告書、もう終わったの?」
背中合わせに座っていた青島が、驚いた表情ですみれの傍にイスごと寄ってきた。
「誰かさんとは違うんです!」
すみれは勝ち誇った笑みを浮かべた。
「恩田君!恩田君!恩田君!」
中西係長が血相を変えて飛び込んできた。
「3丁目で例の窃盗団が出た!」
「すぐ行きます!」
「青島さん!アクアシティで傷害事件です!!」
「お互い、休む暇もないわね」
「まったく」
「じゃぁ!」
すみれは青島と雪乃に軽く手を上げて挨拶すると、颯爽とその場を後にした。
「お疲れ様です」
ようやく事件も解決し、解散となった捜査本部から捜査員達が帰っていく。
室井も声をかけてくれる捜査員達に、丁寧に挨拶を返していく。
昔の自分からは想像もつかない。室井は内心苦笑した。
室井が身支度を整えていると、携帯が鳴った。
表示を見ると、一倉の文字が出ていた。
「なんだ」
「相手が思っていた人と違うからって、怒るなよ」
一倉の言葉に、室井はため息を吐いた。
「疲れてるんだ。くだらない電話なら切るぞ」
電話の向こうで笑い声が聞こえた。
「悪かった。こっちは無事片付いたから、そっちはどうかと思ってな。一応、上司としての気遣いと報告も兼ねてだ」
とたんに仕事仕様の口調に変わる一倉に、室井も再度仕事モードに戻る。
一倉に報告をし終え電話を切ると、傍に居た部下が声をかけた。
「室井管理官、お車を表にお回ししましょうか?」
その言葉に、室井は腕時計を見た。
時刻は既に深夜に近かった。
「いや、今日はいい。少し歩きたい気分でね。適当な所でタクシーでも拾って帰ることにする。だから君も気兼ねせずに帰りなさい」
室井は部下を帰らせると、自分もその場を後にした。
タクシーを拾うと、室井は後部座席のシートに疲れた身体を放り投げた。
4つ抱えている捜査も今日2つ解決し、どうにか今度の彼女の非番には休みが取れそうだった。そんな事を考えていたのか、室井は急に彼女の元気な声が聞きたくなった。
室井は運転手に行き先の変更を告げると、スーツの上着から携帯を取り出した。
「お疲れ〜」
被疑者を送検して、デスクに戻ってきた青島に、すみれが声をかけた。
「そっちも今日は終わり?」
青島はすみれが帰り支度をしているのを見て、微笑んだ。
「課長!報告書は明日でもいいですか?」
青島が期待のこもった眼差しで、デスクで帰り支度にかかっている課長に尋ねた。
「あぁ。私も今日はもう帰るよ。お疲れさん」
そう言って足早に部屋を後にする課長の後ろ姿を見て、すみれが呟いた。
「早く帰っても煙たがれるし、遅く帰っても疎まれる。悲しい中間管理職よね〜」
その言葉に、無言で青島達はすみれを見、課長は泣きそうな顔で一瞥する。
「可哀想に。図星だったのかな」
去っていく後姿を見ながら、青島は同情した。
「あ〜!また壊れた!!」
すみれは腕時計をしている腕を軽く2、3回振った。
突然のすみれの叫びに、青島と雪乃は何事かと顔を見合わせた。
「どうしたんですか?」
雪乃が不思議そうに尋ねる。
「時計!!悔しい〜!この間買ったばかりなのに〜!!」
「すみれさん、またやったの?」
青島は引きつった笑いを浮かべながら、すみれの手を取って腕時計を見た。
「逃げる犯人が悪いのよ!」
すみれらしい発言に、雪乃は苦笑した。
「あ〜こりゃ駄目だ。買い換えないと」
「嘘!」
青島の発言に、すみれは絶望的な表情を浮かべる。
「この間買ったばかりなのに・・・」
「だったら、何で被疑者をぶん殴ったの」
自業自得でしょという青島の口調に、すみれがジーと青島の時計を見た。
「あげないよ」
「ケチ!」
(ケチって・・・そんな事したら、俺の将来が無くなるじゃないか!)
室井の怒りの形相を思い出して、青島は内心愚痴る。
「室井さんに買ってもらったらどうですか?」
雪乃の発言に、渡りに船で青島も後押しする。
「そうだよ。室井さんにねだれば?」
「それもそうね」
すみれは一人納得すると、携帯の短縮ダイヤルを押した。
「あ、室井さん?今、いい?」
「あぁ、ちょうど事件が終わった所だ」
「奇遇ね、こっちもちょうど終わって帰ろうとしたところ」
「そうか。すみれ・・・」
「室井さん・・・」
『ご飯食べに・・・』
二人同時に言って、同時に噴出した。
「そっちもまだか」
「うん。もう、お腹ペコペコ」
「俺もだ」
「青島君と雪乃さんも一緒にいい?」
「何だ、青島達も一緒なのか?」
「そ、何時ものメンバーです」
遠巻きに、青島達の歓声が聞こえた。
これはどうやら、奢らされるはめになりそうである。
室井は苦笑すると、すみれにもうすぐ湾岸署に着く旨を伝えて通話を終えた。
「お疲れ様です」
室井と合流したすみれ達は、開口一番お互いの労を労った。
「で、行く店は決まってるんだろうな」
室井の言葉に、助手席に座っていた青島がニパッと笑った。
「まかせてください。深夜でもやってるおいしい居酒屋見つけたんです」
青島はそう言うと、運転手に行き先を告げた。
「室井さん!時計買って!!」
いきなりのすみれの言葉に、暫し室井は雪乃や青島が居るのも忘れて、ジッと見てしまった。
(すみれさ〜ん、いきなりそれはないですよ〜)
(やば、いきなり切り出したのはまずかったかな?)
「・・・また、やったのか・・・」
室井はポツリと呟くと、深いため息を吐いた。
「酷い!青島君と同じこと言わなくてもいいじゃない!!」
「この間、修理した時計はどうした?」
「暫く使ってたんだけど、やっぱり狂ってくるのよ」
「貸してみろ」
すみれの言葉に、室井はすみれから腕時計を受け取った。
確かに、すみれの言うとおり見事にヒビの入った時計は、修理に出しても微妙な誤差が出る可能性がある。
職業上、それは好ましくない。
「今年に入って、何本目だ?」
咎めるような室井の口調に、すみれが膨れる。
「今年はまだ3本よ!」
「もう、3本だ!」
その光景を、青島と雪乃は微笑ましく見ていた。
「いっそのこと、ペアウォッチにしたらどうですか?」
雪乃のナイスな発言に、青島は笑いをかみ殺していた。
そんな青島を室井が睨む。
後日、腕時計を見ながら不気味なくらい微笑んでいるすみれと、暇を見ては腕時計を見る室井の姿が目撃されたのだった。