復帰祝い


「復帰祝い?」
 室井は青島の言葉に考え込んだ。
 湾岸署に設置された特捜本部の指揮を執っていた室井は、喫煙所で休憩中に青島から振られた話題に考え込んでいた。
 この場合、誰のとは失言である。
 先の事件で被弾したすみれは、リハビリ後ようやく現場復帰していた。
「まだ、考えてないんですか!?」
 青島のあきらにバカにした発言に、室井はややムッとした表情を浮かべた。
 確かに、青島から馬鹿にされても仕方がないと思う。自分はすみれの恋人である。当然、一番最初にあげなければならない。
「すみれさんから、リクエスト来てるんでしょ?」
 さすがにさきほどの口調と発言がまずかったと、室井の表情を見て勘違いした青島が様子を伺うように尋ねた。
「それが、何もないんだ・・・」
 その言葉に、青島は半歩室井から退くと、叫んだ。
「うそだ〜!!」
 青島は慌てて自分の口を塞ぐと、様子を伺うように辺りを見回した。
「だって、あのすみれさんですよ!」
 しごくもっともな青島の発言に、室井も同意する。
 そう、あのすみれである。これは室井でなくとも考えこんでしまう。
「連絡、とってます?」
「あぁ、復帰前日もメールで連絡がきた」
「・・・今、喧嘩中とか?」
 その言葉に、室井が睨む。
「すいません。失言でした」
 室井の迫力に、青島が素直に謝る。
「すみれさん、復帰そうそう署員にねだり回って、貰いまくってましたよ。復帰祝い」
 青島の言葉に、室井は頭を抱え込んだ。
 恩田すみれ。転んでもただでは起きない女。
「俺なんか、キャビアですよ!キャビア!!」
 青島からは似つかわしくない単語に、室井は不思議そうな顔をした。
 そんな室井の表情には気づかずに、青島は室井にすがりついた。
「聞いてくださいよ!室井さん!!すみれさんたらひどいんですよ!!」
 青島の様子に、今度は室井が半歩退く。
「俺は、来月の給料日まで待ってくれって言ったのに!すみれさんたら、何て言ったと思います!!」
 青島の様子に、室井は引きつりながらも首を横に振る。
「『青島君なんて、いつ減俸になるかわからないんだから、給料日なんて関係ないじゃない』ですよ!」
 すみれの言葉に同意しかけた室井は、青島に睨まれ慌てて口をつぐんだ。

「楽しそうだな」
 聞きなれた声に、室井の眉間に皺が寄った。
「どうかしたのか?」
 一倉の姿を見て、室井が尋ねる。
「室井管理官殿は、捜査一課長は休憩を取ってはいけないとおっしゃるんですか?」
 嫌味たっぷりの一倉の口調に、室井の眉間の皺が益々深まる。
「よく言う。普段は許可も取らずに勝手に休憩に行くくせに」
 室井の言葉に、一倉は苦笑すると青島にタバコを催促した。
「何を話してたんだ?」
 うまそうにタバコを吸いながら、一倉は青島に話を振った。
 一倉が薬対課で湾岸署に来た時は、いけ好かないキャリアだと思った。
 が、さすが室井の親友というか・・・捜査一課課長となってから何度か話すうちに、一倉とは妙に馬が合うことに気がついた。以来、ちょくちょく飲みに行く間柄である。
 仕事では手厳しいが酒が入ると人間臭くなる一倉に、青島は好感を持っていた。
 青島は、室井に話していた内容をそのまま一倉に伝える。
「恩田君の言うことはもっともだな」
 一倉の言葉に、青島が情けない声を上げた。
「そりゃないですよ〜一倉さん」
「現に、この間のSATの演習訓練の件の時だって減俸をくらったじゃないか」
「あれは、俺だけじゃないですもん」
 青島のすねた様子に、一倉は苦笑する。
「ほら」
 そう言って、一倉は自分の財布から一万円札を出すと、青島に渡した。
「俺からの復帰祝いだと恩田君に伝えといてくれ」
 その言葉に、青島は二パッと笑うとありがたくそれを受け取り、大事そうに自分の財布にしまう。
 青島が室井の方を向いて何か言いかけようとした時、新たな声が3人の間に割って入った。

「あなた方は、一体こんな所で何をしているんですか!!」
 これまたよく聞き知った声に、3人の視線が声を発した人物に集中する。
 そこには、見事な青筋を浮かべた新城が立っていた。
「新城さんも休憩ですか?」
 青島の暢気な発言に、新城の青筋がさらに浮き出る。
「何をふざけた事を!捜査本部を空にして何をやっているかと思ったら・・・」
 新城の言葉に、3人は顔を見合わせる。
「捜査一課長」
 青島が一倉を指差す。
「捜査一課管理官」
 次いで室井を指差し、最後に自分を指す。
「所轄捜査員」
 所轄とわざわざ言い置くあたり、ささやかな反発である。
『おお!』
 3人の納得した声に、新城は怒りを通り越してあきれ果てた。
「ところで、何の話をしていたんですか?」
 この3人の会話というのに興味をそそられた新城が3人の傍に来て尋ねた。
 先程青島から聞いた話を、一倉が新城に伝える。
「さすがは恩田君だな。青島をよく知っている」
 一倉と同じ発言をした新城に、青島はがっくりと肩を落とした。
 そんな青島に、新城は内心苦笑した。
 青島とは何度も衝突してきたが、上に行くにつれ政治駆け引きが強くなると、青島のような人物が実は一番信頼の置ける人間なのだと気づく。
 それに気づいてからというもの、新城の青島に対する態度が軟化した。
 だからと言って、一倉や室井のように馴れ合うつもりはない。
 が、暫し考えた末に、新城は財布を取り出すと一万円札を抜き取って青島に渡した。
 そんな新城に、室井達がギョッとした表情を浮かべた。
 青島にいたっては、恐怖で顔が引きつっている。
「彼女には無理をさせたからな。ささやかな復帰祝いだ」
 押し付けるような形で出されたお札を、青島がビクビクしながら受け取った。
「室井さんは出されたんですか?」
 新城の何気ない言葉に、室井が固まった。
「まさか、まだとは言わないでしょうね」
 新城に詰め寄られる室井を、一倉と青島が面白そうに眺めている。
 無言を肯定と受け取った新城は、ため息を吐いた。
「一番ここと仲のいいあなたが・・・一体何をしてるんですか」
 その言葉に、室井は内心首を傾げながらも、青島に一万円札を渡した。
 さも当然と言うように青島は受け取ると、室井に確認した。
「念の為にお聞きしますけど・・・室井さん、これですみれさんの復帰祝いチャラってことはしないですよね・・・そんな事になったら、俺すみれさんに殺されちゃいますよ」
「室井、それはいくらなんでも恩田君に失礼だぞ」
 青島と一倉の発言に、室井は心外だと言わんばかりの顔で青島に言う。
「これはあくまでも、職場の仲間としてだ。すみれには後でちゃんと祝うと伝えておいてくれ」
 仕事中は恩田君と呼んでいる室井が、彼女を名前で呼ぶあたり、青島の発言にかなり冷静さを欠いていたと思われる。
 そう言えば、あの時も室井はすみれの事を苗字ではなく、彼女と親しげに呼んでいた。殺人事件を目撃した女性を護衛中、二人が追っていた犯人の件で沖田管理官と衝突した時だ。
 青島の事は君付けだったにもかかわらずである。
 まぁ、彼女の発言は室井でなくとも腹の立つ事が多かったが・・・・。
「・・・すみれ・・・って・・・二人はそういう仲だったんですか!?」
 暫しの沈黙の後、新城が驚いて叫んだ。
 そんな新城を、3人は驚いた表情で見る。
(すみれとの事は隠してないから、てっきり周りの連中は知っているとばかり思っていたが・・・新城は知らなかったのか・・・)
(うっわ〜、室井さんもそうとうだとは思ったけど・・・それ以上に新城さんて鈍かったんですね・・・)
(こいつ、こんなんで本当に婚約中なのか?)
 三者三様の思いはわからず、新城は何故自分が彼らからそのような視線を受けるのかわからなかったし、新城は新城で室井とすみれの関係に考え込んでいた。
(それにしても・・・あの室井さんが恩田君と付き合っているとは・・・世の中わからないものだ・・・)
 お互い三者三様の同情しきったため息を吐いた。
 すみれがその場にいたら、ほっといてくれと荒れるのは必至である。

「彼女って言えば・・・沖田さん、どうしてます?」
 青島の質問に、新城が答える。
「まだ、捜査一課の管理官をやってるよ。広報に移動しないかと言う話もあったんだが・・・本人が頑として、捜査一課に居たいというものでね。・・・そのうち研修にでも出させて、捜査のイロハでも学んできてもらうかと考えてはいるんですが・・・」
 口調から、後半部分は室井と一倉に対しての発言らしい。
複雑な表情の新城に、室井が訝しげに尋ねた。
「何か問題でも?」
「ここでの事が広まって、どこも彼女を受け入れてはくれないんですよ。それとなく打診はしてるんですが、上手くはぐらかされましてね」
「いっそ、海外にでもだしたらどうだ?誰も何も知らない所の方が、本人もやりやすだろうし、その方が最新の捜査方法も学べていいんじゃないのか?」
 一倉の発言に、新城も納得する。
「そうですね・・・その方向で一度上に打診してみます」
「色々と大変なんっすね・・・」
 青島の他人事の口調に、キャリア3人が凄い目つきで睨むと突っ込んだ。
『お前がそれを言うな!』
「すみません」
 3人の迫力に押されて、青島が謝る。
 その後、呼びに来た本庁の捜査員によって、この場は解散となったのだった。
 
予断であるが、呼びに来た捜査員は喫煙所の光景を見て、あまりの取り合わせに恐怖で金縛りにあったと先輩捜査員に語っている。
それを聞いた先輩捜査員は、同情しきった表情を浮かべて肩を叩くと、一言言った。
「慣れろ」
 そう、湾岸署に捜査本部が設置されると、かなりの確立であの3人が派遣される。
 あの、会社役員連続殺人事件以来。本庁では半ば暗黙の了解になっていた。

「にしても・・・室井さんと一倉さんと新城さん・・・」
 青島は財布の中身を確認しながら歩いていた。
「そうそう、雪乃さんと真下からも貰ったんだ・・・」
 お札を数えながら、青島は記憶をたどる。
「後・・・中西係長と魚住係長・・・袴田課長と・・・和久さん。それから・・・森下君・・・緒方君は個人的に何か考えているからって断られたしな・・・」
 指折り数えながら、今一度財布の中身を確認する。
「・・・・」
 あわよくばと思いみんなに振った話で、予想以上に重たくなった財布を見て、青島は改めてすみれ人気を再確認したのだった。