【報われない】

「身体は大事にしたまえ。」
見舞いに来た新城の開口一番がこれだった。
その相変らずな物言いに少しも怯むことなく、恩田すみれが言い返す。
「あたしだってそうしたいわよ。でも、青島くんと同様、私も事件に愛されちゃってるからね〜。」
「青島と同様か。それは不憫だな。」
「でしょお?ほんと苦労するったら。あーあ。どっかにいい男いないかしらね。」
「嫁にでも行く気か?」
「そりゃ、まあね。オンナノコですもの。・・・・身体に傷が二つもついてるけど。でも、3つ目は勘弁だわ。気をつけなくちゃ。」
彼は決意を新たにした彼女をちらりと見て鼻をならした。
「ふん。ぜひそうしてくれ。金輪際こんな面倒なことはナシにしてもらいたい。」
少しむっとするすみれだが、相手はあくまで上司なのだ。ぐっと抑える。が、しかしその物言いはやっぱり恩田すみれなのであった。
「それはすいませんでした。・・新城さん、わざわざ嫌味言いに来たわけ?」
少しきつい眼差しですみれが言った。それを見た新城は、嬉しそうに皮肉たっぷりの笑みをうかべて言った。
「ああそうだ。命令も聞かずに飛び出す無鉄砲な女の顔を見にわざわざ来たんだ。」
「暇人ね」
「あいにくと、捜査を5つも抱えている多忙の身でね」
ふと、室井のことがよぎったすみれだったが、気を取り直して新城に言い返す。
「だったらさっさと帰って事件解決に全力注いだら?無駄なことは嫌いなんでしょ。」
その一言に彼は唖然としたが、少し間をおいて、低い声でつぶやいた。 
「・・・君は馬鹿だな。」
すみれが小さく首をかしげた。
「聞こえなかったのか?君は馬鹿だと言ったんだ。」
その答えにすみれは一気に無表情になり、静かに新城を見つめてこう言った。
「・・・・・・・いきなりあんたに馬鹿呼ばわりされたくないんですけど。」
その彼女の様子に新城は繰り返す。
「馬鹿は馬鹿だ。」
ナニを言うんだこの男。と思いつつ、彼女はこの子供じみた官僚にいささかあきれ気味でこう言った。
「あっそ。なら、あなたは賢いのかしら。」
新城はそう問われて、得意げになって答える。
「少なくともうかつに犯人の前に飛び出すようなことはしないな。」
「よく言うわよ。忘れたんですか?五年前の年末。」
「何のことだ。」
記憶のない新城にすみれはしたり顔で言ってやった。
「湾岸署、銃をもった男が占拠したじゃない。あなた、そのときどうした?」
「!」
ようやく、すみれの言わんとしている事を思い出した新城にすみれはさらに続ける。今度は少しベッドから乗り出して。さらりと肩から落ちたその黒髪に新城が一瞬目を奪われていると、なんとも意地の悪い言葉をすみれの紅い唇が紡ぐ。さきほどよりも、更にいたずらっ子の表情で。
「“貴様の罪は万死に値する”そう言って、人質もいる中で銃構えたわよねえ。」
自分の過去の失態に赤面したが、そこは腐っても官僚。なんとか、平静を保って自分の体勢を立て直そうとする。
「・・・・・君は丸腰だっただろう。」
「でも、無鉄砲な行動にはお互い変わりないわよね。」
すぐさま入るツッコミに新城は返す言葉が見つからない。
「人のこと言えませんね、新城さん?」
にこっ。可愛らしい笑顔で目の前の小悪魔が微笑んだ。
「・・・・・・」
無言の新城を見て、笑顔はそのままにすみれはからかいを続ける。
「素直に非を認めたら?そんなんだと婚約者に愛想つかされますよ。」
本来、二人はこのような馴れ合いはしない。それは互いの立場ゆえかそれとも性格の問題か。すみれは、この5年の歳月の大きさを感じた。
お互い丸くなったもんだわ。そう思って知らずのうちに微笑みをもらした彼女に対して、新城は首をかしげるも、嫌味を言うことはしっかりと忘れない。やられたらやり返す。言われたら言い返す。これぞ、彼のポリシーである。
「ふん。余計なお世話だ。君こそ、そんな仕事の仕方じゃ嫁に行きそびれるぞ。」
「それ、セクハラ。」
人差し指で指され、すみれにセクハラと言われた新城は、さすがに狼狽して椅子から立ち上がった。その表紙に椅子が大きな音を立てて倒れた。
「なっ!!セク・・セクハラだとおっ?!」
「そうよー。忙しいくせにわざわざセクハラ発言しに来たんですかあ?補佐官。」
事も無げに言うすみれに対し、新城は顔を真っ赤にして声をはりあげた。
「ばかものっ!まだわからんのかっ?」
近くで大声をはりあげられたすみれは敬語も忘れて、怒り心頭の補佐官に憎たらしい口調で言ってやる。
「ばかばかうるさいわねえ。わからないから聞いてんでしょ?そんなこともわかんな
いあなたのほうがよっぽど、 ば・か。」
その言葉に椅子を直して座りなおした新城がじとっとすみれを睨んだ。
「・・・恩田君、少々口がすぎるぞ。」
「こりゃ失敬。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!失礼する!!」
まったく懲りてないすみれの一言に、彼はからかわれていると思い、自分のカバンを引っつかんで立ち上がった。その際、やっぱり大きな音を立てて椅子が倒れたが彼は一刻も早くこの病室脱出することを優先させたので、その椅子を元に戻す時間はなかった。
「おとといいらっしゃいませ。」
振り返ると、閉まる扉の向こうに小悪魔の笑顔が見えた。
こうして、新城の見舞いは失敗に終った。
彼女のことで無駄なことなどあるはずないじゃないか。しかし、それを素直に伝えら
れないのが悲しいかな、新城の性分であった。
口で彼女に勝てるものなど誰一人としていない。
哀れ新城、君に幸あれ。

(おわり)