VS
(後編)
「一体、どういうことなんだ!親父!!」
怒り狂った様子の清春を見て、春城は平然と答えた。
「どうって、お前の婚約の話しだ」
「何度言ったら分かる!私は結婚などするつもりはないんだ!!」
「清春、保科君に失礼じゃないか!!」
春城の言葉に、清春はムッとして押し黙った。
昨日の今日である。できれば一番会いたくない人物だった。
「失礼!どっちが!!相手はまだ子供だぞ!!」
「そう思っているのはお前だけで、傍から見れば十分男だ。それに、今すぐというわけじゃない。とりあえず婚約という話だ」
父親の、何を持って男と言うのかを分かり過ぎている清春は、露骨に嫌な顔をした。
「成る程、やはりそう言うわけですか」
今まで黙って聞いていた保科が、呆れた口調で言った。
それを聞いた清春は不思議そうな顔をする。
何も言わないので、てっきりこの話に賛成しているのかと思ったからだ。
「そういう話でしたら、私は帰らさせていただきます」
「娘では不満かね」
「いえ、私には勿体無いですよ」
口調こそ柔らかだが、言っている事ははっきりとした拒絶だった。
「それに、私はあなたの仕事とは敵対関係にある者です。立場上、まずいのでは?」
「私は優秀な血を残したい」
春城の言葉に、一瞬保科の表情が変化した。
あまりに一瞬で、周りは気付いていない。
が、清春には分かった。あれは怒りの表情だった。
「私は誰とも結婚するつもりはありませんので」
席を立って部屋を出て行こうとした和斗に、春城が声をかけた。
「このまま、素直に帰すと思うのか?」
「思いませんが、こちらも無駄な時間を過ごしたくはないので」
そう言って不敵にわらった和斗の表情に、清春は見蕩れていた。
虚勢ではない、自信に裏付けされた笑みはこうも輝いているのかと純粋に思ったのだ。
「流夏!」
春城の言葉に、黒づくめの男が姿を現した。と、同時に複数の男が保科の周りを囲む。
一変して、保科の表情が消える。
その表情と雰囲気に、清春は金縛りにあったかの様に体が動かなかった。
恐怖で体が竦むとは、正にこの事である。
人間が持つ本能的な恐怖に近い。
清春でさえ、保科が放つ殺気に足が竦むのだ、流夏の後ろに控えている男達は恐怖で顔が引きつっていた。
保科が一歩踏み出すと、波が引くように一団が左右に分かれる。
そんな連中を一瞥すると、後は振り返りもせずに保科は歩き出した。
その後ろ姿めがけて、流夏が襲いかかる。
その瞬間、清春は初めて見る光景に目を疑った。
流夏の拳を軽々と受け止めた保科は、そのまま流夏の勢いを利用して投げ飛ばした。
流れるような一連の仕草に、誰も何も言えなかった。
圧倒的な腕の違いだった。
それでも果敢に反撃しようとした流夏を、清春が止めた。
「流夏、止めろ。お前の適う相手じゃない」
その言葉に、流夏は反撃を止めた。
「武器も持たず、背を向けている人間を背後から襲うとは・・・品位が知れますね」
家族を馬鹿にされる事ほど屈辱的なことはない。
しかし、あきらかにこちらが悪いのだ。
清春はグッと拳を握り締め、屈辱的な言葉に耐えた。
「家の者の非礼をお詫び致します」
清春が頭を下げた。
そんな清春の行動に、保科は一瞬微笑んだ。
「私も少し行き過ぎた所がありました。お互い、今日のことは忘れましょう」
保科はそう言って清春に目礼すると、その場を後にしようとした。
「待ってくれ!」
思わず呼び止めてしまった清春を、振り返った保科は不思議そうな顔で見た。
「なぜ、私では駄目なんだ?」
清春の問いかけに、保科の目優しくなった。
「あなただからというわけではありません。誰に対しても、私は同じ言葉を返します」
「どうして・・・」
「・・・・自分一人生きていくのに精一杯の世界で、家族を持つ事が出来ますか?」
「持っている人間もいる」
「それは3流か超一流のどちらかでしょう。私は自分の力を過信してはおりませんので」
そう言って踵を返すと、保科は二度と振り返る事なくその場を後にしたのだった。
「そんなあなたが結婚したと噂に聞いた時には、正直耳を疑ったよ」
清春の素直な感想に、和斗は苦笑した。
「正直、私も驚いていますよ。気付いた時には婚姻届に印鑑が押されていましたからね」
和斗の表現に、新城が顔を顰める。
「ちょっと、失礼します」
かかってきた携帯電話を片手に一言侘びると、通話しだした。
二言三言話して通話を終える。
「申し訳ありませんが、待ち合わせ場所を変える事にしましたので」
和斗は丁重に誤ると、席を立ってロビーに出て行った。
「ああいう言い方は、相手の方に失礼じゃないですか!」
新城が何を怒っているのか分からず、清春は首を傾げた。
「婚姻届の話です」
その答えに、清春と直子が笑い出した。
なぜ、自分が笑われているのか分からない新城が、不思議そうな顔をする。
「お前もまだまだ子供だな」
「なっ・・・!!」
その言葉に、新城は二の句が告げなかった。
いい歳をした男に子供はない。
「あれはあの男の最大の惚気だよ。婚姻届に印鑑が押されてたって言う事は、裏を返せば押されても構わない位、惚れた女に出会ったって事だよ」
清春に指摘されて、新城はあっ!と声を上げた。
言われてみれば・・・というわけだ。
「どう?清、元婚約者との劇的な再会は」
「劇・・・!」
「婚・・・!?」
直子の言葉に、清春と新城が絶句する。
「直子、お前何か誤解してないか?」
「あら?本当の事じゃない」
直子の言葉に、清春がため息を吐いた。
「だって、後にも先にも彼だけじゃない?清が断られた理由を問いただした人って」
「興味があっただけだ。何せ親父に面と向かって、結婚する気はないからという理由で断ったのはあいつが最初で最後だからな」
「・・・よく、無事でしたね・・・」
新城は自分の時を思い出していた。
そんな新城の様子に、清春は苦笑する。
「あまりに見事過ぎてな。誰一人文句を言うタイミングを逃したんだ」
「はぁ・・・」
そんなものなのかという感じの新城である。
「お前もあの場に居たなら、そう思っただろうさ」
清春の言葉に、直子が頷く。
「ところで清春さん、婚約者ってどういう事です?」
ささやかだが、新城にとっては重大な疑問。
だが、清春にとってはうんざりな言葉だった。
「新城・・・」
「?」
「一生そこに居ろ!!」
怒りくるって出て行く清春の後を慌てて追いかける。
「清も丸くなったわね・・・」
直子は苦笑すると、2人の後を追った。