VS
               (前編)  


 注目を集めるカップルというのは確かに存在する。
 ロビーに姿を現した西園寺清春と新城賢太郎が正にそれだった。
 が、当の本人達は周りの視線を気に止める余裕はなかった。
「お前、よくもへらへら笑っていられたな」
 心底うんざりした口調で、清春は隣の新城に声をかけた。
「へらへらって・・・他に表現の仕様はないんですか!?」
「そうよ、清。少しは新城さんを見習いなさい」
 直子に小声で窘められ、清春は首を竦めた。
 父親に呼び出され、先程まで上の大広間で招待客を相手に頭を下げていたのだ。
 おそらくは、自分達のお披露目も兼ねていたのだろう。
 事前に言えば逃げられると考えていたのはさすが父親と言うべきだろう。
 普段着に着替えた2人は、清春の強引な勧めもあり、ラウンジでコーヒーを飲んで一息吐く事にしたのだった。

 ラウンジに足を運んだ清春の視線が、ふとある一点で止まる。
「ちょっと、挨拶したい人が居た。悪い後頼む」
「ちょ・・・!」
 新城の静止を振り切り、清春は嬉しそうに人込みの中に消えた。
「あ〜あ、行っちゃった。ま、仕方ないか。相手が彼じゃね」
 清春の行った先を見つめながら、直子はしょうがないなぁと言うようにため息を吐いた。
「誰なんですか?」
 清春と親しげにしゃべっている男を見ながら、新城が直子に尋ねた。
「気になる?」
 この状況を楽しんでいるとしかいいようのない笑みを浮かべて、直子は新城に聞いた。
「いえ、覚えておかなくてはいけない人なのかと思いまして・・・」
「ま、ある意味そうかもね」
 含みのある物言いに、新城が訝しがる。
「彼、清が初めて本気になった相手」
「え?だって、清春さんの初恋って・・・」
 新城の言葉に、直子は昔を懐かしむかの様に遠い目をして言った。
「初恋じゃないわよ。ただ、清が自分の感情に気付く前に振られちゃったのよ」
 その言葉に、新城は驚いて目を見張った。
 清春が相手を振る事はあっても、相手に清春が振られるなどという事は、彼の辞書の中にはないからだ。
「でも、確かに清に恋愛感情はあったと思うのよね・・・第三者の立場からみると」
 直子の声を最後まで聞かずに、新城はその場を後にした。


「お久しぶりです。西園寺さん」
 男の言葉に、清春は寂しそうに微笑んだ。
「もう、清春さんとはお呼びいただけないんですね」
「ご婚約された方が何をおっしゃいます。・・・おめでとうございます」
「ありがとうございます。あなたも、遅ればせながらご結婚おめでとうございます」
 お互い祝いの言葉を言い合うと、そろって噴き出した。
「やめやめ、こんな堅苦しい言葉使い」
「清春さん」
 その声に、清春と男が振り向いた。
「何だ、新城か」
 清春に邪険に扱われて、新城は少しムッとした。
 口調に、邪魔をするなと含まれている様に感じられたからだ。
 しかし、あからさまに反応しては、清春に恥をかかせるだけである。
 清春にしか見られないようにしたつもりだったが、どうやら相手には自分の心情など見えていたのだろう。男は苦笑すると、紳士的な笑みを浮かべて手を差し出した。
「初めまして、新城さん。保科和斗といいます」
「こちらこそ、初めまして。新城賢太郎といいます」
「お噂はかねがね伺っておりますよ」
 保科の言葉に、新城は考え込んだ。
 自分の事を知っているという事は、警察関係者なのだろうか。
 しかし、警視庁にも警察庁にも見覚えはなかった。
 もっとも、自分の知っている人物など、ほんの氷山の一角にすぎないので何とも言えないが・・・
「相変わらず、情報は早いな」
「あなたに西園寺の人脈があるように、私にも独自の人脈があるんですよ」
 保科はそう言いながら、向かいの椅子を勧めた。
「お掛けになりませんか?」
「話したいのはやまやまだが・・・誰か待ってるんじゃないのか?」
「先程連絡がありまして、1時間程遅れるそうですから・・・入り口でお待ちの方も一緒にどうぞ」
 その言葉に、新城が驚いて入り口を見る。
 だが、清春は和斗が気付く事を当然だと思っていたらしく、ためらいもなく直子を席に呼んだ。
 和斗に一礼して直子が座るのを待って、清春が口を開いた。
「しかし、あなたを待たせるとは余程の人物だな」
「お互い、仕事に忙しいですから」
 微笑んで答える和斗に、清春が一瞬だけ寂しそうな表情を浮かべた。
 それが、在りし日の自分の姿を懐かしんだものかそれとも過ぎた想いによるものなのかは、新城にはわからなかった。
 ただ、清春のくだけた口調のわりには丁寧な物言いに、この男の事を一目置いていることだけは理解できた。
「初めて会った時を覚えているか?」
 清春の言葉に、和斗も相槌を打つ。
「あの時は散々だった」
 苦笑した清春は当時を思い出して語りだした。 

「清、帰るわよ」
 直子は隣を歩いている清春の袖を引っ張った。
「もう少ししたらな」
 直子の心配などお構い無しに、清春は人気のない路地を歩いていた。
「清!ここを何処だと思ってるの!」
 直子の叫びに、清春は平然と答えた。
「歌舞伎町」
「き・・・!」
 清春の態度に、直子がもう一度叱ろうとした時、清春の表情が変わった。
 その表情を見て、直子も警戒する。
 いつの間にか、2人の周りにはチンピラ風情の男が数人行く手を塞いでいた。
「ここを通るには、それ相応の通行料がいるんだぜ」
 ボス格の男の言葉に、清春が鼻で笑う。
「そんな話は聞かないがね」
 清春の強気な態度に、男達の一人が痺れを切らして襲い掛かってきた。
 直子も一緒だと高を括っていた清春は、数分後に自分の浅はかな考えに気付いた。
「清、こいつらただのチンピラじゃないわよ」
 息を乱しながら言う直子に、清春は舌打ちした。
 男共の動きはどう見ても訓練されたプロの動きで、チンピラ風情が身に着ける動きではなかった。
「しまった!刺客か!!」
「今頃気付いても遅いんだよ!西園寺のお嬢さんよ!!」
 焦りの表情を浮かべた清春を見て、勝てると踏んだボス格の男がナイフで襲い掛かってきた。
 とっさに、直子が清春を庇う形を取る。
 それを見た清春が驚いて、直子を押しのけようとした瞬間、ボス格の男の動きが止まった。表情は青ざめ凍り付いている。
 清春と直子が不思議そうに見ると、男の後ろにもう一人男が立っていた。
 今の今まで、その男の存在に気付かなかった事に、清春達はおろか刺客達も驚いていた。
「俺一人やったところで、これだけの人間がいるんだ。確実にターゲットは死ぬぞ」
 男が言った瞬間、刺客の一人が腕を狙撃された。
「スナイパーか!?」
 男の問いには答えずに、背後の男はため息を吐いた。
「一つ勘違いを訂正しておくが、俺は別にこの女性がどうなろうがしったことじゃない。ただ、お前達がここに居座ると、俺達の仕事に支障が出るんでな」
「まさか!?」
 男の体が恐怖で震えだした。
「あんたもこの業界で長生きしたければ、暗黙のルールってのを良く知ってるだろ?」
 背後の男の声に、男は恐怖で引きつりながら何度も頷く。
「うせろ!!」
 男の怒声に、刺客達は一目散に逃げ出した。
 圧倒的な格の違いだった。

「いくら武術を嗜んでいるとは言っても、所詮は素人だな。あまり無茶はしないことだ」
 そう言って男は、拳銃をしまうと清春の傍まで来た。
 男の顔を見て、2人は驚愕する。
 どう見ても、まだ十代の自分達にとっては子供と呼べる年齢だったからだ。
 男は清春ではなく、直子に目を向けた。
「あんた、ボディーガードとしても付き人としても失格だな」
 その言葉に、清春が怒鳴ろうとしたのを直子が無言で押し止めた。
 言われた事はもっともな事であり、反論のしようがなかったからだ。
「助けて頂いて、ありがとうございます」
 悔しさの混じった口調で、礼を言う直子を男は一瞥する。
「あまり自分の腕を過信しないことだ」
 男はそう言うと、暗闇に消えていった。
 
 
「あの時、あなたは見事に私の出鼻を挫いてくれた」
「そんな事もありましたね」
 和斗のさして気にも留めていない言葉に、清春は苦笑した。
「その次の日だったな。再会したのは」
「あれには、私も参りましたよ」
「その節は、父が失礼した」
 清春の謝罪に、和斗もまた昔を思い出したのだった。