質問 

「お父さんは?」
 家に帰ってくると、今日は居るはずの父親の姿が見えなかったので、美慈<みちか>はキッチンにいる母親に聞いた。
「和斗なら、今日は慧<さとる>と一緒にサッカー観戦に行ってるわよ」
 母親の言葉に、美慈は慌てて新聞のスポーツ欄に目を通した。
 結婚して何年も経つのに、今だ名前で呼び合っている両親。
 しかし、周りがそう言う夫婦ばかりなので、美慈は特に気にも留めなかった。
 そんな事よりも、今は重要な問題がある。
「ずるい!!あたしが贔屓にしている球団じゃない!?お兄ちゃんだけなんて酷いよ!お父さん!!」
 必死に抗議する娘に、母親は苦笑した。
「あなたは、今日幸香ちゃんと一緒に野球観戦に行ってたじゃない」
 その言葉に、美慈は頬を膨らませた。
「だったら、あたしが行ける時にしてくれればいいのに・・・」
「しかたがないでしょ。急に舞い込んだ話だったんだから」
「・・・・」
「ほら、何時までも拗ねてないで。夕ご飯の支度を手伝ってちょうだい」
 母親の言葉に、美慈はしぶしぶといった様子で隣に立った。
 だが、ふとある事を思いついて美慈は急に機嫌を取り戻した。
「ねぇ、ママはパパと何時出会ったの?」
 美慈が急に自分の事をママと呼び出したため、母親が警戒した表情を浮べた。
 この娘がママ・パパと自分達を呼ぶ時は、大概ろくな事がない。
 曰く、おねだりか何かヤバイ事をしでかした時だ。
 娘の意図がいまいちわからない母親は、慎重に言葉を選んで答えた。
「あたしが、4、5歳の頃だったかしら?」
 その答えに、美慈が不思議そうな顔をした。
「お父さんは、赤ちゃんの頃から知ってたような事を言ってたけど?」
「じゃぁ、そうかも知れないわね」
「何?それ・・・」
 美慈の不満そうな声に、母親は肩を竦めた。
「よしんばお父さんの言う事が正しかったとしてもよ、知りようがないじゃない?そんな記憶にも残らないような頃の話なんて」
「いや、そうじゃなくって・・・」
 美慈は、何処かズレた発言をする母親の言葉に、がっくりとうなだれた。
「お父さんとそういう話ってしないの?」
「しないわね」
 いともあっさりと答える母親に、美慈は不思議そうな顔をした。
「どうして?」
「和斗がしたがらないから」
 その言葉に、ふと美慈は自分の父親が小さい頃の話や過去の事をあまり話さない事を思い出した。
「お母さんはそれでいいの?自分も関係している事でしょ?お母さんが聞けば、教えてくれるかもよ?お父さん」
「たぶんね」
「じゃぁ・・・どうして・・・」
「本人が言いたがらない事を無理に聞くつもりはないもの」
 その言葉に、美慈は目を瞬かせた。
(幸香ちゃんの両親も良く分からないけど・・・家の両親もそれに輪をかけて分からないわ・・)
「ねぇ、プロポーズの言葉って何だったの?」
「結婚しないか?だったかしら・・・」
「意外と普通なのね・・・お父さんの事だから、もと変わったシュチュエーションかと思ったんだけど・・・」
「変わってるって言えば変わってるかもね・・・何せ、トイレットペーパー投げつけたあげくにボディーブローくらわして、尚且つ後頭部を殴りつけたんだから・・・」
「・・・誰が・・・?」
「・・・若気の至りっていうやつよ・・・」
 何処か遠くを見つめてボソリと呟く母親を見て、誰がやったのかを悟った。
「・・・そこまでされて、何でお父さん結婚したんだろう・・・」
「それは・・・」
「分かってますって。愛があるからって言いたいんでしょ?」
 母親の言葉を遮って、美慈は何時も聞かされている台詞を口にした。


「ただいま・・・」
 待ち焦がれた父親の声がして、美慈は急いで玄関に向かった。
「お帰り。お兄ちゃん、お父さん」
 美慈の言葉に、二人の男が微笑んだ。
 父親は10歳になる美慈を軽々と抱き上げると、母親が居るキッチンに足を向けた。
「お帰りなさい、和斗」
 美慈を降ろした和斗に、寛弥が歩み寄る。
 和斗はそっと抱き寄せると、軽いキスを送る。
 その様子を見て、子供二人は顔を見合わせて苦笑した。
 毎朝毎夜見られるこの光景には、すっかり慣れた。というより、慣れざるおえない。
「お腹すいた!!」
 美慈の抗議に、今度は両親が苦笑する。
「はいはい。今すぐ用意するわ」
 その言葉に、喜んで美慈はテーブルの自分の席に座った。
 その様子に、和斗も慧も微笑んだ。

 何時もの光景―――――
 その幸せをかみしめながら。