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「ほら、あれだよ。似合うと思わない?寛弥に」
 そう言って、ショーウィンドウの指輪を指差す親友の様子を和斗は苦笑しながら見ていた。
「で、今年のプレゼントはあれにするのか?」
 和斗のからかい混じりの口調に、親友がキョトンとした顔で見返した。
 その様子に、和斗も不思議そうな顔をした。
「違うのか?俺はてっきり、お前もついに覚悟を決めたかと思ったのに・・・」
 その言葉に、親友はやっと自分の行動に対する和斗の言葉を理解した。
「違う、違う。そういう意味じゃないよ」
 男はパタパタと顔の前で手を振る。
「婚約指輪はダイヤモンドって決めてるから」
 恥ずかしそうに男が微笑む。
「これからするのか?プロポーズ」
「・・・ここに来る前にしてきた・・・」
 和斗の言葉に、聞き取れるかどうかの声で男が答える。
「お前って、おっとりしてるわりには手が早いよな・・・」
 和斗のしみじみとした口調に、親友が膨れた顔をする。
「誤解を招くような言い方をするなよ、和斗。僕は彼女と一緒に居たいと思ったからプロポーズしたんだ!」
 今にも噛みつかんばかりの勢いで捲くし立てる。
 そんな親友を、落ち着けと言わんばかりに和斗が尋ねた。
「で、結果はどうだったんだ?広人」
「僕に聞かなくっても、彼女から聞いてるんだろ?」
 広人の言葉に、和斗がニヤリとする。
「俺は、お前の口から聞きたいの」
「もちろんOKしたよ」
 その言葉に、和斗が嬉しそうに広人の肩を叩いた。
「おめでとう」
 広人も嬉しそうに微笑んだ。
「式には、もちろんメイと来てくれるんだろ?」
「あぁ、俺もメイも喜んで行かせてもらうよ」
「約束だからな!」
「分かってる。・・・しかし、そこまで話しが進んでるのなら・・・何で俺が呼ばれたんだ?いいかげん、自分の婚約者の誕生日プレゼントくらい自分一人で選べよ」
「だって、寛弥の事ならお前に聞いた方が詳しいだろ?」
 その言葉に、和斗が内心動揺する。
「いいんだよな?彼女、僕が貰っても・・・」
「あたりまえだろ?せいぜい幸せにしてやってくれ」
 和斗は内心の動揺など感じさせない表情でそう言った。


「和斗・・・和斗!」
 名前を呼ばれて、和斗は振り返った。
「どうしたの?ボーとして」
 風呂上りなのか、髪をタオルで拭きながら心配そうに寛弥が見ている。
「少し、昔の事を思い出してね」
「そう・・・」
 寛弥はそれだけ言うと、後は何も聞かなかった。
 あえて聞く事はないと思ったのだろう。全く関係の無い話題に話を振る。
「結構、いいお湯だったわね。高かったんじゃない?この宿」
「たまの旅行なんだ。これくらい贅沢してもいいだろ」
 そう言って、和斗は窓辺から離れて部屋の中央に腰を下ろした。
「それもそうね」
 寛弥も納得すると、和斗の傍に腰を下ろした。
 そして、まじまじと和斗の方を見る。
「あなたって、肩幅が広いから妙に似合うのよね・・・浴衣姿って」
 寛弥の言葉に、和斗がニヤリと意地悪く笑った。
 素早く寛弥の腕を掴んで自分の方に引き寄せると、背中越しにすっぽりと両手で包み込む。
「惚れ直した?」
 和斗の声に、寛弥はドキリとする。
 和斗の体に背中を預けている格好なので、耳元に声が掛かるのだ。
「ばか・・・」
 寛弥は恥ずかしそうに、自分の体に回っている和斗の腕を軽く叩いた。
「そうそう・・・ホイ、これ。誕生日おめでとう」
 和斗は軽い口調でそう言うと、寛弥の目の前に綺麗にラッピングされた小箱を差し出した。
「・・・ねぇ、前から思ってたんだけど・・・一体何処に隠し持ってるわけ?」
 寛弥は首を微かに動かして、和斗の顔を見た。
 その表情は何処か呆れたような、呆気にとられたような顔をしている。 
毎回、毎回、まるで手品のように何処からともなく出されるプレゼントを、寛弥は不思議に思っていたのだ。
「マジック・ハンドと呼んでくれ」
 おどけた口調で、和斗は寛弥の顔の前に両手を見せる。
 寛弥は苦笑すると、和斗に聞いた。
「開けていい?」
 和斗が頷いたのを見ると、寛弥は和斗の体から自分の体を起こす。
そして、そっと丁寧に包装紙を剥がしていく。
「これ!?」
 中から出てきた指輪を見たとたん、寛弥の顔が強張った。
 見覚えのあると言うより、記憶の奥底にしまい込んで忘れる事の無い指輪。
「・・・どうして、和斗がこれを!?」
 寛弥の声は、驚愕のあまり震えていた。 
 その指輪は、自分より先にこの世を去ってしまった薄情な婚約者が、何時かくれると約束してくれた物だった。
 慌ててリングの内側を見る。
  To H From H&K
 そこに彫られてある文字を見て、このプレゼントが偶然ではない事を知る。
「生前、あいつに頼まれたんだ。自分に万一の事があったら、これをお前にプレゼントして欲しいってな」
 和斗の言葉に、在りし日の光景がよみがえる。
この指輪の前で欲しそうに眺めていた自分に、誕生日にプレゼントしようか?
と言ってくれた恋人。
 その恋人に、まだこの指輪が似合うには早いからと言って、首を横に振った自分。
そんな自分に、彼は苦笑しながらそれが似合う年になった誕生日にプレゼントすると約束してくれた。
あれから10年。
寛弥は感慨深げにその指輪を眺めていた。

「ごめん・・・今だけだから・・・」
 寛弥はそう言うと、口元を手で覆って俯いた。
 小さな雫が彼女の目から止め処なく落ちてくる。
 和斗はそっと寛弥の体を引き寄せて、抱きしめた。
自分の背に腕を回し、静かに涙を流している寛弥の背中を、幼子をあやすように何度も軽く叩く。
お互い、ようやく一つの思いに区切りがついた。そんな日だった。