For You

                         1

 その指輪を最初に見た時、男は驚いて目を見張った。
 真中にルビーが据えられ、その上下はダイヤモンドが囲んでいる。そして、リング部分には、細かいルビーが敷き詰められていた。
 過去に一度だけ見たそのデザインをもう一度見るとは思わなかった。
 その指輪が飾ってある店は、都内でも有数の老舗である。
 何よりも品揃えが豊富で、若い人が手軽に買える物からさすがは老舗と呼ばれるだけある品物まで幅広く取り揃えている。
 男は店の中に足を踏み入れると、手近な女性店員を呼び止めた。
「すいません」
 男の声に、店員が振り返った。
 男の顔を見たとたん、あっ!と言う形に店員の口が動いた。
 男もその顔を見た瞬間、微かに目を見開く。 
 先の事件でのクライアントの一人であった彼女の顔は、男の記憶には新しかった。
「販売の方だったんですね・・・」
 男はこの店が彼女の勤めている会社の販売店である事に気がついた。
「本社よりも、こちらに居る方が多いんですよ。・・・何かお探しですか?」
 彼女はそう言って微笑んだ。
「あの指輪が欲しんですが・・・」
 男は指輪が飾ってあるショーケースを指差した。
 男の指差した方向を確認すると、彼女はショーケースの中から指輪を取り出した。
「こちらでよろしかったですか?」
 彼女は男に指輪を見せて確認を取る。
 男が了承して頷くのを見ると、彼女は販売カウンターヘ案内した。
「・・・つかぬ事を伺いますが、こういった物は一点物なんですよね?」
「えぇ。指輪に限らず、宝飾類のデザインはデザイナーが一点一点大切に描きます。ですから、全く同じという物は無いんです。似たようなデザインでも、何処かが違っていたりするんですよ。そういう点では、人間と同じですね」 
 彼女は唐突な質問にも、嫌な顔一つせず答えてくれた。
「何年か前に、この指輪を見た記憶があったものですから気になって・・・」
「そうですか・・・。ひょっとしたら、この指輪はお客様に買われるために待っていたのかもしれませんよ。石は人を選ぶといいますから」
 その言葉に、男が微笑む。
「確かに、これだけ相性というか・・・好き嫌いがはっきりする物も珍しいですし、そういう点では人間並みといえますね。・・・人も、選んでいるようで実は選ばれているのかもしれませんし」
 男はそう言いながら、サイフから1枚のメモを取り出した。
「すいませんが、このメッセージを内側に入れてもらって3日後に出来ますか?」 
彼女はメモに書かれた文字を見る。
「大丈夫ですよ。それにしても・・・こんな素敵な指輪を共同で贈ってもらえるなんて、相手の方はお幸せですね」
 男は微笑むと、お願いしますと言って店を後にした。


「ねぇ、お願いがあるんだけど・・・」
 その言葉に、ニュースを見ながらソファーに寝そべっていた和斗は、目線をテレビから寛弥に向けた。
 真剣な表情の彼女を見て、和斗は手に持っていたグラスをテーブルに置いた。
 私室に居るため、和斗はソファーに横たわりながら酒を飲むという、いささか行儀悪い事をしていた。
 寛弥は和斗の正面に腰を降ろすと、目線を和斗に合わせる。
「・・・今度の誕生日・・・一緒に行きたい所があるの・・・」
 寛弥は遠慮がちに聞いた。
 自分と一緒に居る事で寛弥が狙われるのを避けるため、和斗が自分のためにあまり一緒に出歩きたがらない事を知っていたので、無理強いは出来ない。
 それでも、今回はどうしても一緒に行きたかった。
 そんな必死の願いが通じたのか、和斗は起き上がると寛弥に向かって微笑んだ。
「で、何処に行きたいんだ?」
 その言葉に、寛弥が嬉しそうな顔をした。
「京都」
 そのとたん、和斗の眉が寄った。
「・・・ダメ?」 
寛弥は空いたスペースに座ると、和斗の顔を見た。
「いや、ダメじゃないが・・・」
和斗はそう言うと、口篭もる。
あまり京都に寛弥と一緒には近寄りたくなかった。
京都には、自分の顔を知っている人間が多い。
それだけ危険も多くなる。
だが、今にも泣きそうな顔の彼女を見て断わる事も出来ない。
「今からホテル取れるか?」
「取れなかったら、日帰りでもいいの」
そんな寛弥の様子を見て、どうしたものかと考え込む。
普段はこういった気配を敏感に感じ取る彼女がここまで頼み込むからには、余程の事情があるのだろう。
所詮は惚れた弱み。
和斗は腹を括ると、寛弥を自分の胸に抱き寄せた。
その行為を了承の意と取った寛弥は、素直に和斗の胸にもたれた。
「ごめんね・・・無理言って・・・」
 そっと呟く寛弥を、和斗は回した腕に力を込めてよりいっそう抱きしめる。
「たかが旅行だろ?そんな申し訳ないみたいに言うなよ」
「ん・・・でも・・・和斗、あんまり行きたくないみたいだし・・・」
その言葉に、和斗の体がビクッと反応した。
やはり、先程の動揺を読まれていたらしい。
和斗は溜め息をつくと、正直に話し出した。
「まあな・・・あそこには、結構俺の顔を知っている奴らが沢山いるからな。正直な話し、お前と一緒には行きたくはないんだよ」
 和斗の言葉に、寛弥がいたたまれない顔になる。
 今も昔も、常に自分の安全を一番に考えてくれる。
 それは、永遠に変わる事はないだろう。
 そして、この男への負担も変わる事はないのだ。  
昔は、そういう負担を男にかける事がいたたまれなかった。が、今は素直にその負担に甘えている。
何時終わるとも知れない日々―――――
ならば、一日一日を大切に過ごそう。
そう決めたのだ。この男が、再び自分のためにこの世界に舞い戻った時に・・・

寛弥はありがとうと言うように、和斗の背中に腕を回した。