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「どうじゃね?少しは落ち着いたかね」
 翌朝、教授は寛弥の部屋を訪ねると、彼女の顔色を見ながら声をかけた。
 昨日の騒動の心労で、少し体調を崩していたのだ。
「だいぶ良くなったとはいえ、まだ本調子じゃないんだから程々にせんとな」
 教授の軽いお小言に、寛弥は申し訳ない顔をした。
「そうそう、和斗から伝言があったぞ。『夜に顔を出すから、逃げるな』とな」
「・・・逃げませんよ。逃げると後が怖いですから」
 寛弥の拗ねた口調に教授は微笑むと、ベッド傍のソファーに腰を降ろした。
「さすがにあやつの事は良く知っとるな」
「付き合い長いですから」
 その言葉を聞いたとたん、教授が面白そうに笑った。
「あやつも同じ事を言っとったわい!付き合いが長い分彼女の事は良く知ってるから、必ず左手に指輪をはめて見せるとな!!」
 その言葉を聞いた寛弥の表情がとたんに曇った。
「だからこそ・・・ダメなんです。付き合いが長いからこそ・・・これ以上あの人に重荷を背負わせたくないんです」
「自分の体の事を言うとるのかね?奴はかまわないと言うたんだろ?」
「そりゃもう、ムカツクぐらいに!!」
 怒気を含んだ口調に、教授はビクッとした。
(一体、どういう言い方をしたんだ?和斗の奴・・・)
 寛弥は気分を落着けるために、深呼吸をした。
「教授はご存知でしょ?あたしの母が彼に何をしたか・・・あたし達親子はずっと彼に荷物を背負わせて来ました。あたしと一緒になったら、あの人の残りの人生にまた荷物を背負わしてしまう!」
「荷物は荷物でも・・・あやつにとっては大切な荷物じゃないのかね?」
「そんなの、分からないじゃないですか!」
「・・・戦場にいた頃な、聞いた事があるんじゃよ。その年でそんなに強くなってどうするのかと・・・何て言ったと思う?」
「?」
「自分の命など惜しくないくらい守りたい娘がいるのだと。自分はその娘に恨まれてもしかたがないような事をしたのに、そんな自分に笑いかけてくれる強くて優しい娘だと。その娘の笑顔があるからこそ、自分は闇に飲み込まれずにいられると・・・」
「・・・・」
「・・・その娘の名前は何ていうと思う?寛大の寛に弥生の弥で寛弥というそうじゃよ」
 その言葉を聞いたとたん、寛弥は感極まって涙を流した。
 彼も自分と同じ気持だったのだろうか?
 望んでも手に入らない・・・手に入れてはいけない存在・・・
 だとしたら、何とも滑稽な話である。
 お互いがお互いを思うあまり、10何年もの間果てしない遠回りをしてきたのだから・・・
 そんな寛弥の様子を見ていた教授は、微笑むと優しくけれど諭すように言った。   
「のう・・・あやつは勇気を出して一歩踏み出したんじゃ。今度はお前さんが一歩踏み出す番じゃないかね?その音楽の歌詞のように・・・」
 教授はラジオを指差した。
 英語の歌詞で歌われているその歌は、いかに自分がその人に救われたのかという内容を優しく歌っているラブ・ソング。
 寛弥はしばらくその音楽に耳を傾けた。
 自分にとっての和斗の存在は、まさにこの歌詞の通りである。
 常に傍に居てくれ、優しく見守っていてくれた。
 私が間違ったことをすれば、頭ごなしに叱り付けるのではなくそっと手を差し伸べて正しい方向に導いてくれた。
 そう、今の自分がいるのは和斗のおかげである。
「あたしはあの人に何が出来るんだろう・・・」
 寛弥の呟きに、教授は優しく微笑んだ。
「何が出来るか?なんて考える必要は無いんじゃよ。ただ傍に居てやるだけでいいんじゃないかね?」
 教授の言葉が、寛弥の胸に深く突き刺さる。
 ただ傍に居る事。
 簡単なようで、実は一番難しい事。
 
寛弥は自分自身の答えを探るべく、考え込んだ。