2
「教授、どうですか?彼女の様子は・・・」
開口一番こう聞く男の顔を、教授は優しい表情で見つめた。
「もう大丈夫じゃよ、何時でも退院できる」
その言葉に、心底ホッとした顔を男はした。
「ところで、和斗・・・」
教授の後について歩きながら、彼にしては妙に歯切れの悪い口調に、和斗は不思議に思った。
「何です?」
「嫌、何でもない。それより、早く顔を見せてやれ」
教授はそう言うと、さっさと自分の書斎に向かって歩いて行った。
(やれやれ・・・これからどうするつもりか・・・また、聞きそびれたわい・・・)
軽いノックの音に、中に居る人物が反応した。
「どうぞ」
その言葉を聞いて、部屋の中に和斗が入ってきた。
「もう、すっかりいいみたいだな」
部屋の片付けをしている寛弥の姿を見て、和斗は微笑んだ。
「さっき、教授と話してきた。もう、何時でも退院していいそうだ」
その言葉に、寛弥は満面の笑みを浮べた。
「本当!?」
和斗は頷くと手近にあった椅子に腰掛けた。
「やっと、ここから出られるのね!」
思わず出た本音に、和斗は吹き出した。
「教授に悪いだろ」
「あ!今の教授には内緒よ!!」
慌てて和斗の傍に寄ると、寛弥はそう言った。
「・・・お前、これからどうするつもりだ?」
急に真剣になった和斗の言葉に、寛弥の表情が凍りついた。
「とりあえず、住む場所見つけて。働き口も探さないと」
取り繕った表情で寛弥はそういうと、和斗の傍を離れてやりかけの片付けを再会した。
「結婚しないか?」
その言葉に、寛弥は驚いた顔で和斗を見た。
「あたしの聞き間違えじゃなければ、結婚って聞こえたんだけど・・・」
「ああ」
「就職先がないと思って心配してくれるんだ。大丈夫よ、いざとなったらアカデミーに戻るから。これでも戻って来ないかって誘われてるのよ、FBIから・・・」
「知ってるよ。でも・・・」
「聞きたくない!!」
和斗の言葉を遮ると、寛弥は両手で耳を覆った。
「いいから、聞け!」
和斗は立ち上がって、寛弥の傍に行こうとした。
その瞬間、寛弥は部屋を飛び出した。
「ちょっと待て!?」
予想外の展開に、和斗は慌てて寛弥の後を追った。
彼女は迷う事なく一つのドアの中に立てこもると、しっかり鍵をかけた。
「・・・マジ・・・」
和斗は目の前のドアを呆然として見た。
「俺の話を聞け!」
和斗はドアを叩きながら、立て篭もっている寛弥に言った。
「こんな女に何言ってるのよ!!」
その言葉に、和斗はハッとした。
彼女の方が何倍も深い傷を負っているのだ。
和斗は深呼吸すると、今度は優しく語り掛けるように話した。
「頼むから、俺の話を聞いてくれ」
「嫌、聞きたくない!同情なんてまっぴら!!」
その言葉に、和斗の理性が吹っ飛んだ。
「誰が同情だって言った!!」
「子供の産めない体になった女に結婚しようだなんて、同情以外の何だっていうのよ!!」
「出来にくいってだけだろ!!」
「同じことよ!あたしにとっては!!」
「本当に同情じゃない。俺にとっては丁度いいんだ!今のお前の体は!!」
言ってから、和斗は激しく後悔した。
こんな事をいうつもりではなかった。
「・・・そうよね。和斗、前から言ってたものね・・・自分の子供を持つつもりはないって・・・上等じゃない!結婚でも何でもしてやるわよ!!婚姻届にサインすればいいんでしょ!!」
なげやりな寛弥の言葉に、和斗は思わず叫んでいた。
「ずっとお前が好きだった!!」
その瞬間、目の前のドアが凄い勢いで開いた。
ドアを避けることに、全神経を集中させていた和斗は、自分に向かって飛んでくる白い物体に気が付かなかった。
気付いた時には、既にそれが顔面にヒットした所だった。
あまりの衝撃に顔を抑えた彼に待っていたのは、内臓が度び出るのではないかというくらいの衝撃だった。固すぎず柔らかすぎない物が、鳩尾に見事に当たった。
思わず屈んだ彼の後頭部に、似たような感触の物が振り下ろされる。
「最低〜!!」
寛弥は大絶叫すると、今度は自分の部屋に向かって来た道を先程以上に全速力で走り去った。
「何しとるね?お前さん・・・ひとんちのトイレの前で・・・」
教授は開けっ放しのトイレの前で苦しそうに蹲っている和斗に向かって言った。
「・・・ちょっと理解不能な状況に陥ったんで、頭の整理を・・・」
「時に、寛弥君の大絶叫が聞こえたんだが・・・」
「彼女なら多分部屋にいると思います」
「・・・お前さん、一体彼女に何を言ったんじゃ?」
和斗の周りに落ちているトイレットペーパーを見ながら、教授は理解不能なこの光景を溜め息と共に眺めた。
「・・・少なくとも、宣戦布告はしてないと思いますが・・・」
「ふむ。ちょっと寛弥君の様子を見てくるか」
教授はそう言うと、和斗をその場に残して寛弥の部屋に向かった。