Music of My Heart

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「何かいい事でもあった?美樹さん」
 香は喫茶店の女主人の浮かれ具合を見て聞いた。
 今にもスキップを踏みそうな雰囲気である。
「白状しなさい。何かあったんでしょ」
 寛弥もその様子を見て面白そうに尋ねた。
「何でもないのよ、ただちょっと嬉しい事があっただけ」
 そう言って、美樹は幸せそうに微笑んだ。
 美樹の言葉に、その場に居たかずえや麗香、冴子やかすみも興味津々といった様子で美樹の次の言葉に耳を傾けた。
 久しぶりに男性陣の影が全くないキャッツ・アイでは、午後のひと時を楽しむ女性陣の憩いの場となっていた。
「本当にたいしたことじゃないのよ。ただ、ファルコンと1泊2日の旅行にいくだけ」
「羨ましい」
 美樹の言葉に、皆が声を揃えていった。
 何せ、旅行とは縁遠い人間ばかりである。
「あら?寛弥さんが羨ましがるなんて以外ね」
 美樹の言葉に、周りは頷きながら寛弥の顔を見た。
「どうして?」
 寛弥が不思議そうな顔をした。
「だって、そういう事はマメそうじゃない?保科さんって」
 麗香の言葉に、寛弥は何ともいえない顔をした。
「やっぱりそう見えるのよね・・・和斗って」
「違うの?」
 香が不思議そうに聞いた。
「皆が想像している彼を180度反対に想像すると、現実のあの人になるわよ」
「え〜!!」
 寛弥の言葉を聞いた直後、大音響が喫茶店に響きわたった。
「だって、この間レストランで食事してたじゃない!!」
「あれは和斗が賭けに負けたから」 
麗香の指摘に、寛弥はすました顔で答えた。
「え!?じゃぁ、デートは?」
 美樹が驚いて尋ねた。
「片手で数えられるくらいね・・・」
「バレンタインは・・・甘いものダメだけ、和斗さん」
 香の言葉に、寛弥が大きく頷く。
「クリスマスは?」
 麗香の質問に、彼女は肩をすくめた。
「毎年、仕事」
「お互いの誕生日は?」
 冴子の言葉に、今度は溜め息をついた。  
「あたしの誕生日には、プレゼントはくれるけど盛大にお祝いって感じじゃないし・・・和斗の誕生日は何時も仕事だから、祝う暇なんかないし」
「仕事って・・・」
「言わなかった?12月25日よ、和斗の誕生日」
 寛弥の言葉に、一同黙り込んだ。
 伝説の殺し屋の誕生日がクリスマスとは・・・
 本人が言いだがらないはずである。
「新婚旅行ぐらいは行ったんでしょ?」
 美樹がその場を取り繕うように聞いた。
「行ったわよ、お互い友人への報告もかねてアメリカに」
「いい思い出も沢山あるでしょ?」
「思い出ね・・・殺人事件に巻き込まれたあげくに、捜査に借り出されたわよ・・・」
 さすがは、夫婦揃って元FBI捜査官だと言うべきか・・・
 その事実を知った時も驚いたが、これ以上聞くとますます墓穴を踏みそうである。 
「やだ・・・自分で答えといて何だけど、何であんな男と一緒にいるのかしら」 
 寛弥の言葉に、他の女性陣が顔を見合わせた。
 もう、何も言うまい。
 全員の共通の意見だった。
 
「でも、プロポーズくらいはまともにしてもらったんでしょ?」
 それまで黙って話しを聞いていたかすみの発言に、寛弥が凍りついた。
「かすみちゃん、地雷踏んだわよ」
 かずえの言葉に、かすみは不思議な顔をした。
「何かまずい事言いました?あたし」
 その事を思い出したのか、寛弥はとたんに嫌そうな顔をした。
 その顔を見たかずえは、思わず吹き出した。
 事情を知っているだけに笑えるのだ。
「だめよ、かすみちゃん。その話は彼女には禁句。・・・人生最大のダブーなんだから」
 そこまで言われて、興味が湧かない人間などここには存在しない。
 皆はさっきよりも興味津々という顔で、かずえを見た。 
 面白そうに言ったかずえを、寛弥はひと睨みすると冷たく言い放った。
「かずえさん!しゃべったら、今やってる研究データー全部抹消するわよ!!」
「・・・・ごめん、あたしは今から貝になる」
 かずえの言葉に、不満顔の一同。
「寛弥さん、時間いいの?特別セミナーがあるって言ってなかったけ」
 美樹がさりげなく寛弥に告げた。
 寛弥は腕時計を見ると、慌てて帰り支度をととのえる。
「ああいうのって遅れるとまずいんじゃない?」
 冴子の言葉に、寛弥が大きく頷く。
「あ!いいですよ。今日はつけときます」
 寛弥がサイフを取り出そうとしているのを見て、すかさずかすみが言った。
「本当?ありがとう。じつをいうと遅れそうなのよ。助かるわ」
 寛弥はそれだけ言うと、慌てて店を出て行った。

「・・・やりますね、美樹さん・・・」
 かすみの感心した呟きに、美樹は微笑んだ。
「伊達に客商売してないわよ。そう言うかすみちゃんも、なかなかやるじゃない」
「いえいえ、冴子さんには適いませんよ」
「あら?あたしは事実を言ったまでよ」
 寛弥をこの場から追い出すために、3人ともわざと時間を教えなかったのだ。
「かずえさん、話してくれるわよね!」
 一同の迫力に、かずえはたじたじになる。
「別にいいけど・・・皆あたしが話したって言わないでよ」
 その言葉に、一同大きく頷く。
「あたしも、教授から聞いた話だから詳しく知ってるわけじゃないんだけど・・・」
 かずえはそう断わると、話だした。